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「この世界は、必要なのかな」
閑散とした小さな部屋に、少年のような声が響き渡る。少年のような、というのはあくまでも比喩である。確かにこの部屋に少年が一人居るが、その声は彼によって放たれたものではない。
「と、言いますと?」
真剣な面持ちをしている、部屋にただ一人ぽつんと立っている少年は、視界の向こう側にある、誰も座っていない玉座に語り掛けている。端から見ればおかしな光景だが、彼にはそこに男が座っている様子が、ハッキリと目に映っている。
少年から見る、椅子に座る男の表情は、どこか暗かった。
「人の願いを叶え続けて、僕はよく分からなくなってきたよ。そもそも、僕がこうやって人のことに介入して……、本当にそれで良いのかな」
男は遂には頭を抱え始めた。この世界を作ったのは、人にとっての一種のチャンスのつもりだった。人には、どうしても叶えたいと思う夢がある。その夢を叶えさせる為に、この世界を作った。
人間は時に平和を求め、時に自由を求め、時に戦争を求めた。だが男は、そんな人間達が良く分からなくなっていた。本当にこんな世界は必要なのか。考えるが、今の男にはこの世界を破壊する力も、この世界に介入する力も、もうない。
「貴方が人間のことを気にする必要はありませんよ」
宥めるような少年の言葉。それでも男の表情は晴れない。
「だから、君にこの世界の権限を譲れ、というのかい?」
「ええ」
頷く少年を見て、溜息をこぼしてしまう。確かに、力を分け与える者を探すとすれば、間違いなく彼だろう。だが、長い目で見てきたからこそ、分かることもある。
彼は、人が死ぬ光景を見ても、何とも思ってはいない。いや、むしろ楽しんでいるかのようにも見える。
「……そろそろ時間です。それでは、私はこれで」
少年は頭を下げると、部屋から出て行ってしまった。
もう、どうしようもないのかもしれない。これ以上、自分で考えることに意味は無いのかもしれない。男は思う。
――でも、もしも。この世界を壊せる力……、あの子を殺せる力を持つ者がこの世界に現れれば、正しい認識が出来る、優しい心の持ち主が居れば、或いは。
「誰か、頼む……」
過去に神と呼ばれた男が、神に願った。
この世界の行末をどうするべきか……それを教えてくれる存在を、この世界に。自分が人間の願いを叶えさせる立場であるというのに、こんな頼みはおかしいのかもしれない。それでも。
「頼む……!」
非力な神は、人間に祈り続けるのであった。