剣を取り戻せ!
2本の剣を扱う亜流双剣士は、1本の剣では能力が半減し、スキルを扱うこともできなくなる。
そのため剣が足りない今のボクは無力にも等しい存在だ。
まずは何としても、ボクの剣を取り戻さないと。
「ギィィィィィィィ――――ッ!」
「くっ!」
突進してくるロックワームをサイドステップで避け、横に回り込んで手を伸ばす……が、ギリギリ届かない。
「うあっ!」
さらに体を大きく捻ったロックワームの尻尾によって、壁際まで弾き飛ばされてしまった。
もはやロックワームは弱点である尻尾を隠そうともしていない。全身を穴の外に出したその姿は、もはや虫を超え大蛇と呼んでも過言ではないほどだ。
その尻尾は確かに弱点であるが、同時に新たな攻撃手段にもなっているため、全体的にロックワームの戦闘能力は向上している。
先ほどのように尻尾を露出させて一斉攻撃するという手も、ロックワームの隙を突く方法がなければ使うのは難しいだろう。
では、どうやってこの巨体を攻略するか。
「どうするの?」
「……剣を取り戻してから、考える」
「適当ね……」
アルナが呆れてしまうのも無理はない、か。
とはいえ手が思い浮かばないのも事実だ。そもそもボクは戦略を立てることがあまり得意ではないから、それも当然といえる。
しかし戦略がなければロックワームに勝つなど不可能だ。他のパーティまでは手が回らないから、せめてボクたち4人だけでも戦い方を考える必要がある。
そしてその役目は、この中で唯一ロックワームとまともに戦ったボクしかできないんだ。
だから……何とかしないと。
「来るぞっ!」
横で叫んだタクトの視線の先、ボクたちの正面から、再びロックワームが地面を削りながら突進してくる。
ボクたちはその攻撃を、四方八方に散りながらかろうじて避けた。
しかしボクたちがこうして攻めあぐねている間に、ロックワームによって地面は抉れ、あちこちに岩の棘が生まれている。あまり何度も避けていれば、地形的にも不利になってしまうだろう。
一度攻撃を受ければ大幅にHPも削られてしまうし……今回も、短期決戦に持ち込むしか勝機はない。
「言いたいことは!」
「分かってますよ!」
頷いたクロと美咲が左右に散っていく。最大火力の技を繰り出すため、後衛が最も活躍できる立ち位置まで移動するようだ。
「みんなよく聞いて! このまま戦ってもジリ貧になるだけだわ! 幸い弱点も見えてることだから、みんなで一斉に、持てる限り最強のスキルを撃ってほしいの!」
隣に残っていたアルナが、精一杯の大声でみんなに呼びかける。
みんな特に異論はなく、攻撃を避けつつ一斉攻撃のタイミングを見計らい始めてくれた。
でも、さすがに一度の攻撃で倒しきれるとは思わない。
残り数割のHPですら倒せなかったのだ。ノーダメージに近いロックワームのHPを削りきれると思う方が間違いだろう。
だからボクは攻撃に加わらず、隙を突いて剣を取り戻すことに集中する。
次の攻撃に加わることができれば、倒せる確率も大幅に高くなるはずだ。
「なら、とりあえず隙を作らなきゃな!」
ボクたちの前に飛び出たタクトが、仁王立ちで刀を鞘に納めた。
あの構えは『一刀流初段・居合切り』……?いや、違う。タクトに攻撃の意志はない。
ならあれは……『武士の宣誓』か。
武士の宣誓とは『侍』が持つ自己強化スキルの1つで、設定されている名乗りを読み上げることで自身の攻撃力を大幅に強化することができる。
このスキルで強化された攻撃力は、獅子奮迅を使用した大剣士にも引けを取らないほどだ。
しかし強力な分、大きな弱点もある。名乗りを上げている間周囲の敵味方問わず注意を引きつける上に、その間防御力が0になってしまうのだ。
敵の注意を引くスキルの効果を『挑発』というが……今回タクトは武士の宣誓を挑発効果目当てに使用するらしい。
もし攻撃を受けてしまえば一撃で戦闘不能になることもあり得る。危険すぎる行動だ。
でもあのタクトの様子……きっと何か、策があるに違いない。
「頼むぞ……サナ!」
「任せて!」
タクトの挑発が機能し始めてすぐ、サナがロックワームの横をすり抜け、その後ろへと移動した。
そして手にしていた奥義を掲げ、回転を交えた優美なダンスを踊り始める。
「これは人々を魅了せし夢魔の舞踊……さぁ、釘付けになりなさい! 『アトラクト・ダンス』!」
踊りながら発動するスキル……? いや、直前に短い詠唱があった。これは『リードスキル』だ。
リードスキルとは詠唱が必要なスキルのこと。短いながら詠唱が必要で隙も大きいが、効果は他のスキルと一線を画すほどになる。主に体術を必要とせず、魔法的な効果を得られるスキルがこれに該当するようだ。
サナが発動したリードスキル『アトラクト・ダンス』は、踊り子が持つ代表的な挑発スキルだと聞いている。美麗なダンスで相手を魅了する、踊り子らしいスキルだ。
「我こそは西都より参りし武芸の徒なり! 悪なる魔物を討つべく、この場に馳せ参じた次第!」
サナのダンスと同時に、タクトも名乗りを上げ始めた。
声を張り上げるタクトと、舞い踊るサナ。2人の間に挟まれたロックワームは……。
攻撃する対象を、迷っている?
挑発効果を持つスキルを前後から発動することで、相手の注意を攪乱してるんだ。こうすることでタクトは安全に名乗りを終え、同時に相手の大きな隙を作ることもできるというわけか。
まさか挑発スキルにこんな使い方があったなんて……。
「……はっ! みんな今よ! 一斉攻撃!」
「「「お、おぉ――――ッ!!」」」
タクトかサナ、どちらかのスキルに見惚れていたのだろうアルナが、不意に気付き一斉攻撃を指示する。
他の人たちも見惚れていたのか、アルナの声で気を取り直して攻撃を始めた。
「ギィィィアアアアアアアアア――――――――ッ!」
タクトとサナに注意を引かれているロックワームは、プレイヤーたちに向き直ることもできず攻撃の雨を受ける。
なす術なく弱点を攻撃されているため、その悲鳴も一際強烈だ。
だがその一斉攻撃も長くは続かない。
「驕れる者は前にならえ! 猛き兵は道を開けよ! 我が名はタクト! いざ、参らん!」
タクトの名乗りが終わるとともに、武士の宣誓による挑発効果が消えた。すると必然的に、ダンスを踊り続けるサナへと意識が集中することになるはずだ。
「ギィィィィィィィィィ――――ッ!!」
「ぐあっ!?」
ボクの予想に反せず、挑発を受けたロックワームはすぐにサナへと向き直る。その時体を大きく捻ったため、攻撃を続けていたプレイヤーたちは横に振られた尻尾によって薙ぎ払われてしまっていた。
ロックワームによって吹き飛ばされたため、サナの周りには現在人がいない。このままでは確実にサナがロックワームの集中攻撃を受けてしまうだろう。
挑発の効果はしばらく持続する。そのため他のプレイヤーのヘイトが高まらなければ、相手の注意はずっと切り替わらない。
サナが……危険だ。
「サ……ッ!」
「大丈夫だッ!」
助けにいこうとするボクを片手で抑えたタクトが、一息でロックワームの元まで駆けていく。事前に移動速度の上がるリードスキル『武士の歩法』を使用していたのだろう。
あっという間にロックワームの背後まで接近したタクトは、腰の刀に手をかけ……。
目にも止まらぬ速さで、引き抜いた!
「一刀流初段・居合切りッ!!」
斬撃がその場に留まるほどの速さで抜かれた刀は、ロックワームの背を下から上へ切り裂き、大きな裂傷をつける。
硬い装甲のない部分を切り裂いたため、そのダメージも絶大だ。
「ギャアアアアアアアアア――――――――ッ!!」
居合切りはダメージ、のけ反りともにスキルの中ではかなり大きい。その分ヘイトも高まりやすいが、サナから注意を逸らすためならむしろ好都合だ。長いのけ反りによってサナが逃げる時間も稼ぐことができている。
あとはタクトに注意を向けたロックワーム、その約半分のHPを再びの総攻撃で削ればいいだけだ。
しかし武士の宣誓には長い再使用制限時間がある。同じ手段は、もう使えない。
グランドベアの時に使ったダークチェインを用いる戦法も、黒魔術師がいない現状では不可能だ。
残るは最初にも使った囮戦法だが、ヘイトがタクトに集中してしまっているためボクが囮となることはできない。タクトには跳ね上がった攻撃力を活かして前衛に回ってもらいたいから、この戦法もパスだ。
そうなるともう、ダメージ覚悟で突撃するといった支離滅裂な作戦しかボクには思いつかない。
他の手はないのか……何か、手は……!
「な、なんだ!?」
誰かの声でふと我に返ったボクは、前方のロックワームへと視線を向けた。
するとそこではありえない、いや、あってはならないことが起きていた。
「グ……ギ……ギィ……ギィィィィィアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――ッ!!」
体を丸めたロックワームの背に無数の切れ込みができたかと思うと、そこからロックワームの頭部を覆う装甲と同じ岩石が現れ始めた。
岩石はあっという間にロックワームの背全体を覆い尽くしていく。そして数秒と経たないうちに……
ロックワームの体は、地面に密着した腹部を除いて全体が岩石に覆われた。
一切の攻撃を通さない岩の装甲。それが、全身に広がったのだ。
これ以上どんな作戦を立てても、ロックワームにダメージを与えることは、できない。
勝 テ ナ イ
その事実は、ここにいる全員を絶望させるのには十分すぎた。
誰もが膝をつき、武器を手放していく。そうしてこの場に立っているのは、ボクたちのパーティ4人とタクトの5人だけとなってしまった。
しかしボクも彼らと同じく、すぐに地に膝をつけることとなる。
「あぁ!」
見開かれていたロックワームの目。それが再び、岩石によって閉じられようとしていたのだ。
もちろんボクの剣は刺さったまま。閉じようとする岩の瞼は剣によってせき止められているが、次第にその力も強くなっていき……。
ボクの剣を叩き折りながら、完全に目を塞いだ。
「あ……あぁ……」
絶望とは、まさにこのことなのだろう。
戦う術を失ったボクは呆然と、折れた剣が地面に突き刺さるのを眺めているしかできなかった。
しかしここは戦場。敵は、待ってくれなどしない。
ロックワームは最初期同様視力を失い感覚器官に頼っているが、その場に崩れ落ちたままのボクたちは大半がその警戒範囲内にいる。
当然ロックワームは、抵抗しないボクたちに向かってすぐに攻撃を始めるはずだ。
慌てて脱出アイテムを使用しようとするプレイヤーもいたが、ボス部屋では扉を出る以外の方法での脱出は不可能。扉に向かうために背を見せてはロックワームの恰好の餌となってしまう。
倒すことも、逃げることも不可能。ボクたちは完全に絶望の連鎖に呑みこまれてしまっていた。
こうなってしまっては、もうロックワームに殺されて町に戻る以外の手段はない。
それしか、ない。
…………。
……。
いいのか、それで。
いや、ダメだ。
全員殺されるなんて、そんなこと絶対にあっちゃいけない。
たとえゲームでも、こんなに簡単に諦めちゃいけないんだ。
全員が無理でも、出来る限りの人数はここから逃がす。
男として、それくらいはしてやらなきゃ!
「アルナ!!」
「カナ、タ……?」
「ボクが注意を惹きつける!だからできるだけ、ここにいる人たちを扉まで逃がして!」
「でも……」
「いいから!早く!」
「わ、分かったわ!」
アルナが動いたのを感覚器官で敏感に察知したロックワームは、さらに肥大化している頭部を上げて彼女に狙いを定めた。
でも、そうはさせない。
「こっちだ!ロックワーム!」
手放していた剣を拾い上げ、全力でロックワームへと投げつける。
もちろんダメージなどないが、タクトからアルナに切り替わっていたロックワームの注意をこちらに引く程度はできた。
再び対峙するボクとロックワーム。その緊張感や恐怖心は、囮をやった時とは比べ物にならないほど膨れ上がっていた。足の震えは止まらず、もはや一歩も動けそうにない。
肉食動物に狙われる草食動物とは、こんな心境なのだろう。ボクの頭はもう、そんな悲観的な考えしか思いつけなくなっていた。
「逃げろとか……何考えてんだよ!女に守られたところで、なんにもうれしかねえんだよ!!」
アルナから事情を聞いたらしいタクトが叫んでいるが、恐怖心に潰されそうなボクの耳には断片的にしか聞こえてこない。
聞いちゃいけないんだ。今誰かの言葉を聞けばきっとすぐに逃げ出したくなってしまうから。
それじゃ、ボクの目的は果たせない。
だから……。
「……かかってこい。みんなが逃げ切るまで、ボクがお前の相手をしてやる」
「ギィィアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――ッ!!」
ボクの挑発が聞こえたかのように、巨体を持ち上げたロックワームが飛びあがる。
剣をなくしたボクでは止めることも避けることもできない攻撃だ。
それでも構わない。これで一瞬でも、みんなが逃げる時間を稼げるのなら。
高く、高く、天井付近まで、ロックワームは飛びあがる。そして尻尾で天井を叩き、落石を引き起こしながらこちらへと飛びかかってきた。
いや、違う。こちらじゃない。ボクの、後ろ……
扉!?
今扉の周りには避難しようとするプレイヤーたち全員が集まっている。まさか、それに気付いて……。
ロックワームの警戒範囲は、そこまで広がっていたとでもいうのか!?
そんな、それじゃ、ボクがやったことは……。
無、意……味……?
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――っ!!」
ボクの頭上を越え扉へと飛びかかるロックワーム。ボクの叫びなどでは、その攻撃は止まらない。
呆然と見上げるプレイヤーたちも、それを止める術など持ち合わせていない。
誰もが諦めた、その瞬間。
「『異分子No.7・適応』発見。やりすぎね、お前」
空から降ってきた一筋の光が、ロックワームを消滅させた。




