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だが少年は、彼の威圧感など物ともせずに余裕の表情を浮かべながら、ゆっくりと剣を下げた。
「このまま俺がやって勝っても面白くないですね……。それじゃあこうしましょう。
三日、猶予を与えます。その間に調子を万全に整えて、もう一度戦いましょう。そこのお兄さんの相手も連れてきてあげますよ、勝負は公平にしないといけませんからね」
少年は笑った。本当に楽しそうに……殺し合いの約束を始めたのだ。しかし、今の秀彦にはありがたかった。剣護が戦意喪失しているこの状態では、勝つ見込みが無かったからだ。秀彦が頷くと、レイピアだった少年の武器は金色の長い髪を持つ、綺麗な女性に姿を変えた。
「さて、じゃあ三日後、楽しみにしてますよ。俺の名前は日向真治、『しんじ』じゃなくて『まさはる』ですので、以後お見知りおきを。
ちゃんと連絡くださいね? 待ってますから」
真治と名乗る少年は笑いながら背を向ける。金髪の女性もそれに合わせて髪を靡かせ、後に付いていく。
助かった……そう思うと同時に、貶され、負かされたのだと、秀彦は思った。彼は剣護がどのように戦い、負けたのかを見ていない。だが、今の彼の様子からそれは見て取れた。
――完全なる敗北。一言で言い表すなら、それだ。
「立てるかい、剣護君」
「ヒッ……!」
秀彦が手を差し伸べると、剣護は小さく声を上げ、怯える子犬のように体をぶるぶる震わせる。見たところ、彼の外傷は少ないようだが……。
「……ミヅキちゃん、剣護君を家に連れて帰ってあげて」
秀彦は気付いた。いや、こんな様子の彼を見れば、誰だって気付くだろう。
これは、戦意喪失というレベルではない……。トラウマ、というべきだ。それも、かなり重症だ。今は友達と呼ばれる秀彦を相手にしてもこの怯え。おそらく、見ず知らずの人間には悲鳴を上げるのではないかと思えるほどである。
「分かりました……行きましょう。タクシーを呼びますから、それで帰りましょうね」
ミヅキの優しげな語りかけに、震えながら頷く剣護。あれほど強かった彼が、自分に影響を与えてくれた彼が……どうしてこうなったのか。今の秀彦は気づかなかった。
まだ剣護は、十六歳だ。それは、半分大人でもあり、その半分はまだ、子供である。




