華やぐ剣姫の過去と苦悩
『そんなことできるの!? お前すげーな!』
『お前みたいに上手い奴がいると狩りも捗るよ! サンキュな!』
『よっ、全一!』
これは……
そうだ。確か、以前プレイしていたネットゲームで言われた言葉だ。
初めてプレイする割には上手かったらしく、同じ初心者のプレイヤーたちに頼りにされてたんだっけ。
でも、この後……
『んなことできるわけねーだろカス。チートでも使ってんじゃねーの』
『なんだよチートかよ。期待して損した』
『さっさとアカBANされろよゴミが。目障りなんだよ』
ボクは常人の倍以上のペースで上位プレイヤーの仲間入りを果たしていた。
そんなとき、それをよく思わなかった同じ上位プレイヤーたちに目を付けられて、ボクは色々な嫌がらせを受けたんだ。
ボクの動きが不正を利用しているようにしか見えないというのが、嫌がらせの一番大きな理由だった。
でも違う。ボクは普通にプレイしていただけだ。不正なんてやり方すら知らなかった。
そう訴えても、ボクを批判する声は止まなかった。むしろ、ムキになって返すたびに批判はどんどん増えていった。
『消えろクソチーターが。二度と戻ってくるな』
『晒されてる奴の言うことなんざ誰も信じねーよ』
『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね……』
違う。違う違う。違う違う違う! ボクは、何も悪いことなんてしていない!
それなのに! それなのに!
『不正なツールの使用が発見されたため、アカウントの停止処分を行いました』
「うわああぁぁぁ――――っ!」
深夜。月の光が差し込む宿の一室で、ボクは上体を起こして飛び起きていた。
さっきの光景は……夢だったのか。
まさか、あんな悪夢をまた見ることになるだなんて思わなかった。
でもどうして、今になって……
もしかして、異分子の話を聞いたからだろうか。
確かに異分子は悪用すればチートと何ら変わりはない代物だ。それがボクの身体の中に入っていると考えたせいで、過去のトラウマを掘り起こしてしまったのかもしれない。
あんなの、所詮ネットでの出来事だと割り切れたはずだったのに……。
「んぅ……カナタ? どうしたのぉ……?」
「ちょっと、嫌な夢を見ただけだよ。起こしちゃってごめんね」
「そぅ……ならいいわ……おやすみ……」
「おやすみ」
……ボクも寝よう。今こんなことで悩んだって、前になんか進めるはずがないんだから。
決心は後って決めたんだ。トラウマも、不安も、今は心の奥底に閉じ込めておけばいい。
だってそうしなきゃ……ボク自身が、ボクの心に押し潰されちゃいそうだから。
「もう少しだけ……このまま……」
ゆっくりと目を閉じながら、ボクは身体を倒して再び眠りへと落ちていった。
「カナカナ! 起きて! 起きてってば!」
「んん……」
「早く起きて! 掲示板前で待ってるから!」
パタパタという足音が遠ざかってから、ボクは寝ぼけ眼のまま体を起こした。
さっきの声は……クロ? でもどうして……
なんだかはしゃいでるような声だったし、心配は必要ないだろうけど、気になる。
とにかく1階に行ってみよう。アルナと美咲はまだ寝てるから、そっと。
着替えるのも面倒なので寝間着に上着を羽織って1階に下りると、クロが掲示板の前で手招きしながら待っていた。
「おっそーい! ほら、これ見て!」
クロが指差したのは掲示板の雑談コーナー。新着の記事が表示されている欄の、中央あたりに位置するスレッドだ。深夜、ちょうどボクたちが眠っているころに立てられている。
タイトルは『悪役なってみた結果www』。いかにも雑談掲示板、というべきか……
「これが、どうしたの?」
「よく見てってば!」
クロに急かされたボクはスレを少しずつ読み取っていく。
流し見たところ、どうやらPKを行った際の出来事のようだ。
数人のプレイヤーたちをまさしく悪役のように大人数で取り囲んだが、こっぴどく敗北してしまったという内容らしい。
それにしてもこの話、どこかで聞いたことがあるような……。
「分かんない? それ、あたしたちのことなのだよ!」
「えぇ!?」
もう一度スレを読み直すと、確かに女4人のパーティと書かれている。
さらによく見てみると……下の方で、ボクやクロの名前もバッチリ出てしまっていた。
きっとあの時戦った誰かがここに書き込んだんだ。ご丁寧にボクたちの名前まで載せて。
個人名を載せるのは違反のはずだけど、運営すらまともに機能していない現状ではそんな制限はないようなものなのだろう。
それにしてもこれは……ちょっと、面倒な事態だ。誰かに噂されるほど力を認められるのは嬉しいけれど、代わりにボクたちの名前はある程度広まってしまっているはず。ボス戦などでも、ボクたちを活躍させまいとする人が増えたっておかしくない。そうなれば、ボクたちの手でボスを討伐したり、MVPボスドロップを手に入れることはさらに難しくなるだろう。
先行プレイヤーともなれば嫌でも名前は知れ渡るけれど、これは少し早すぎだ。
ここから先はできるだけ目立たないように、かつ他のプレイヤーたちに置いていかれないよう慎重に行動しないと。
しかし悩むボクとは対象に、クロは大はしゃぎだ。ゲーマーとして、有名になったことが単純に嬉しいのだろう。
クロのこういう素直さが、こんな時はうらやましくなっちゃうな。
「それだけじゃないよ! ここ見て!」
クロがパネルを下にスクロールさせ、一点を指差した。ちょうどスレの終わり際だ。
秋柳:というわけであの双剣士ちゃんに『華姫』という二つ名を授けたいのだがどうだろうw
斬人:中二乙
MAZE:いいんじゃね。ぶっちゃけ興味ないけど
秋柳:冷めてんなお前らwwんじゃ決定でww誰か本人に伝えろよ面白いことになるぞwww
これは……
このパーティに双剣士はボクしかいないから……もしかしてこれって、ボクにつけられた名前?
なんだろう。すっごくアホらしいと思うと同時に、なんだか照れくさい。
……
いや、冷静に考えるとかなり恥ずかしいよこれ! 見ず知らずの人にこんな名前で呼ばれるなんて、想像しただけでも顔が赤くなる!
しかもこの後に立ってしまっている二つ名スレや、それ以外でも使われているところを見るに、この名前はすでにかなり広まってしまっているようだ。
今更収拾はつかないだろうし、もしやめるように書き込みをするにしても、アバター名で書き込む仕様上本人登場でさらに盛り上がりかねない……
傍観するしかないのか……うぅ、こんな恥ずかしい目に合うくらいなら、おとなしく負けておけばよかった……
「というわけであたしも二つ名考えようと思ってるんだけど!」
「うん、いいんじゃないかな……」
「あるぇ!? カナカナ反応鈍いよ!? そこは一緒に考えようって言ってくれるところっしょー!」
……クロのこの能天気さが、今はすごくうらやましいよ。
「それで、どんな武器が欲しいの?」
「んー、そうだなぁ」
午後。一通りの準備を終えたボクたちは、新しいボクの武器を購入するため再び武器商店にやってきていた。
商店で販売している武器は性能が低いけれど、この際つべこべ言っていられない。双剣士として戦うことすらできない現状では、フィールドに出ることさえできやしないのだから。
今ボクの前には、大きさのバラバラな片手剣がいくつか並んでいる。今の所持金で購入できる武器を店員に選んでもらったのだ。
まずはスティールソード。鋼鉄で作られたシンプルな両刃の剣だ。値段も手ごろで扱いやすいが、切れ味は他の剣に比べて幾分か劣る。
次にファルシオン。剣としては珍しく刃が太めで、叩き斬ることに重点が置かれている。攻撃力は高いが、その分重いのがネックだ。
湾曲した刀身が特徴のクリスは、身軽な動きを得意とする双剣士には魅力的な剣といえる。しかし短剣の性質上小さいので、平均的なサイズのグランドブレードと組み合わせても上手く扱えるかは微妙なところだ。
ほかにも種類はあるがどれも似たり寄ったり。やはりこの中から決めるしかないのだろうか……
「あっ! カナタ、これなんてどうかしら?」
悩むボクの前に、アルナが1振りの剣を持ってきた。
これは……刀?
タクトが使用していた日本刀と同型だけど、あれよりも少しだけ短い。忍者やボクのような双剣士が使用するための刀なのだろうか。
「『アカバネ』だって。値段は書いてないけど、新人鍛冶師の作品コーナーにあったからそんなに高くないんじゃないかしら?」
「刀かぁ……」
考えてもいなかった。日本刀なんて侍でもない限り使わないと思っていたから。
でもこれなら扱いやすそうだし、サイズ的にグランドブレードとも併用できそうだ。
問題はこの刀を購入できるのかどうか。鍛冶師の作品ということだから、きっと打った鍛冶師本人に交渉しなければならないのだろう。
しかしこの時間はダンジョンに出向くプレイヤーが多い。それは非戦闘職も例外ではなく、素材集めのためフィールドなどに出かけていてもおかしくないはずだ。
商店2階にあるらしい鍛冶工房にいてくれればすぐにでも交渉できるけど、あまり期待はしない方がいいだろう。
戻ってくるまで待つか、いっそ製作者を追いかけることも視野に入れて……いや、面倒だ。いなければ素直に別の剣を買うことにしよう。
「あれ、お前ら……」
「……タクト?」
そこにちょうど、サナとともにタクトが姿を現した。目的は武器の修理だろうか。
水晶の洞窟は昨夜のうちに攻略されたらしいので、次の町にはワープで行くこともできる。それでもこの町にいるということは、こちら側からしか入場できない水晶の洞窟にやり残したことがあるのだろう。
異分子確保のため意気揚々と出向いて行ったにもかかわらず立ち止まっていると考えると、少し笑いが込み上げてきそうだ。
「おやおやこれはいつぞやのバカップル!あ〜んなドヤ顔で異分子フルコンプ宣言したのに、こんなところをウロウロしてていいんですかぁ~?」
さすがクロ。みんなが言い辛いことも平然と言ってのける……。
「うっせーよ! さすがに2人だと、ロックワーム倒すのには苦労すんだよ……」
タクトは水晶の洞窟を自力で攻略してから、次の町に行きたいらしい。けれど彼の言うとおり、2人だけで攻略するのには無理があるような……
「私たちでいいなら、手伝うけど?」
「マジか! いやでも、手伝ってもらうなんてダサ痛っ!? ……分かったよ。協力してくれるなら助かる」
渋るタクトだが、サナに脇腹を殴られて泣く泣く了解した。
このあとは6人で洞窟攻略、ということになるようだ。
「ところでお前らは何してるんだ?そんなに武器を並べて、修理ってわけでもないだろ?」
「新しい武器を買いに来たんだ。ボクの武器は昨日壊れちゃったから」
「あー、そういやそうだったな……んで、目星はついてるのか?」
「一応ね。この刀が欲しいと思ってるんだけど……」
「あぁ、それか。いいぜ。売ってやるよ」
「……え?」
「だから、売ってやるって」
「この刀の製作者、タクトだったの!?」
「サブ職業にでも使えるかと思って、一度鍛冶師になった時に作ってみたんだよ。レベル1だけど素材はいいモノ使ったから、中々の出来だろ?」
「そうだったんだ……」
サブ職業はメインの職業が一定レベルになると解放される機能で、戦闘職なら非戦闘職を、非戦闘職なら戦闘職を設定できる。設定するとその職業のステータスが一部反映されて、同時にその職業で扱えるスキルや魔法も使用可能になるのだ。
タクトはそのサブ職業に鍛冶師を選択するつもりらしい。このアカバネはその予行練習として作られたようだ。
でもサブ職業が解放されるのはレベル50以上で、まだ20台のボクたちにはあまり関係ないような……
まぁ、先を見据えるのはいいこと……かな。
「いや、待てよ。いいこと思いついたぞ!」
「いいこと?」
「あぁ。普通に売るってのもつまんないからさ、俺と勝負しようぜ。俺が勝ったら倍の値段で買い取ってもらうが、お前が勝ったらタダでやるよ。どうだ?」
「勝負……」
「女に闘いを挑むってのもどうかと思うけど……俺、お前の実力が知りたいんだ」
タクトが言っている勝負とは『決闘』のことだろう。
決闘とはプレイヤー同士で、様々なルールを設定して対戦することができる一種のミニゲームだ。
ストーリーをクリアした高位プレイヤーのための娯楽、一種のエンドコンテンツとして存在している機能だが、もちろん低レベルでも遊ぶことは可能。
自身の身体で対人戦ができるとあって、これを目当てにβテストに参加した人も多いはずだ。
タクトもそんな1人のようで、その目はやる気に満ち溢れていた。きっと今まではレベルや装備の関係で、戦ってくれる相手が少なかったのだろう。
ボクとしては気乗りしないけど……断るのも、なんだか悪い気がするなぁ。
「カナタ、どうするの? 賭けをするなら決闘なんかじゃなくて、もっといい対戦方法もあると思うけど」
「そうだけど……今のボクの実力を知るにはうってつけだと思うんだ」
「そう言われればそうかも。でも大丈夫?負けたら高額買取よ?」
「負けなければいいんだよ」
「カナタ、なんか燃えてるわね……」
どんなゲームでも狩り専門だったボクだけど、対人戦にも少なからず興味はあった。これはちょうどいいチャンスなんだ。
「よかったらこれ、使って。タクトのお古だけど、ないよりはマシでしょ?」
先ほどまで美咲と話をしていたサナが、インベントリから鞘に収まった刀を取り出してボクに手渡してくれる。
1本の剣で戦うために『剣士』にでも転職してこようかと思ったけれど、これがあればその必要はなさそうだ。
「いいの?」
「もちろん。タクトのインベに入りきらないからって、押し付けられただけだもの」
「サナお前、勝手に……まあ、いいけどさ」
「……ありがとう」
サナに借りた刀を腰に差し、再びタクトを見据えた。
「準備はできたみたいだな。それじゃ、外に出ようぜ」
タクトに促されて出たメインストリートは、みんな次の町に移ったのか人がまばら。これなら決闘のためのエリアも広く確保できそうだ。
「こんだけ広けりゃ充分だろ。さぁ、始めようか!」
「うん!」
『決闘申請が受理されました。エリア構築を行います。参加者以外の皆さまは速やかに範囲外までお下がりください』
アナウンスと同時にボクとタクトの周囲を白い光の線が取り囲み、決闘エリアの構築が完了する。
そしてついに……
『これより決闘ゲームに移行します。3、2、1……試合、開始!』
ボクとタクトの一騎打ちが、始まった!




