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「死にそうになった……か」
ミヅキが一馬に、これまでの経緯を説明する。彼がどんな人物で、今までどう戦ってきたのか。そして、今回の戦い……植え付けられた恐怖。
一馬は顎に手を当て、考える。仮にも彼は教師だ。生徒……特に、自分の受け持ったクラスの子ならば、なんとかしたいと思うのが当然だろう。だが、今の彼に、なんという言葉をかけてやればいいのだろうか、悩む。
言い方、台詞、雰囲気……伝える条件や方法は沢山ある。その中からどれを選び、どう伝えれば彼を一番傷つけず、一番励ませられるのか?
「ここはやっぱり、聞くしかねえな」
ニヤリと笑い、一馬は呟いた。どう伝えれば良いか、さっぱり分からない。ならば調査するしかない。彼が何にショックを受け、どう恐怖しているのか。それを聞き出す。
立ち上がり、二階の剣護の部屋へ向かう。ミヅキも、彼の後に続いていく。ドアノブに手を掛け、回す。ガチャリ、音を立てて、彼を隠していたドアをゆっくり開いていく。
「…………っ」
見ず知らずの男が視界に入り、剣護が反応し、怯え始める。ミヅキは、心が切り裂かれそうになる錯覚を感じた。
しかし一馬は、そんなことは我関せずと言うような態度で、ずんずん彼に歩み寄っていく。それはさすがにマズイのでは、とミヅキも止めようとするが、今の自分に何も出来ないことを思い出し、手を止めた。
「お前は、何が怖いんだ?」
唐突な、核心を突いた大胆な質問に、剣護が微かに狼狽する。それでも質問した張本人である一馬は、彼をじっと見据えている。
縮こまっている少年は、怯えながらも、ゆっくり口を開いた。
「死ぬって、どんな感じですか?」
――死。それは誰にでもやってきて、永遠に続くもの。終わりのない終わりといえるもの。
だが、具体的にどうこうと言える人間は存在しないだろう。死んで蘇ったことのある人間など、居はしないのだから。
だから、一馬は首を傾げた。剣護は、医学的な見解を求めているわけではないだろう。では、どう言い表せばいいのか? それが分からなかった。答えに詰まっていると、剣護は更に体を縮こまらせながら、話を続けた。
「きっと死ぬってことは、全てが消えて、それが永遠に続くことなんだと思います。大事な物も、どうでも良い物も手から零れ落ちて、何も感じない……暗い闇に永遠に放り込まれる。目も鼻も、耳も口も肌も……身体全てが失くなって、触れられなくなって、朝に近所の人に交わしていた挨拶も、昼に御飯を食べることも、夜に眠ることも……当然のこともできないで、一人ぼっちで……いや、そんなことを考える思考そのものが失くなるんだって……そう思ったら、身体の震えが、心の動悸が、止まらないんですよ……。
死ぬのは嫌なんです……! でも、人間はいつか死ぬって、そんなもんだって皆笑って言うけど、俺はやだ! やっと手に入れたのに、友達を……大切な存在を! 昔は死ぬことなんてどうでも良いって思ってたのに……俺……っ!」
いつか来る恐怖。永遠とはあまりに遠いほんの僅かな時間。それからやってくるのは、永遠の闇。彼がそれに怯えていることに、二人はようやく気が付いた。




