四葉の軌跡
振り下ろされる爪を寸前で受け止め、空気を切り裂く尾の一撃を反射神経のみで躱す。
それでも受けてしまうダメージは、間断なく唱えられ続ける回復魔法によって一瞬のうちに癒された。
数分にも満たない短い攻防。
しかしその密度は、これまでの戦闘とは比べ物にならない。
たった一人の、一瞬の油断が、全員の敗北につながるような戦いだ。
「はッ――!」
漆黒のエフェクトを纏わせながら振るわれた爪を『枝垂桜』で受け流し、横に回って連撃。
しかしほとんどダメージは通らず、逆に突進攻撃を受けてデスさせられる。
「癒しの女神よ来たれ! 我が呼び声に応え、立ち上がりし者たちに聖なる祈りを! 『リバイバル・ロウ』!」
それを読んでいた美咲による、蘇生魔法。
デスとほぼ同時に復活し、スキル『一迅』を発動。突進を止めたモンスター・アマハラの背に鋭い一撃を加える。
続けて、後衛による魔法の連射。ボクが後ろに飛んだ直後、大量の魔法がアマハラを襲うが――結果は、無傷。
アマハラが装着している黒い鎧――あれが、すべての魔法攻撃を吸収しているんだ。
魔法だけじゃない。武器による物理攻撃もあの鎧に弾かれてまともなダメージを与えられない。
それに加え、アマハラは常にのけ反らないスーパーアーマー状態。鎧の隙間を狙えるような隙はない。
このままではこちらが一方的にやられるだけ。あの鎧の破壊が、この戦いにおける最優先事項だ。
「リネット! 準備は?」
「いつでもいけるわ」
「よし。なら――アマハラ! こっちだ!」
リネットが、淡い光を灯す水晶を正面に掲げる。
その水晶から一筋の光が、光に気付いてこちらを向いたアマハラへと伸び、その胸元の水晶とつながった。
「グゥおッ……!?」
直後のアマハラの様子に、変化はないが……
「やって、くれたな……ッ」
インターフェースに表示されているアマハラのHP――カンストしていた、その最大値までもが、少量減少。
何度攻撃してもほとんど変化のなかったゲージに、初めて大きな変化が生まれた。
「管理者権限項目内、ダンジョン構成権限――凍結。ひとまず、『革新』は封じたわ」
これが、戦いながらボクとリネットで考案した、アマハラに対抗する手段。
リネットに返却したGM権限を利用する、特別な攻撃だ。
初めは、権限を用いてアマハラ自身をFLOから追放できればと考えた。
しかし、今のアマハラは権限だけでは対処できない、バグの塊。直接的な権限の行使はできない。
そこで考案したのが、天原のアカウントそのものにダメージを与えること。
天原が使用している機能を、一つ一つ停止させていくんだ。
天原もリネットと同等か、少し劣る程度の管理者権限を所持しているから、GMの独断で完全にアカウントを停止させることは難しい。
しかし、異分子の利用を違反行為として各個認証し、それらに関する機能を一つずつ停止させることができれば……最終的には、天原から完全に異分子を切り離すことができる。
天原と異分子のリンクを切断する、GM権限の刃だ。
そうして辿り着いたのが、リネットが放ったこの光の筋。
GM権限によって天原のアカウント情報を閲覧し、その中から違反項目、すなわち異分子と接続されている機能を確認、停止させる。
すべての異分子を止められなくても――せめて、黒い鎧を構成する異分子だけでも切断できれば、勝利に大きく近づける!
「これ以上は……やらせんぞ!」
「ボクたちがアマハラを足止めする。リネット、あとはお願い!」
「任されるまでもないわ」
一度光の筋を消したリネットが後退したのを確認してから、リネットを狙うアマハラの前に立ち塞がる。
そしてボクの隣には、アルナの姿も。
「1人でなんて、やらせないから」
「――心強いよ」
一際大きな唸り声をあげ、突進するアマハラ。
「枝垂桜!」
「『壁砕閃』!」
振り下ろされた腕をボクが枝垂桜で受け流す間に、アマハラの懐に潜り込んだアルナが槍を一突き。
当然、ダメージは0。しかしその攻撃は、さらなる攻撃の起点となる!
「神の福音を届けたまえ! 『アーリー・スペル』!」
「さんきゅーみさきち! 詠唱破棄! 『ウィークポイントショット』!」
美咲の魔法で短縮されたスキルの詠唱を、さらに特別な矢で短縮。
結果、詠唱なしで放たれたクロの矢は、普通ではありえない軌道を描きながら――アルナが事前に攻撃していた部位を、寸分の違いもなく射抜いた。
「グゥ……」
アルナが使った『壁砕閃』は、当たった敵の防御力が一度だけ0になるという追加効果を持つ。
また、クロの『ウィークポイントショット』は、弱体化している敵に命中すると倍のダメージを与える。
防御力低下という弱体化状態を利用して、さらに強力な一撃を叩き込む。アルナたちの絆と技術で作り上げられた、完璧な連携だ。
矢の攻撃は魔法属性ではないため、吸収されることはない。さらに防御力を0にしたことで、鎧によるダメージ軽減も無視して確実なダメージを与えられる。
この攻撃なら異分子に対しても通用するだろうが……壁砕閃の防御破壊効果は、当てるごとに発動確率が下がってしまうという欠点がある。
矢による攻撃も強力とはいえ威力はそれなりでしかないため、この連携だけを頼って勝つことはできないだろう。
「もう一度いくわよ! 壁砕閃!」
「アーリー・スペル!」
「ウィークポイント――って、ほえぇ!?」
再び使われた連携攻撃だったが、アマハラには届かず。
むしろ、アルナの攻撃で減少するはずの防御力が、反対に強化されてしまっていた。
「そんな!? どうしてよ!」
「――『適応』!」
アルナたちの連携を後ろから見ていたボクには、わかった。
この不可解な現象を引き起こしたのは、異分子『適応』だ。
周囲の環境や、受けた攻撃に対応するため、自身を作り変える……ロックワームが使用した異分子。
その力を、アマハラは発動したんだ。
この状態では、すべての弱体化攻撃は一度使うと適応されてしまう。
より戦術の幅が狭くなってしまったと同時に……黒い鎧に対抗する手段が、ほとんどなくなってしまった。
こうなってしまってはもう……リネットの権限しか、手段は残されていない。
「――リネット!」
焦る気持ちを抑え、リネットの方を向くと――
「急かさないで。もう――できたから」
リネットの持つ水晶が、目も眩むほどの強烈な光を放っていた。
「すべての異分子・リンクを――この一撃で、断ち切るわ!」
すでにこちらを視認しているアマハラに、再び光の筋が伸ばされる。
しかし――
「梨乃ォ!」
アマハラの水晶からも、こちらに向かって禍々しい色の光の筋が放たれた。
空中でぶつかり合う、光と光。
押しているのはアマハラ。けれど、リネットの光も衰えない。
なら、ボクたちにできることは――
「リネット! 負けないで!」
水晶を握るリネットの手に、そっと手を重ねた。
これは、全力と全力のぶつかり合い。ならばボクだって、全力でリネットを支える!
「そういうことなら――」
「あたしたちだって!」
「力に、なります!」
重ねられたボクたちの手を、アルナたちの手が包み込む。
ただの精神論でしかないけれど……これで少しでも、リネットの力になれるのなら。
「こんなことされたら……負けるわけには、いかないわね」
「負けるつもりなんて、ないでしょ?」
「――当然」
ボクたちの気持ちが、通じたのか――リネットの放つ光が、よりいっそう強力になった。
これで光の強さは五分。
あとは、運命のままに!
「ぬゥオォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
「はぁぁああああああああああああああああああああッ!!」
一瞬。交差する光と光が、弾けた。
「――ッ!」
「きゃあっ!」
弾けた光は衝撃を生み、ボクたちは後方へと吹き飛ばされる。
すぐさま立ち上がると――対峙するアマハラは、無傷。
対して、こちらは――
「そんな……」
リネットの水晶が、粉々に砕けてしまっていた。
この水晶は、リネットが与えられたGM権限の塊。それがなくなってしまったのなら――リネットにはもう、特別な力はない。
当然、アマハラの異分子に対抗する手段も、失われてしまった。
まだ、黒い鎧も破壊できていないのに――!
「――見事だ」
どうにかして鎧を攻略する手段を考えていると、アマハラが低い声で、そう呟く。
振り向くと、アマハラが身に纏う鎧に細かなヒビがいくつも生まれ、音を立てて崩れ落ちていた。
リネットの光は――アマハラに、届いていた!
「だが――私はまだ、負けてはいないぞ!」
その言葉通り、アマハラの胸部には今もなお赤黒い水晶が埋め込まれている。
リネットの光によって停止させられた異分子は、ごく一部のみだったらしい。
けれど、鎧を破壊できたのならば、こちらにもまだまだチャンスはある。
なら、ここからはボクたちの番だ。
「リネット、下がってて」
異分子に頼った戦闘を続けてきたリネットは、ボクたちよりもレベルが低く、装備も心許ない。
ボクたちでさえ一撃で戦闘不能に追いやられてしまうほどの、圧倒的な攻撃力を持つアマハラを相手に、前線に立って戦ってもらうのは難しいだろう。
だから、あとは――ボクたちが。
「『双旋破』!」
「『獣破裂閃』!」
「『ストーム・アロー』!」
アマハラの繰り出したブレス攻撃を、こちらもスキルを放って打ち消しながら――4人が、リネットの前に並ぶ。
「ようやく交わったわね。私たちの――四葉の軌跡が」
「もう、どこにも行かせないからね。カナカナ!」
「ここから先は、私たちの道は1つです!」
出会ったばかりの冒険仲間は、いつしか最高の友達になっていた。
月日なんて関係ない。彼女たちだからこそ、ボクは心の底から信じられた。
彼女たちと描いた軌跡は、今、確かに、ここにある。
この軌跡を途切れさせないためにも――
ボクたちは、こんなところで立ち止まっていられない!
「みんなで、進もう。――未来へ!」
タイムリミットはもう、目前に迫っていた。
すでに部屋の壁はほとんど崩れ去っており、足場も満足に動けるほどは残されていない。
時は一刻を争う状態だが――アマハラは、直前まで鎧に守られていたため、ほぼ無傷。
このまま正攻法で戦っても、時間内に削りきることはまず不可能だ。
頼みの綱であったリネットの水晶も、すでに破壊されてしまった。ロックワーム戦のような、裏口まがいの勝ち方ももうできない。
ならばもう――ボクたちにできることは1つ。
システムの範疇を超えることなく、常軌を逸した高威力の攻撃を叩き込むだけだ。
そしてFLOには、それを可能にする手段が、1つだけ存在している。
幻想連携。
複数人が間断なくリード・スキル――つまり、『奥義』を発動し繋げる。単身では絶対に実現できない最大規模の連携だ。
FLOにはスキルを連携させると、後のスキルの攻撃力が増大するという性質がある。4回スキルを繋げれば、最後のスキルの攻撃力は3倍以上にも膨れ上がるのだ。
それを、単体でも圧倒的な威力を誇る奥義で行う。総合ダメージは、想像すらできない数値になるだろう。
成功すれば、たとえ莫大なHPを持つアマハラでも致命傷は免れない。しかし、失敗すれば……奥義の長いクールタイムによって、追撃はほぼ不可能となるだろう。
でも、ボクたちなら――信頼できる仲間となら、絶対にできる。やってみせる!
「アルナ。クロ。美咲。――ありがとう」
「何よ、改まって」
「なんとなく、だよ。ここで言っておかなきゃ、いけない気がしたんだ」
「こらー! 死亡フラグ立てるのはメッ、だぞ!」
「そんなんじゃないよ」
これは、そう――言うなれば、意気込み。
培ってきた絆と、記憶を、力に変える言葉だ。
「私たちからも――ありがとうございます。カナタさんのおかげで、私たちは今――ここにいられる」
「ボクだけじゃないよ。ボクたちがここに立っていられるのは、みんなのおかげだ」
ファル。ロレンス。アーランド。タクトと、サナ。そして――姉さん。
ここにはいないみんなの心が、ボクたちを後押ししてくれる。
「繋げよう。みんなの想いを、ボクたちの軌跡に!」
言葉を交わしたボクたちは、それぞれの刃をアマハラへと向ける。
それに対し、アマハラは――
「いいだろう。ならば私も、全力を以って貴様らを絶望の底へと沈めてくれる!」
闇を纏った両手の爪を天へと掲げ、その間に漆黒のエネルギー球を作り出した。
黒球は、爪が纏う闇を吸収してどんどん大きくなっていく。放っておけば、すぐに残った足場を覆うほどの大きさになるだろう。
そうなった後、あの球が振り下ろされれば――ボクたちはもう、この場に立っていられない。
「来るがいい! 貴様らの希望が闇を切り裂くのが先か、私の絶望がすべてを飲み込むのが先か――勝負といこうぞ!」
なら、その前に――決める!
「私が――行きます!」
最初に動いたのは、杖を眼前で構えた美咲。
前線に出ることが少ない白魔導師という職業にも、ちゃんとスキルは存在している。
美咲が使おうとしているのは、その中でも唯一、魔法属性を持つ奥義。
白魔導師の高い魔法攻撃力を、直接叩きつけることができる――美咲の、最強の一撃だ。
「私に力を! 永劫の時を越え来たれ。我が意志と成りて、仇なす者を灰燼と化せ!」
詠唱を終えた美咲の杖から、煌々と燃え上がる紅焔が放たれる。
焔は熱量を増しながら急速的に膨張し――人1人分ほどの大きさになったところで、射出!
「奥義! 『熾天滅炎衝』――ッ!!」
アマハラに直撃し、弾けた炎が――視界すべてを焼き払う!
みるみる減っていくアマハラのHPゲージ。しかし、これだけではまだまだ足りない。
「次はあたしだよ!」
美咲の放った炎が消える寸前、クロが前へと飛びだした。
手に持つ弓は、つがえられた矢と共鳴して光り輝いている。
あれは――クロが今まで温存していた、特注の矢。クロが得意とする光属性の恩恵を極限まで高めた、珠玉の一矢だ。
「派手にキメるよ! 輝け閃光! 瞬け極光! 永久の祈りをその身に宿し、悪しき魂に聖断を!」
光で周囲を白く染め上げた矢は――弦を弾く音よりも速く、光の速さで敵を射抜く!
「奥義・『エターナル・バニッシュ』ッ!! あでゅー!」
射抜かれたアマハラの周囲に残留していた光が、一瞬の間を開け――爆散。
光の爆発で大ダメージを与えた。
「続けて行くわよ!」
飛び散る光が霧散するよりも先に、アルナが駆ける。
「受けてみなさい! 天地揺るがす覇者の咆哮! 刹那を穿つ牙となりて、立ちはだかる者に裁きを下せ!」
見惚れてしまうほど美しい槍捌きで、敵を無塵に切り裂きながら――
強力な斬り上げとともに、空中へと舞い上がる。
さらに、急降下による速力を利用して――頭上から、一閃!
「沈みなさい! 奥義! 『獅王崩天塵』ッ!!」
縦一文字に切り裂く、魂の一撃を食らわせた。
さぁ、次はボクの番だ。
しかし、ボクより先に――剣を構えた少女が、一歩前に踏み出した。
――リネットだ。
「わたしにもまだ――できることがあるなら」
迷うことなく、剣を使って空中に魔法陣を描いていくリネット。
その手は――小刻みに震えていた。
強大な敵を前に、初めて、一切の後ろ盾なしで立っているのだから当然だ。
けれど、それでも――勇気を振り絞って、ボクたちに協力しようとしてくれている。
なら、ボクは――
「大丈夫、やれるよ。誰よりも気高く――そして、本当の強さを知ってる、キミなら」
リネットの肩に手を置き、そう諭す。
ボクらのために立ち上がってくれた、その強さがあれば――失敗なんて、するはずないから。
「……あなたには敵わないわ」
「ボクも、キミみたいに強くはなれないよ」
強さを真似することはできなくても、隣に並んで、一緒に進むことはできるから。
でも、今回は――
リネットに、少しだけ先導してもらおう。
「さぁ――行って! リネット!」
肩を後ろからトンッと押すと、リネットは――
「えぇ――任せなさい」
小さな笑みを浮かべながら、剣を大きく後ろに引いた。
「悠久の刻を越えし蒼海の使徒よ。我が剣に宿りて、粛清の凍土を具現せよ!」
正面の魔法陣と共鳴した剣が、青い光を放つ。
「もう、終わりにしましょう。お父様。奥義――『氷霊陣・零閃』」
音もなく、剣が魔法陣の中央に突き入れられると――剣の光が、魔法陣全体を覆い尽くす。
その輝きが頂点に達した瞬間。
光の波動が太い光線となり、正面に存在するものを消し飛ばした。
「私も――繋げたかしら。軌跡を」
「繋がっていたよ。最初から、ね」
ふらりと倒れそうになったリネットの肩を抱いて、その場に座らせてから――ボクは一歩、前に出る。
今度こそ――残ったのは、ボクだけだ。
そろそろ、この悲しい戦いに、幕を下ろそう。
「――水面に映りし月光。満ちては欠ける、夜の華」
このスキルは、亜流双剣士の――いや、すべての職業の中でも類を見ない、異色の奥義だ。
今まで、一度も使うことがなかった。使う機会が訪れなかった。
そのためこのスキルは、見るのさえも今回が初めてだ。
けれどボクは、この詠唱文を一目見ただけで、これがどんなスキルなのかわかった。
なぜなら――
姉さんが初めて作ったゲーム。その主人公の必殺技と、全く同じ台詞だったから。
「散りゆく花弁は器となりて、理を越え、狭間に揺れる」
これは、単なる姉さんの遊び心だったのか。
それとも姉さんは、ボクがこの職業を使うことすら見越していたのか。
理由は――この世界を出て、姉さんに直接聞くまではわからない。
けれど、ボクは今、この偶然にこれ以上なく感謝している。
ボクの原点で――本当のボクで、軌跡を繋げられるのだから。
「だが――勝負は、私の勝ちだ! 消し飛べぇぇぇええええええええッ!!」
黒球を完成させたアマハラが、爪を高速で振り下ろす。
でも――ごめんね。
詠唱が終わった時点で――ボクたちの勝利は、確定しているんだ。
「奥義――『幻剣・鏡花水月』」
黒球は落下することなく――アマハラの頭上で、霧散する。
アマハラの胸元には、形状さえもおぼろげな半透明の剣が、深々と突き刺さっていた。
彼の胸に埋まった、紅い水晶を貫いて。
「グッ……ガハッ……!?」
アマハラが膝をつくと、剣が抜け落ち、地面につく前に消滅する。
後には倒れ伏すアマハラと、手に持つ剣を正面に向けたまま静止するボクだけが残された。
これがボクの、最強の奥義。
幻の剣を具現化し、操る――ただ、それだけの技だ。
空中で自在に操れるとはいえ、それ以外の特殊能力はなく、攻撃力もボクが持つ武器の平均をとった数値でしかない。
アルナたちの幻想連携によってダメージを与えていなければ、アマハラの硬い毛皮に阻まれて、水晶に届かせることすらできなかったような代物だ。
長い詠唱のわりに、手数が増えるくらいしかメリットがない。ボク以外の亜流双剣士であれば、決して使うことはないであろうスキル。
けれどボクにとっては、これが最強の奥義であることに変わりはない。
第三の剣――意思の刃を振るえるのは、このスキルだけなのだから。
「フッ――完敗だ」
水晶が破壊され元の姿に戻った天原が、片膝をついたまま、ゆっくりと口を開く。
「さぁ、進むがいい。楽園はもう、目の前だ」
「天原さん、あなたは――」
心配そうな表情を浮かべ、アルナが前に出る。
「夢破れた男など、構う必要はない。勝者であるお前たちは、ただ――歩めばいいだけなのだ」
「――えぇ、そうするわ。さようなら。私たちの、敵だった人」
そう、言葉を遺したアルナは――天原の横を通って、奥に見える真っ白な光へと歩いていく。
「なんてゆーかさ……嫌なこといっぱいあったけど、楽しかったよ、FLO。けっこー、てか、メチャ。まぁ、そんだけ。――バイバイ、おじさん」
アルナの後を追って、声をかけたクロが続く。
「貴方のしたことは、許されることではありません。けれど……1つだけ、お礼を言わせてください。FLOのおかげで私は変われた。皆さんと、出会えた。貴方の作った身勝手な世界だったとしても――私にとってのFLOは、とても大切な場所になりました。ありがとう、ございました」
その後ろに、美咲が。
一言二言天原に声をかけながら、一緒に戦ってくれた、『四葉』の仲間たちも続く。
そして、最後に残ったのは――ボクとリネット、天原だけ。
もう時間も残されていない中、リネットは――ゆっくり歩き始めたかと思うと、天原の前で立ち止まった。
「――お父様」
「梨乃、か……」
顔をあげた天原に、リネットは――
しゃがみ込んで、彼の体を覆うように抱きついた。
「お父様の苦しみ――気付いてあげられなかったわたしを、お赦しください」
「お前が赦しを請う必要などない。すべての原因は、闇に支配された私なのだからな。己が欲望のためにお前をないがしろにし、あろうことか利用した……私は、最低の父親だ」
「それでも――わたしの父は、あなただけです。お父様。ですから、わたしは……いつまでも、待っています。あなたが罪を清算し、家族として、再びともに歩んでくれる――その日まで」
「……あぁ、約束する。お前がまだ、私を父と呼んでくれるなら……私は必ず、帰ってくる。今度こそ、今度こそ……正しい道を……歩もう」
涙を浮かべた天原の背を、優しく撫でるリネット。
そのうち――「もう、行きなさい」と天原に肩を離され、立ち上がって光の方へと歩いていった。
「叶汰、と言ったな」
「――うん」
「すまなかった。私が高峰遙香を利用したりなどしなければ……お前はこんなところで、その身を危険に晒すことなどなかっただろうに」
「それは、違うよ」
うつむいたままの天原に、ボクは穏やかな声で、そう返す。
「きっとボクは、姉さんがかかわっていようといまいと、FLOにログインしてた。だってFLOは――こんなにすごいゲームなんだもの」
これは、ボクの本心だ。
姉さんのせいで女の子になっちゃったり、大きな陰謀に巻き込まれたりと、トラブルはたくさんあったけど……
やっぱりボクは、ゲームが好きだから。
この世界に来られたことに、感謝はしても、後悔はないんだ。
「そう、か。……少しだけ、救われた気分だ」
「ボクも待ってるよ。あなたが戻ってくる日を。あなたならきっと……もっとすごいゲームが作れるはずだから」
「誓おう。もしも再び、事業に携われることがあったなら……必ずFLOを、いや、ありとあらゆるゲームを超えた、最高のゲームを作ると」
「……約束だよ」
言葉を交わし終え、ボクも光へ向かって歩き出そうとする。
と、
「お前に1つだけ、頼みがある」
背を向けたままの天原が、そう声をかけてきた。
「なに?」
「梨乃を、よろしく頼む」
「……それは、リネット次第かな」
笑顔でそう返してから、ボクは光へと駆けこんだ。
飛び込んだ光の先は、見渡す限りの白だった。
ここが本当に『アルカディア』なのだろうかと、少し考え……1つの答えが思い浮かぶ。
そもそもこのFLOは、まだベータテストの段階だ。
そこで、クリア後の世界まで見せてしまったら……きっと、製品版をプレイする際に落胆してしまうだろう。
そうならないために、この『アルカディア』は今のところ、何もない空間にしてあるんだ。
きっと姉さんなら、そうするだろう。
『ゲームクリア、おめでとうございます! これにてベータテストは終了です。次は製品版で、お会いしましょう!』
そんなことを考えながら真っ白な空間に浮かんでいると、ログイン時やダンジョンクリア時と同じ声の、アナウンスが聞こえてきた。
するとしばらくして、白い空間にところどころ黒が混じりはじめる。
その黒の領域が広がっていくにつれて……ボクの意識も、だんだんぼんやりとし始めた。
この感覚は……ログインの時に似ている。意識が身体を離れて、どんどん遠くへ飛んでいくような……そんな、感覚だ。
次に目覚めたときは、きっとあのメカメカしいCSコフィンの中だろう。
そうしたら、外に出て、アルナたちを探して……一緒に、脱出を喜ぶんだ。
だから……
(おつかれさま――)
それまでは、少しだけ、おやすみ。




