初めての戦闘
FLOの世界は大きく『タウン』と『ダンジョン』に分けられていて、戦闘を行えるのは基本的にダンジョンだけだ。
ダンジョンの最深部に住まうボスを討伐すると次のタウンへの道が開け、さらにそのタウンから次のダンジョンへ行けるようになる。
すべてのダンジョンを攻略し、最後のタウンである『アルカディア』へ到達することがこのゲームの最終目的だ。
さらに、最も速くアルカディアへと辿り着いたプレイヤーには、ゲーム内最強装備と莫大な賞金が与えられるらしい。
今回はβ版ではあるけれど、ゲームクリアはできるようで……大勢のプレイヤーたちは、アルカディアへ到達するための道を探すことに躍起になっていた。
「ここが迷いの森かぁ……」
最初の町『西都イリール』を出たボクたちは、イリールから繋がるダンジョン『迷いの森』へと赴いていた。
見渡す限り木々で埋め尽くされたその森は薄暗く、見るからに不気味で怪しい雰囲気を纏っている。
「な、なかなかに不気味なところね……」
「おやおやー? もしかしてアルナン怖いのカナー?」
「馬鹿言わないでよ! ゲームなんだから、お化けなんて出るわけないんだし!」
「ゴースト系モンスターはいると思うけど……」
「そんなこと今はどうでもいいの!」
「ご、ごめん」
「ほらっ、早く行くわよ! ただでさえちょっと出遅れてるんだもの、これ以上置いて行かれるわけにはいかないわ!」
若干震えているアルナを先頭に、ボクたちは薄暗い森の中へと足を踏み入れた。
「たぁっ!」
弧を描くように振り下ろされたボクの剣が、オオカミ型モンスター『ガルフ』の体を真っ二つにする。それでHPが尽きたガルフは光の粒子となって消滅した。
森に入ってから1時間後。入口から少し奥に入った、獣道のようなところでボクたちは狩りを行っていた。
最初は慣れない感覚に戸惑ったが、身体能力が跳ね上がり思った通りに体を動かせるようになっているので、動きを覚えるのにそう時間はかからなかった。
しかも前衛に亜流双剣士と槍術士、後衛に弓術士と白魔導師という隊列は思いのほか効率がいいようで。大きな消費もなく、着実にボクたちのレベルは先行プレイヤーたちに追いつきつつあった。
「うん、いい調子ね。この分ならすぐに上位プレイヤーにもなれそうだわ」
最初は怯えていたアルナもモンスターを前にすると一変。恐怖よりも戦いへの好奇心が勝ったのか、嬉々として槍を振るっている。この分なら本当にゴーストでも現れない限り心配ないだろう。
「おらおらザコどもー! 死にたいやつからかかってこいやぁ~!」
アルナの隣で矢を連射するクロはすでに戦いにも慣れたらしく、素晴らしい弓捌きで敵を片っ端から打ち倒している。こちらも心配はなさそうだ。
最も不安だった美咲だけど……。
「猛き焔よ、燃え上がれ。『フレア・ボール』!」
詠唱を終えた美咲の杖から飛び出した火球が目の前のガルフを焼き尽くした。敵が倒れたのを確認した美咲は、再び杖を掲げ詠唱を始める。
「すごい……」
最初はアルナ以上に緊張していた美咲だが、戦場に立った途端凛とした姿で魔法を扱っていた。
FLOの魔法は、術ごとに決められた呪文を唱えることで発動することができる。MPといった概念がないため、呪文さえ唱えられれば連発することだって可能だ。
魔導書に書かれた呪文を読み上げるのが基本だが、美咲は暗記しているのかその必要がないらしい。
「美咲、すごいね。もしかして使える術の詠唱、全部覚えてるの?」
「荒々しき水牙ってひゃあああカナタさん!? あ、あの、えと、その、本の内容を覚えるのは得意なのでってすみませんすみません私なんかがこんなこと言っちゃだめですよね調子に乗ってすみません!」
「責めてないし、むしろ感心してるんだけど……」
まだ警戒されているのか、ボクに話しかけられた途端美咲は普段の落ち着かない様子に戻ってしまう。
このまま話していると美咲も困りそうだし、一旦離れよう。
「邪魔してごめんね。それじゃあボクは……」
「あ、か、カナタさん! 後ろ!」
言いかけたところで、美咲がボクの後ろを指差した。振り返ると、先ほど美咲が狙っていたガルフがこちらに向かって駆けてきている。
とはいえただの体当たり攻撃だ。あの程度なら大したダメージはないのでこのまま食らっても問題ない。しかし攻撃を受けてしまうと、後ろの美咲も被撃する可能性がある。
防御力の低い美咲が攻撃を受けるのは心配だ。ここは反撃するべきだろう。
せっかくだし、ついでにスキルでも使ってみよう。初めてだから若干不安はあるけど。
「円月!」
右足を下げ上半身を大きく捻ったあと、背後に回る形になった右手の剣を、勢いよく水平に振るう。
ボクの周囲を切り払うように振られた剣は、飛びかかってきたガルフの牙と切り結び……。
――パキンッ
競り勝った剣がガルフの牙を砕き、その体を横一文字に切り裂いた。
「よし、上手くいった」
FLOの攻撃技はスキルと呼ばれ、あらかじめ登録された技の型を真似することで発動できる。動きを完全に覚えなければいけないうえ、実際にその通りに体を動かさなければいけないため、魔術よりは少し発動が難しい。反面、型通りに動ければスキルの威力が上がるし、スキル同士を繋いで連携コンボとすることも可能だ。
「すごいですカナタさん! あの狼さんを一撃で!」
「スキルを使ってようやくって感じだから、あんまりすごくはないかなぁ」
「いや、カナカナはすごいよ! だってあんなにぱーふぇくとなパンチラしてくれるんだもん!」
「いやいや……って、なんでそんなとこ見てるの!?」
いつの間にか近くに来ていたクロがうっとりとした表情を浮かべている。どうやら円月で体を捻ったときにスカートが捲れていたらしい。ところでカナカナというのはボクのあだ名だろうか。
「カナカナとみさきちが何か話してるから、気になって混ざりにきたの。そしたら……デュフフ」
「変な笑い方しないで!」
この娘、なんで女の子の下着なんかで興奮できるんだろう……
「いやぁ、眼福眼福」
「うぅ、恥ずかしい……」
「カナカナが恥ずかしがることはないよ! びゅーてぃふぉーな縞パンだったから!」
「縞パン!? じゃなくて! いますぐ忘れて!」
「そいつぁ無理な相談ですZE! こいつぁ永久保存ものだぁ! てなわけであでゅー!」
クロはその名の通りリスみたいなすばしっこさで森の奥まで逃げて行った。
「やられた……」
今度からクロにだけは気を付けよう。
「ごめんなさいカナタさん。クロさんも悪気があったわけじゃなくて……」
「わかってる、だから美咲が謝る必要はないよ。それじゃあ今度こそ、ボクは狩りに戻るから。何かあったら呼んでね」
「は、はい!」
今度は何事も起こらず、美咲のそばを離れることができた。
「美咲があんなに頑張ってるんだ、ボクも負けていられないな……」
気持ちを新たに、再び腰の剣を握ろうと手を伸ばした時……。
――ヴゥン
一瞬、世界が歪んだ。
「……え?」
気付けば、ボクはイリールの大広場に立っていた。
「なにこれ、どういうこと!?」
「ちょっと待て! 俺は今レアMOBと戦ってたんだぞ!」
「『テレポート』なんか使ってないのに、どうして!?」
「ふざけるな! 運営は何をやってるんだ!」
周りではボクと同様、飛ばされてきたらしい人たちが騒いでいる。その人数は数えきれない。もしかすると参加者全員が集められているのかもしれない。
「そうだ、アルナたちは……」
全員が集められているなら、アルナたちもどこかにいるはずだ。まずはみんなを探さないと。
指をスライドさせてメニューを開き、『フレンド』項目からフレンドサーチを起動する。これは同じエリア内にいるフレンドの居場所を探し出す機能だ。アルナたちとは酒場を出てすぐにフレンド登録をしておいた。もしみんなが町にいるなら、これで居場所が分かるはず。
……よし、全員見つけた。問題はこの人混みの中、みんなとどうやって合流するかだ。
「お、おい! あれを見ろ!」
思案していると、どこからか大きな声が聞こえてきた。その声に誘導されて、周りの人たちは一斉に上を見上げる。
そこには……。
『やっほーカナター。楽しんでくれてるー?』
町のどこからでも見られるような、巨大なスクリーンが浮かんでいた。
「ね、姉さん!?」
そこに映っているのは紛れもなく、このゲームを開発した科学者であるボクの姉、高峰遙香だった。