その手に光を
最後に会ったのは……山賊の砦で、みんなと別れる直前だったか。
あの時以上の圧倒的な威圧感を放ちながら、すべての元凶――天原雄一郎がその場に降り立った。
「やっぱり……来たわね」
いつか必ず、もう一度ボクたちの前に立ち塞がると思っていた。
その舞台は――ここだった。
それはつまり、この神殿こそが楽園に繋がる真の扉であり――同時に、最後の難関であることを意味している。
請け負った役目と、正面の敵から放たれる気迫をその身に受け――みんな、小さく息を呑んだ。
「お父様。わたしは……いいえ。わたしたちは、今ここで、あなたを――」
「どうやら、私は大きな間違いをおかしていたようだ」
「ッ!?」
臨戦態勢に入るボクたちを一切意に介さず――天原が、話し始める。
「絶望的な敵。絶望的な世界。そして、絶望的な真実を突き付ければ――人は誰しも、折れるものだと思っていた。だが、そうではなかったらしい。あらゆる絶望を前にしても、決して膝をつかなかった貴様らの存在は――私の信念に、少なからず影響を与えた」
「ならば……もう、わかったでしょう? お父様。あなたの野望は潰えた。これ以上は無駄な足掻きよ」
「どうやら、そのようだな」
リネットの発言に反論することもなく立ちつくす天原。
彼から、もう敵意は感じられない。けれど、これで終わらせるつもりもないことだけは感じ取れる。
天原はまだ何か……強力な一手を隠し持っている。
「貴様らの話す通りだ。システムを狂わす我が手駒『異分子』はすべて回収され、行く手を阻む敵としての、私の姿もすでにない。あとは貴様らが持つ『鍵』で、この先に鎮座する扉を開けばよいだけだ。だが――」
そこで天原は、一旦言葉を区切った。
次に言葉を発した時……その瞳には狂気の炎が揺らぎ、口元は卑しく曲げられていた。
「裏を返せば、その『鍵』がこの場で失われてしまえば、私の悲願は大成するということ!」
天原が語調を強めたと同時――神殿全体が、大きく震え始める。
エンシェント・ドラゴンが目を覚ました時とは違う……もっと、おぞましい感覚。
何かが現れる気配はない。しかし、それ以上に大きな危険が迫っていることは確実だ。
「お父様! 一体何を!?」
「『竜の渓谷』を構成するプログラムを破壊した。この空間はじきに、完全に崩れ去るだろう。だが、ただの崩壊ではない。死した貴様らの向かう先はプログラムの墓地だ。そこに落ちれば、このゲーム上に戻る手段は存在しない。何者かがクリアを達成するまで、貴様らは意思だけの存在となり漂流し続けるだろう」
周りを見れば、床や柱にノイズのようなものが走り、徐々に消え始めていた。
天原の言ったことは本当のようだ。まだしばらくは大丈夫そうだが、悠長に構えていられる時間もないだろう。
「でも、クリアするには私たちが持ってる鍵が必要になる。その私たちがここで封印されたら、鍵も一緒に消えてクリアは不可能、ってことね。まったく、悪趣味にもほどがあるわ」
気丈にふるまうアルナだが、その額には冷や汗がにじみ出ている。
ほかのみんなも動揺を隠しきれていない。美咲や、ついてきてくれた『四葉』のメンバーの中には、すでに泣きそうになっている人もいる。
「私もこのような手は使いたくなかった。この場にいる以上、私も同様に封印されてしまうのだからな。だが……私自身が絶望を味わうというのも、悪くはない」
「こっちは最悪だっちゅーの!」
普段とそう変わらないように見えるクロも、よく見れば手が震えていた。
そんな中――リネットだけは、恐怖など微塵も感じさせず、
「崩壊を止める手は、残してあるのでしょう?」
そう、天原に告げた。
「……なぜ、そう言い切れる?」
「お父様は理不尽な現実を望んでも、その先にある希望まで奪うことはしていなかった。どれだけ大きな絶望でも、乗り越えた先には希望があった。だからこそ、越えられない絶望が際立っていたのでしょうけれど」
「……」
リネットの言うことも、わかる気がする。
グランドベアやロックワーム……これまでのボスとの戦闘が、その言葉通りだったからだ。
あの敵たちは『異分子』を持っていたが、最初から敵わないと思うほどではなかった。どれだけ理不尽でも、倒せる……そう思えた。
事実グランドベアは倒せたし、ロックワームもあと少しのところまで追いつめることはできた。もっとちゃんとした戦術を立てていてば、リネットの助けなしでも勝てたかもしれない。
――その分、ロックワームを倒せないと悟った時の絶望は大きかったけど。
リネットはそのことについて、天原に指摘しているんだ。
立ち塞がる絶望の先に、必ず希望があったことから――今回の理不尽な展開にも、必ず突破口があると。
「どうなの? お父様」
「……あながち間違いではない」
リネットの問いに、天原は表情を戻し小さく呟いた。
やはり、天原は――
「私は絶望に満ちた世界を望みながらも、それを真っ向から否定するような人間が現れてくれると、信じていたのかもしれない。最悪の絶望を払いのけられるほどの人間なら、狂気に呑まれた私を止められるかもしれないと期待して、な」
「今更そんなこと言ったって、私たちはあなたの救世主にはならない。あなたが望もうと望むまいと、私たちはあなたを止めるわ!」
「当然だ。私とて赦されるつもりもなければ、止められるつもりもない。私という絶望の根源と、希望を宿す貴様らは対立する運命なのだからな」
槍を突きつけるアルナの正面で、天原は服のポケットから小さな水晶のようなものを取り出した。
「話を戻そう。梨乃は空間の崩壊を止める手が残されていると言ったが、それは真実だ。……見たまえ。この水晶こそが、貴様らの望む『手』だ」
天原が手にしている小さな水晶は、ボクたちが町やダンジョンで見てきたものとは違い、真紅に輝いていた。
「この水晶には、破壊されたプログラムを修復できるプログラムが収められている。これを割ればプログラムが適用され、崩壊は止まるだろう。だがこの水晶は、同時に私がFLOに介入するための鍵でもあるのでな。破壊など、させるつもりはない」
――それは、つまり。
「言わんとすることはもうわかるだろう。貴様らのすべきことはただ一つ。私を打倒し、水晶を破壊せよ」
天原との――いや、FLOにおける、最後の戦いだ。
「――やってやるわよ! 絶対に勝って……こんなふざけたゲーム、終わらせてやるわ!」
「あたしもがんばるよ。積みゲーも、観たいアニメも、まだまだいっぱい残ってるんだから!」
「私たちの希望が……あなたなんかに負けないこと、証明してみせます!」
武器を構えるボクたちを前に――天原は、小さく笑う。
「皆、良い目をしている。ならば私も、全力を以って相対すべきであろうな」
そう言った天原が、紅い水晶を掲げると――
「!? きゃあっ!」
リネットの身体から、光る球のようなものが複数、弾き出されるようにして出現した。
数は11個。あれはまさか――異分子!?
現れた光る球は、弧を描いて天原のもとに集まり……
紅い水晶に、次々と吸い込まれていった。
「悪いが、返してもらうぞ。この異分子は、私の力。これこそが私の持つ最強の矛であり、最強の盾なのでな」
そう言いながら天原は、異分子の収まった水晶を胸に押し当て……
「ふんッ!」
ダメージエフェクトを散らしながらも、水晶を強引に胸部へと埋め込んだ。
溢れるエフェクトを気にも留めず、天原は――
「ふっははははは……これが異分子か! 実際に使うのは初めてだが……素晴らしい! 希望を打ち砕くにふさわしい、圧倒的な力だ!」
胸部を押さえながら醜く笑う天原だが、やがてその周囲に黒いもやのようなものが生まれ始める。
それが、天原の持つ水晶から放たれる力の影響だと察した時には――
ボクたちの視界は、一変していた。
キュイィィイインッ! と甲高い音を発した天原の水晶から、黒いもやが大量に吹き出して部屋全体を覆っていく。
さらに天原自身も、黒いもやに包まれた部分が肥大化していき――
全身に黒く太い血管を浮かび上がらせながら、その体が倍ほどにまで膨れ上がる。
それだけでは収まらず、全身がドス黒く、硬そうな毛に覆われ、手足の爪もケモノのように鋭くなった。
かろうじて人の形を保っていた頭部も次第に形を変え、こちらも毛に覆われた、獰猛なケモノのモノへと変化していく。
そして最後に、禍々しい漆黒の鎧が各部に装着され――
黒いもやが部屋全体に行き渡ったころには、天原は完全にモンスターの姿へと変貌していた。
「なによ、これ……」
グランドベアよりは少し小さい――けれど、放つ威圧感はそれ以上の――まさにバケモノが、そこには生まれていた。
「うっわ、見るからにラスボス……」
「ほ、ほほほ本当に勝てるんですかこれぇ!?」
「大丈夫。――勝てるよ」
震える美咲の肩に手を置いて、そう諭しながら――
ゆっくりと歩を進め、リネットの横に立った。
「リネット。手を出して」
「……?」
首をかしげながらも、正面を向いて差し出されたリネットの真っ白な手のひらに――
ボクは、インベントリから取り出した小さな水晶を乗せた。
形は天原の持つ紅い水晶に似ていながらも、その色は対照的に清らかな蒼を湛えていた。
これは、いつの間にかボクのインベントリに現れ、ずっと残されていたもの。名前も、効果も『???』としか表示されない、謎のアイテムだ。
けれどボクは、その名前も、宿す力も、知っている。
「これ……まさか『デザイア』?」
「そうだよ」
「……何を考えているの? これはあなたが持つべき『鍵』。あなたに託された『希望』よ」
「違うよ。これは最初から、キミのものだったんだ」
ずっと、疑問だった。
なぜ、ただの修正プログラムに、過剰なまでの力が備わっているのか。
姉さんの話で納得していたけれど……今、天原が異分子を回収したことで、その話は嘘だったとハッキリわかった。
そもそも、根本から違っていたんだ。
異分子はGM権限を分解したものではなく、天原が意図的に作った単なるバグだ。その影響力があまりにも大きいことから、GM権限の一部であると今まで思い込んでしまっていた。
では、本物のGM権限はどこにあるのか。答えがこの『デザイア』だ。
ボクに埋め込まれていたのは修正プログラムなんかじゃなくて、リネットが持つはずだったGM権限だったんだ。
順序立てて考えてみれば……そう仮定することで、つじつまが合うのだ。
まず、リネットのアカウントには最初から、GM権限ではなく異分子が付与されていたとする。
時間になり、何者か――おそらく天原の手の者――によって、異分子がゲーム内に放出され……
GM権限だと思い込んでいたリネットが、それを集める旅を始めた。
その後本物のGM権限はどこかに隠され、紅い水晶――準管理者権限のようなものだろう――を持つ天原が、実質の最高権力者となり。
異分子という種が撒かれた、天原の支配する絶望の世界が生まれたんだ。
けれどそこに、本物のGM権限の在り処を知っていた姉さんが逃げ込み……
ボクに『デザイア』と称した権限を埋め込んでいったんだ。最悪の事態に陥った時、天原の力に対抗できるように。
(ボクがそういうの嫌いだって、知ってるくせに)
それでも姉さんは、ボクにこの力を残してくれたんだ。ボクなら、天原を止められると信じて。
(でも、ごめんね。姉さん)
姉さんが頼ってくれたのは、素直に嬉しい。それでも、この力を持つべきなのはボクじゃないんだ。
「『希望』を託されたのは――キミなんだよ。リネット」
「――偽物の力に頼ってきたわたしに、今更そんなもの、扱う資格はないわ。だから、それはあなたが……」
「実を言うとね。こんなもの持っていても、ボクじゃ使い方がわからないんだ。だからキミが、お手本を見せてくれると嬉しいな」
「……仕方の、ない人ね」
薄く笑みを浮かべたリネットが、大切そうに水晶を胸の前で抱く。
すると水晶から、天原の発するもやを切り裂くような、青白く輝く光があふれ出した。
「『デザイア』はGM権限でもあるけれど――それ以上に、願いを叶える『希望』の力でもある。わたしはこの力で――1つだけ、願いを叶えるわ」
「キミの、願いって――」
ボクが言い終わる前に光は急激に強さを増して、辺り一帯を、真っ白に染め上げた。
たまらず目を閉じるが、それも一瞬のことで――
すぐに光は弱まり、神殿はもとの黒いもやに覆われた姿となった。
目を開けると、正面に立つリネットは変わらず水晶を抱いたまま。
周りにも特に変わった様子はない。
いや――1つだけ、変わったものがあった。
ボク自身の、姿だ。
栗色の髪はそのまま――しかし服装が、先ほどまで着ていたものと明らかに違う。
フードのついた深緑のジャケットと、ぴっちりとした純白のパンツ。
確認せずともわかる。今ボクは、本来あるべき姿――男の姿に、戻っているのだ。
「リネット、これは――」
「――偽りのないあなたを見てみたかった。それがわたしの願い」
「――ありがとう」
「でも……あんまり、変わらないわね」
「それはちょっと、ショックかも」
水晶に金具を取り付け、ペンダントにして首に掛けたリネットとともに――
ボクたちを待ってくれていた、天原の方へと振り向く。
「待たせてごめんね。ボクたちはもう、大丈夫だから」
「なに、貴様らの猶予が短くなっただけのことよ」
複数の野太い声が重なったような、気味の悪い声でそう応えた天原は――
「グゥオオオォォォォオオオオオオ――――ッ!!」
と巨大な咆哮を上げ、鋭くとがった爪を左右へと開いた。
「来るがよい! 希望の徒どもよ! 我が大いなる絶望の闇に、意志の刃を届かせてみよッ!!」
「――行くよ、みんな」
ここですべてを、終わらせよう。




