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「はぁ……っと」
溜息を漏らしながら、湯船からお湯を掬い、頭から被る。
少し前に夕食を済ませた剣護は現在、入浴しているわけだが、気分はあまり良くなかった。
「あと、どれだけ戦わなくちゃいけないんだ?」
彼の懸念はこれだった。これから先、素性も分からないような人間と戦い、殺さなければいけない。
目を閉じると、すぐに思い出してしまう。腹を突き破る時の感触。血の匂い、生暖かさ……。思わず吐きそうになってしまうほど、彼には衝撃的だった。
「くそ……」
手を洗う。彼の目には見え、それを感じるのだ。あの時に浴びた、おぞましい血が。
何度洗っても、何度拭っても消えない。そしてそれは次第に苛立ちに、恐怖に変わっていく。
「情けないな、俺……」
手を止めると、乾いた笑いを洩らしながら湯船に浸かった。
今更後に引くことは出来ない。彼には分かっているはずなのに、それでも考えてしまう。それも彼の性格、という他に理由はない。
「失礼します」
「ん? どうし……ええぇっ!?」
ミヅキの声。それと同時に風呂場を仕切っているドアが遠慮無く開かれる。
当然のような顔をして、彼女はバスタオル姿で剣護の眼前に姿を現した。そんな姿で入ってくると予想できなかった彼は当然、パニックになるわけで。
「おいおいおい! なんだ、なんでいきなり……ち、ちょっと待て! フラグを建てたような覚えは無いぞ!?」
剣護は慌てて自分の股間を手で隠しながら縮こまり、声を上げる。
予想していた、というかの様に、ミヅキは小さく息を吐いた。歩み寄り、剣護に顔を近付ける。彼の心臓は更に早く、強く脈打つ。鼓動が鳴り響いているような錯覚さえ感じる。
「別に、なんとなくです。それよりも……」
ミヅキは彼の態度に溜息をつくと、続けて口を開く。
「これくらいで動揺しないでください。貴方はこれから、私を使って戦っていくんですから」
そう言い残し、ミヅキは彼から離れ、すぐに浴室から姿を消した。剣護にしてみれば、何故彼女はこのタイミングで入ってきたのかと疑問になってしまう。
しかし、またもや『戦い』というキーワードが、彼の頭の中でぐるぐる回ってしまう。
「なんなんだよ、全く……」
ある意味では、警告されたのかもしれない。
――この先の戦いの為、覚悟しておいてください。剣護にはそう聞こえた。
彼女の薄めの唇、白い首筋、バスタオルに隠れていてもハッキリと分かる、慎ましい胸……。
「……アホか! 何考えてんだよ俺はっ!?」
頭を抱え、唸る。彼は確実に彼女のことを意識していた。可愛いと……願わくば、恋人にしたいと思うほどに。というか、彼女はどうしてわざわざ風呂場にバスタオル姿で入ってきたのだろうか? もしかしたら、彼女なりに俺のことを気にしてくれたのだろうか、そう思うと、少し気が楽になった。
「さて、と……」
溜息混じりに天井を見上げる。
これから、どうするか……。剣護はただそれだけを考えるように徹した。
……ちなみに、何故ミヅキがいきなり風呂場に入ってきたのかを尋ねると、反応が見たかっただけ、とのことだった。意外にからかう側の人間なのかもしれないと、剣護は思った。




