FLOの正体
「双旋破!」
壁を蹴って高く飛び上がり衝撃波を放つが、ガーゴイルにはすんでのところで避けられてしまう。
一見鈍重そうなガーゴイルだがその動きは機敏で、飛行速度も石像とは思えないほど素早い。
しかも石であるためか、ボクの剣撃では効果が薄い。
まともにダメージを与えられるのは、亜流双剣士唯一の魔法攻撃力依存スキル『双旋破』と、リネットが持つ追尾型の魔法のみとなっていた。
「『短縮詠唱』フレア・ボール! スパイク・ライトニング!」
リネットが『短縮詠唱』を使って魔法を断続的に放つ。
魔法は確実にガーゴイルを捉えるが、初級魔法だけあってそれほど大きなダメージには至らなかった。
防具を強化したためガーゴイルの攻撃もそれほど脅威ではないが、地対空という相性からこちらが圧倒的に不利な状況だ。
「あーもう、じれったいなぁ! あたしが攻撃できたらあんなやつ、一発で撃ち落としてやるのにぃ!」
腕をブンブン振って不満を漏らすクロ。その後ろに、アルナと美咲の姿はない。
この部屋に通じる別の通路を探しに行ったようだ。
クロは、ボクたちに万が一のことがあった場合の補助要員としてあの場に残っているのだろう。
「カナカナー! 熱い視線をくれるのは嬉しいけど、上! 上ー!」
「え? うわっ」
クロに注意を向けていたせいで気付かなかったガーゴイルの接近を、バック転で何とか避ける。
その隙に、地面に近づいたガーゴイルをリネットが詠唱を要する中級魔法で追撃していた。
「仲間が気になる気持ちはわかるけれど。もう少し戦いに集中して。相手はボスよ」
「ごめん、気を付ける」
リネットの言うとおりだ。今まで戦ってきたような大型のモンスターではないが、このガーゴイルもれっきとしたボス。手を抜ける相手ではない。
「せめて『至高』が使えれば――」
「どうして使えないの?」
呟くリネットに尋ねる。
そういえばリネットは、この洞窟で会ってから一度も異分子を使用していない。
きっと何か、使うことができない理由があるのだ。
「ここに来るまでに少し使いすぎたらしくて、異分子自体がオーバーヒートしてしまっているの。スキルのように、再使用制限時間が生まれてしまっているといえばわかりやすいかしら」
「クールダウンタイム――この戦いの間に、その時間が終わる可能性は?」
「ないに等しいわね。再使用が可能になるまで、少なくともあと1時間はかかるわ」
1時間――さすがにそれほどの時間、この戦いを長引かせることはできない。
リネットの異分子には期待できなさそうだ。
チート行為が嫌いなボクとしては、使えなくてむしろ安心しちゃったけど。
「ならボクたちの力で、何とかするしかない、ねっ!」
迫るガーゴイルの牙に剣を重ね、簡易的な枝垂桜で受け流す。
追撃で放った双旋破は惜しくも掠った程度だった。
「あまり時間をかけるわけにはいかないの。一気に攻めるわ。準備して」
魔法でガーゴイルを牽制しながら、リネットが振り向かずにそう告げる。
ブロッサの町を元に戻すために、一刻も早くこのガーゴイルを倒さなければならない。リネットが勝負を急いでいるのはそれが理由だろう。
それに、このまま戦っても消耗戦になるのは目に見えている。それならいっそ、一気に大技を決めてHPを削る方が得策だ。
これまでのボスは異分子の影響で不確定要素も多かったが、今回はその心配もない。
次にガーゴイルが降下してきたときに、確実に仕留める!
――ヴゥン!
ガーゴイルが翼をはためかせながら、急降下攻撃を仕掛けてくる。
対象はボク。ちょうどいい。これならリネットが魔法の詠唱を行う時間を稼げる。
「やぁあああっ!」
ガーゴイルの頭突きを枝垂桜で避けながら、グランドブレードを投げてガーゴイルの翼に突き刺した。
思った通り、翼は薄いため胴体ほどの強度はなかったようだ。深々と地面にまで突き刺さった剣によって、ガーゴイルの飛行と移動を封じることができた。
ダメージは少ないが、足止めならこれで十分だろう。
あとは――
「任せたよ、リネット!」
「言われるまでもないわ――穢れを帯びし魂よ、冷たき氷の牢獄となりて、永久の眠りへと誘え!」
剣を振り上げたリネットが、声を張り上げて魔法の詠唱を行う。
この詠唱文は――中級魔法!
「凍りつきなさい。『フリージング・コフィン』!」
リネットが剣を振り下ろすと、ガーゴイルの足元に出現した魔法陣から大量の氷塊が召喚された。
大ダメージを与える中、さらにトドメと言わんばかりに巨大な氷塊が現れ、ガーゴイルを完全に包み込む。
事前に魔法攻撃力を高めるアイテムでも使用していたのだろうか。一連の流れでガーゴイルのHPは見る見るうちに減っていき――
巨大な氷塊が破裂することによって与えたダメージで、ついにガーゴイルは戦闘不能となった。
パァアアン――
派手な光のエフェクトを放ちながら、消滅するガーゴイル。後にはわずかな資金とドロップアイテムだけが残された。
「――すごいね、リネット」
改めて、リネットが放った魔法に驚愕する。
水属性の中級魔法『フリージング・コフィン』。上級魔法にも劣らない攻撃力と範囲を誇る代わりに、長い詠唱が必要だ。
それをリネットは、この土壇場で魔導書も使わずに完璧に読み上げた。美咲にも劣らない暗記力だ。
「……おかしいわ」
ボスを討伐したというのに、リネットの表情は浮かばない。ガーゴイルが消えた場所を凝視して何か考え込んでいるようだ。
「どうしたの?」
「脆すぎるわ。いくら弱点属性の魔法で攻撃したとはいえ、ボスの体力があんな風に一瞬で吹き飛ぶはずがない」
「それは……確かに」
グランドベアも、ロックワームも、スキルや魔法を連発してようやく少量のHPを削れるような相手だった。
異分子の影響で硬くなっていたといえばそれまでだが、それにしてもこのガーゴイルの討伐は容易すぎた。
そう、これではまるで――
「……まさか、中ボス?」
「やっぱり、リネットもそう思ったんだ」
「そうとしか考えられないわ。まさか、お父様に嘘の情報を伝えられていたなんて……」
大技を叩き込んですぐ倒せるボスなんて、中ボスかそれ以下しかありえない。となるとガーゴイルは、中ボスかボスの前哨戦という可能性が高い。
もしそうなら、本当のボスは――
「何!?」
ボクたちの思考を遮るかのように、突如ゴゴゴゴッという地鳴りが部屋中に響く。
さらにドシンッ! ドシンッ! という大きな足音も聞こえ始めた。
「どうやら……」
「本物のボスが登場するみたいだね」
ボクたちが部屋の奥に視線を向けると同時に――
「ウオオオオオオオオオオオオ――――ッ!!」
壁を突き破って、巨人が姿を現した。
高らかに雄叫びを上げる巨人は全身緑色で、手には棘の付いた禍々しい形状のこん棒を持っている。
一見するとブロッサで遭遇したゾンビ化NPCのようだが、こちらには気圧されるような生気と迫力が備わっていた。
こいつは――間違いない、ゴブリンだ。それも、見るからに強力そうな。
「将軍ゴブリン――なるほど。これが本当の『山賊の砦』の長ということね」
そもそも、『山賊の砦』のボスが人型でないガーゴイルの時点でおかしかったんだ。
人の戦いの産物である砦を総べるのは、やはり人型というのがセオリー。ならば、とびきり強力な人型モンスターをボスにした方が舞台映えするだろう。
その人型モンスターが、この将軍ゴブリンだったというわけだ。
「あいつを倒せば、ブロッサの町は元通りになるんだよね」
「えぇ、間違いないわ」
リネットに確認し、改めて剣を構えた。
マルチパーティが基本のボス戦にたった2人で挑む上、ガーゴイルからの連戦という極めて不利な状況だ。ここは一気に攻めるよりも、回避や防御に専念して持久戦に持ち込むべきだろう。
そのことをリネットに伝えようとしたとき――
「一週間ぶりだな、梨乃。いや、リネットと呼んでやるべきか」
将軍ゴブリンが、低い男性の声で言葉を発した。
NPCのような、あらかじめ収録されたキャラクターボイスなんかじゃないことは聞くだけで分かる。
つまりこの将軍ゴブリンの裏には今、梨乃の関係者であることは間違いない誰かがいるのだ。
その正体は、目を見開きながら呟いたリネットの言葉によってすぐに発覚した。
「お、父様……!?」
リネットの――父親。
そういえばこの声にも聴き覚えがある。確か、天原グループの現当主である天原雄一郎だ。リネットが父と呼んだことで確証が持てた。
でも、そんな人物がどうしてこんなところに――?
「随分と、我々の『計画』を邪魔してくれているようだな。なぜそれほどまで私に盾つこうとする?」
「『計画』? 盾つく? 何のことを言っているかわからないわね。わたしはただGMとして、FLOを正しい姿に戻そうとしているだけよ。そんなことよりも、わたしに嘘の情報を教えた理由を――」
「とぼけるな。貴様にも話したはずだ。このゲームから始まる、我々の新たな事業について」
「ッ! まさか、あれを実行するというの!? もしそうなら、お父様とはいえ見過ごすわけにはいかないわ。今すぐゲームを停止して全員を外に出しなさい!」
「本当に『計画』の始動を悟っていなかったとはな。だが、それはできぬ。すでに『計画』は最終検査段階に移っているのでな。今更やめるわけなどなかろう」
「どうしても、やめないというのなら……ッ!」
「なら、なんだ。貴様に何かができるのか?たった今まで真実にすら気付けず、棺に閉じ込められた憐れな貴様に」
「くっ……!」
「ちょっと待ってリネット! いったい何の話をしてるの!? 『計画』ってなんなの!?」
静観していたけれど、こらえきれずに口を挟んだ。
2人の話には理解の及ばない点が多すぎる。『計画』ってなんなんだ?リネットは何を知ってるんだ?
「分を弁えろ、小娘。『計画』の歯車の1つでしかない貴様には関係のない話だ」
「……彼らはわたしたちの戦いを全世界に中継して、その観戦や、勝敗を賭けるギャンブルによる収益を得る事業を始めるつもりなの。仮初めのものとはいえ、生死をかけて戦うプレイヤーたちを見世物にしようとしているのよ」
「梨乃。どういうつもりだ」
「お父様たちの好きにはさせないというわたしの意思表示よ」
「……ふん、くだらん」
プレイヤーたちの戦いを、見世物にするだって――!?
ボクたちを剣闘士にでも仕立て上げようっていうのか……!
「まあいい。ここまで話したのなら、教えてやろう。『計画』についてのすべてをな」
将軍ゴブリン――天原雄一郎は、そこで一旦言葉を切ってから、話し始める。
「まずは問おう。人が第三者の争いに求めるものはなんだ。友情か?努力か?勝利か?いいや違う。圧倒的なまでの絶望だ。人が見たいのは甘美な勝利などではない。蹂躙され、無様に命を落とす滑稽な戦士の姿なのだ」
「そんなの――違うッ!」
「違わないさ。現に人々は今も、血に塗れた愚者たちの登場を待ち望んでいる。私もその1人だ。だが、世間はそんな望みを良しとしない。当然だ。今の世には人権などという、禍々しき欲望を縛る鎖が存在しているのだからな。しかし私は、自身のそんな欲望を抑えることができずにいた。そんな中、私が目を付けたのがゲームだ。ゲームの中でなら、あらゆることが許される。私の思い描く狂気の世界を作り上げることが可能なのだ。私は最高の科学者である高峰遙香を抜擢し、とあるゲームを作らせた。『あらゆる絶望が組み込まれた、攻略不可能なゲーム』。それがFLOだ」
高峰遙香――
こんなところで、姉さんの名前を聞くとは思わなかった。
でも、それも必然か。FLOを作ったのは姉さんなんだから。
「彼女の才能は素晴らしかった。試作段階でさえ、我がグループの人間が誰も攻略できず、一方的に嬲り殺されていくほど難易度の高いゲームを作り上げてくれたよ。だが、それではまだ私の満足のいく出来とは言えなかった。そこで用意したのが異分子だ。高峰遙香に気取られないよう管理者権限にカモフラージュし、FLOの正式な起動と同時に解き放ったのだよ」
「それって――異分子を放出したのはお父様だとでもいうの?」
「今更気付いたか。そうだ、私が放った。FLOを絶対にクリアできないゲームにするためにな」
「なんてことを……」
「実際、異分子は存分に役立ってくれているよ。何を思ったのか知らんが、高峰遙香はゲームの起動直前に難易度を大幅に下げていたようだったからな」
姉さんが、そんなことを――!?
彼の話が本当なら、姉さんはむしろボクたちを助けようとしてくれた立場ということになる。
では、ベータテスト開始直後に現れた、あの姉さんは一体――?
「そんなことをして……お父様は何が目的なの?ただ収益を得るためだけに、これほどのことをしているわけではないでしょう?」
「目的、か。強いて言うなら、この世界を縛る鎖を断ち切ることだ。狂気と混沌の渦が支配する、あるべき姿へと世界を改革したいのだよ。それこそが私の唯一の願いであり、私が築いた天原グループの総意だ」
「狂ってるわ……」
リネットが苦虫を噛み潰したようなような顔で呟く。
ボクも同じ感想だ――自分と一部の狂人たちのためだけに世界を変えようとするだなんて、狂ってるとしか言い様がない。
「そんな……そんな非人道的なこと、許されるわけがない!」
「いいや、許される。この『計画』が成功すれば、表だけでなく『裏』の世界さえも大きく変革させられるのだからな。裏の力は強大でな、もはや正攻法で『計画』を崩すことなどできやしないのだよ。世界を変える力の前には、国家でさえ頭を垂れるしかないほどに無力なのだからな」
世界を変える。国さえ無力。
まるで、世界の国々すべてが彼の狂った『計画』に同意したかのような言い草だ。
でもそんなこと、認められるわけがない。
いくらたくさんのお金があって、大勢の人々の賛成を得られたとしても――
世界に法がある限り、そんな『計画』が実行されることなんてないはずだ。
だから、彼が話した内容はすべてデタラメな法螺話。信じる必要なんかない。
ない、はずなのに――!
ボクの頭には今、1つの可能性が浮かんでいる。
ボクたち、プレイヤー3000人を人質にしているという可能性が。
各界の要人を含む3000もの人間を人質に取られれば、世界規模の事件になろうと国も迂闊には手を出せないだろう。
その隙に、彼の言う『裏の力』を用いて世界に『計画』の正当性を認めさせれば――実行は、不可能ではないのかもしれない。
実に突拍子もない可能性だ。でも、彼らならやりかねない。そして万が一にでも認められてしまえば、この『計画』を止められる者はいなくなってしまう。
そうなれば、法の束縛を切り抜けた『計画』によって、ボクたちは無謀な戦いを強いられることになる。CSコフィンによって身体が死ぬことはないから、永遠に。
――そんなの、生き地獄だ。
『CSコフィン』。その名前から、推測しておくべきだったのかもしれない。
あれは夢の箱なんかではなく、死ぬことさえも許さない悪魔の棺だったんだ。
ボクたちはもう、抗えない。この棺に。世界を変えるつもりである彼らに。
FLOなんてものに惹かれた時点で、ボクたちは終わっていたんだ。
――本当か?
いいや、違う。少なくともボクは、FLOをプレイしたことを後悔なんかしていない。たくさんの出会いと、楽しい時間があったんだから。
しっかりしろ、ボク。絶望したら終わりなんだ。思考を止めるな。心を強く持て。
見つけるんだ。たとえ世界全体が敵になってもいい、ボクたちの手で『計画』を止める方法を。
――いいや、そんな方法、すでに見つけている。FLOが始まったあのときに、すでに。
至極単純な、ボクたちでしか開けない突破口を。
「だったら、ボクたちでFLOをクリアすればいい」
「……なんだと?」
「あなた、何を言って――」
「あなたの話はすべて、ボクたちがゲームをクリアできないことを前提にしている。なら、『計画』が実行される前にボクたちでゲームを攻略して、自力でここを脱出すればいいだけだ」
あのとき姉さんは言っていた。ゲームをクリアすれば全員を解放すると。
あの姉さんが本物だったのかどうかはもう確かめようがないし、その言葉が本当なのかも分からないけれど、ボクたちに残された可能性はそれだけなんだ。
たった1つだけの、存在しているかどうかも分からないこの可能性に、ボクは賭ける。
「不可能だ。ここまではまぐれで進んでこられたのかもしれないが、全ての異分子を討伐し、ゲームを制覇することなどできやしない」
「いいや、できる。プレイヤーが力を合わせれば、絶対に!」
「正義のヒーロー気取りか。見苦しいぞ小娘。『異分子No.7』を打倒できなかったこと、忘れたわけではないだろう」
――見てたのか。リネットが来てくれなきゃ、ボクたちがロックワームを倒せなかったところ。
「忘れたわけじゃないよ。でも、もうあの頃のボクたちとは違う。ボクたちは必ずこのゲームをクリアして、みんなで脱出して見せる!」
「ふん、茶番だな」
これ以上話すことはないと言わんばかりに、天原雄一郎がこん棒を振り上げる。
「ならば、その覚悟を見せてみろ、小娘。その驕りを打ち砕き、我が『計画』が不動のものであることを証明してやろう」
「驕りを砕かれるのはあなたの方だ。ボクたちプレイヤーは、あなたが思っているほど弱くないってことを教えてあげるよ」
剣を構えなおし、天原雄一郎と真正面から向き合った。
立ちはだかる傲慢な支配者へと、意思の刃を届かせるために。




