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「あ、そうだ」
何を思い付いたのか、剣護はおもむろに動き回るのを止め、呼吸を整え始めた。
「喰らえっ!」
その絶好のチャンスを、薫が見逃すはずもない。剣護のいる位置を調べ、視認し把握すれば、彼に向け弾を発射する。
だが、彼は当然のようにその攻撃をはじき返した。
「よし、そこだなっ!」
そして、矢の飛んできた場所に向け全力疾走を始める。壁をジャンプし、4階建てアパートを一階ずつ登っていく。傍目から見ればかなりアクロバティックな動きをしているのだが、剣護は気にしないことにした。
薫は焦った。彼が確実に近付いているのを感じるからだ。
弾を装填し、彼が登ってきている方へ構える。這い上がり、この場に辿り着いた瞬間を狙うためだ。
「ここかっ!?」
「このぉ!」
剣護の姿を確認した瞬間、薫は矢を放つ。だがその一撃は易々と剣で砕かれてしまった。
薫は溜息を漏らしながら、クロスボウの持ち方を変え、彼と対峙した。その構えは明らかに弾を撃つようには見えなかった。いつでも彼の攻撃を防御出来る体制に入ったのだ。
「一つ、聞きたいことがある。俺はお前が、ミヅキと遊んだのは聞いた。でもなんでミヅキなんだ? どうして彼女じゃなきゃ駄目だったんだ?」
どうしても分からなかった一つの疑問を相手に振る。すると当の本人はクスクス笑い始めた。その様子は事前に聞いていなければ、本当に女の子なのではないかと錯覚するほどであった。
「僕は生まれながらに疑問を持っていた。どうして女なのに、男の体なのだろうかと。悩み苦しんで、僕なりの答えを出したよ。『僕は男だ。体が男なんだから、そうに決まってる』ってね。何度も何度も、呪文のように唱え続けた。やがてほんの少しずつ、僕はそれを受け入れるようになった。
でも……、完全にそれを振り払うことが出来なかった。だからこの世界に来た。そして僕は、ミヅキさんと出会った」
剣の姿に変化しているミヅキにちらりと視線を送る薫。微かに口元が綻んでいる。
「初めての感覚だったよ……女の子を好きになるのは。僕は僕自身を上回ったと思った。だから彼女を、どうしても手に入れたかった……っ」
薫の言葉を聞き、剣護は溜息を漏らした。それはまるで呆れているようでもあり、哀しんでいるようでもあった。
「本当にミヅキを好きだったのか? それは単純に、『俺は男だ』って主張するための道具として扱ってただけじゃないのか?」
一歩ずつ、間合いを詰めていく。剣護の胸の中には、怒りに似た感情が湧き始めていた。剣護自身どうしてそうなっていくのか、良く分かっていなかった。
「ホントに好きだと、思うならっ!」
「くっ!?」
勢い良く剣を振り下ろす。薫は何とかクロスボウで防御する。両手で持ち上げている状態のため、完全に無防備となり、もう防ぐことが出来ない。
空いた腹部へ剣を突き刺す。肉を貫く感触も、三度目となっては多少慣れてしまった。
「そういう感情無しに、付き合ってやれよ、バカ野郎……っ」
薫の耳元に囁く。少しだけ、彼の表情が和らぐ。
「そっか……、そう、だね…………。僕は、もっと彼女を……」
彼の意識は薄れていき、最後まで喋ること無く、遂に薫は消滅してしまった。




