旅立ち
―第43ダンジョン『スキンク火山』50層―
「はあぁ!」
飛びかかってきた最後のリザードマンの頭部を斬り落として、ボクはようやく剣を納めた。
眼前にそびえるのは巨大な扉。どのダンジョンにも存在する、ボス部屋への見慣れた入口。
いつも通りの仕草で、その扉を無造作に開く。
「GEEEEYAAAAAAAAAAAaaaaaa!!」
現れた部屋の主は、無骨な角と鋭い牙をもつ四足の地竜。
地を揺るがす咆哮にも臆することなく、ボクは剣を引き抜いて竜へと攻撃を仕掛けた。
アルナたちと別れてから、2か月が経とうとしていた。
外ではもう夏休みが終わり、新学期が始まっている時期だ。けれどボクたちは、いまだにFLOから脱出するには至っていない。
それでもダンジョンの攻略は快調に進み、ワールドマップがほとんど完成するくらいにまで探索範囲を広げていた。
残りのダンジョン数は10にも満たないだろう。ゲームクリアを目前に控えて、プレイヤーたちの士気は大いに盛り上がっていた。
そんな中、ボクはFLOでも有数のソロプレイヤーとして名を上げていた。
一人でいるのは、アルナたち以上に信頼できる仲間が見つからなかったからってだけだけど。
でも、これでいいんだと今では思ってる。関係をもった人たちが真実を知って離れていくところなんか、もう見たくないから。
「ふぅ……」
スキンク火山を攻略し終えたボクは、その足で第41ダンジョン『フィルシュ鍾乳洞』へと赴いていた。
このダンジョンはすでに攻略済みだけど、ここのモンスターから取れる素材を集めてほしいと知り合いから頼まれていた。
目的の素材を手に入れて一息つく。
一度攻略したダンジョンとはいえ、難易度が高いことに変わりはない。複数人協力プレイを基本としているFLOのダンジョンに、ソロで潜っているのだからなおさらだ。
さすがに疲れたな……彼らに素材を渡したら、今日はもう宿に戻って休もうか。
「生還水晶は……あれ?」
インベントリを探すが、脱出アイテムが見つからない。さっきスキンク火山で使ったときにストックが切れたんだろうか。
今まで気が付かなかった。となると、歩いて入口まで戻るしかないか。
幸いそれほど深くまで進んできたわけじゃないから、数分歩けば脱出できる。そこから町に戻れる帰還水晶を使えばいいだけだ。
踵を返して元来た道を戻っていく。するとその途中で、笑いながら歩いてくる2人の青年が見えた。
剣士と盗賊だろうか。剣士らしき人は青い髪、盗賊らしき人は金髪が特徴的だ。どちらもラフな服装で、いかにも軽薄そうな印象を受ける。
困ったな。ああいう人たちにはできるだけ関わりたくないんだけど。
でもここは一本道だから、鉢合わせしないようにするには奥に進むしかないし……
「ん?」
「お?」
「あっ」
どうやって切り抜けるか考え込んでいる間に、近くまで来ていた青年たちに見つかった。
「なになにー?君もダンジョン探索ぅ?女の子が1人で来るのは危ないよ?俺たちと一緒に行かない?」
「そうそう。俺らちょー強いから。頼りにしてくれちゃっていいんだぜ?」
「……」
予想した通りだ。こうなるってわかってたから出会いたくなかったのに。
仕方ない、いつも通りのやり方でお引き取り願おう。
「……ごめんなさい。お誘いはうれしいんだけど、私も先を急いでるの」
「えー。そう言わずにさぁ。ちょっとくらいいいじゃない?」
「それに……」
――シャキンッ!
「守ってもらう必要も、ないかな」
食い下がろうとする青年たちの顔の間に、瞬時に引き抜いた刀を通して、2人の背後にいたサハギンの脳天を貫いた。
冷や汗を流す青年たち。対するボクは精一杯の笑顔。
ボクをただの女性プレイヤーだと思って寄ってきた男程度なら、こうしてちょっと驚かしてあげるだけで十分追い払える。
「「す、すいませんでしたぁ――――!!」」
彼らも例に漏れず、逃げるようにダンジョンの奥へと駆けていってしまった。
この程度で驚いてるようじゃ、ここのボスは倒せないと思うんだけど……まぁ、どうでもいいか。
っと、余計な道草を食ってる場合じゃないや。早くこの素材を届けてあげないと。
あんまり遅くなっちゃうと、いつも無理なお願いを聞いてくれる彼らに申し訳ないしね。
「だってカナちゃんかわいいもん」
「……からかわないでよぉ」
王都メルキオの小さな工房に着いたボクは、鍛冶師に装備を作ってもらっている間、店主の少年と他愛のない話をしていた。
流れで鍾乳洞でのナンパの話になり、そういえば最近男に声をかけられることが多いなぁと何気なく口にすると、少年からそんな応えが返ってきた。
「マジマジ、大マジ。てかなんでロングにしたの? かわいすぎるんだけど? ナンパされるのなんか当然としか言えないんだけど?」
「こ、これはちょっとでも顔が隠れるようにと思って……」
今ボクは、王都にある『ヘアサロン』の機能を使って髪型をロングに変更している。
外見からボクが『カナタ』であることをわかりにくくするためだ。有名になり始めたころは、町に入るだけでパーティ募集やギルド勧誘の人たちに囲まれて大変だったから。
こうして髪型を変えるとそういった人たちは少なくなったものの、今度はなぜかナンパが増えてしまった、というのが現状だ。
「ずっとゲームに閉じ込められて、みんな女に飢えてきてんだよ。かくいう俺もそんな1人だ。付き合ってください!」
「ごめんなさい! ……それにしても、ずいぶん早く終わったんだね。おつかれさま」
話に割り込んできた鍛冶師の青年が、店主の隣に座り込みながらボクに完成したネックレスを手渡してくれる。
鍾乳洞で手に入れた透明な鍾乳石があしらわれた、簡素ながら出来のいいアクセサリーだ。
「この程度の加工、10分もありゃ終わるさ。けどそんなもん何に使うんだ?溶解耐性なんざ決闘でしか意味ないと思うんだが」
ボクがネックレスに付加するよう頼んだ『溶解』耐性は、一部のスキルや魔法が持つ、武器を溶かして攻撃力を下げる状態異常への耐性だ。
溶解を発生させる技は基本的にプレイヤーしか扱えないため、その耐性となると必然的に決闘でのみ真価を発揮する。
ダンジョンの攻略のみを主としているボクには無用の長物に思えるんだろう。
「最近攻略された『酸の湖』に行ってみたいんだ。情報によると、そこの水に触れると服が溶けちゃうらしいから、その対策に……」
「「何それ超気になる一緒に行こうぜ!」」
「下心見え見えだよっ。それにこのネックレスがあれば服は溶けないはずだから、2人が期待するような展開にはならないと思うよ」
「ちぇー。つまんねーのー」
「まっ、どのみち俺らの戦闘職はレベル一桁のままだからな。ついてっても足手まといになるだけさ」
唇を尖らせるファルをロレンスがなだめる。
まるで兄弟みたいな2人の仲は、いつも見ていてうらやましくなるほどだ。
――ファルとロレンス。第1ダンジョン『迷いの森』を攻略する際、マルチパーティを組んだプレイヤーたちだ。
グランドベアに敗北して以降戦意を失った2人は、鍛冶師に転職してこうしてひっそりと商店を開いていたそうだ。
彼らがイリールから王都に工房を移転したときに偶然出会い、それからは客として何かとお世話になっている。
ボクが今装備している武器や防具も、彼らに鍛えてもらったものだ。
「やれやれ。騒がしいと思ってきてみたら、また貴女ですか」
ボクたちが話していると、裏口を開けてアーランドが入ってきた。
しばらく会ってなかったけれど、七三分けみたいなキッチリした髪型と、大きな四角い眼鏡は相変わらずだ。
彼は今、大手の商業ギルドに有力な『錬金術師』として雇われている。彼の錬成するアイテムは質が良く、価格も安いということで、そのギルドの看板にもなっているほどだ。
その分忙しいらしく、こうして会うのは初めてこの商店に立ち寄ったとき以来になる。
「アーランド! 久しぶりだね! お仕事は順調?」
「えぇ、おかげさまで。まったく、どうして攻略組のやつらはあんなにもアイテムを浪費できるんでしょうか。理解できませんよ」
「あはは、ごめんね」
「貴女もいい加減ソロなんてやめたらどうです?そうすればアイテムの消費も、僕の仕事も減って大助かりだというのに」
口を開けば皮肉ばかりのアーランド。けれどその口元はずっと緩んだままだ。
彼自身、自分の役割にやりがいを感じているんだろう。
「アラン! 帰ってくるなら連絡してくれっていつも言ってるだろ!」
「ギルドホームとここは目と鼻の先なんです。わざわざ連絡するなど時間の無駄でしょう」
「お前なぁ……」
「まぁいいじゃん! 帰ってきてくれたんなら、それでさ! 今日の晩飯はパーッと豪華にいこうぜ!」
「いいな、それ。カナも一緒にどうだ?」
「日が暮れる前に攻略を終えたいから、ボクはもう行かなきゃ。せっかくのお誘いなのに、申し訳ないんだけど……」
「気にすんな。機会なんざいくらでもあるんだからよ。FLOにも、外にもな」
「……そうだね。それじゃ、ボクはこれで」
「おう、またいつでも来てくれよな!」
「来週のデートの約束、忘れないでよー!」
「してないでしょ、そんな約束っ」
3人に見送ってもらいながら、ボクは商店を後にした。
『酸の湖』でボスを倒し終えたときには、すでに日が暮れかかっていた。
事前に買い足しておいた生還水晶と帰還水晶を使ってすぐさま王都に戻り、ドロップを商店で換金。
日が完全に落ちるまでまだ少し時間がありそうだったので、手持ち無沙汰なボクは繁華街を巡りながら時間を潰すことにした。
(あっ、ここ……)
興味を引かれたのは、多種多様な装飾品が店頭に並べられたアクセサリーショップ。
並んでいるアクセはどれもファンシーなデザインで、女の子の受けがよさそうだ。
実際中にいるのは女性プレイヤーばかり。
性能でアクセを選んでいるボクみたいなのとは違って、みんなオシャレ目的でこの店に来てるんだ。
そういえばボクも、戦闘中に邪魔にならないよう髪留めが欲しかったんだった。
せっかくだし、入ってみようかな。
特にためらいもなく足を踏み入れて、髪飾りのコーナーに一直線。
色とりどりのシュシュやカチューシャが並ぶ中、ボクが目を引かれたのはシンプルな水色のヘアリボンだった。
好きな色だし、今着ている服によく似合う。特に迷う理由もないし、これにしよう。
FLOの支払いは、メニューに表示されるショップ項目から購入を選ぶだけで行える。こういったアクセや武器なら、買ったその場で身に付けられるのが利点だ。
髪を一房束ねて、購入したばかりのリボンを軽く結ぶ。
近くに設置されていた姿見で確認して……うん、バッチリだ。
(って、違う! そうじゃない!)
いつの間にか当初の目的を忘れてた。髪をまとめるものが欲しかっただけなのに。
でも、それほど髪で困ってるわけでもないし、これはこれでいいかな。
そうなると、もっといろんな髪飾りを試したくなってきた。
「あ、あのピン留めかわい
「見つけたわ……」
いきなり背後から聞こえたドスの効いた声。
「ひぁっ!?」
振り返る間もなく、首の後ろを掴まれて店の外へと連れ出されてしまう。
声の主はなおも止まらず、そのままボクは……人気のない裏路地まで連れ込まれていた。
ドンッ! 壁際に追い込まれたボクの顔スレスレに、壁を壊しそうな威力の掌底が叩き込まれる。
思わずビクッと身体を震わせたボクが恐る恐る顔を上げると、そこにいたのは見間違えようのない、あの少女だった。
「り、リネット!?」
「どういうことなのか、説明してもらえるわね……?」
額に青筋を浮かべながら、ボクを睨むリネット。
どういうことなのか、なんて、ボクが聞きたいよ!




