集いし四葉
レッド・ドラゴンに倒されてしまったボクとリネットは、復活地点として登録していた王都の転移水晶の前で復活した。
デスペナルティを受けると、30分間ダンジョンへの入場が禁止される。少しの間ここで時間を潰すことになりそうだ。
「ごめんね、リネット」
「あなたが謝る必要はないわ。まさかあなたが敵を忘れて談笑するほど、能天気な人だとは思わなかったけれど」
「ごめんってば……」
容赦ないリネットの言葉に申し訳なく思いつつ、一緒に飛んできた、もう一人の少女に目を向ける。
「ブレスは確殺なのね……しかも前方扇状範囲、厄介なんてものじゃないわ……溜めがあるみたいだからその間に裏回りできないかしら……」
頭に手を当てながら、呼びだしたメモプレートへ熱心に何かを書き込んでいる――アルナだ。
「開始早々だったからまったく情報が得られなかったわ……っと、こんなとこかしら」
プレートを閉じると、立ち上がってボクたちの方を向く。
――竜の渓谷で見せたのと同じ、怒りを隠しきれていない笑顔で。
「さーて、カナタ。私が言いたいこと、もうわかってるわよね?」
「あ、アルナ? 目が怖いんだけど……?」
「観念しなさい。あなたがやったことは、到底言い逃れできることじゃないわ」
「見捨てないでよリネット!」
昨日まったく同じ理由で怒っていたリネットだ。アルナの気持ちに同情しているのだろう。
でもこれで、ボクの逃げ場はなくなってしまった。
「……わかったよ。詳しく話すからそこの酒場に――」
「いいえ。そこよりも、もっと落ち着いて話せる場所があるわ」
「落ち着いて話せる場所……?」
「えぇ。私たちの、ホームよ」
そう言ってアルナが指差したのは、繁華街の突き当たりにそびえる巨大なタワーだった。
「ただいまー。今戻ったわ」
「おかえりなさい、マスター!」
「今回のクエは上手くいきましたか?」
「失敗ね。ソロなら道中は突っ切ることができると思ったんだけど、やっぱりボスには敵わなかったわ」
フロアを横切りながら、声をかけてくる男女一人一人に返事を返すアルナ。
その様子から、アルナがどれだけみんなに信頼されているかがうかがえた。
(アルナ、すごい――)
アルナに招かれたのは、とあるギルドが使用しているギルドルームだった。
ギルドとは複数のプレイヤーが集まって結成したコミュニティの総称。
ギルドルームは、ギルドが購入した、または貸し与えられた1つの空間のことだ。
中でもこのタワーはルームとしては最大級。建物1つがこのギルドの所有物となっている。
おそらく、FLO内でここより大きなギルドルームは存在しないだろう。もちろん、こんなルームを購入できるギルドも。
そして、このタワーを使用しているギルドのマスターが、アルナだった。
ボクがたった1人で行動している間に、アルナは自らギルドを設立し、これほどの規模にまで勢力を強めていたのだ。
「驚いたかしら?」
「当たり前だよ。FLOで一番大きなギルドが王都にあることは知ってたけど、まさかそのギルマスがアルナだったなんて」
「ギルマスって言っても、大したことはしてないわ。ただ、カナタが抜けたあと、いろんな人とパーティを組んで、交流してただけ。そうしたら、いつの間にか、こんな大きなコミュニティになってたわ」
「ううん、すごいよ。これだけの人間に慕われるなんて、アルナの人望があってこそだよ」
「そんなことないわよ。でも、カナタにそう言ってもらえると、なんだかうれしいわ」
アルナも、ボクとは違う道で前へと進んでいた。しかも、ボクよりもずっと先に。その結果がこのギルドなんだ。
あの時別れなければ、ボクもここに属していられたんだろうか。
そうだとしても、きっとボクはそれを拒否しただろうけど。
「こっちよ」
魔法を応用して作られたエレベーターに乗り、最上階のフロアへと案内される。
そこは壁一面が窓になっており、眼下には王都全体が見渡せた。
フロアの奥には大きな机と高級そうな椅子が置かれている。おそらくここは、ギルマスの執務室のような場所なのだろう。
しかしアルナはそちらには行かず、フロアの隅に作られた、小さな個室へと入っていった。
アルナに続いて中に入ると、そこには高級そうなカーペットの上に、簡素なテーブルとソファだけが並べられていた。応接室だろうか。
慣れているのか、アルナは部屋の奥でカップに紅茶を入れると、テーブルの上に並べた。
「2人とも、座って」
促され、ボクとリネットはアルナの正面に腰を下ろす。
部屋のせいなのかなんとなく堅苦しい雰囲気で、少し緊張しちゃうな。
「嫌になるわよね。ギルマスってだけでいろんな人と話さなくちゃいけないから、こんなことばっかり慣れちゃうの」
「でも、アルナらしいと思うよ」
「本当はこういうの、クロの方が慣れてるはずなんだけど――って、そんなことどうでもいいわよね」
アルナはそこでようやくリラックスしたように、紅茶を一口飲んでほぅっと息をついた。
「改めて、ようこそ。我らが『四葉の軌跡』へ。歓迎するわ」
四葉の軌跡――それが、このギルドの名前。
「素敵な名前だね」
「ありがとう。でも、この名前にするきっかけをくれたのは、カナタなのよ」
「ボク?」
「えぇ。私と、クロと、美咲、そしてカナタ。この4人で結成するつもりだったギルドなんだもの」
「――そっか」
それ以上はボクもアルナも、何も言わなかった。言う必要は、なかったから。
「それじゃ、話してくれる? カナタの知ってること。それと――本当の、カナタのこと」
「うん」
それからボクは、昨夜リネットに聞かれたことと同じことをアルナに話した。ボクが男だったことへの謝罪も、しっかりと。
その間、アルナは黙々と話を聞いてくれていた。怒るでもなく、悲しむでもなく、ただ静かに。
責められることを覚悟していたボクにとっては――それが、一番嬉しかった。
「そんなことになってたのね……」
すべてを話し終えたあと、アルナはメモプレートを呼び出して話の内容をまとめ始めた。
それが終わるまで、ボクはその場を動かずじっと待つ。
「『希望』と『欠陥』――このあたりは私たちの手に負えるものじゃないわね。となると、私たちにできるのは扉を見つけること――つまり、竜の渓谷をクリアするしかないわけね」
「手伝ってくれるの?」
「手伝うもなにも、四葉の軌跡はすべてのダンジョンを攻略することを目的としたギルドよ。そういうことはむしろ、私たちに任せてもらうくらいでなくっちゃ」
「――ありがとう!」
「お礼なんかいらないわ。カナタが請け負った役目に比べれば、この程度、なんてことないんだから」
ボクとリネット、たった2人で攻略するのはおそらく不可能だった。
けれどアルナに加えて、四葉の軌跡が協力してくれるのなら百人力だ。
話している間にデスペナルティも消えている。そうとなれば、今すぐにでも竜の渓谷に再挑戦して――
「さて、あとは……カナタへのオシオキね♪」
「……えっ!?」
「不服かしら?」
「だ、だって、それについてはもう許してくれたんじゃ……!?」
「私は許すだなんて言ってないわ。乙女の純情を弄んだんだもの、相応の制裁は覚悟してもらわなくちゃ♪」
「そんなぁ……」
その場は保留になったけれど、ボクへのお仕置きは近々行われることが決定されてしまった。
――生きてFLOを出られるのかな、ボク。
その後アルナは「人と会う約束をしてるの。建物の中なら自由に動いていいから、しばらく2人でくつろいでて」と言い残してルームを出て行った。
言葉に甘えて、ボクはギルメンたちへの挨拶がてら建物を散策し始める。
その後ろにはなぜかリネットがぴったりくっついて歩いていた。
理由を尋ねると「わたしに、たった1人で知らない建物を歩かせようというの?」とそっぽを向かれてしまった。
思えばリネットは、ずっと1人で行動していたから知り合いが少ない。おそらくこのギルドには一人もいないだろう。
そんな中1人で置いていかれたら、いくらリネットとはいえ不安になるのは間違いない。
――リネットってば、極度の方向音痴だし。誰かが付いていないと、建物から出ることすらできなくなっちゃいそうだ。
仕方がないので、機嫌を損ねたままのリネットに適度に話しかけながら建物を見て回った。
(こうして見ると、やっぱり広いな……)
ルームは12階構成。1階は大きなフロアになっており、NPCから寄せられた依頼――クエストを管理する窓口や、小規模なショップがおかれていた。
2階から5階まではギルド専属職人の作業場で、鍛冶師や錬金術師が日夜アイテムの精製を行っている。
6階から8階はギルメンたちの部屋。1人に1室与えられているけれど、まだまだ空室があるようだ。
9階と10階は修練所になっていた。特殊な魔法でここだけ全く別の空間になっていて、壁や床にはどれだけ剣を振り回しても一切傷がつかないらしい。
しかも低レベルのモンスターを召喚することが可能で、サブ職の育成にも役立っているそうだ。
11階は大人数でパーティーを行うことができるほど広いダンスホール。そして12階がアルナの執務室だ。
ざっと見ただけでもほかのルームの3倍以上の広さがある。こんな建物を維持できるなんて、さすがは最大規模のギルドといったところか。
「ふぅ……」
一通り見て回ったボクたちは、建物の外の、小さな庭園にあったベンチで休憩をとっていた。
ルームはタウンと同じ性質をもつため、体力なども現実の身体と同じ。
全フロアを見て回ったおかげで、予想以上に歩き疲れてしまった。
「――ずいぶんと多くの知人がいるのね。こんなに、広い世界なのに」
「リネット?」
ショップで買ったジュースを飲み干して一息ついていると、不意にリネットがそんなことを呟いた。
言われて見ると、たしかにボクがFLOで知り合った人は多い。パーティに誘われて、流れでフレンド登録するといったことが多かったからだ。
このルームの中でも、結構な人数のプレイヤーに話しかけられた。けれどそれは『華姫・カナタ』としてのボクに向けられた言葉が多かったように思う。
ボクがこれまで得てきた絆は、多分、アルナたちが手にしたそれとは全くの別物だ。
でも、リネットが望んでいるのは、きっとそんな言葉じゃない。
「知り合いは――たしかに、多いかも。たった2か月の間だけど、いろんな人と出会ってきたからね」
「――」
「でも、この世界は狭いよ。どんなにマップが広くたって、FLOにはたった3000人しかいないんだから」
「――そうね」
輪を広げることは大切だ。だけど、小さな囲いの中で広げ続けるのは無理がある。
これからの出会いを求めるなら、ゲームの中なんかで満足してちゃいけないんだ。
――なんて、人付き合いの苦手なボクが考えるのもおこがましいけれど。
「わたしは、あなたがうらやましいのかもしれない。わたしはずっと、1人だったから」
「ずっと?」
「昔から人と接するのが苦手で、家に閉じこもっていた。元々わたしに興味のなかったお父様は、そんなわたしに見向きもしなかった。お母様はわたしが物心つく前に亡くなっていたから、家にはわたしと、お父様が雇ってくれた家庭教師だけ。――つまらない毎日だったわ」
「……」
「お父様の仕事を手伝えば、そんな毎日が終わるかもしれないと思ってGMを引き受けたけれど……どうやら、全部無駄だったみたいね」
「そんなことないよ。だってそのおかげで、ボクたちはこうして出会えているんだから」
「――ッ」
「実はボクもね、家でゲームばっかりしてる暗い子供だったんだ。というか、今でもそう。でも、アルナたちと出会ったときから……何かが、変わった気がするんだ」
「――そう」
「だから――ボクたちと出会ったキミも、何かを変えられたら嬉しいな」
「――自分を過大評価しすぎじゃないかしら。あなたとの出会いなんて、わたしの人生においてはこれっぽっちの価値もないわ」
「き、厳しいなぁ……」
「でも……あり、が――」
「え?」
「……なんでもないわ。それより、あれ。あなたの知り合いじゃないの」
「ボクの? ――あっ!」
リネットが視線を向けた先はルームの玄関。四葉の軌跡の制服に身を包んだ大勢の男女がぞろぞろと建物に入っていく様子が見えた。
クエストを終えたのか、大人数のマルチパーティが揃って帰還してきたようだ。
その最後尾――気怠そうにぽつぽつと歩く金髪の少女と、並んで歩く黒髪の少女。
あれは――!
「わたしのことは気にしなくていいわ。行ってきなさい」
「――ごめんねっ!」
リネットにそう言われ、いてもたってもいられなくなったボクは玄関に向かって駆ける。
「クロ! 美咲!」
そして2人が建物に入る直前、息も絶え絶えになりながらも大声で呼びとめた。
振り返った金髪の少女――クロの大きな青い瞳が開かれる。美咲の顔も、どこか驚いた様子で――
「えっ!? 誰っ!? どこの子ーっ!? かーわーいーいーっ! みさきち! この子もらっていってもいいよね!?」
「く、クロ!?」
「なーんて、冗談冗談。――おかえり、カナカナ♪」
「――ただいまっ!」
底抜けに明るいクロの笑顔に、ボクもつられて笑顔を返す。
築き上げた大切な絆が、まだそこにあったことに感謝しながら。




