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「う~ん、残念です。この手応えは、肉だけしか斬れなかったようですね」
少年は本当に、心底残念そうに呟いた。だが、剣護の耳にそんな呟きは入ってこない。
彼の頭の中に、今まで殺してきた人達への罪悪感と、恐怖が湧き上がってきた。次の一撃はどこに撃ち込まれる? もしかすれば腹に。いや、心臓を抉り、斬り刻まれるかもしれない。そう考えるだけで、彼の身体は震え上がった。
剣を握る力さえない、カラン……虚しい音を響かせながら、手から剣を落とす。その様子を見つめる少年は、溜息を漏らした。
「もうギブアップですか? 仕方ありませんね……」
ゆっくりと、刀身は剣護の心臓に向けられる。あと一突きで、彼は息絶える。
「ちょっと! 人の家の前でなにやってんのよ!」
叫び声と同時に玄関からマホが飛び出てくる。彼女はこの戦いには関係がない。しかし、飛び出さずにはいられなかった。
すると、剣護を狙っていた矛先が、今度は彼女に向けられる。
「邪魔しないでもらえませんか?」
「悪いわね、この人達は友達なの。邪魔させてもらうわ」
しかし、今のマホにはパートナーである秀彦がいない。例え彼女が邪魔をしようとしてもたかがしれている。それを分かっているのか、少年も肩をすくめて溜息を漏らす。
「まぁ、いいですけどね? 俺はどんな人が相手でも。先に貴女を潰して、その後でも構いませんし」
マホへと向けられていた矛先が、徐々に距離を近付けていく。目前まで接近すると、マホは思わず目を閉じた。だがその切っ先が、彼女に届くことはなかった。
「あまり、僕の友達を虐めないでくれると嬉しいな?」
少し離れたところから、声が響いてくる。声の主は、秀彦だった。授業が終わり、帰ってきたのである。
辺りを見て、状況確認をする。座り込んでしまっている剣護に、寄り添っているミヅキ、その二人の正面に立っている少年。その間に立って、二人を庇う様に腕を広げて立っているマホ。大体把握することが出来た。
「ちょっと……怒っちゃおうかな?」
――秀彦の目付きが、鋭くなる。彼はこの世界に来てから……いや、今までの十数年間、怒りに燃えたことはほとんどなかった。彼は元々温厚な性格であることが一つ、第二に、感情に身を任せるのが苦手、三つ目に……怒るほど守りたいと思う存在が居なかったこと。
だが、彼の鋭く開かれた瞳の奥からは、殺気にも似た威圧感を放っていた。それは、微笑みを絶やさない様努めている普段の彼とは、全く別のものだった。




