偶然か、必然か
ボクを壁に追いやったリネットは、威圧するように徐々に顔を近づけてくる。
こういうのは男女が逆……って、ボクも女の子だからいいのか。
いや、よくないよくない。というかそんなことを考えてる場合じゃない。
「り、リネット! 落ち着いて!」
「わたしは十分落ち着いているわ。ただ、少しだけ怒りを抑えきれないだけよ」
と言うリネットが腕に力を込めると、壁の亀裂が瞬く間に広がっていく。
ダメだ、相当怒ってる……
「と、とにかく! ボクにわかることは全部説明するから! お願いだから、開放して!」
「そう言って、また逃げるのかしら?」
「逃げないよ! これだけ人が多いと、話ができないだけだってば!」
「人……?」
リネットが路地の入口に目を向けると、そこには大量の人だかりができていた。
ボクたちが奥に入っていくのは、繁華街にいたみんなが見ていたはずだ。
こうして興味本位で覗きに来るのはむしろ当然だろう。
話をするにしても、ここでは野次馬が多すぎる。
それに……こんな姿を見られるのは、結構恥ずかしい。
「お願いだよぉ……」
「……仕方ないわね。なら、近くの酒場に場所を移しましょう」
ため息を吐いたリネットが一歩後ろに下がり、ボクはようやく解放される。
けれど安堵したのもつかの間、リネットに服の襟を掴まれていた。
「あのー……リネット? ボクも自分で歩けるよ……?」
「うるさい」
「はい……」
抗議も虚しく、ボクはズルズルとリネットに引きずられていった。
酒場に着いたボクたちは、一番奥のテーブル席に向かい合って座っていた。
適当な飲み物を購入したあと、仏頂面のままのリネットに注意を払いながら、ボクはゆっくりと話し始める。
「えーと、まずは何から話そうかな……」
「あなたを殺そうとしたわたしを止めた、あの攻撃。あれは誰からなの?」
「あぁ、あれはボクの姉さんだよ。悪気があって手荒な手段を使ったわけじゃないから、許してあげてほしいな」
「怒っているわけじゃないわ。ただ気になっただけ。それより、あなたの姉……高峰遙香が、なぜあの場にいたの?」
「簡単に言えば、ボクにやるべきことを教えに来てくれたんだ」
「やるべきこと……? 詳しく話しなさい」
それから、ボクはあのときにあったことを一つずつ話した。
姉さんが天原雄一郎の野望を阻止しようと動いていたこと。対策として、天原が持ちこんだバグを修正するプログラムを用意していたこと。
グループに追われ、FLO内部に逃げ込んだこと。その後、プログラムとともにずっとボクの中にいたこと。
そして、そのプログラムは『異分子No.0・デザイア』として、いまだにボクの中にあること。
「ボクはこの力を使ってFLOの『致命的な欠陥』を修復し、ゲームをクリアする。それが、ボクのやるべきことだよ」
「そんなチートを手にして……主人公にでもなったつもり?」
「異分子を使ってるのはキミの方でしょ……それと、ボクはこの力を修正以外に使うつもりはないから。主人公だなんて、大それたことは考えてないよ」
「どちらにせよ、そんなのは偽善よ。自己中心的な自己満足。誰も、あなたにそんなことを望んではいないわ」
このリネットの態度に……ボクは少し、カチンときてしまった。
「……なら、どうするの? キミがバグを修正して、FLOをクリアするとでも言うの?」
「えぇ、そのつもりよ」
顔色一つ変えず、堂々と言い放ったリネット。
この目は、本気だ。
「無理だよ。バグは『デザイア』がなければ修正できない。それは、FLOを作った姉さんが言ってたことだ」
「そうかしら。バグを作ったのはお父様よ。同じくお父様が作ったバグでなら、相殺できる可能性も低くはないわ」
「っ! まさか『異分子』を使って!?」
「そうよ」
確かに『異分子』も『致命的な欠陥』も、天原が意図的に作り出したものだ。両者をぶつけて相殺させれば、打ち消すことができるかもしれない。
どちらも彼が作ったものなのだから、それができる可能性は大いにある。
姉さんは毒に対する特効薬をボクに託したけれど、リネットは毒を以って毒を制するつもりなんだ。
つまり、この場にクリアにつながる鍵が2つ存在しているということ。
でも、そういうことなら……
「それなら、ボクたちは協力し合えるんじゃないのかな? 手段は違っても目的は同じなわけだし……」
「その必要はないわ。FLOをクリアするのは、わたし。協力なんて、いらないのよ」
顔を逸らしたリネットは、なんとなく、焦っているように見えた。
FLOをクリアすることは、彼女の中で何か大きなことに繋がるのかもしれない。
けれど、ボクだってクリアを彼女に譲る気はない。姉さんのゲームをクリアすることは、ボクにとって大きな意味を持つんだ。
だったら、残された道は1つしかない。
「なら、競争しよう」
「競争?」
「ボクはボクなりのやり方で、『アルカディア』を探しだしバグを修正する。キミも、キミの持つ力を使ってクリアを目指せばいい」
「……早い者勝ち、とでも言いたいのかしら」
「そうだね。それが一番手っ取り早いだろうし……なにより、燃えてくる」
「いいわ。乗ってあげる。勝つのは当然、わたしだけれど」
「ボクだって、負けないよ」
挑発的な視線を向けたリネットは、立ち上がると足早に酒場を出ていった。
残っていたジュースを飲み干して、ボクも席を立つ。
負けられない。すぐにでも『アルカディア』探索を始めなきゃ。
でも、今日は時間も遅いし宿をとって休もうかな。
きっとリネットも夜更けに探索を始めようとは思わないだろう。
明日の朝。そこからが勝負の始まりだ。
月が登り始めた夜空を眺めながら、ボクは宿を探して明かりの灯る大通りを歩き始めた。
時間が遅かったためか宿はほとんど満室で、空室を見つけるのに少し時間がかかってしまった。
なんとか見つけた小さなホテルでチェックインを済ませ、指定された部屋に向かう。
部屋の前で認証を済ませ、ロックを開けて中に入ると……そこにはなぜか、すでに先客がいた。
「……!?」
まず目に飛び込んできたのは、しっとりと濡れたつややかな青い髪。さきほどまで髪を拭いていたのだろう、タオルが頭にかかっている。
華奢な肢体は陶磁器のように白く、シミ1つない。瑞々しい肌の感触さえ触れずとも伝わってきそうだ。
胸は乏しいものの、無駄な肉のない女性らしい身体の丸みはしっかり強調されている。
美しすぎて目が離せない、まさに天使とも呼べる女性が、そこにはいた。
……つまるところ、お風呂上がりのリネットが全裸で玄関に立っていた。
お風呂は玄関のすぐ隣にあるようだから、それ自体は何もおかしくない。
問題は、なぜボクの部屋にいるのか、だ。
けど、それについて考えている時間は与えてくれそうになかった。
「あ、あのっ、ごめ!」
バタンッ!
言い終える前に、リネットによって玄関が閉じられてしまった。
中から手動でロックをかけられたようで、認証を行っても開錠される気配がない。
「ど、どうしよう……」
その後リネットが部屋に入れてくれるまで、ボクは小一時間ほど玄関の前で弁解を続けた。
「つまり、この部屋に来たのはあなた個人の責任ではないと?」
「あ、当たり前だよ!」
足を組みながらソファに座るリネットと、その前で正座するボク。
当然リネットは部屋着に着替えた姿だ。
部屋を離れる様子のなかったボクを、観念したのか「近所迷惑よ。入って」と言って入れてくれた。
その後ここに来た理由を尋ねるリネットに、空室のあった宿がここだけで、なぜかこの部屋に案内されたということを説明しているのだ。
「理解しているでしょうけれど、ここはわたしが借りた部屋よ。いかなる事情があろうと、あなたに明け渡すつもりはないわ」
「わかってるよ、そんなこと。……ごめん、いろいろ迷惑をかけたね」
「待ちなさい」
「え?」
深く頭を下げて部屋を出ていこうとすると、リネットに呼び止められた。
「誰も、出て行けとは言ってないわ」
「でも部屋を渡すつもりはないって……」
「わたしは確かにこの部屋を借りた。けれどあなたもお金を払ってここに来たはず。ならあなたにも、この部屋を使う権利はあるはずよ」
「えーっと……?」
「もともとこの部屋は2人用なの。1人くらい増えてもスペースに余裕はあるわ」
「り、リネット……!」
「ただし、条件があるわ。明日一日、わたしに協力すること。できないなら、今すぐここを出て行ってもらうわ」
「それくらいならお安い御用だよ!」
王都の宿代は高い。宿を求めてほかの町へ転移するのにも多少費用がかかる。
装備の強化でお金を使い果たしてしまっているボクにとっては、どちらも出費が大きい。
リネットの言っている『協力』がどんなことなのかはわからないけれど、その程度で資金の浪費を抑えられるならむしろ好都合だ。
「決まりね。荷物は部屋の隅に置いて。ベッドは奥のものを使ってくれればいいわ」
「ありがとう。恩に着るよ」
「でも、何よりも先にシャワーを浴びてきて頂戴。あなた、薬品のような変な匂いがするわよ」
「ご、ごめん……」
『酸の海』では服が溶けることはなかったものの、大量の酸を浴びた。その匂いが残ったままだったようだ。
さすがに、このまま寝るわけにはいかないな。リネットにも悪いし。
言葉に甘えて、シャワーを浴びておこう。
夜。ボクがシャワーを浴びて以降一切の会話もなく、お互いベッドで横になっていた。
寝る直前、いや、寝てからも(主に寝言で)うるさかったクロたちとは大違いだ。
このまま寝てしまってもいいけれど、それではなんだか寂しい。
それにリネットとは、一度知り合った仲として少しでも交流を深めておきたかった。
「ねぇ、リネット」
「……なにかしら」
よかった。まだ起きてた。
「本当によかったの? ボクなんかを泊めて。ボクだって、れっきとした男なんだよ?」
「そういえばそうだったわね」
「そういえば、って……」
「わたしはてっきり、身も心も女になってしまったのだと思っていたわ」
「な、ないない!そんなことありえないってば!」
「そうかしら。アクセサリーショップで熱心に髪飾りを選ぶあなたは、どこからどう見ても女の子だったけれど」
「うっ、言い返せない……」
確かにあのときは、なんだかそういう志向になっていたことは間違いない。
もしかしてボク、身体が女の子になっているせいで心も女に近づいてしまっているんだろうか。
大変だ。完全に女の子になってしまう前に、ゲームから脱出しなくちゃ。
「別にいいんじゃないかしら、女になっても。きっとあなた、男より女の姿の方が魅力的よ」
「そ、そんなこと、ない、はず……」
反論したいけど、昼間のナンパ男やファルとの会話のせいで強く言い返せない。
でも現実のボクは男だし……うぅ、なんでこんなことで悩まなきゃいけないんだろう。
「まぁ、あなたが男でも女でも、部屋に入れたときから追い出すつもりはなかったけれど」
「どうして?」
「逆に聞くわ。あなたに、わたしを襲う度胸がある?」
「あ、あるわけないでしょ!?」
「それが理由よ。あなたが無害だとわかっていれば、あなたを拒む理由はないわ」
「リネットがそれでいいならいいんだけど……」
「追い出してほしかったの?」
「や、やっぱりなんでもない!」
普通は相手が男ってだけで拒絶すると思うんだけど……
リネットが気にしていないならいいや。そのおかげで助かったわけだし。
「わたしからも聞きたいのだけれど。あなたをこの部屋に案内したのはNPCだったのでしょう?」
「うん、そうだね」
「ならなぜ部屋を間違えるだなんてミスをしたのかしら。NPCの客室管理能力は完璧なはずなのだけれど」
「うーん……このホテルのオーナーがプレイヤーだからじゃないかな」
ゲーム内の一部の施設は、一定の金額を支払うことで購入することができる。
数日に一度、その施設で得られた利益の一部を、オーナーとなったプレイヤーが獲得できるという仕組みだ。
またオーナーは施設のNPCの行動を細かく設定することができ、自身の施設をよりよく改造していける。
「それとNPCのミスに、どんなつながりがあるというの?」
「多分だけど、ボクたちが繁華街で揉めてるのをオーナーが見たんじゃないかな。そのせいで、ボクたちがそういう仲だって誤解されたんだと思う。あの光景は……見方によっては、ボクがキミに迫られてるように見えたはずだし」
「その後あなたがわたしと同じホテルにやってきて、偶然そこのオーナーだったプレイヤーがおせっかいにも相部屋にした、と?」
「そうとしか考えられないよ。ありえないような話だけどね」
「……いつかオーナーを見つけだして、自分のしたことを後悔させてやるわ」
「こ、怖いよ、リネット……」
腹が立つのはわかるけど、PKなんかしないように見張っておかないと。
「わたしはもう寝るわ。これ以上気が立つと眠れそうにないもの」
「そっか。おやすみ、リネット」
「えぇ、おやすみ」
それからしばらくすると、ボクに背を向けて眠るリネットの小さな寝息が聞こえてきた。
そのかわいらしい声に耳を傾けていると、ボクにも睡魔が押し寄せてくる。
今日は3つもダンジョンに潜ったせいか、いつもよりも疲れているようだ。
このまま眠ってしまおう。明日、リネットにどんなことをさせられるのかわからない以上、身体に疲労を残すわけにはいかないんだから。
リネットの寝息を子守唄に、ボクはゆっくりと眠りに落ちていった。




