思わぬ再会と洞窟の主
「偶然ってあるものね」
魔法を発動するために引き抜いていた剣を納めるリネット。
剣と魔法。相反する2つを手にする彼女の職業は『魔法剣士』だったようだ。
魔法剣士とは魔法を駆使しつつ剣による近接戦闘もこなせる万能型職業のことで、一通りの剣技と魔法を使用することができる。
さらに魔法においては、『短縮詠唱』という特殊技能を使用することで、初級魔法のみ詠唱無しで発動することが可能だ。
その戦闘力は一騎当千。前衛職の中では最強といっても過言ではないだろう。
しかし欠点も多く、剣技は種類において剣士の半分も扱えず、魔法も中級のものまでしか習得できない。
単体であらゆる攻撃を可能にするも、その性能は他の職業に一歩劣る。それが魔法剣士という職業だ。
その性質は、ソロプレイヤーらしいリネットにはお似合いといっていいだろう。
「まさか、こんなところでまたあなたに会うなんてね」
「ボクもびっくりしたよ。でも、どうしてここに?」
「決まってるでしょう。異分子の回収よ。この洞窟のどこかに潜むボスが所有しているはずなの」
「ここに異分子が!? ということは、上の町の様子がおかしかったのもそのせい……!?」
「あなた、気付いてなかったの? こんな異常、異分子が関係してなければ発生するはずがないわ」
「……ごめん、気付いてなかった。その話、詳しく聞かせてもらえないかな?」
「世話が焼けるわね……」
リネットに呆れられてしまったけれど、話を聞かなければ現状を把握することもできない。
なんと思われようと、ここを攻略するための情報は手に入れなきゃ。
「……ここは、いいえ、この上にあったブロッサという町は、元々はちゃんとしたタウンだったの。それが異分子の侵食によって『山賊の砦』と融合してしまったのよ」
手近な岩に腰掛けたリネットが、言葉を選ぶようにして説明し始めてくれる。
融合……
つまりブロッサは、山賊の砦の一部になってしまっているということなのだろうか。
タウンを丸ごとダンジョンの一部にしてしまうほどの力を持つ異分子。それが、この近くに……
「事の発端は山賊の砦のボス――ガーゴイルが、異分子を手にしたこと。その異分子が『No.9・革新』だったことがさらに問題ね」
「『革新』……」
「主にダンジョンの改変を司る『革新』には、既存のダンジョンの構造を変化させる能力があるの。その力でガーゴイルは山賊の砦を拡大し、ついにブロッサまでその支配下に置いたのよ」
「その結果が、あの町なんだね」
「ええ。タウンの機能は失われ、NPCはモンスターに変えられた。今ではブロッサの入口から山賊の砦の出口まで、すべて一つのダンジョンよ」
タウンからダンジョン、さらにその間のフィールドさえも山賊の砦に置き換えられているようだ。もはや山賊の国と呼んでも過言ではないかもしれない。
「あれ? でもボクたち、上でモンスターに囲まれた時は戦えなかったよ? タウンの機能が破壊されているなら、戦闘行為禁止の制限もなくなっているんじゃ?」
「ガーゴイルは『革新』の力で、この付近一帯をすべて支配しているのよ。機能の設定権もあちらに掌握されてしまっているわ」
「そんな、それじゃ……!」
もし洞窟での戦闘が禁止されでもしたら、ボクたちに打つ手はない。何としてでもその前にガーゴイルを倒さなきゃ。
「慌てる必要はないわ。少なくとも、洞窟内での戦闘を制限されることはないから」
「ど、どうして?」
「『革新』にも弱点があってね。ダンジョン全域に影響を及ぼすことができる代わりに、自身を変質させることはできないのよ」
大規模な変革を引き起こせる代わりに、自身は変化させられないのか。自身のみを変化させていた『暴走』や『適応』とはまた違った特性のようだ。
でも、それとこれにどんな関係が……
「この洞窟は、ダンジョンが拡大することによって広がってしまった、いわばボス部屋の一部。そして部屋とボスは一心同体。だから、自身でもあるこの部屋を変化させることはできないの」
「わ、わかったような、わからないような……」
つまり、この洞窟の設定が変更されることはないということなのだろうか。そういうことなら、ひとまずは安心だ。
でも、このエリアが異分子によって変化していることには変わりない。アルナたちを探すのも大事だけど、被害を減らすために異分子の回収も視野に入れた方がよさそうだ。
「とにかく、異分子を止めれば全部元に戻るんだよね?なら、ボクも協力するよ」
「いいの? あなた1人だったから、てっきり仲間を探しているのだと思っていたけれど」
「確かにそうなんだけど、先にこのダンジョンを元に戻した方が探しやすいと思うんだ。運が良ければ途中で合流できるかもしれないし」
「……そう。なら、お願いするわ。ガーゴイルを倒すのはわたし1人では難しいから」
異分子を複数持つリネットでも倒すのが難しいボス――『革新』は自身に影響を及ぼさないのだから、単純に強力なボスということなのだろう。
リネットが知っているのは、GMとして事前に特性を聞いていたからだろうか。
どんなモンスターなんだろう。ガーゴイルという名称から、彫刻型をした岩石系のモンスターであることは間違いないはず。
対抗策は、それを頭に入れて今の内に考えておいた方がいいかもしれない。
リネットに聞くのは容易いけれど、それじゃボス攻略の楽しみがなくなってしまうから。
ボクが悩んでいると、リネットは時間が惜しいのか早足でボクが元来た道を歩いて行く。でも、
「そっちは入口だよ?」
「……この先の道が入り組んでいて、少し迷っただけよ」
ボクが指摘すると、すぐに振り返って奥へと進んでいく。
一度通った道はマップに表示されるから、迷う要素はないはずなんだけど……
「そこはさっきも通ったよね?」
「ここからでも行き止まりが見えてるよ」
「その道は入口に戻っちゃうってば!」
対して複雑でもない上に、マップを見れば一目瞭然の通路で何度も迷うリネット。
確信した。彼女は典型的な方向音痴だ。
視線を前以外に向けることがないから、おそらくマップの確認もしていない。表示すらしていないんじゃないだろうか。
そのくせ1人でズンズン突き進んでいくからなおタチが悪い。
今までどうやってダンジョンを攻略してきたんだ、と考えたところで気付く。
「そういえば、リネットってテレポートが使えなかったっけ?」
水晶の洞窟では、テレポートを使ってボス部屋に直接ワープしてきていた。ここでもそれが使えるなら、こんなに迷う必要はなかったはずだ。
「単純な構造をしていれば可能だけれど、これだけ入り組んでいると難しいわ。あれは座標を定められなければ使えないから。それに長距離テレポートといえど、移動はせいぜい100メートルが限度よ。あの時も、実際は扉が見えているような位置から飛んだだけだから」
「そうなのか……」
「その必要ももうないけれど。見えたわ。あれが、ガーゴイルのいる部屋のはずよ」
リネットの視線の先には、通路とは比べ物にならないほど広い空間が広がっている。この先にボスがいるとみて間違いなさそうだ。
「……入ろう」
「尻込みする必要はないわ。ガーゴイルは開幕から動くことはないから」
「……」
緊張感を台無しにされたことに若干腹を立てつつも、部屋へと足を踏み入れる。
そこは、想像していたよりもずっと広い空間だった。
天井はボクが落ちてきた穴よりもずっと高く、奥行きもロックワームがいた部屋の倍はありそうだ。
そしてその中央、不自然に一本だけ立つ太い柱の上に、西洋竜の形をした石像が鎮座している。
あれが……ガーゴイル。
「でも……あれじゃ、攻撃が届かないよ!」
ガーゴイルは柱のてっぺん、10メートルはあろうかという場所に座っている。
あそこまで攻撃を届かせるには、魔法や弓などの遠距離を攻撃できる手段が必要だ。
「しかも……見てて」
リネットが短縮詠唱でフレアボールを発動し、ガーゴイルに向けて撃ち出す。
しかしその攻撃は、ガーゴイルに触れる直前で消滅してしまった。
「魔法防壁!?」
フレアボールを弾いたガーゴイルの周囲には、薄い光の膜が張られている。
あれは、一定時間だけすべての魔法を弾くことができる特殊なスキル『魔法防壁』だ。
「ガーゴイルが纏っているあれには時間制限も、耐久度もないわ。つまり、ガーゴイルに魔法攻撃は効かないの」
「そんな……」
そうなると、ガーゴイルを直接狙える攻撃はかなり限られてくる。魔法のほかに遠距離攻撃手段を持たないリネットには致命的だ。
柱には足がかりになるものがないから、近づいて直接物理攻撃を当てることも出来そうにない。
だからリネットは1人で攻略するのが難しいと言ったのか。
「『双旋破』!」
剣を引き抜き、ボクも唯一持つ遠距離攻撃スキルを放つ。
『双旋破』。風の力を纏った2本の剣を重ね、十字型の衝撃波を飛ばすスキルだ。
しかしその衝撃波は、弾かれるどころか防壁に届きすらしなかった。
「論外よ」
「うぅ……」
軽く流してほしかったのに、ジト目で言われてしまった。泣きたい。
とはいえこうなるともう、ボクたちにガーゴイルを攻撃する手段はない。
簡易転職アイテムでもあれば、道中のモンスターがドロップしていた弓を使って攻撃できるんだけど……
リネットが持っていたりしないだろうか。
「ねえ、リネット。もし転職アイテムを持っていたら
「うひゃおぅ!? 何ココ! 高っ! 広っ! 怖っ!」
貸してほしい、と言いかけたところで、どこかから聞き覚えのある元気な声が聞こえてきた。
一体どこから……上?
「何か見つけたの? って、きゃああ!?」
「ど、どうなってるんですかこれぇ!」
見上げると、遙か上方の壁に開いた穴からアルナたちが顔を出していた。
なんであんなところに……
「アルナー! みんなー!」
「そこにいるの、カナタ!?」
「おーカナカナだー! おっひさー!」
「た、助けてくださいカナタさーん!」
ボクが呼びかけると、驚いた顔でこちらを見下ろす。クロは無邪気に手を振っているし、美咲は今にも落ちそうだ。
合流できたとは言えないかもしれないけど、とにかく会えてよかった。それに、いいタイミングだ。
「クロ! ちょうどよかった! そこからガーゴイルに弓を撃てないかな?」
弓術士のクロがいれば、ボクが転職する必要はない。あの高さからなら届かないということもないだろう。
「およ? ガーゴイル? 弓? よくわからんけど、そのドラゴンっぽいのを撃てばいいんだね! 任せんしゃい!」
腰に下げた可変型の小型弓を展開し、穴の縁に座ったまま構えるクロ。
非常に不安定で滅茶苦茶な体勢なのに、そのまま――射った!
「いっけー!」
クロはすぐに体勢を崩して穴から落ちかけたが、その矢の軌道は少しも緩むことなく。
魔法防壁を突き破り、見事にガーゴイルの側頭部へと突き刺さった。
「くりーんひっとーっ!」
「ありがと、クロ!」
喜んだのもつかの間、魔法防壁が破られたからなのか、はたまた攻撃が当たったからなのか――
ガーゴイルの目に赤い光が灯り――ゴゴゴ……という鈍い音を立てながら、動き出した!
「ぎゃー動いたー!?」
慌てるクロたちには目もくれず、ガーゴイルが大きな石の翼を広げてゆっくりと飛び上がる。
その姿は石といえど、本物の竜のようで――ボクたちを圧倒するには十分な迫力だった。
「アルナたちは――」
ダメだ。あの高さでは飛び降りることはできない。さすがのクロでも、あの体勢で飛んでいる敵に矢を当てることは難しいだろう。
と、なれば――
「……来るわよ。準備しなさい」
「やるしかなさそう、だね」
ボクとリネット。たった2人での戦いが、始まる。




