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それから数時間、もうすぐ正午になろうとする頃、ミヅキが突然、何の脈絡もなく口を開いた。
「料理をするための材料がありません」
剣護が確認の為に冷蔵庫を開けると、たしかに材料は全く入っていない。冷凍庫にもなく、カップ麺さえない。強いて言えば、先ほど作った味噌汁にご飯が少量残っているが、昼ご飯としては心許ない。
「ちょっと待ってろ」
二階の自分の部屋に戻ると、財布の中身を確認する。手持ちはそれなりにあり、一応貯金がないわけでもない。
念のために銀行から金を下ろせる様に、カードも持って部屋を後にする。
「よし、それじゃあ買い物に行くか」
「……はい」
二人で家を出て、鍵を掛ける。そういえば、ミヅキは服の替えを持っているのだろうか?
――何着か、買ってやってもいいかもな。そう思う剣護であった。
剣護が先導して、その一歩後ろにミヅキが付いていく形になる。二人共無言で歩いて数分、最寄りのスーパーに着く。
「わるいんだけど、予算内で適当に材料買ってくれないか」
剣護が長財布を手渡す。ミヅキは受け取り、開いて中身を確認すれば頷き、買い物カゴを持って歩き出した。剣護がその後ろを付いて行き、先ほどとは逆の立ち位置になる。
「しかし、ミヅキが料理できるなんてな。俺だったら毎日冷凍モノとかインスタントになるところだったよ」
彼は料理スキルが低めな為、仕方がない。ちなみに、簡単なお菓子程度は作れる腕を持っている。バレンタインデーの際に、女子からチョコを貰った時のお返しの為に身に付けたスキルだったが、残念ながら、一度もお返しをあげられた試しがない。要するに、チョコを貰えたことがないのだ。
剣護が過去の思い出に浸っている間に、ミヅキはすでにメニューを決めているのか、手際よく材料をカゴへ放り込んでいく。非常用なのか、カップ麺や冷凍物も入っている。
買い物を済ませて店を出た時には、財布はぺったんこになっていた。ミヅキは彼の予算内という言葉を、この財布の中身ギリギリまで、と思ったようだ。
「ま、いいか……」
溜息を漏らす。手持ちはもう少ないが、口座に預けている分でなんとかなるだろう。ついでに、食材等が入ったビニール袋を二つ受け取る。指に食い込むが、耐える。
しかし……、剣護は頭を抱えたくなった。この先、どれほどの期間を戦い続けなければならないのか。それよりも、あの時のような戦いを、本当に続けなければならないのか。まだ彼の手の中に残っている、肉を切り裂いた時の感触。飛び散った血液の生暖かさ。
もう二度と味わいたくないというのに。それでもこの世界は彼らを縛り付ける。
「嫌だな……」
太陽が照り付ける空を見上げ、呟いてみた。声に出しても、変わらないことがあるのは分かっている。それでも、彼は言わずにはいられなかった。