いきなりのハプニング?
人目もはばからず街中で叫んでしまったボクは、周囲からの好奇の視線を避けるために路地裏へと逃げ込んでいた。
こんなところまでよく作りこんであるなぁ、なんて気を紛らわせてみるけれど、ボクに起こった異常が修正されるわけでもない。
そう、ボクの身体は完全無欠に女の子になっているのだ。
アバター生成の時までは、間違いなくボクは男の姿だった。しかしFLOにログインした瞬間、ボクの体は女の子のそれになっていた。
服の下がどうなっているのかは確認していないから、まだ確証があるわけじゃない。でもわずかに胸が膨らんでいるし、履いているのもズボンではなくスカートなのだから、ボクが女の子になっているのは間違いないだろう。
ひとまず建物の窓ガラスで自分の姿を確認してみると、そこにはボクではなく、ボクによく似た女の子の顔があった。
風に靡く栗色の髪は若干肩にかかるくらいのショートカット。大きな瞳は青みがかっていて、見つめていると吸い込まれそうになる。小顔で鼻や頬のラインもすっきりしているので、低めの身長と合わさって小動物のようなイメージが醸し出されていた。
「これが今のボク……」
小さく呟いたボクの声は、女の子らしいちょっと高めのアルトボイス。自分の声のはずなのにまるで別人だ。
「どう見ても、女の子になってる……」
何度身体を見直しても、その姿が変わることはない。これはもう、諦めた方がよさそうだ。
「仕方ない、一旦おちてバグの報告をしてこよう。ちょっと出遅れちゃうのは残念だけど……」
背に腹は代えられない。こんな身体じゃまともにゲームを楽しむこともできないし。
「えーと、ログアウトは……」
指を横にスライドすると、視界に横に並んだメニュー画面が表示される。そこからログアウトを選択……しようとしたけれど、どこを探してもボタンがない。
悩んでいると、このゲームのログアウトは各町にいくつかある転移水晶からしか行えない、と開始前に説明されていたことを思い出した。
ここからだと一番近いのはログインした場所の近く、町の入口に置かれた水晶だ。でもそこに行くためには、どうしても大通りに出る必要がある。
この姿で人前に出るのはすごく恥ずかしいけれど、こうなったらもう覚悟を決めるべきだ。おかしなことをしなければボクが男とバレることもないだろう。
「よし、行こう」
白く細い女の子の足で、ボクは大通りへ静かに踏み込んだ。
――若干スカートの中がスースーするけど、今は考えないことにする。
「つ、着いた……」
気付かれるのではないかとビクビクしながら、大通りを歩くこと数分。ボクは無事に転移水晶の前に辿り着くことができた。
ほんのわずかな時間だったはずなのに、気を張っていたからか随分と長く感じてしまった。
「でも、これでようやく元に戻れるんだ……」
水晶に手を触れると、視界にメニューと同じような画面が表示される。そこにあった『他の町へ移動』や『課金ショップへ移動』などの項目をスルーして、目当てのログアウトを……あれ?
「ろ、ログアウトがない!?」
何度もメニューをスクロールさせてみるが、そこにログアウトのボタンはない。でも説明通りなら、ここで確かにログアウトできるはずだ。
「もしかして、バグ……?」
ボクにこんなバグが起きてるんだ、ほかの部分にバグが発生していてもおかしくはない。むしろ、ボクなんかよりこっちの方がよほど深刻だ。
とはいえゲームの中からじゃ不具合の報告をすることもできないし……外の人が気付いてメンテナンスが入るまで、おとなしくしているしかなさそうだ。
「先延ばしかぁ……」
「ねえ君。ちょっといいかな?」
「へ?」
肩を落とすボクの後ろから、誰かが話しかけてきた。振り向くと、そこにはボクより少し背が高い女の子が立っている。
ポニーテールにした髪は、アバター作成時に色を変更したのか鮮やかな赤色だ。切れ長の目も、髪に合わせて瞳の色をカメリアにしている。身長から見てそう歳は離れていなさそうだ。
「え、えーと……何か用、かな?」
「うん、実は今パーティ募集してるんだけどね。君も一緒にどうかなって」
「うーん……」
FLOでは4人までパーティを組むことができ、3人以上だと経験値や入手するアイテムにボーナスが入る。彼女はおそらく、それを狙ってるんだろう。
「その、どうしてボクに?」
言ってから一人称がそのままだったことに気付いたけど、もう遅い。でも『ボク』が一人称の女の子もいないわけではないし、彼女も気にしていないようなので、一人称はこのまま通すことにしよう。
「んー、ほんとは誰でもいいんだけどね。やっぱり女の子同士が気楽かなーって思って、近くにいる女の子に片っ端から声かけてるの。でも収穫なくて。そこでちょうど君を見つけて話しかけたってだけなんだけど……それで、どうかな?一緒に来てくれる?」
よかった。ボクの正体に気付いて話しかけてきたわけじゃないみたいだ。むしろ女の子だと思われてるようで、男としてはちょっとショック。
でもそういうことなら、しばらくは一緒にいてもいいかもしれない。どのみちメンテが入るまでやることはないし。男だってバレないように気をつけなきゃいけないけど。
「……ボクでいいなら、構わないけど」
「ほんと?やったぁ!それじゃあフレを待たせてるから、一緒に来てくれる?」
「う、うん。わかった」
ほかにも人がいるのか……
あまりこの姿で関係を増やしたくないんだけど、今更断るわけにもいかない。
バレないように気を付けるしかないか。
「あ、自己紹介を忘れてた。私はアルナよ。よろしくね」
「ボクはカナタ。よろしく」
「よし、それじゃあカナタ、いこっか!」
手招きしながら大通りを進んでいくアルナを、ボクは小走りに追った。