たとえ道は違えども
「……何を企んでいるの?」
「強いて言うなら、ゲームを先に進めること、かな」
「意味が分からないわ。そんなことをしても、あなたのデスカウントが増えるだけよ」
「そうでもないよ。少なくとも、キミにはメリットのある話だから」
「……一から説明しなさい。決めるのは、その後よ」
リネットも、ボクが何かをしようとしていることは察してくれているみたいだ。
すぐに断られると思っていたけれど、これなら話が早い。
「ボクの身体の中には、異分子が眠ってるんだ」
「異分子が……?」
ボクの告白に、リネットは驚いた素振りを見せない。
顎に手を当てて、何かを考え込むだけだ。
「やはり、そうだったのね」
「気付いてたの?」
「確証はなかったけれど。水晶の洞窟であなたが異分子とプレイヤーの関係について尋ねてきたときから、何かおかしいとは思っていたわ」
「あのときはまだ、自分の中にあるモノがなんなのか把握し切れてなかった。でも、キミのおかげで確信することができたんだ」
「……答えて。どうしてあなたがその力を持っているの?」
「わからない。ボクがこのゲームにログインしたときには、もうこの身体になってしまっていたから」
「身体……? あなたの異分子は、外見に影響を及ぼす能力なの?」
「そうみたいだね」
「今も、発動しているの?」
「うん」
「……わたしには、あなたの変化がわからないわ」
「そうだよね……」
気付かないのも無理はない、か。
そもそも、ボクはこの姿でリネットと出会ったんだ。変化になんか、気付くはずがない。
どうやって説明しようか。やっぱり、はっきりと言った方がいいかな。
本当は先に話すのはアルナたちにするべきなんだけど……もう、後戻りはできない。
それに、話さなきゃ、リネットはボクの頼みを聞き入れてくれないだろうから。
打ち明けよう。ボクの秘密を。
「誤解される前に、言っておくよ。――ボクは、男だ」
「……頭が痛いわ」
額を抑え、苦々しい顔をするリネットは……ボクの言葉で、すべてを把握したらしい。
察しが良くて助かるけど、せっかく意気込んだのに話す必要がないっていうのはちょっと寂しいな。
「性別さえも『入れ替える』……どの異分子の能力かはわからないけれど、そんな厄介なものが、よりにもよって人間に入り込むなんてね。それもログイン時ということは、最初の町で……もっとよく探しておくべきだったわ」
「ボクが言いたいこと、わかってくれたかな?」
「えぇ、嫌というほどにね。つまりあなたは、私に倒されることで異分子を回収してもらいたいのね」
「そういうこと。ダンジョンで死んで、モンスターに奪われたりするわけにはいかないから」
「……覚悟は、できているのね?」
「最初からね」
しばし逡巡したリネットは、意を決したように腰の剣を引き抜く。
その目はまだ迷っているようだったけれど、今更拒否されることもないだろう。
「できるだけ苦しまないようにするわ。でも、もし失敗したら……」
「心配しないで。ボクはキミを信じてるから。キミも、自分を信じてほしい」
「……えぇ」
一度閉じた目を開いたリネットが、剣を高く振り上げる。
その剣が振り下ろされるまで、コンマ数秒。
ブレることのない刀身は、正確に真上から下りてくる。
心配なんて微塵も必要ない、洗練された一閃だ。
あぁ、これでボクも、ようやく、普通に――
――ダメだよ
「ッ!?」
リネットの剣が、ボクに触れようとする刹那。
2人の間に、眩い閃光が走った。
「な、なに……ッ!? きゃっ!」
閃光は雷電を伴い、リネットの剣を弾く。そのまま彼女の身体までも弾き飛ばし、近くの樹の幹に打ちつけてしまった。
気絶してしまったのか微動だにしないリネット。彼女に構うことなく、ボクの周りの閃光は膨張を続けていく。
直視できないほどの光はさらに輝きを増していき……視界を完全に覆ったところで、急速に輝きを弱めた。
眩んでいた目を開くと、光はすでに収束していた。
そこにあるはずのない、いや、いるはずのない人物を残して。
「そんな、どうして……!?」
「……久しぶり、だね。叶汰」
「姉さん!」
光の中から姿を現したのは、FLOの開発者であるボクの姉、高峰遙香だった。
「梨乃ちゃん、大丈夫?」
「うん、気絶してるだけみたい。すぐに目を覚ますと思う」
「そっか、よかった。ちょっと手荒にやりすぎちゃったから、怪我させてたらどうしようかと思った」
ぐったりと倒れたままのリネットを木陰に寝かせてから、ボクは横に立つ人物に向き直る。
ちゃんと手入れされておらずボサボサの髪と、しわだらけの白衣が特徴的な女性。
ボクの、姉さんだ。
「それで……どうして、姉さんがここにいるの?」
「……ちょっと長くなるから、あっちで話そうか」
姉さんが指差したのは、砦の壁から崩れたらしい四角い大きな岩だった。
姉さんと一緒にその岩に腰かけて……姉さんが口を開くのを待つ。
そうして5分ほど2人で景色を眺めていると、不意に姉さんが話し始めた。
「ごめんね、叶汰。今まで何も話せなくて」
「ううん。姉さんが大変だったのはよくわかってるから」
「……叶汰は優しいなぁ」
そう言って微笑む姉さんは、白衣の裾をギュッと掴んでいる。
あれは、言い辛いことや大切なことを話すときの癖だ。
「……天原さんの『計画』については、もう知ってるよね?」
「うん。でも、どうして姉さんがそれを?」
「一緒に聞いてたから。私ね、ずっと叶汰の中にいたんだよ」
「ど、どういうこと?」
「最初から、話した方がいいかな。叶汰たちが戦っている間、私がやってたこと」
姉さんがやっていたこと……それはつまり、姉さんの真意。
ボクの一番知りたかったことが、今、姉さんから直接話されようとしている。
「私がFLOを作ったのは、天原さんの野望を叶えるため。っていうのは建前でね。本当は純粋に、世界初のVRMMOになるFLOをみんなに楽しんでもらいたかったの。だから、天原さんたちの目を盗んでFLOを正規の難易度に戻した。でも、天原さんの策略はその上をいってたの」
「異分子、だね」
「そう。天原さんは私の管理者権限を使って、調整されたFLOに異分子を紛れ込ませた。梨乃ちゃんが頑張ってくれてたけど、残念ながら止められなかったみたいね」
姉さんが調整しなおしたFLOに、天原雄一郎が異分子をばら撒いた。このあたりは、リネットから聞いた話と同じだ。
問題はこの先。FLOが稼働してから今まで、姉さんが何をやってきたのか。
「そのころ私は、FLOを調整したことがバレて天原グループのスタッフに追われてた。追い詰められた私は、自分の作業室に置いてあったテスト用のCSコフィンに逃げ込んだの」
「姉さんもCSコフィンに……あれ、それじゃあ、あのスクリーンに映った姉さんは?」
「あれは天原さんのねつ造……って言いたいんだけど、ちょこーっとネタで撮ったのが残されてて、それを使われたみたい?」
「姉さん……?」
「ごめんってばー! と、とにかく! そこから管理者コードを利用して、FLOを強制シャットダウンしようとしたんだけど……すでに管理者コードは書き換えられていて、内部には手が出せなくなっていたの。コフィンの外はスタッフが取り囲んでいたから、もうFLOにログインする以外逃れる術はなかった」
「それじゃあ、姉さんはそれからずっとFLOの中に?」
「ううん、そうじゃない。致命的な問題があって、ゲームにはログインできなかったの」
「致命的な、問題?」
「私のCSコフィンはテスト用。正規のプレイヤー用に準備されたものじゃなかったから……簡単に言えば、会員登録ができなかったのね」
「そんなことって……」
「天原さんによってログアウトもできなくされたから、私はそのまま電脳空間に閉じ込められることになった。生身の肉体も、電脳世界の身体も失った私は……たった一つだけ残ってたFLOとのつながりに賭けたの」
「つながり?」
「FLOには唯一、私と天原さんしか知らない重大な欠陥があるの。天原さんの野望を叶えるために、どうしても作らなきゃいけなかった欠陥だよ。でも私は、いざという時にそれを修復できるプログラムを用意してたの。電脳空間の奥深くに、こっそり隠してね」
「じゃあ姉さんは、そのプログラムを使って?」
「そう。手探りで何とか電脳空間から見つけ出したそのプログラムを、ちょーっと弄ってFLOの中に投げ込んだの。私の精神体と一緒にね。まぁ、プログラムと私自身を切り離すのに時間がかかって、今まで出てこられなかったんだけどね」
バグフィックスのために用意していたプログラムを、無理やりゲーム内データに改造して送り込んだということだろうか。
やっぱり姉さんはすごい……けど、無茶苦茶だ。
でも、おかしいな。姉さんがFLOに入り込んだのなら、同じ場所にそのプログラムもあるはずだから……
……まさか。
「ねぇ、姉さん。そのプログラムって、もしかして……」
「あ、バレちゃった? そのとーり。叶汰の中にあるよ。ちょうどログインした叶汰に頑張って植え付けたんだから」
「だと思った……」
考えてみれば、ボクがFLOにログインした時間と姉さんがプログラムを改ざんした時間はピッタリ一致する。
ということは、ボクの中にある異分子の正体はそのプログラムで間違いないようだ。
「それじゃあ、ボクがこんな姿なのもプログラムのせいなんだね……」
「うん、私が願ったおかげでね!」
「……え?」
「そっか。これは知らないんだったね。叶汰の中に送り込んだのは、私が作った『異分子No.0・希望』。強い願いを形にするっていう、すっごい異分子なんだよ」
「え、えぇ!? なんでそんなすごいものが!?」
「そんな力が必要なくらい、天原さんのために作った欠陥は大きいってこと。あ、でもその力、あんまり乱用しちゃダメだよ。そんな力があるって知られたら叶汰のデータごと削除されちゃう可能性もあるからね」
「ボクがそういうの嫌いなことくらい知ってるでしょ。それよりも、この姿が姉さんの願いってどういうこと!?」
「たまには本物の女の子になった叶汰も見てみたいなーって」
「……」
そうだった。姉さんはいわゆる男の娘が好きなんだった。
ボクもよく、女の子の服装を着せられそうになってたっけ。
ここ数年の姉さんは忙しくて会うことすら少なかったから、すっかり忘れてた……
紐解いてみれば、すっごくどうでもいい理由だったんだなぁ。ボクの性転換。
「でね、叶汰にお願いがあるの」
「……なに、姉さん」
改まった姉さんに、ボクも気を引き締めなおす。
「FLOを、クリアして」
「言われなくても、そのつもりだよ」
天才と呼ばれていた姉さんは、昔から趣味の一環としてフリーゲームを大量に制作していた。全部、個人でだ。
そして、姉さんが作ったゲームを最初にクリアするのは、いつだってボクだった。
このFLOだって例に漏れない。姉さんを問いただすという当初の目的は達成したけど、これはそれとは関係のない、ボクの意地だ。
「この役目は、叶汰にしかできないの。希望のカギを持ってる叶汰だけが、このゲームをクリアできるんだよ」
……そうか。バグフィックスプログラムはボクしか持っていないのだから、『重大な欠陥』を修復できるのもボクだけなんだ。
そう考えると、すごいプレッシャーを感じる。世界を救う勇者というのは、こんな心境なんだろうか。
でも、やり遂げてみせる。偽善でも、自己満足でもいい。こんなボクにでも、できることがあるのなら。
「任せてよ、姉さん。姉さん!?」
頷いたボクの目の前で、姉さんが光に包まれ始めた。
光はどんどん強くなって……姉さんを飲み込んでいく。
「あちゃあ、やっぱ『希望』から離れると長くはもたないみたい」
「大丈夫なの、姉さん!?」
「へーきへーき。ただの強制ログアウトだから。ただ、CSコフィンから連れ出されるとちょーっと厄介かなー」
「そんな!」
「へーきって言ってるでしょー。だからカナタ。ゲームをクリアして……絶対に、助けに来てね」
「……うん、絶対に」
その言葉を最後に、姉さんの身体は消滅した。
岩から飛び降りたボクは、ゆっくりと歩いて倒れたままのリネットに近づいていく。
その顔を覗き込むと……よく、寝ていた。
戦い詰めで疲れが溜まっていたのかもしれない。このあたりにはモンスターも出没しないようだから、しばらくこのまま寝かせておいてあげよう。
「よし」
リネットから離れたボクは、右手を耳に当て、左手でメニューの『チャット』欄を操作する。
そしてそこから『パーティチャット』を選び、ボイスチャットをつなげた。
『カナタ!? 今どこにいるの!? パーティメンバーの現在地情報にも表示されないから心配で……!』
「ごめん、アルナ。ボク、しばらくそっちに戻れそうにない」
『カナカナ―!? なんでなんでどーして!? 戻ってこれないなら帰還水晶投げるよー!?』
『大丈夫なんですかカナタさん!? 助けが必要ならすぐ私たちが!』
「2人ともありがとう。でもそうじゃないんだ」
アルナやクロ、美咲の不安そうな声を聞きながら、ボクは続ける。
「ボクは今まで、みんなと偽りの関係を築いてきた。でももう、そんな関係は嫌なんだ。ボクは本当の自分で、みんなと本物の友達になりたい。そのために、一度みんなとの関係を清算したいんだ」
『カナタ、何を言ってるの……?』
「……怒らないで、とは言わない。でも、落ち着いて聞いてほしい」
3人の息を呑む声が聞こえる。ボクの言葉を、じっと待ってくれている。
これを口に出したら、もう元には戻れない。でも、このまま停滞するつもりもない。
ボクはもう、立ち止まらないって決めたから。
「みんな、騙してて、本当にごめんなさい。ボクは、男です」
『カナ、タ……?』
『え……カナカナ……? 何その冗談。笑えないよ』
『カナタさん、嘘ですよね? だって、そんな……』
予想通りの反応。
建前なんか欠片もない。ただ、困惑と、裏切られた絶望だけがにじみ出た声。
でもボクは、その冷たい心の声を甘んじて受ける。
だって、それほどひどいことをボクはやってきたんだから。
「わかったよね? ボクが、みんなと一緒にいられない理由。それじゃ、ボクは行くから」
『待ってカナタ! 私、私は!』
「無理しないで、アルナ。悪いのはボクなんだから、受け入れてくれなんて言わないよ。でも、次に会う時があったら、本当のボクを見てほしいかな」
『カナカナ!』
『カナタさん!』
「ありがとう、みんな。みんなと過ごしたのは数日だけど、とっても楽しかった。きっとまた、あんな風に笑いあえるって信じてるから。それじゃ……またね」
そう言い残して、ボクはボイスチャットをOFFにした。同時にアルナたちとのパーティや、フレンド登録も解除しておく。
これでいい。何もない、まっさらな状態に戻っただけなんだから。
ここから始めていけばいいんだ。『カナタ』としての、本当の冒険を。
「……行くか!」
目尻に浮かんだ涙を払って、ボクは大きく歩み出す。
夢と感動が待つ、異世界の新天地へと。




