強敵を討ち破れ!
まずはこれまでと同じく、美咲のシャープ・ウェポンで武器攻撃力を底上げする。続いてクロのウィークネスアローでグランドベアを弱体化させた。
アーランドの支援がない今、余裕を持って攻撃することはできない。ここからはボクたち自身の戦闘力と判断力が試される。
「行くよ、アルナ!」
「任せなさい!」
合図を交わし、ボクとアルナはベアへと突進した。
幸いにもベアの動きは単調で大振りだ。注意深く見れば大抵の攻撃は見切ることができる。
振り下ろされる腕を左右に避け、薙ぎ払い攻撃はジャンプしたりしゃがみ込んで躱す。突進やファルを潰した踏みつけ攻撃は、挙動が大きいため避けるのは簡単だ。
それでも避けきれない攻撃は存在する。足を踏み下ろす地鳴り攻撃やこちらの攻撃力を下げる雄叫びがそうだ。大きなダメージはないが全体攻撃のため、後衛のクロや美咲も影響を受けてしまう。
そうした攻撃を受けたときは、後衛の支援が止まってしまうため攻めづらい。HPが低下しているためかベアはそういった攻撃を頻繁に使用するため、なかなか決定打を与えられないでいた。
「円月!」
「輪牙槍!」
ベアの足を切り払い、地鳴り攻撃を阻害する。その隙を突いて、アルナがドリル状に回転する槍で突くスキル『輪牙槍』でベアの腕を突き刺した。
一瞬ひるんだベアだが、その傷をもろともせず再び腕を振り上げる。しかしその挙動を先読みしていたボクたちはすでに後ろに退き、美咲の回復を受けていた。
「ジリ貧ね……一撃でドカーンと吹っ飛ばせるスキルとかあったらよかったのに」
「それはさすがに……ね」
槍術士は長いリーチを活かした中距離戦闘が得意な職業だ。敵の間合いの外から繰り出す連撃が攻撃の基本となるため、一撃の威力に乏しい。
それは手数で圧倒する職業である亜流双剣士も同じで、一撃ごとの威力は槍術士より少し高い程度しかなく、高威力のスキルも持ちえていない。のけ反りの少ないベアには連撃が安定して入らないため、ダメージもそれほど与えられていなかった。
しかし諦めるわけにはいかない。確かに一度に大きなダメージを与えることはできないが、着実にベアのHPを削ることはできているのだ。
「スリーラインショット!」
クロの援護射撃も目立たないが十分な活躍を見せていた。ウィークネスアローは言わずもがな、3本の矢を放つ『スリーラインショット』もなかなかの高ダメージを与えている。ベアの攻撃範囲外から射撃し注意を引くことで、前衛の回復をする時間を稼いだりもしてくれていた。
「グオオオオオッ!!」
突進をステップで躱し、ベアの背後に回り込んで背を切りつける。しかしそこで、ボクは重大な失敗に気付いた。
「突進が止まらない? しまった……!」
「きゃああああ!」
突進を続けるベアは、支援を担当していた美咲を狙っていた。おそらくヘイトが高まりすぎたのだろう。
ヘイトとはいわゆるモンスターからの狙われやすさだ。攻撃を続けたり魔法を使用すると高まってしまい、最も高いプレイヤーが優先してモンスターに狙われる。
積極的に攻撃してボクとアルナは自分のヘイトをできるだけ高めていたが、いつの間にか回復を担当していた美咲の値がそれを上回ってしまっていたらしい。
ベアの攻撃は強力だ。防御力の低い白魔導師である美咲がその攻撃を受ければ、たちまちHPは尽きてしまうだろう。
「こ、来ないで! 来ないでぇ!」
「美咲! 避けて!」
叫ぶが、美咲の動きは鈍く回避が間に合わない。
(今度こそ誰も死なせるわけにはいかないんだ。何か手は……!?)
美咲が目を瞑った瞬間、その前に1つの人影が飛び出した。
槍で防御態勢をとったアルナだ。
「ダメだアルナ! それじゃあキミが!」
不意にアルナの姿がロレンスと重なった。このままではアルナもロレンスと同じように倒されてしまう。
「ラピッドショット!」
アルナが攻撃を受ける直前、クロの声が響き渡った。同時に光速で放たれた矢がベアに突き刺さり、わずかにだがそのバランスを崩させる。
「くっ……あぁ!」
突進を真正面から受け、弾き飛ばされるアルナ。そのHPは、危険域に突入しているもののかろうじて残っている。クロの援護で多少ながらダメージを減らせたようだ。
「うっ……」
「アルナ!」
「私は大丈夫だからっ!」
アルナの様子を確認しつつ、なおも美咲を狙うベアをボクは後ろから切りつけた。そしてようやくベアの注意がボクに戻ってくる。
「美咲!アルナの回復を!急いで!」
「は、はいっ!」
ボクの声を聞いた美咲はすぐにアルナのもとに駆け寄り、回復魔法を詠唱し始めた。
しかし美咲が現在使える回復魔法では、一度に大量のHPを回復することができない。アルナを万全の状態まで回復させるにはかなり時間がかかるだろう。
その間、ボクが1人で前線を支えなければならない。
(ボクにできるのか? いや、弱気になっちゃダメだ!)
「…………やああっ!」
声を張り上げたボクは、迫るベアの腕を避けながら懐に飛び込んだ。
「裂双牙!」
そのまま腕を上に振り上げ、後方宙返りをしつつベアの身体を真下から切り裂く。
『裂双牙』。この戦闘を始める前に、ボクが習得しておいたスキルの1つだ。
円月より攻撃範囲は劣るものの、2本の剣で攻撃するため威力は高い。その上攻撃後の隙が少なくコンボも繋ぎやすいので、主に単体の敵を相手にするときに真価を発揮するスキルだ。
宙返りで距離をとったボクは、のけ反ったままのベアに向かって再び突撃した。
敵がのけ反っている間は与えられるダメージが大きくなる。今のうちに少しでも多くのダメージを与えなければ。
「たああああああーーっ!」
ベアに肉薄したボクは、右腕を振り上げて下から斜めに切り裂いた。立て続けに左の剣で横一文字に切り払う。
さらに反復横跳びの要領で左に軽く跳躍、同時に右の剣を大きく横に振るって一閃。続けて左足で地面を蹴り、飛び上がって左の剣で切り上げた。
これこそが亜流双剣士の戦い方。目にも止まらぬ剣筋と華麗なステップで戦場を縦横無尽に駆け巡る。その動きは当然、鈍重なベアがついてこられる速さではない。
ベアを翻弄し、何度も何度も斬りつける。合間に挟まれるベアの攻撃はクロの射撃が阻止した。
「カナタ、すごい……」
アルナの小さな呟きはしかし、ボクには届かない。ボクの耳には今、剣が空を切る音と攻撃がヒットする音だけが響いている。
「裂双牙! 円月!」
怒涛の連撃を切り上げと横への切り払いで締めると、ベアのHPはもう残りわずかになっていた。
「はぁ、はぁ……」
だがそれはボクも同じことだ。攻撃の合間合間に受けた地鳴りや雄叫びのダメージが蓄積され、HPが尽きかけている。このまま戦い続ければ、先に倒れるのはボクの方だろう。
美咲による回復に頼れない今、回復手段はポーションくらいだ。しかしそれを飲んでいる時間的余裕もない。クロの矢も底を尽き、援護射撃さえもなくなった。
もはや短期決戦に持ち込むほかに、1人も欠けず勝つ手段はないだろう。アルナの回復を待つ時間もなさそうだ。
「……っ」
剣を握る手に力を込め直し、目の前を見据える。そしてベアが攻撃を仕掛けてくると同時に、ボクは最後の攻撃を開始した。
雄叫びをあげようとするベアだが、その挙動は大きく、隙だらけだ。一度攻撃してのけ反らせることができれば、しばらくはボクが一方的に攻撃できる。それが決まればボクたちの勝ちだ。
(これで決める……!)
そう意気込んだ瞬間だった。
「ガァァァッッ!!」
「えっ!?」
ベアが逸らした上体を前方へと突き出した。
迫るベアの顔。その口は大きく開かれ、鋭利な牙が剥き出しになっている。ボクを、噛み殺すために……!
なぜ突然こんな攻撃を繰り出してきたのかは分からないが……これを受ければ確実に死ぬ。そのことだけは火を見るより明らかだ。
しかしボクはすでに最高速でベアへと突進している。この攻撃を避けるのは不可能だ。他の防衛手段もボクは持ち合わせていない。
この状況を切り抜ける方法は、ない。
そう悟った途端、ボクの頭を『死』一文字が埋め尽くし、何も考えられなくなった。
目の前がすべてスローモーションになる。巨大な牙が迫る。迫る。迫る。
ボクは恐怖に少しでも抗おうと、目を固く閉じた。
「カナタぁぁぁ――――っ!!」
「っ!」
アルナの声で目を開けると、そこにベアの牙はなかった。代わりにアルナが目の前で膝をついている。その視線の先には顔を押さえて暴れるベアがいた。
ボクに牙が突き刺さる直前、アルナがベアの目を槍で突いて攻撃を止めてくれたのだ。
アルナのHPは回復が追い付かず、いまだに危険域を出ていない。もし失敗すればアルナが攻撃を受け、死んでしまっていたはずだ。その危険を顧みず、アルナはボクを助けてくれたのだ。
この戦いの間だけでも、ボクは何度もアルナに命を救われている。きっとアルナがいなければ、ここにこうして立っていることすらなかっただろう。この借りは必ずどこかで返さなければならない。
でもまずは、目の前の戦いを終わらせることが先だ。
「行って、カナタ!」
「うん!」
立ち上がることのできないアルナをその場に残し、ボクはベアに向かって駆ける。
そんなボクを後押しするように、美咲のシャープウェポンがボクの剣に付加された。
準備は万全。ベアからの反撃もない。条件はすべて整った。
両手の剣を手元で半回転させ、大きく跳躍する。ベアの頭より高くまで飛び上がったボクは、2本の剣を振り上げ……。
「これで……トドメだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――ッ!!」
落下とともに、振り下ろす!
「グオオオオオオオオオオオォォォォォォォ…………」
縦に両断されたベアは小さな雄叫びをあげ……ついに、倒れた。
『第1ダンジョン、迷いの森が攻略されました。第1ダンジョン、迷いの森が攻略されました……』
同時にどこからともなくアナウンスが流れた。その声で、ボクたちはようやく勝利を実感する。
「私たち、勝ったのね!」
「あんな化け物相手に、私たちが……感激です!」
「うー……やったあぁぁぁぁ――――っ!!」
思い思いの歓声をあげた3人の声は喜びに満ちていて、ボクの胸にもたまらない嬉しさが込み上げてきた。
それと同時にボクは全身の力が抜けてしまって、その場に座り込んでしまう。
「……ありがとう、カナタ。私たちがこうして立っていられるのも、あなたのおかげよ」
「ううん、みんなが助けてくれたからだよ。こちらこそ、ありがとう」
「お礼なんかやめやめっ! これはみんなで勝ち取った、みんなの勝利なんだから!」
「それに、これからもっと激しい戦いがあるかもしれないんです。称え合うのは、全部が終わってからにしませんか?」
「それもそうね。それじゃあみんなで……この森を、抜けましょうか!」
アルナが指差したのは、ベアが守っていた大樹の根元。そこには人一人が潜れる程度の穴があった。
あれがこの森の出口。そして、新たなる冒険への入口だ。
「さあ行こ。カナタ!」
「うん」
差し出されたアルナの手を取って立ち上がり、ボクたちはみんなで迷いの森を抜けた。