10話 はじめてのエスコート
さて、本番のパーティなんだけど個人的にはちょっと助かった事になっていた。
出席者の人数がかなり少なかったからだ。
ただスタルスは青い顔をしてるし、フローラも目に見えて緊張していた。
その理由は、出席者のほとんどが王の血族に、公爵家の人たちだからであった。
貴族全体から見ればかなり上の位になるエイダール侯爵家が、いまこの場ではむしろ下から数えたほうが早いくらいになっていた。
もちろん家名や血筋だけで権力は決まらないのだが、それでもやはり無視出来るものではなく、スタルスは気を使うばかりになってしまう。
この場でおそらく階級的には最も身分が低いのは、リーズ妃殿下の実家であるヨートゥン伯爵家だ。
ただしこちらに関しても、どちらかと言うと胃を痛めるのはこういう場で折衝役となるスタルスである。
父親のこれからの苦労を思えば同情をするけど、僕としてはこちらに擦り寄ってくるであろう下級貴族がいないだけで気が楽である。彼らは何も知らない子どもを介して取り入ろうとしてくる、と礼儀作法の時間で言われた。
逆に上の者には5歳児なのでわざわざ媚を売る必要はなく、声を掛けられたら元気よく挨拶しておけばいいんだとか。
それくらいなら僕にも出来るはず!
ほどなくして主賓以外の全員が揃い、あとはシシリーが現れるのを待つだけとなった。
多分、奥のカーテンから国王と一緒に出てくるんだろうなーなんてボケッと突っ立ていたら、何時まで経っても出てこなかった。
あれ? 僕の貴族のパーティのイメージだともう出てくると思ったんだけど、勘違いだったのかな? けど、周りの人も心なしかざわざわし始めてる気がする。
そんな風に首を傾げた時、後ろからひっそりと声が掛けられた。
「スタルス様、少し宜しいでしょうか」
振り返ると、スタルスが渋いオジサマに声を掛けられていた。
漫画に出てくるようなナイスミドルって感じの執事さんだった。
「ロタ? どうした、何かあったのか?」
「はい、少しばかり。ですので、解決のためにスタルス様とご子息のお力をお借りしたいのです」
え、僕も?
「どういうことだ。聞かせてくれ」
「はい。ではこちらに。あ、ご子息もお願いします」
僕とスタルスは促されるままに会場の外に出た。一応フローラも一緒だ。
「それで、なにがあった?」
周囲に誰も居ないことを確認すると、スタルスが改めてロタと呼ばれた執事に問い尋ねた。
「はい、それが今になってシシリー様がパーティの出席を嫌がりまして」
「なんだと?」
それは困ったことになってるな。誕生日のお祝いなのに、祝われる本人が来ないんじゃ全く意味が無い。
「それで、シシリー様が言うには“ソールと一緒じゃないと出ないって言ったのに、何でいまここにいないの?”ということでして。どうもシシリー様はエスコートもソール様がされるものだと思っていたようで」
「なんと」
なんと! どころじゃない! それは大問題だよ!
だってそういう展開なら次は、
「ううむ、本来は陛下が務めるべきなのだが、そうなっては仕方あるまい。ソールにやらせよう。陛下でなくなるのは問題だが、公族が集まるパーティが中止になってしまうほうがもっと問題だからな」
ですよねー!
そうなりますよねー!
「はい、陛下も妃殿下も同じ結論に達しまして。結果、陛下は妃殿下を、ソール様がシシリー様をエスコートし、同時に入場するようにしようというのが1番問題が出ないだろうとなりました」
「そうだな、それしかあるまい」
「はい。スタルス様とソール様には大変ご迷惑をお掛けしますが」
「何を言う。これも引いては国の為だ。ならばこそ貴族としての責務を果たそう。我が息子も貴族として己のが身を捧げる覚悟はとうに出来ておる」
え、出来てないよ? 何言ってんの? って、そうだ剣を学びたいって言った時にそんな感じのことを言って説得した気がする。
身から出た錆だった!
「ソール様も宜しいでしょうか?」
ロタが最終確認をスタルスではなく僕にしてきた。
ここで断ることは可能だろう。だってまだ5歳児なんだから。
でもそれじゃ自分で言ったことを裏切ることになるし、シシリーを見捨てることにもなる。
そう思った時、脳裏にシシリーの笑顔が浮かんだ。
あ、これダメだ。
その笑顔が悲しみに変わるのを幻視した時、僕の決意は一分の隙もなく決まってしまった。
「はい。その大役、是非僕にやらせて下さい」
そういった時のスタルスとフローラの「親の顔」がやけに印象的だった。
僕はロタに連れられて会場の裏手へ来ていた。
スタルスとフローラは会場にいないとさすがにマズイので、僕と別れて会場に戻った。
控えの部屋ではリーズにしがみつきながらいやいやしているシシリーと、それを宥める蒼髪の男性がいた。
蒼髪ということはきっと彼が国王陛下なのだろう。
陛下はロタと僕の姿を認めると安堵した表情になった。
それが失礼ながらこれまたただのお父さんの顔だったので、国王陛下に初めてお会いしたという緊張感は大分薄かった。
僕はリーズにくっついて顔を伏せているシシリーの元まで歩み寄った。
「シシリー」
名前を呼ぶと、シシリーはハッとした表情で顔を上げた。
泣いてはいないけど、ぐっと堪えて我慢してはち切れる寸前、という顔だった。
その顔を見て、僕はここに来たことが間違いではなかったと確信した。
「ソール」
シシリーは僕の名前を呼びながらも、わがままを言ってしまった自覚からかリーズから離れようとしなかった。
僕はそんなリーズの前で片膝を付き、手を差し出した。
「シシリー、僕と一緒に行こう」
出来るだけ優しく、出来るだけ力強くを心がけて語りかけた。
シシリーはちょっと泣きそうになって、それでも我慢して、最後に恥じらうように僕の手を取った。
「うん」
か細いけれど、その声は確かに僕の耳に届いた。
「うむ、それでは行こうではないか」
成り行きを見守っていたヨルド陛下が、声を上げると周囲の人達が弾かれたように動き出した。
「それではソール様、シシリー様とともに陛下と並んであちらのカーテンからお出になってください。カーテンを2回くぐるとそこは壇上になっております。陛下のご挨拶が終わったら階段を下り、シシリー様と1曲踊って下さい。ダンスのお心得は御座いますか?」
「はい。簡単なステップなら問題有りません」
「かしこまりました。それではシシリー様をお願い致します」
「はい」
ロタから簡単な流れを聞いて、僕はシシリーの手を取ったままヨルド陛下とリーズ妃殿下の横に並んだ。
「あ、こうしないと」
2人を見たシシリーが僕の腕を腰に当てるように動かした。
あ、そっか。
手を繋ぐんじゃなくて組まないといけないのか。
見よう見まねで腕を組んでみる。
うん、なんかむず痒い。
そういえば女子の手を握るなんて小学校のフォークダンス以来じゃないだろうか。
まぁ今も相手は女の子は女の子でも5歳の幼女だけど。
「ソール君」
ふと呼ばれて顔を上げるとヨルドが優しい目で僕を見ていた。
「娘を頼むよ」
ヨルドの言葉に、
「はい」
僕は元気よく返事をした。
エスコートに関してはまだまだ初心者だけど、気合で頑張ってみるさ!
それを聞いてヨルドもリーズもやたら穏やかな顔つきになり、シシリーは何でか照れてた。
ん?
なんか彼らと僕の認識にズレがないか?
首をひねっていると、陛下が小さい声で合図して歩き出した。
僕もシシリーを連れて慌てて後を追った。
会場では開始が遅れていることに大して不満気な空気が漂っていたが、ヨルドが現れたことですぐに活気づいた。
僕とシシリーについては、可愛い、という声と、怨嗟の視線がダブルで突き刺さった。
子どもが手を組んで歩いているんだから可愛いってのは分かるけど、なんでこんなあからさまに敵意を含んだ視線を受けなきゃならないんだ?
シシリーにそっと目線をやると、彼女は何事もないように歩いていた。
もしかして僕にだけなのか? でも僕は恨まれるような事をした覚えはないんだけど。と言うかここの人たちって99%初対面なんだけど。
考え事をしてる内にヨルドの挨拶が始まった。
本日は娘のためにお集まりいただき有り難う御座います今後共国のために宜しくお願いします、とかそんな感じのやつだ。
これは長くなるかなーと思いきや、ヨルドは言うべきことだけさっさと言って挨拶を終えてしまった。全国の校長諸君に見習わせたい迅速さだった。
最後にシシリーがテンプレの挨拶をして終了。
陛下に続いて僕は階段を下り、ダンスを開始した。
曲名は知らないけど、比較的単調で踊りやすい曲だった。
多分、社交場が初めてのシシリーのためにそういう曲を選んだんだろう。
つつがなくダンスは終わり、お役目もここまでかなとその場を離れようとしたが、来客に囲まれてあっという間に逃げ場を失った。
シシリーが万力のような力で僕を掴んでいたせいでもある。
シシリーはリーズと僕に隠れるようにして、挨拶攻撃をやり過ごしていった。
僕も「貴方は誰?」と聞かれまくったので、とりあえずエイダール家のソールです。宜しくお願いします。とだけ答えていた。
聞いてきた人たちもさすがに5歳児相手に質問攻めにするつもりはないらしく、それだけ答えていれば無難にやり過ごせていった。
多分、会場に来ている人たち全員との挨拶を1週終えたくらいで、ようやく開放された。
依然としてシシリーからは開放されてないけど。
けど今は国王夫妻とウチの両親とシシリーの祖父母での会話となっていて、さっきに比べたら気が楽になっていた。さっきを殺気と言い換えてもいいくらいだったし。
「ソールは立派に育ったなぁ」
スタルスは壇上に立つ僕を見て感極まったらしく、さっきからそんな事ばかり言っていてフローラにボチボチ呆れられている。
「いやいや、シシリーも見事な挨拶だったよ」
ヨルドが何故か対抗して娘自慢を始めている。そしてそれもリーズに呆れられている。
なんかこの夫婦もの凄く似てるんだけど。
シシリーの祖父母でリーズの両親のヨートゥン夫妻は娘がいるものの、国王陛下と侯爵に挟まれて若干居心地が悪そうだ。さっきから、相槌しか打ってない。
まぁ僕としてはこの布陣が心やすまるので、ヨートゥン夫妻には悪いけどしばらくこのままでいて貰おう。
そんな風に思っていると、くいくいと袖が引っ張られた。
「ソール、今日は有難うね」
シシリーがはにかみながらお礼を言ってきた。
その可愛さは、もう僕ロリコンでいいやーと思ってしまいかねないほどだった。
「いや、気にしないでいいよ。また何かあれば頼ってね」
そして雰囲気に呑まれたせいでそんな事も口走ってしまっていた。
「う、うん」
シシリーも顔を赤くしてしまったじゃないか。
ちょっと微妙に恥ずかしい空気が流れる。
「あ、あはは。なんか熱いね。そうだ、飲み物」
咄嗟にテーブルにおいてあったぶどうジュースを手に取り一気に飲み干した。
「あ、それ」
「ソールっ」
シシリーが驚いた顔をして、フローラが慌てて僕の名前を呼んだ。
え、どうしたの?
と思った所で景色がグラついた。
「はれ? ほれ?」
そしてそのまま僕の意識は真っ暗闇に沈んでいった。
「それ、おさけ……」
最後にシシリーの呟きだけがやけに鮮明に聞こえた。