アバターエディット&ログイン
CSコフィンと呼ばれるこの巨大なハコは、最先端の脳科学研究により生み出された脳神経制御装置と、中の生物を急速冷凍して一時的に仮死状態にできるコールドスリープ装置を組み合わせた、まったく新しいバーチャル機器だ。コールドスリープにより肉体は冷凍保存されるため、コフィンの使用者は生身の肉体を気にすることなくVRMMOをプレイすることができる。
量産、商品化もされてはいるのだが、その法外な値段と使い道の無さから、今まで一度も売買されたことはないらしい。そのためか参加者の中には、コフィンの謎を解明でもしに来たのだろう、テレビで見たことがあるほど有名な科学者やゲームクリエイターの姿もあった。
参加者たちがコフィンの中に入っていくのを見届けてから、ボクも自分のカプセルの開閉スイッチを押し、外国製のスポーツカーのような上開きの扉を開ける。
「うわあ……」
カプセルの中には、巨大ロボットのコクピットを彷彿とさせるスイッチやメーターが所狭しと配置されていた。
扉を閉めたあと、カプセルの中央にあるシンプルな座席に腰掛け起動のスイッチを押す。どうやら、ここからの動作は全て自動で行われるようだ。
正面の小さな画面になにやら複雑なメッセージが表示されたあと、上部から機械的なヘルメットが下りてきてボクの頭を覆う。ほどなくして、ボクの意識は完全に肉体から離れていった。
気がつくと、ボクは真っ白な空間の中に立っていた。
探索しようとしたが、足元にある円形状の床から外には出られないようだった。
『ようこそ、ファンタジア-リープ-オンラインの世界へ』
これからどうすればいいのか悩んでいた矢先、どこからともなく機械的な音声が空間に響いた。
『ここでは冒険に旅立つ前に、いくつかの設定を行っていただきます』
そう告げられたあと、ボクの目の前に半透明の画面がいくつか現れた。
その一つ一つに記入スペースが設けられており、ボクは音声による説明に促されるままに、画面とともに現れた半透明のキーボードで必要事項を入力していく。
まずはキャラネームともなるユーザー名からだ。ここには第一希望である『カナタ』を入力する――よし、重複はないみたいだ。これで登録。
次にプロフィールの設定を行う。ネットゲームの会員登録と同じように、記入するのは年齢や誕生日、住所などの簡単な情報だけだ。
最後に再度のログイン時に必要となるパスワードを設定して、基本情報の登録は完了。
続いて、ある意味ではもっとも重要なアバターの設定だ。
顔や身長などの設定は、コフィンが脳から自動的に情報を読み取って登録するため偽ることはできない。出現した姿見鏡で背格好の確認だけを行って、次に進むことになる。これは身長や体重を変更することで違和感を感じたりしないようにするためなのだが、このシステムにはボクも少し不満があった。
(相変わらず、貧弱な体だなぁ。顔ももうちょっと男っぽければ良かったんだけど)
ゲームなのだから顔くらいは変更できても良かったのになぁ、などと愚痴りながら確定のボタンを押した。
最後に職業の設定だ。このゲームには100を超える職業が存在し、その中から自分に合った職を自由に選ぶことができる。アイテムを使ったり、酒場でNPCに話しかけることで転職も可能だ。ただし職ごとにレベルが設定されているため、転職するとレベルは1に戻ってしまう。
ちなみに選んだ職業の初期ステータスや能力値の伸びやすさは、職性能に加え自身の長所も一部反映して決定されるらしい。
ボタンを押すと、職業の説明が書かれた半透明のプレートがいくつも展開される。その一つ一つにボクはじっくりと目を通していく。
(ゲームなんだからやっぱり、剣士や騎士をやってみたいとは思うけど……元々体力がある方じゃないしなぁ……かといって、魔術師系は苦手だし……うーん、悩む……)
そうしてプレートを掻き分けていった先で一つ、気になる職業の説明プレートを発見した。
『亜流双剣士』
2本の短剣を逆手に持ち、流れるような連続攻撃を行える職業。通常の双剣士よりも攻撃力は落ちるが、それを補って余りあるほどの攻撃・移動速度を発揮する。
「……これだ」
一目見てそう思った。足は早い方なので長所が活かせそうだし、短剣なら腕力もそれほど必要ないだろう。なにより逆手というのが、ボクの秘められた少年の心をくすぐってくる。
物事を直感で選んでしまう癖があるボクは、考えなおす前に登録のボタンを押してしまっていた。
ボクの腰に2本の剣が装備されると同時に、全ての画面が消滅する。そして物語の始まりを告げるため、再び音声が何もない空間に響いた。
『全ての設定が完了致しました。これから貴方はファンタジア-リープ-オンラインの世界へと旅立ちます。不思議と感動に満ち溢れたファンタジーの世界を、心ゆくまでお楽しみください』
音声が途切れた瞬間、足元から眩い光が発せられ、ボクの全身を包み込む。
光が消えると、ボクの目の前には中世の西洋をイメージさせる街並みが広がっていた。
そこを歩く剣や杖を背負った少年少女たちが、ここが現実ではないことを教えてくれる。
そう、これから始まるのだ。剣と魔法が織りなす、ボクだけの冒険が。
――でも始まる前に一つだけ、自身に見過ごせない大きな問題が起こっていることに、ボクは気付いてしまった。
「どうしてボクは、女の子になっているんだあぁ――――っ!」
男であるはずのボクは、何がどうして、女の姿になっていたのだ。