異常と異変と迫る危険
「これで……とどめ!」
ボクが振りぬいた刀が、ロックワームの銅に深い傷を与える。それによってついにロックワームは力尽き、ボクたちはようやく水晶の洞窟を攻略することができた。
「おっ、ラッキー! MVPドロは俺がいただいたぜ!」
MVPボスドロップアイテムはタクトが手にしたらしい。武士の宣誓を利用して圧倒的なダメージ量の攻撃を繰り返していたのだから、それも当然だろう。
岩虫水晶は強度の高い打撃武器を製造できる素材だ。これで刀を強化すれば、タクトの攻撃もさらに強力になるに違いない。
この素材は、できればボクも欲しかったけれど……今はタクトにもらったこの刀がある。
強い武器に切り替えるのはもっと先に進んでからにしよう。
「出口が開いたわ。はやくここを抜けましょ」
ロックワームが出現した場所の背後、部屋の入り口とは逆の壁が縦に割れ、スライドドアのようにゆっくりと開く。
外の光が差し込むそこから、ボクたちは揃って洞窟を脱出した。
「これでようやく先に進めるな……って、あれ?」
意気揚々と進んでいくタクトが何かを見つけたらしく立ち止まる。
その視線の先にあるのは……分かれ道だ。
どうやらこの先はルートが分岐するらしい。選んだルートによって、立ち入るダンジョンやそこに登場するモンスターが全く違ってくるのだろう。
アルカディアに到達するためにはすべてのダンジョンを制覇しなければならないが、それは何も一人一人が行う必要はない。
ここからは各プレイヤーがそれぞれダンジョンを選択して、総当たり的に攻略していくことになりそうだ。
「こりゃ、二手に分かれた方がいいかもな。確か右の『水蛇の谷』は攻略アナウンスが鳴ってたから……俺たちは左の『山賊の砦』だな」
「ちょっと待ちなさいよ。未クリアのダンジョンなら、人数の多い私たちが行くべきじゃないかしら?」
左に向かっていくタクトとサナをアルナが呼び止めた。
負けず嫌いなアルナのことだ。二手に分かれるにしても、クリアされているダンジョンを押し付けられたことが気に入らないのだろう。
「何言ってんだよ。誰も攻略できてないダンジョンに行くんだから、強い俺たちが行った方がいいじゃねぇか」
「私たちの方が強いわよ! カナタと決闘してそれは証明したでしょ!?」
「あれはあいつだけだろ! 俺たち2人なら絶対お前らより強い! 現に、ロックワームのMVPボスドロは俺が頂いたしな!」
「私たちが協力しなきゃ倒すこともできなかったくせに!」
「なっ!? んなことねーよ! 俺らだけで余裕だったってーの!」
「ぐぬぬ……」
「ぐぅ……!」
火花が散りそうなほど睨み合う2人。今にも決闘が始まってしまいそうな空気だ。
「み、みなさん、落ち着いてください!」
「そうよタクト! 進む道はちゃんと話し合って決めないと!」
ついに武器に手をかけだした2人の間に美咲とサナが割って入った。
何とか2人を抑えることはできたが、とても穏便に話ができる状態じゃなさそうだ。
「ならなら、ジャンケンすればいいよ! 定番だけど、これなら公平でしょ?」
どう落としどころを見つけるべきか悩んでいると、クロがボクの肩から顔を出すようにしてそう提案した。
他の方法も思いつかないし、それが一番無難な解決策だろう。
ところで、何か柔らかいふくらみが背中に当たってるんだけど……
「ジャンケンか……わかった。それで決めようぜ」
キラーン、と。
タクトが承諾したとき、アルナの目が一瞬だけ光った……ような気がした。
「本当にそれでいいのね?」
「あぁ、もちろんだ」
「なら私も問題ないわ」
「おっけー、一発勝負だぜ!」
アルナとタクトが向かい合う……と思いきや、タクトの正面に立ったのは美咲だった。
「おい! お前がやるんじゃねーのかよ!」
「誰がやるかなんて、私言ってないわよ」
「なんかズリィな……まあいいけどよ。勝つのは俺だからな!」
「私だって……負けませんから!」
「準備はいいな? 行くぞ! ジャン、ケン……」
ポン! の合図で、2人が後ろに引いた手を前に出す。
結果は……タクトがグー、美咲がパー。
ボクたちの勝ちだ。
「やりましたぁ!」
「まっ、待て待て! やっぱり3回勝負だ!」
「うわ~。いるよね~こういう負けを認められないしつこい奴~」
「うっせーぞ!」
クロに茶化され顔を真っ赤にするタクト。しかし、諦めるつもりはないようだ。
「ふふん、いいわよ。何度でもかかってらっしゃい」
「よしきた! 次こそ俺が勝つ!」
ドヤ顔でそう返すアルナ。でも、どうしてアルナがこんなに自信満々なんだろうか。
「……大丈夫なの? あんなに簡単にチャンスを上げたりなんかして」
「んー? ま、見てれば分かるって」
ボクの肩にもたれかかったままのクロに尋ねるけれど、曖昧な言葉しか返ってこなかった。
見てれば分かるとは、一体どういうことなんだろう。
「ジャン、ケン!」
ポン! ポン! と2回続けて手を出した2人。その結果は、どちらも美咲の勝ちだ。
「これで決まりね! 山賊の砦に行くのは私たちってことで!」
「くっそー! 頼む! もう1回! もう1回だけ!」
「往生際が悪いわよタクト!」
「痛って!?」
サナにチョップをお見舞いされて、ようやくタクトはおとなしくなった。
ひとまずこれでボクたちの進むルートは決まったようだ。
でもその前に、気になることが一つ。
「ねえ美咲。どうしてあんなに連続でジャンケンに勝てたの?」
「あぁ、それは……」
「簡単よ。美咲ってば、ジャンケンとんでもなく強いの。私たちが出会ってからは一度も負けたところを見たことがないくらいにね」
美咲に尋ねていると、横からアルナが割って入ってきた。
理屈はわからないが、ジャンケンが恐ろしく強いという人は何人かテレビで見たことがある。美咲もそのような内の1人なのだろう。
クロもそれを知っていて、勝敗をジャンケンで決めるように仕向けたようだ。美咲に任せて確実に勝利するために。
卑怯というか、腹黒いというか……まぁ、そのおかげで勝てたのだから余計なことは言わないようにしよう。
「今度こそお別れだな。次会うときはお前らなんかより遙かに強くなってるから、覚悟しやがれ」
「またどこかで会えるといいね。それじゃ、バイバイ!」
そう言って水蛇の谷へと歩いて行く2人を、手を振りながら見送った。
タクトとサナ。とても仲のいいコンビだった。
きっとまた、すぐどこかで会えるだろう。そんな気がした。
「リネットの伝言も伝えられたし、私たちも行きましょうか。急がないと、この先の山賊の砦も攻略されちゃうかもしれないしね」
「せっかくイカサマじみたことまでしてこっちのルートに行けるようにしたんだもん。先に攻略されちゃいましたーなんてことになったら、さななたちに顔向けできないよ」
「善は急げ、ですね。早く先に進んでるプレイヤーの方々に追いつきましょう!」
なだらかな上り坂になっている舗装されていない道を歩き、ボクたちも次のダンジョンに向けて歩を進める。
道の端には小さな花がいくつも咲いていて、まるでピクニックでもしているかのような気分になった。
そうして10分ほど歩いたころだろうか。小高い丘の向こうに低い外壁と小さな木製の門が見えてきた。
駆け足で近寄ってみると、その前には『花の町ブロッサ』と書かれたボロボロの看板も立っている。ここが次のタウンのようだ。
でも、花の町という割には随分寂れているような……
「入る前に決めつけるのは良くないって分かってるんだけど……なーんか、気味の悪い街ね」
「花の町って書いてあるくせに、この周りだけ草の一本も生えてないし……どーなってんの?」
「外観だけ見ればまるで廃墟のようですよね……できれば、ここに泊まることだけはしたくないですね」
「施設さえあるならボクは何も気にしないけど」
「「「そういう問題じゃない!!」」」
「ご、ごめん……」
言われて見ると確かに不気味なタウンなのに、あまり恐怖などの感情は湧いてこない。
ゲームでこういった町は見慣れてるからだろうか……すっかりゲーム脳だなぁ、ボク。
気を取り直して、錠前が壊れて開きっぱなしの門を開け、町の中へと足を踏み入れる。
中の様子は……予想した通りだ。
大半の住居は崩れ、形を残している大きな建物も風雨にさらされて外装が剥がれ落ちている。武器屋などは存在しているようだが、とても機能しているとは思えない。
本当にここはタウンなのだろうか。それすらも怪しくなってきた。
「何よこれ……完全に廃墟じゃない!」
「マジかー……ゾンビとかでなきゃいいけど」
「じょ、じょんびでしゅかぁ!?」
「廃墟にゾンビは鉄板でしょー。ほら、例えば、あの今にも崩れそうな武器屋から気持ち悪いおっさんゾンビがって……え?」
「クロ?」
正面を指差したまま固まるクロ。彼女が指差す先を見てアルナと美咲も同様に硬直する。
アルナの背で見えなかったので、少し体をずらしてボクもそちらを見てみると、そこには……
深い緑色をした小太りな人のようなものが、斧を手にして立っていた。
あれって、もしかして、本物の……
「ぞ、ぞんび……きゃぁぁぁああああああああああ!!」
「ちょ――――っ!? こんなとこだけフラグ回収しなくていいってばぁ!?」
「どうしてよ! ここはタウンのはずでしょう!?」
「み、みんな落ち着いて!」
なんて言ったところで、落ち着くなんて無理だ。
ボクだって、あんなのが突然出てきて心臓が飛びだしそうなほど驚いているんだ。怖いものや気持ち悪いものが苦手な彼女たちが耐えられるはずがない。
でも、落ち着かなきゃ……あいつが何をしてくるかわからない以上、下手に隙を見せるわけには……!
「ひぃ……!?」
慌てふためくボクたちにゾンビがゆっくりと近づいてきた。
体をグラグラと揺らしながら斧を引きずって歩くその異様な姿に、ボクもつい身震いする。
とにかく、このままじゃダメだ。迎え撃つか、逃げる準備をしないと。
「みんな、早く逃げ……!?」
時間を稼ぐため、アルナたちの前に立ち、剣を引き抜こうとするが……抜けない。
しまった。ここはタウン。全ての戦闘行為が禁止されるため、武器を抜くことすらできなくなっているんだ。
まずいぞ。戦うことができなければ、あのゾンビを足止めすることだってできやしない。
急いで逃げなきゃ。でなければ、たった1体のモンスターにボクたちは全滅させられてしまう。
「いやああああああああああああああああ!!」
アルナの悲鳴を聞いて振り返ると、その先にもう1体のゾンビが出現していた。
さらに町の廃墟から、続々と新たなゾンビたちが姿を現してくる。
10体、20体……その数はどんどん増えていき、気付いた時にはボクたちはゾンビに取り囲まれてしまっていた。
四方八方、どこを見ても緑色の化け物が行く手を塞いでいる。この様子だと、今にも襲い掛かってきそうだ。
いくら動きが遅いとはいえ、これほどの数の攻撃を全て避けて逃げるのはまず不可能だろう。タウンにいることによって身体能力が下がっている今ならなおさらだ。
こちらのダンジョンがクリアされていなかったのは、ここでこうして、何もできないプレイヤーたちが嬲り殺しにされたからなのだろうと今になって把握した。
グランドベアやロックワームを相手にした時とは違う、じわじわとにじり寄ってくるような恐怖感にボクたちは呑まれていく。
そして、ゾンビの1体がまさに攻撃を仕掛けてこようとしたとき、
――ピシッ、ビキビキッ!
ボクたちの足元、入口広場の石畳に、巨大な亀裂が走った。
亀裂は見る見るうちに大きくなっていき、広場全体に広がっていく。
そしてついに、地面が耐えかねて……石畳が、崩れ落ちた。
「う、うわあああああああああああああああああ!!」
ゾンビともども、ボクたちは突然空いた巨大な穴に落下していく。
暗く、深い底めがけて、死へのカウントダウンを加速させながら。




