表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Fantasia-Leap-Online  作者: 水無月 静
第二章   風の旅人
36/37

四葉の軌跡

 振り下ろされる爪を寸前で受け止め、空気を切り裂く尾の一撃を反射神経のみで躱す。

 それでも受けてしまうダメージは、間断なく唱えられ続ける回復魔法によって一瞬のうちに癒された。

 数分にも満たない短い攻防。

 しかしその密度は、これまでの戦闘とは比べ物にならない。

 たった一人の、一瞬の油断が、全員の敗北につながるような戦いだ。

「はッ――!」

 漆黒のエフェクトを纏わせながら振るわれた爪を『枝垂桜(しだれざくら)』で受け流し、横に回って連撃。

 しかしほとんどダメージは通らず、逆に突進攻撃を受けてデスさせられる。

「癒しの女神よ来たれ! 我が呼び声に応え、立ち上がりし者たちに聖なる祈りを! 『リバイバル・ロウ』!」

 それを読んでいた美咲による、蘇生魔法。

 デスとほぼ同時に復活し、スキル『一迅』を発動。突進を止めたモンスター・アマハラの背に鋭い一撃を加える。

 続けて、後衛による魔法の連射。ボクが後ろに飛んだ直後、大量の魔法がアマハラを襲うが――結果は、無傷。

 アマハラが装着している黒い鎧――あれが、すべての魔法攻撃を吸収しているんだ。

 魔法だけじゃない。武器による物理攻撃もあの鎧に弾かれてまともなダメージを与えられない。

 それに加え、アマハラは常にのけ反らないスーパーアーマー状態。鎧の隙間を狙えるような隙はない。

 このままではこちらが一方的にやられるだけ。あの鎧の破壊が、この戦いにおける最優先事項だ。

「リネット! 準備は?」

「いつでもいけるわ」

「よし。なら――アマハラ! こっちだ!」

 リネットが、淡い光を灯す水晶を正面に掲げる。

 その水晶から一筋の光が、光に気付いてこちらを向いたアマハラへと伸び、その胸元の水晶とつながった。

「グゥおッ……!?」

 直後のアマハラの様子に、変化はないが……

「やって、くれたな……ッ」

 インターフェースに表示されているアマハラのHP――カンストしていた、その最大値までもが、少量減少。

 何度攻撃してもほとんど変化のなかったゲージに、初めて大きな変化が生まれた。

「管理者権限項目内、ダンジョン構成権限――凍結。ひとまず、『革新(イノベイト)』は封じたわ」

 これが、戦いながらボクとリネットで考案した、アマハラに対抗する手段。

 リネットに返却したGM権限を利用する、特別な攻撃だ。

 初めは、権限を用いてアマハラ自身をFLOから追放できればと考えた。

 しかし、今のアマハラは権限だけでは対処できない、バグの塊。直接的な権限の行使はできない。

 そこで考案したのが、天原のアカウントそのものにダメージを与えること。

 天原が使用している機能を、一つ一つ停止させていくんだ。

 天原もリネットと同等か、少し劣る程度の管理者権限を所持しているから、GMの独断で完全にアカウントを停止させることは難しい。

 しかし、異分子(イレギュラー)の利用を違反(チート)行為として各個認証し、それらに関する機能を一つずつ停止させることができれば……最終的には、天原から完全に異分子(イレギュラー)を切り離すことができる。

 天原と異分子(イレギュラー)のリンクを切断する、GM権限の刃だ。

 そうして辿り着いたのが、リネットが放ったこの光の筋。

 GM権限によって天原のアカウント情報を閲覧し、その中から違反項目、すなわち異分子(イレギュラー)と接続されている機能を確認、停止させる。

 すべての異分子(イレギュラー)を止められなくても――せめて、黒い鎧を構成する異分子(イレギュラー)だけでも切断できれば、勝利に大きく近づける!

「これ以上は……やらせんぞ!」

「ボクたちがアマハラを足止めする。リネット、あとはお願い!」

「任されるまでもないわ」

 一度光の筋を消したリネットが後退したのを確認してから、リネットを狙うアマハラの前に立ち塞がる。

 そしてボクの隣には、アルナの姿も。

「1人でなんて、やらせないから」

「――心強いよ」

 一際大きな唸り声をあげ、突進するアマハラ。

「枝垂桜!」

「『壁砕閃(へきさいせん)』!」

 振り下ろされた腕をボクが枝垂桜で受け流す間に、アマハラの懐に潜り込んだアルナが槍を一突き。

 当然、ダメージは0。しかしその攻撃は、さらなる攻撃の起点となる!

「神の福音を届けたまえ! 『アーリー・スペル』!」

「さんきゅーみさきち! 詠唱破棄! 『ウィークポイントショット』!」

 美咲の魔法で短縮されたスキルの詠唱を、さらに特別な矢で短縮。

 結果、詠唱なしで放たれたクロの矢は、普通ではありえない軌道を描きながら――アルナが事前に攻撃していた部位を、寸分の違いもなく射抜いた。

「グゥ……」

 アルナが使った『壁砕閃』は、当たった敵の防御力が一度だけ0になるという追加効果を持つ。

 また、クロの『ウィークポイントショット』は、弱体化している敵に命中すると倍のダメージを与える。

 防御力低下という弱体化状態を利用して、さらに強力な一撃を叩き込む。アルナたちの絆と技術で作り上げられた、完璧な連携だ。

 矢の攻撃は魔法属性ではないため、吸収されることはない。さらに防御力を0にしたことで、鎧によるダメージ軽減も無視して確実なダメージを与えられる。

 この攻撃なら異分子(イレギュラー)に対しても通用するだろうが……壁砕閃の防御破壊効果は、当てるごとに発動確率が下がってしまうという欠点がある。

 矢による攻撃も強力とはいえ威力はそれなりでしかないため、この連携だけを頼って勝つことはできないだろう。

「もう一度いくわよ! 壁砕閃!」

「アーリー・スペル!」

「ウィークポイント――って、ほえぇ!?」

 再び使われた連携攻撃だったが、アマハラには届かず。

 むしろ、アルナの攻撃で減少するはずの防御力が、反対に強化されてしまっていた。

「そんな!? どうしてよ!」

「――『適応(アダプト)』!」

 アルナたちの連携を後ろから見ていたボクには、わかった。

 この不可解な現象を引き起こしたのは、異分子(イレギュラー)適応(アダプト)』だ。

 周囲の環境や、受けた攻撃に対応するため、自身を作り変える……ロックワームが使用した異分子(イレギュラー)

 その力を、アマハラは発動したんだ。

 この状態では、すべての弱体化攻撃は一度使うと適応されてしまう。

 より戦術の幅が狭くなってしまったと同時に……黒い鎧に対抗する手段が、ほとんどなくなってしまった。

 こうなってしまってはもう……リネットの権限しか、手段は残されていない。

「――リネット!」

 焦る気持ちを抑え、リネットの方を向くと――

「急かさないで。もう――できたから」

 リネットの持つ水晶が、目も眩むほどの強烈な光を放っていた。

「すべての異分子(イレギュラー)・リンクを――この一撃で、断ち切るわ!」

 すでにこちらを視認しているアマハラに、再び光の筋が伸ばされる。

 しかし――

「梨乃ォ!」

 アマハラの水晶からも、こちらに向かって禍々しい色の光の筋が放たれた。

 空中でぶつかり合う、光と光。

 押しているのはアマハラ。けれど、リネットの光も衰えない。

 なら、ボクたちにできることは――

「リネット! 負けないで!」

 水晶を握るリネットの手に、そっと手を重ねた。

 これは、全力と全力のぶつかり合い。ならばボクだって、全力でリネットを支える!

「そういうことなら――」

「あたしたちだって!」

「力に、なります!」

 重ねられたボクたちの手を、アルナたちの手が包み込む。

 ただの精神論でしかないけれど……これで少しでも、リネットの力になれるのなら。

「こんなことされたら……負けるわけには、いかないわね」

「負けるつもりなんて、ないでしょ?」

「――当然」

 ボクたちの気持ちが、通じたのか――リネットの放つ光が、よりいっそう強力になった。

 これで光の強さは五分。

 あとは、運命のままに!

「ぬゥオォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

「はぁぁああああああああああああああああああああッ!!」

 一瞬。交差する光と光が、弾けた。

「――ッ!」

「きゃあっ!」

 弾けた光は衝撃を生み、ボクたちは後方へと吹き飛ばされる。

 すぐさま立ち上がると――対峙するアマハラは、無傷。

 対して、こちらは――

「そんな……」

 リネットの水晶が、粉々に砕けてしまっていた。

 この水晶は、リネットが与えられたGM権限の塊。それがなくなってしまったのなら――リネットにはもう、特別な力はない。

 当然、アマハラの異分子(イレギュラー)に対抗する手段も、失われてしまった。

 まだ、黒い鎧も破壊できていないのに――!

「――見事だ」

 どうにかして鎧を攻略する手段を考えていると、アマハラが低い声で、そう呟く。

 振り向くと、アマハラが身に纏う鎧に細かなヒビがいくつも生まれ、音を立てて崩れ落ちていた。

 リネットの光は――アマハラに、届いていた!

「だが――私はまだ、負けてはいないぞ!」

 その言葉通り、アマハラの胸部には今もなお赤黒い水晶が埋め込まれている。

 リネットの光によって停止させられた異分子(イレギュラー)は、ごく一部のみだったらしい。

 けれど、鎧を破壊できたのならば、こちらにもまだまだチャンスはある。

 なら、ここからはボクたちの番だ。

「リネット、下がってて」

 異分子(イレギュラー)に頼った戦闘を続けてきたリネットは、ボクたちよりもレベルが低く、装備も心許ない。

 ボクたちでさえ一撃で戦闘不能に追いやられてしまうほどの、圧倒的な攻撃力を持つアマハラを相手に、前線に立って戦ってもらうのは難しいだろう。

 だから、あとは――ボクたちが。

「『双旋破(そうせんは)』!」

「『獣破裂閃(じゅうはれっせん)』!」

「『ストーム・アロー』!」

 アマハラの繰り出したブレス攻撃を、こちらもスキルを放って打ち消しながら――4人が、リネットの前に並ぶ。

「ようやく交わったわね。私たちの――四葉の軌跡が」

「もう、どこにも行かせないからね。カナカナ!」

「ここから先は、私たちの道は1つです!」

 出会ったばかりの冒険仲間は、いつしか最高の友達になっていた。

 月日なんて関係ない。彼女たちだからこそ、ボクは心の底から信じられた。

 彼女たちと描いた軌跡は、今、確かに、ここにある。

 この軌跡を途切れさせないためにも――

 ボクたちは、こんなところで立ち止まっていられない!

「みんなで、進もう。――未来へ!」


 タイムリミットはもう、目前に迫っていた。

 すでに部屋の壁はほとんど崩れ去っており、足場も満足に動けるほどは残されていない。

 時は一刻を争う状態だが――アマハラは、直前まで鎧に守られていたため、ほぼ無傷。

 このまま正攻法で戦っても、時間内に削りきることはまず不可能だ。

 頼みの綱であったリネットの水晶も、すでに破壊されてしまった。ロックワーム戦のような、裏口まがいの勝ち方ももうできない。

 ならばもう――ボクたちにできることは1つ。

 システムの範疇を超えることなく、常軌を逸した高威力の攻撃を叩き込むだけだ。

 そしてFLOには、それを可能にする手段が、1つだけ存在している。

 幻想連携(ファンタジア・リープ)

 複数人が間断なくリード・スキル――つまり、『奥義』を発動し繋げる。単身では絶対に実現できない最大規模の連携だ。

 FLOにはスキルを連携させると、後のスキルの攻撃力が増大するという性質がある。4回スキルを繋げれば、最後のスキルの攻撃力は3倍以上にも膨れ上がるのだ。

 それを、単体でも圧倒的な威力を誇る奥義で行う。総合ダメージは、想像すらできない数値になるだろう。

 成功すれば、たとえ莫大なHPを持つアマハラでも致命傷は免れない。しかし、失敗すれば……奥義の長いクールタイムによって、追撃はほぼ不可能となるだろう。

 でも、ボクたちなら――信頼できる仲間となら、絶対にできる。やってみせる!

「アルナ。クロ。美咲。――ありがとう」

「何よ、改まって」

「なんとなく、だよ。ここで言っておかなきゃ、いけない気がしたんだ」

「こらー! 死亡フラグ立てるのはメッ、だぞ!」

「そんなんじゃないよ」

 これは、そう――言うなれば、意気込み。

 培ってきた絆と、記憶を、力に変える言葉だ。

「私たちからも――ありがとうございます。カナタさんのおかげで、私たちは今――ここにいられる」

「ボクだけじゃないよ。ボクたちがここに立っていられるのは、みんなのおかげだ」

 ファル。ロレンス。アーランド。タクトと、サナ。そして――姉さん。

 ここにはいないみんなの心が、ボクたちを後押ししてくれる。

「繋げよう。みんなの想いを、ボクたちの軌跡に!」

 言葉を交わしたボクたちは、それぞれの刃をアマハラへと向ける。

 それに対し、アマハラは――

「いいだろう。ならば私も、全力を以って貴様らを絶望の底へと沈めてくれる!」

 闇を纏った両手の爪を天へと掲げ、その間に漆黒のエネルギー球を作り出した。

 黒球は、爪が纏う闇を吸収してどんどん大きくなっていく。放っておけば、すぐに残った足場を覆うほどの大きさになるだろう。

 そうなった後、あの球が振り下ろされれば――ボクたちはもう、この場に立っていられない。

「来るがいい! 貴様らの希望が闇を切り裂くのが先か、私の絶望がすべてを飲み込むのが先か――勝負といこうぞ!」

 なら、その前に――決める!

「私が――行きます!」

 最初に動いたのは、杖を眼前で構えた美咲。

 前線に出ることが少ない白魔導師という職業にも、ちゃんとスキルは存在している。

 美咲が使おうとしているのは、その中でも唯一、魔法属性を持つ奥義。

 白魔導師の高い魔法攻撃力を、直接叩きつけることができる――美咲の、最強の一撃だ。

「私に力を! 永劫の時を越え来たれ。我が意志と成りて、仇なす者を灰燼と化せ!」

 詠唱を終えた美咲の杖から、煌々と燃え上がる紅焔が放たれる。

 焔は熱量を増しながら急速的に膨張し――人1人分ほどの大きさになったところで、射出!

「奥義! 『熾天滅炎衝(してんめつえんしょう)』――ッ!!」

 アマハラに直撃し、弾けた炎が――視界すべてを焼き払う!

 みるみる減っていくアマハラのHPゲージ。しかし、これだけではまだまだ足りない。

「次はあたしだよ!」

 美咲の放った炎が消える寸前、クロが前へと飛びだした。

 手に持つ弓は、つがえられた矢と共鳴して光り輝いている。

 あれは――クロが今まで温存していた、特注の矢。クロが得意とする光属性の恩恵を極限まで高めた、珠玉の一矢だ。

「派手にキメるよ! 輝け閃光! 瞬け極光! 永久(とわ)の祈りをその身に宿し、悪しき魂に聖断を!」

 光で周囲を白く染め上げた矢は――弦を弾く音よりも速く、光の速さで敵を射抜く!

「奥義・『エターナル・バニッシュ』ッ!! あでゅー!」

 射抜かれたアマハラの周囲に残留していた光が、一瞬の間を開け――爆散。

 光の爆発で大ダメージを与えた。

「続けて行くわよ!」

 飛び散る光が霧散するよりも先に、アルナが駆ける。

「受けてみなさい! 天地揺るがす覇者の咆哮! 刹那を穿つ牙となりて、立ちはだかる者に裁きを下せ!」

 見惚れてしまうほど美しい槍捌きで、敵を無塵に切り裂きながら――

 強力な斬り上げとともに、空中へと舞い上がる。

 さらに、急降下による速力を利用して――頭上から、一閃!

「沈みなさい! 奥義! 『獅王崩天塵(しおうほうてんじん)』ッ!!」

 縦一文字に切り裂く、魂の一撃を食らわせた。

 さぁ、次はボクの番だ。

 しかし、ボクより先に――剣を構えた少女が、一歩前に踏み出した。

 ――リネットだ。

「わたしにもまだ――できることがあるなら」

 迷うことなく、剣を使って空中に魔法陣を描いていくリネット。

 その手は――小刻みに震えていた。

 強大な敵を前に、初めて、一切の後ろ盾なしで立っているのだから当然だ。

 けれど、それでも――勇気を振り絞って、ボクたちに協力しようとしてくれている。

 なら、ボクは――

「大丈夫、やれるよ。誰よりも気高く――そして、本当の強さを知ってる、キミなら」

 リネットの肩に手を置き、そう諭す。

 ボクらのために立ち上がってくれた、その強さがあれば――失敗なんて、するはずないから。

「……あなたには敵わないわ」

「ボクも、キミみたいに強くはなれないよ」

 強さを真似することはできなくても、隣に並んで、一緒に進むことはできるから。

 でも、今回は――

 リネットに、少しだけ先導してもらおう。

「さぁ――行って! リネット!」

 肩を後ろからトンッと押すと、リネットは――

「えぇ――任せなさい」

 小さな笑みを浮かべながら、剣を大きく後ろに引いた。

「悠久の(とき)を越えし蒼海の使徒よ。我が剣に宿りて、粛清の凍土を具現せよ!」

 正面の魔法陣と共鳴した剣が、青い光を放つ。

「もう、終わりにしましょう。お父様。奥義――『氷霊陣(ひょうれいじん)零閃(れいせん)』」

 音もなく、剣が魔法陣の中央に突き入れられると――剣の光が、魔法陣全体を覆い尽くす。

 その輝きが頂点に達した瞬間。

 光の波動が太い光線となり、正面に存在するものを消し飛ばした。

「私も――繋げたかしら。軌跡を」

「繋がっていたよ。最初から、ね」

 ふらりと倒れそうになったリネットの肩を抱いて、その場に座らせてから――ボクは一歩、前に出る。

 今度こそ――残ったのは、ボクだけだ。

 そろそろ、この悲しい戦いに、幕を下ろそう。

 

「――水面(みなも)に映りし月光(つきびかり)。満ちては欠ける、夜の華」


 このスキルは、亜流双剣士の――いや、すべての職業の中でも類を見ない、異色の奥義だ。

 今まで、一度も使うことがなかった。使う機会が訪れなかった。

 そのためこのスキルは、見るのさえも今回が初めてだ。

 けれどボクは、この詠唱文を一目見ただけで、これがどんなスキルなのかわかった。

 なぜなら――

 姉さんが初めて作ったゲーム。その主人公の必殺技と、全く同じ台詞だったから。


「散りゆく花弁は器となりて、(ことわり)を越え、狭間に揺れる」


 これは、単なる姉さんの遊び心だったのか。

 それとも姉さんは、ボクがこの職業を使うことすら見越していたのか。

 理由は――この世界(FLO)を出て、姉さんに直接聞くまではわからない。

 けれど、ボクは今、この偶然にこれ以上なく感謝している。

 ボクの原点で――本当のボクで、軌跡を繋げられるのだから。

「だが――勝負は、私の勝ちだ! 消し飛べぇぇぇええええええええッ!!」

 黒球を完成させたアマハラが、爪を高速で振り下ろす。

 でも――ごめんね。

 詠唱が終わった時点で――ボクたちの勝利は、確定しているんだ。


「奥義――『幻剣・鏡花水月』」


 黒球は落下することなく――アマハラの頭上で、霧散する。

 アマハラの胸元には、形状さえもおぼろげな半透明の剣が、深々と突き刺さっていた。

 彼の胸に埋まった、紅い水晶を貫いて。

「グッ……ガハッ……!?」

 アマハラが膝をつくと、剣が抜け落ち、地面につく前に消滅する。

 後には倒れ伏すアマハラと、手に持つ剣を正面に向けたまま静止するボクだけが残された。

 これがボクの、最強の奥義。

 幻の剣を具現化し、操る――ただ、それだけの技だ。

 空中で自在に操れるとはいえ、それ以外の特殊能力はなく、攻撃力もボクが持つ武器の平均をとった数値でしかない。

 アルナたちの幻想連携(ファンタジア・リープ)によってダメージを与えていなければ、アマハラの硬い毛皮に阻まれて、水晶に届かせることすらできなかったような代物だ。

 長い詠唱のわりに、手数が増えるくらいしかメリットがない。ボク以外の亜流双剣士であれば、決して使うことはないであろうスキル。

 けれどボクにとっては、これが最強の奥義であることに変わりはない。

 第三の剣――意思の刃を振るえるのは、このスキルだけなのだから。


「フッ――完敗だ」

 水晶が破壊され元の姿に戻った天原が、片膝をついたまま、ゆっくりと口を開く。

「さぁ、進むがいい。楽園(アルカディア)はもう、目の前だ」

「天原さん、あなたは――」

 心配そうな表情を浮かべ、アルナが前に出る。

「夢破れた男など、構う必要はない。勝者であるお前たちは、ただ――歩めばいいだけなのだ」

「――えぇ、そうするわ。さようなら。私たちの、敵だった人」

 そう、言葉を遺したアルナは――天原の横を通って、奥に見える真っ白な光へと歩いていく。

「なんてゆーかさ……嫌なこといっぱいあったけど、楽しかったよ、FLO。けっこー、てか、メチャ。まぁ、そんだけ。――バイバイ、おじさん」

 アルナの後を追って、声をかけたクロが続く。

「貴方のしたことは、許されることではありません。けれど……1つだけ、お礼を言わせてください。FLOのおかげで私は変われた。皆さんと、出会えた。貴方の作った身勝手な世界だったとしても――私にとってのFLOは、とても大切な場所になりました。ありがとう、ございました」

 その後ろに、美咲が。

 一言二言天原に声をかけながら、一緒に戦ってくれた、『四葉』の仲間たちも続く。

 そして、最後に残ったのは――ボクとリネット、天原だけ。

 もう時間も残されていない中、リネットは――ゆっくり歩き始めたかと思うと、天原の前で立ち止まった。

「――お父様」

「梨乃、か……」

 顔をあげた天原に、リネットは――

 しゃがみ込んで、彼の体を覆うように抱きついた。

「お父様の苦しみ――気付いてあげられなかったわたしを、お赦しください」

「お前が赦しを請う必要などない。すべての原因は、闇に支配された私なのだからな。己が欲望のためにお前をないがしろにし、あろうことか利用した……私は、最低の父親だ」

「それでも――わたしの父は、あなただけです。お父様。ですから、わたしは……いつまでも、待っています。あなたが罪を清算し、家族として、再びともに歩んでくれる――その日まで」

「……あぁ、約束する。お前がまだ、私を父と呼んでくれるなら……私は必ず、帰ってくる。今度こそ、今度こそ……正しい道を……歩もう」

 涙を浮かべた天原の背を、優しく撫でるリネット。

 そのうち――「もう、行きなさい」と天原に肩を離され、立ち上がって光の方へと歩いていった。

叶汰(かなた)、と言ったな」

「――うん」

「すまなかった。私が高峰(たかみね)遙香(はるか)を利用したりなどしなければ……お前はこんなところで、その身を危険に晒すことなどなかっただろうに」

「それは、違うよ」

 うつむいたままの天原に、ボクは穏やかな声で、そう返す。

「きっとボクは、姉さんがかかわっていようといまいと、FLOにログインしてた。だってFLOは――こんなにすごいゲームなんだもの」

 これは、ボクの本心だ。

 姉さんのせいで女の子になっちゃったり、大きな陰謀に巻き込まれたりと、トラブルはたくさんあったけど……

 やっぱりボクは、ゲームが好きだから。

 この世界に来られたことに、感謝はしても、後悔はないんだ。

「そう、か。……少しだけ、救われた気分だ」

「ボクも待ってるよ。あなたが戻ってくる日を。あなたならきっと……もっとすごいゲームが作れるはずだから」

「誓おう。もしも再び、事業に携われることがあったなら……必ずFLOを、いや、ありとあらゆるゲームを超えた、最高のゲームを作ると」

「……約束だよ」

 言葉を交わし終え、ボクも光へ向かって歩き出そうとする。

 と、

「お前に1つだけ、頼みがある」

 背を向けたままの天原が、そう声をかけてきた。

「なに?」

「梨乃を、よろしく頼む」

「……それは、リネット次第かな」

 笑顔でそう返してから、ボクは光へと駆けこんだ。


 飛び込んだ光の先は、見渡す限りの白だった。

 ここが本当に『アルカディア』なのだろうかと、少し考え……1つの答えが思い浮かぶ。

 そもそもこのFLOは、まだベータテストの段階だ。

 そこで、クリア後の世界まで見せてしまったら……きっと、製品版をプレイする際に落胆してしまうだろう。

 そうならないために、この『アルカディア』は今のところ、何もない空間にしてあるんだ。

 きっと姉さんなら、そうするだろう。

 

『ゲームクリア、おめでとうございます! これにてベータテストは終了です。次は製品版で、お会いしましょう!』

 

 そんなことを考えながら真っ白な空間に浮かんでいると、ログイン時やダンジョンクリア時と同じ声の、アナウンスが聞こえてきた。

 するとしばらくして、白い空間にところどころ黒が混じりはじめる。

 その黒の領域が広がっていくにつれて……ボクの意識も、だんだんぼんやりとし始めた。

 この感覚は……ログインの時に似ている。意識が身体を離れて、どんどん遠くへ飛んでいくような……そんな、感覚だ。

 次に目覚めたときは、きっとあのメカメカしいCSコフィンの中だろう。

 そうしたら、外に出て、アルナたちを探して……一緒に、脱出を喜ぶんだ。

 だから……

(おつかれさま――)

 それまでは、少しだけ、おやすみ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ