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9話 はじめての登城

「ソール、準備は出来てるか?」


 スタルスが珍しく僕とフローラの部屋にやってきた。

 今日のパーティはシシリーが主役だけど、僕の社交界デビューの日でもあるので両親共に緊張していた。

 昨日くらいからずっとそわそわして落ち着きが無い。


 え? 僕はどうかって?

 もちろんめちゃくちゃ緊張しているさ!

 昨晩は全然眠れなかったし、今もさっき行ったばかりのトイレに行きたくなっている。

 仕方ないじゃん、こんな王様がやるようなパーティなんて前世でも参加したこと無いんだから! 当たり前だけど。


「はい、準備は整っていますよ父様」


 一応、見た目は平静を装っている。

 緊張はしてるし、膝なんてガクブル状態なんだけど、初めて人前に出るんだから恰好はつけたい。

 デビュー如何いかんが今後の僕の社交界の立場に影響しそうだし。


「あれ? フローラはどうした?」


 部屋に僕しかいないのを不思議に思ったスタルスがそんな事をのたまった。


「母様なら別室で着替えています。先ほど朝食でその話はしたじゃないですか」


「おお、そうだった」


 前世同様、おめかしはやっぱり女性のほうが時間がかかる。

 フローラは普段は嫌がって着けてないコルセットを、今は必死に着けているところだろう。

 元々ウエスト細いし胸も大きいからいらないと思うんだけど、まぁ貴族の身だしなみというやつなんだろう。


「もう少し時間がかかると思いますが」


「ふぅむ、そうか。ならそれまでちょっと父さんと礼儀作法のおさらいをしようか」


 スタルスはフローラと違って僕の授業状況を知らない。だからこそ、自分の息子がパーティに出ても大丈夫なのか不安なんだろう。


「はい、分かりました」


 僕も暇を持て余していたところだし、スタルスの不安軽減に付き合うことにした。




 数十分後、苦しそうに胸を抑えながらフローラが戻ってきた。

 化粧やアクセサリーもバッチリだ。

 個人的には化粧っ気のない普段のラフでありながら優美なフローラのほうが好きなんだけど、仕方あるまい。


 3人揃った所で僕らは馬車に乗って王城へと向かった。


「ん?」


 馬車に乗り込む時に妙な悪寒を感じたけど、別に何もなかった。

 なんだったんだろ?




 この時、窓から第一夫人であるインウィディアが物凄い形相で馬車を見下ろしていたのをメイドの1人が見ていた。




「うおー」


 王城は屋敷からでも見えるので、別に珍しくもなんともないはずだったんだけど、間近で見るとなんとも言えない迫力があって、その威容に圧倒されてしまった。

 ここヴィンガルフ王国の首都グラズヘイムにあるヴィンガルフ城は高い丘にくっつけて作られているせいで、平地部分よりかなり高い位置にある。だから正面から入ろうとすれば、長い階段を上る必要がある。

 その為、馬車の場合はぐるっと迂回していかなくてはならない。

 城に見下されるようにして長い時間揺られるのだけど、これがまた城に威圧されているような妙なプレッシャーを感じるのだ。

 もしかしたら、畏敬の念を抱かせるためにわざとこういう作りになってるんじゃないだろうか。

 それなら城を設計した人は結構性格が悪いんだと思う。


 馬車は程なくして城の入り口へ到着した。

 僕らを下ろすと馬車はさらに奥へと進んでいった。奥に厩舎きゅうしゃがあるらしい。

 入口付近まで来ると、城がもう大きすぎて視界に収まりきらない。見上げてもでっかい門と塔が見えるくらいだ。

 僕がその大きさに目を回していると、スタルスが慣れた様子で城内へと入っていった。

 慣れた様子でというか、実際慣れてるんだよね。普段お城で仕事してるらしいし。

 城に慣れていない僕は見た目は出来るだけ気丈に、内心はバックバクでスタルスの後ろを付いていった。

 フローラは慣れていないはずだけど、堂々と歩いており非常に様になっている。

 さすが母様、カッコイイです。

 僕も見習いたい。


 しばらく歩くと見知った顔が廊下に立っていた。


「む! スタルスではないか! よく来たな!」


 がっはっはーと笑うのは、いつも元気なおじいちゃんヴォーデンだ。

 さすがに今日はいつもの動きやすそうな服ではなく、正装をしている。


「本日はお招きいただき誠に有り難うございます」


 スタルスが恭しく挨拶をし、僕もそれに続いた。


「うむうむ、今日は存分に楽しんでいくがよい」


 がっはっはーと中々にヴォーデンは上機嫌なようだ。


「それではまた会場にて」


 挨拶を終え、その場を離れようとした所、


「待て待て。お主らはそっちではない。こちらに別に部屋を用意してある」


 え、なにそれ、特別待遇? 聞いてない。え、変なことさせられないよね。

 嫌な汗が腋にじんわりと浮かぶ。




 僕とフローラは揃って普通の控室とは別の部屋へと案内された。

 なおスタルスはさらに別室に案内されていた。




「ソール! フローラ先生!」


 ドアを開けると、そこには満面の笑みの天使がいた。

 間違えた、シシリーがいた。


「シシリー、どうしたの? というかこの部屋って?」


「ここはシシリーと私の部屋よ」


 僕の問いに答えたのは、シシリー声ではなく、別の落ち着いた女性の声だった。


「リーズ妃殿下!」


 妃殿下?

 シシリーの後ろ、そこには清楚という言葉をそのまま具現化したような女性が佇んでいた。


「ふふ、ご機嫌よう。フローラ」


「はい、ご無沙汰していますリーズ妃殿下」


 リーズは挨拶を会えると僕へと向き直った。


「ぼ、私はソール=エイダールと申します。本日はお招きいただき誠に有り難うございます」


 僕と言いかけたけど、挨拶の口上を述べて頭を下げた。


「丁寧なご挨拶ありがとう。でも、そんなにかしこまらなくていいわよ。頭を上げてくださる?」


「あ、はいっ」


「ふふ。私はリーズ=アルフォズール。貴方から見れば、シシリーの母親というのが1番分かりやすいわね」


 あ、シシリーのお母さんなのか。

 確かに顔立ちはどことなくシシリーに似ている、けど目はかなり細めだ。ただその柔和に微笑んでいるような目が、可愛らしいシシリーとは違って物静かな美人という印象を見る者に与えている。そしてシシリーと1番違うのは髪と瞳の色だ。蒼髪蒼眼のシシリーに対し、リーズ妃殿下は亜麻色の髪と透き通るような茶色の瞳をしていた。

 もしかして国王陛下が蒼髪に蒼眼だったりするんだろうか?

 ヴォーデンは確かに蒼い眼をしてたけど、髪の色はハゲなせいで分からないからなぁ。


「フローラ先生もステキだけど、お母様もステキでしょ?」


 リーズを観察していたのを見惚れていたと誤解されたのか、シシリーがない胸を張って――5歳なので無いのは当たり前だ――母親自慢をしてきた。

 まぁでも確かにおしとやかそうな美人だし、見惚れていた部分が全くないと言えば嘘になるけれど。


「シシリーがいつもいつも貴方のことを話すから、会えるのを楽しみにしてたのよ」


「お、お母様! それは言わないでって言ったでしょう!」


「あら、そうだったかしら?」


「もう! あ、ソール、いまのお母様の言ったことはうそだからね! 私、そんなにあなたのことお話してないわ!」


 真っ赤な顔でぷりぷり否定する姿が可愛すぎる。

 そのせいでちょっと悪戯心が芽生えてしまった。


「そっか。シシリーは僕のこと話題にしないんだね。僕はシシリーとのことをいっつも母様にお話してるのに」


 と、落ち込んだ振りをしてみた。

 シシリーの事を母様に話しているのは本当のことだから、言ってる事自体は嘘ではない。

 落ち込んだ僕の姿を見てシシリーはあわあわと慌てると、


「え、えっと、ちがうの! うそは言いすぎたわ! 少しくらいならお話してる……かも」


 しどろもどろになりながら僕を元気づけようとする様は更に可愛くて、僕の中のイケないものがムクムクと大きくなり始めた。


「こら、シシリー様をいじめないの」


 しかしそこで保護者サイドからストップがかかった。

 ただ注意されたとは言っても、フローラの声にそれほど怒気はなく窘める程度の者だった。所詮5歳児同士のやりとりだから微笑ましいくらいに思っているかもしれない。


「あらあら」


 リーズに至ってはむしろ楽しんでいた節が見受けられ、いまも微笑みながら見守っているだけだった。


「シシリーとソール君が仲良しなのはよく分かったわ。これからも仲良くしてあげてね」


「はい、もちろんです!」


 こんな可愛い子と今後も仲良く出来るなんて願ったりかなったりだ。


「私達も仲良く遊びたいわねぇ」


 僕とシシリーの頭を撫でた後、やや困ったようにリーズが呟いた。


「立場があるんですからそうはいかないでしょう」


 リーズの呟きに、フローラが敬語ながらも親しげに返した。


「ほら、その敬語。貴女から敬語を使われるとくすぐったくて仕方ないのよね。やっぱり普通に話さない?」


「無茶言わないで下さいよ」


「昔の貴方なら、妃殿下だとしても私相手なら敬語なんて使わないでしょうに」


「む、昔の話は止めて下さい。子どももいるんですから」


 おや?

 この会話の内容から察するに、2人は元々知り合いだったりするのかな?


「えっと、母様とリーズ様は昔からのお友達だったりするのですか?」


 僕、5歳時からの純朴な問いにフローラはバツが悪そうに口を噤んだが、リーズはむしろ待ってましたと言わんばかりに口を開いた。


「そうよ。私とソール君のお母さんはお隣さんでね、昔はよく一緒に遊んだものよ」


「お隣さん? えっと、所領が隣接してたという事ですか?」


「あら、難しい言葉が分かるのね。そうよ、領地が隣だったの。それで、私もフローラも若い頃はエネアーの2大お転婆姫って呼ばれて」


「その話はお願いだから止めて!」


 昔話の途中でフローラがリーズの言葉を遮って叫んだ。

 聞きたくない、と耳を塞ぎながらその顔は羞恥で真っ赤に染まっていた。


「えー、いいじゃない。桃炎の暴姫さん?」


「ぎゃーぎゃー。聞きたくない。そんなものは聞きたくない」


 いやいやと頭を振っている姿は、完全にいつものフローラじゃなかった。

 美人で優雅で朗らかで素敵なレディではなく、ただの恥ずかしがってる可愛らしい女の子だった。


 にしても、やっぱりそれってフローラ的には黒歴史なんだな。


「ソール!」


「え?」


 ちょっと和やかな気持ちになっていると、顔を赤くしたまんまのフローラにがっしりと肩を掴まれた。


「いま聞いたことは忘れなさい。いいわね?」


「は、はい」


 有無を言わさぬ迫力があった。

 首を横に振っていたらもしかしたら死んでいたかもしれない。

 誰だこれを可愛らしい女の子とか言った奴は。

 そんなこんなでフローラの思わぬ姿を発見しつつ、パーティまでの時間は比較的穏やかに過ごすことが出来た。




 余談だが、魔術師として「桃炎の暴姫」と呼ばれていたフローラに対し、剣士として名高かったリーズは「微笑の瞬刃姫」と呼ばれ、コンビを組んでは近隣のモンスターや盗賊を退治して領民に恐れられてたとか敬われていたとかなんとか。

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