楽園を守護せし者
――『竜の渓谷』最下層――
肌を刺すような禍々しい空気に包まれた広間の正面に、荘厳な装飾で飾られた巨大な扉がそびえていた。
この先に、最後の敵がいる。そう考えただけで、よりいっそうの緊張感が周囲を包む。
「――」
アルナが無言で扉に手を伸ばす。
すでに万全の準備を整えていた『四葉』メンバーたちは、その様子を固唾を飲んで見守っていた。
ゆっくりと伸ばされるアルナの手が――扉に触れた、その瞬間。
隙間から眩い光を放ちながら、ゴゴゴゴッという大きな音を立てて扉が開いた。
扉の先に見えるのは、磨き上げられた大理石の床と、規則的に並べられた、豪奢な装飾が施された柱。
渓谷の底にあるとは思えない、煌びやかな神殿がそこにはあった。
そしてその奥には、じっと動かず、彫刻のように佇む巨竜の姿が見える。
床の大理石よりも眩い光を放つ鱗に包まれた、あの神々しい雰囲気を纏った竜こそが――
「エンシェント・ドラゴン……」
ボクたちの、最後の敵。
この戦いに勝つことができれば、FLO脱出は目前に迫る。
「――行くわよ、みんな。ここが最後の正念場。絶対に勝って――こんなふざけたゲームを、クリアするわよ!」
「「「おう!!」」」
掛け声とともに、アルナが指示した場所へパーティが分散する。
さらに何重もの強化魔法を全体に付与して――こちらの準備は、すべて整った。
なのに、エンシェント・ドラゴンは一向に動く気配を見せない。
でも、それなら、こちらが一方的に攻撃すればいいだけだ。
「全員、突撃!」
ボクと同じことを考えたらしいアルナが、そう指示を出す。
しかし、その時――
「待ちなさい!」
後方で強化魔法『ヒール・フロウ』を唱えていたリネットが、詠唱を中断し声を張り上げた。
その声で近くにいたプレイヤーたちは立ち止まったが――
聞こえていなかったらしい遠くのプレイヤーたちは、そのまま突っ込んでいく。
次の瞬間――
「なっ、なんだこれは!? ぐ、ぐぁぁぁあああああッッ!」
閃光が、弾けた。
エンシェント・ドラゴンを中心に放たれた強烈な光は、近くにいたプレイヤーたちをまとめて飲み込んでいく。
光が消えたあとに残ったのは、プレイヤーたちが死んだことを示す『魂の魔法陣』だけだった。
光属性の最上級魔法『ビッグバン・フラッシュ』。エンシェント・ドラゴンが放ったその魔法に彼らは倒されたのだ。
回復職たちが急いで復活魔法を魔法陣にかけている間に――エンシェント・ドラゴンの巨体が、小さく、震えだす。
その振動は次第に大きくなっていき、部屋にも伝わり――ついに部屋全体が、大きく震えはじめた。
そして今、動き出す。
エンシェント・ドラゴンが――!
「GEEYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
空気を震わす雄叫びと共に、激しい突風を巻き起こしながら翼を広げるエンシェント・ドラゴン。
その四肢は地面に亀裂を生み、尾は振るうだけで柱をなぎ倒す。
見る者すべてを圧倒する巨体。全長は――ざっと、30mはあるとみていいだろう。
こんな化け物に、勝てるのだろうか。いいや……勝たなきゃ、何も為すことはできない。
――倒そう。ボクたちで。
「左翼展開! 斉射!」
無事だった後衛チームはすでに攻撃を開始している。しかし、彼らが放つ魔法は――
「な、なんだ!?」
「見えない壁……エレメント・シールドか!」
エンシェント・ドラゴンが生み出した防壁によって、すべて届く前にかき消されてしまっていた。
まずは、あの防壁を打ち破ろう。
「行ってください、カナタさん!」
支援魔法をかけてもらい、前衛職のボクたちが駆けた。
魔法防壁は外部から放たれる魔法を遮断し、内部で発動する魔法を無効化するスキルだ。魔法を所持しないボクたちなら、影響を受けることなくエンシェント・ドラゴンに近づける。
けれどそれは、ここから先は魔法による支援を受けられないことも意味する。
手にした剣だけが、この戦いにおける命綱だ。
「疾風剣!」
エンシェント・ドラゴンの翼が巻き起こす強烈な風に対抗するため、ボクはまず剣を風で覆う。
この風が、荒れ狂う暴風を切り裂く刃となる。
ボクと共に防壁の内側に入ったプレイヤーたちも、各々のスキルで風に対抗していた。
しかし、アルナには――そういったスキルはない。
「ボクたちがエンシェント・ドラゴンを食い止める! アルナは、エレメント・シールドが破壊されるまでみんなへの指示を!」
「わ、わかったわ!」
エレメント・シールドは一定量の魔法を弾くと、耐久力が失われ消滅する。それを狙えば、防壁の外にいる魔法職たちからの支援も再び受けられるようになるだろう。
けれど、この防壁は通常の数十倍はあろうかという規模だ。おそらく、破壊するためには相当な時間がかかるだろう。
その間、内側にいる数人のプレイヤーのみでエンシェント・ドラゴンを足止めするのは難しい。
消耗を抑え、なおかつエンシェント・ドラゴンに有効打を与えるためには――アルナの指揮が不可欠だ。
アルナを信じて――ボクたちが、戦う!
「正面! 来るわよ!」
大きく翼をはばたかせ、エンシェント・ドラゴンが前脚を振り上げる。
これは……ブレス攻撃? いや、違う。
地面を叩き割るような、この攻撃は――
――覇王滅神衝!
その読みは正しく、大きく跳躍すると同時に、ボクがさっきまでいた地面が叩き割られた。
続けてもう片方の脚が振り下ろされ、地面が大きく揺らぐ。戦士の『震天崩撃』だ。
やはり、エンシェント・ドラゴンは『異分子・固有』によってすべてのスキルを習得している。
けれどスキルの大半は武器を使用するもの。竜の姿で再現できるものはそう多くないだろう。
警戒するべき魔法も、エレメント・シールドの中では使用できない。
つまり……一部の強力なスキルにのみ注意を払っていれば、この異分子はそれほど脅威じゃない。
あとはレッド・ドラゴンと同様だ。この戦い、勝てる!
「――はぁッ!」
風をまとった剣で風の渦をかき分けながら、エンシェント・ドラゴンへと突撃する。
狙うは、攻撃後の硬直で無防備な胴体。見るからに硬そうな鱗も、この剣なら斬れる。
「特技連携――閃空翔! 三日月! 爪月!」
跳躍しながらの連続攻撃。さらに続けて、
「一迅! 新月! 裂双牙!」
ステップして後ろ脚に近寄り連続攻撃。
「特技連携! 飛翔閃! 五月雨! 瞬破裂迅剣!」
「爆砕刃! 円陣裂破! 真爪破斬!」
ボクの硬直の隙を埋めるように、後退したボクに代わって前衛職たちも連撃を加えた。
けれど……HPが、減らない。エンシェント・ドラゴンが硬すぎるんだ。
エンシェント・ドラゴンに有効なのは魔法だけなのだろう。その弱点をカバーするためのエレメント・シールドだったようだ。
これではもう、前衛のボクたちが攻撃したところで無意味だ。ならば、あと、ボクたちにできるのは――
耐えること、だけなのか……ッ
それなら、それで構わない。ボクたちが耐えることで、みんなの攻撃が通るようになるのなら――
いつまでだって、耐えてみせる。
「アルナ! 次の指示を――ッ」
アルナの判断を仰ごうと振り向いた瞬間、目に入ったのは――
「カナタ! おつかれ!」
「私たちも戦線に復帰します!」
パリーンッ、という軽い音とともに砕けて散ったエレメント・シールドと、すでに魔法を放つ用意の整った後衛チームだった。
(あのエレメント・シールドを破壊した……この、短時間で――!?)
美咲たちの戦力を見誤っていたのかもしれない。
そもそも、アルナが信頼して連れてきたメンバーなのだ。並の戦士ではないと、最初から思っておくべきだった。
「強くなっているのは、あなただけではないということよ」
「――そうみたいだね」
エレメント・シールドが消え、魔法が使えるようになったリネットが前線に復帰した。
ともあれ、これでボクたちはようやく万全の状態で戦える。
けれどそれは、エンシェント・ドラゴンも『固有』の真価――魔法が使えるようになったことを意味する。
つまり、ここからが本当の戦いだ。
あらゆる力を備えた、最強の竜を――ボクたちで、倒す!
そうして意気込んで剣を構えた、そのときだった。
「――余興は、もう十分だろう?」
どこからともなく聞こえた、男性の声。
聞き覚えのある、この声は――
「天原、雄一郎……ッ!」
ボクたちの視線の先、光の粒子となって消滅した、エンシェント・ドラゴンの下。
最後の敵が、その姿を現した。
構成上不都合があったため、一部スキルと魔法の名前を変更しております。
投稿済みの部分も修正しましたが、まだ作業は完全には終了していません。
変更されていない場面がございましたらお知らせください。
『剣士』
・メガ・スラッシュ → 剛覇王斬
・リープスラッシュ → 飛翔閃
『守護戦士』
・プライドオブシールド → 鋼心硬壁
・スタンバック → 退転
『戦士』
・アースクエイク → 震天崩撃
『大剣士』
・ランドブレイカ― → 覇王滅神衝




