不自然極まる覚醒
「うぅ……」
何が、起こったんだ……?
確か地震の後、地面に巨大な魔法陣が浮かんで、そこから……。
そうだ、大量のロックホーンが出現したんだ。
部屋にいたみんなはそれに貫かれた……ということは、ボクたちは死んだのか?
いや、意識は朦朧としているけれどまだ部屋の中にいることは分かる。死んでは、いないはずだ。
「くっ……」
立ち上がろうとするが、身体に全く力が入らない。それどころか、瞼さえも上手く開けなくなっている。
それに意識もだんだんと薄くなってきて……このままじゃ、ボクは……。
「……タ。……カナタ!」
どこかからボクを呼ぶ声が聞こえるけれど、ボクにはもう応える元気がなくて……。
「カナタ!」
それがアルナの声だと分かった瞬間、ボクの意識は完全に途切れてしまった。
___
これは、なんだろう……。
身体の奥が、温かい。まるで草原の真ん中で日向ぼっこをしているような、そんな心地よさが込み上げてきていた。
ボクは、この感覚に覚えがある。そう、あれは……。
美咲の、回復魔法……。
「カナタ!」
うっすらと目を開けると、涙を浮かべたアルナの顔が正面にあった。
それから、ボクがアルナに膝枕をしてもらっていることに気付くまでそう時間はかからなかった。
「あれ……ボクは、どうして……」
「カナカナはあのキモいイモムシの魔法を受けて瀕死だったんだよ。今にも死にそうだったのを、みさきちが必死に回復魔法かけて治したの」
「そう、だったんだ……」
まだ意識ははっきりとしないけれど、ボクがどんな状況に陥っていたのかは大体理解できた。
やはりボクは、あの時ロックワームが繰り出した大魔法を受けていたのだ。
普通ならその時点で即死していたのだろうけど、ボクは何らかの方法で生き残ったようだ。その方法が何だったのかは、今のボクでは想像さえできない。
とにかく、起き上がれるくらいには回復しないと。いつロックワームが姿を現すのか分からない以上、このまま寝ているわけにはいかない。
「待ってカナタ!まだ動ける状態じゃないわ!」
「でも……もたもたしてたらロックワームが……」
「それもそうなんだけど……とにかく、今はダメなの!」
「ど、どうして……?」
「それは……」
口ごもるアルナ。ダメージが癒えてない以外に何か、ここを動いてはいけない理由があるんだろうか。
「……えーっと、カナタ?落ち着いて、よく聞いてね?」
「うん」
「落ち着いて、落ち着いて……自分の身体を、見てほしいの」
「から、だ……?」
もしかして、ロックワームの大魔法を受けたときに身体のどこかが崩れてしまっているのだろうか。
相手の攻撃によっては腕や足などが切り離されてしまうことがある。もしかするとボクの身体もどこかが切断されてしまっているのかもしれない。それなら動けないのも納得だ。
でも即死レベルの崩壊でなければ、時間はかかるものの回復魔法で治るはずだ。ボクは死んではいないのだから、身体が真っ二つに切断されている、といったことはないはず。
なら、どこが崩壊してしまっているのだろう。
グロテスクな光景も覚悟して、ボクは恐る恐る首を持ち上げて自分の身体を見てみた。
すると、そこには……。
「~~~~っっ!?」
腹部から胸のあたりにかけて、大きな穴が開いてしまっていた。
ただし、ボクの身体に、ではない。
ボクが着ているアバターに、だ。
ロックワームの大魔法が突き刺さった時に空いた穴だろう。大きなダメージを受けたときはアバターが破れてしまうことは知っているので、その点は驚くことじゃない。
重要なのは、アバターが破れているにもかかわらず身体に空いていたであろう穴が塞がってしまっていることだ。
身体の中央を貫かれたため、アバターの穴も胴全体に広がっている。そのためボクのむ、胸が、わずかな布にさえ包まれることなく晒されてしまっているのだ。
薄いながらも確かに存在している柔らかな膨らみ。それが、ボクを取り囲むアルナたち3人に凝視されていて……。
しかも、身体が上手く動かないから隠すこともできなくて……こ、これは、かなり恥ずかしい!
棘で周りからは見えていないのが唯一の救いだよ!
「やぁっ……み、見ちゃダメ!」
「そ、そんなこと言われても……ねぇ?」
「かわいい娘のおっぱいが目の前にあったら、ガン見しちゃうのはおっぱいハンターの性だから……ねぇ?」
「見ないと回復魔法をかけることもできないですから……ねぇ?」
「『ねぇ?』じゃないよぉ!お願いだから見ないで!見ないでぇ!」
その後治療が完了するまで、ボクは3人の生暖かい視線を一身に受けることになってしまうのだった。
___
「うぅ、ひどいよみんなぁ……」
「ごめんってば。カナタの恥ずかしがってる顔がかわいかったから、つい悪乗りしちゃったの」
「にゃはは。カナカナって一緒にお風呂も入ってくれないから、こうやって裸見るのが新鮮でさぁ」
「ごめんなさい!ごめんなさい!私の回復が遅いせいで、カナタさんに嫌な思いを……」
治療を終えたボクは真っ先に胸を隠し、すぐに別のアバターを召喚した。着る予定はなかった藍色のワンピースで少し動きにくいけど、とりあえず洞窟を抜けるまではこれで我慢しよう。
「……もういいよ。それよりもロックワームは?結構時間かかっちゃったと思うけど」
ボクが動けるようになるまで、最低でも5分はかかっているはず。時間にすると短いけれど、モンスターが再出現するには十分すぎる長さだ。
これほどの時間出てこないというのは、いくらボスといえども珍しい。やはりあの時与えたダメージが影響しているのだろうか。
「まだみたいね。カナタたちが与えたダメージが思った以上に大きかったみたい」
「やっぱり……そういえば、他のみんなは?」
あれほどの大魔法だったんだ、被害だって尋常じゃないはず。全滅したパーティだっていくつもあるだろう。
「過半数のパーティが全滅したわ。生き残った人たちも全員カナタと同じくらいのダメージを受けてる。万全の状態に戻すにはまだまだ時間がかかりそうね」
「なら、次は見送り……かな」
「そうなるわね」
あれだけの人数で倒しきれなかった以上、人数が減っている今ではまともに戦えるわけがない。そのほぼ全員が手負いとなればなおさらだ。次にロックワームが現れても、もう一度人数が揃うまでは警戒範囲内には入らない方がいいだろう。
「そこの人たち!回復は終わった?」
アルナと話していると、正面にあった棘の裏側から一人の少女が顔を出した。
オレンジに染めたボブカットの髪が印象的な、つり目気味の少女。その衣装は……なんというか、扇情的だ。
水着のようなピンク色の胸当てに覆われた胸は大きすぎず小さすぎず。下半身は長いパレオのようなスカートに包まれている。肩には華美な装飾が施された短いマントを羽織っており、どこかの民族衣装を彷彿とさせた。
この絢爛さ……職業は『踊り子』だろう。
踊り子とは、派手な外見と魅了の魔法で相手の視線を釘付けにし、相手の大きな隙を誘う職業だと説明されていた。確かにこの容姿ならモンスターだけでなく、男性の目ですら釘付けにしてしまえるだろう。
「はい、無事に。お待たせして申し訳ありません」
「問題ないわ。どのみちロックワームも出てこないしね」
「アルナ。あの子は誰?」
美咲と話をしている少女を指差し、横にいたアルナに尋ねる。
「あぁ、カナタには紹介してなかったわね。彼女の名前はサナ。タクトくんと同じパーティにいる子で、カナタを助けてくれた張本人よ」
「ボクを……?」
どういうことだろう。もしかして、ボクが生き残っていたことと関係があるのだろうか。
「あっ、ごめんなさい。アナタには自己紹介がまだだったね。アタシはサナ。タクトと一緒に行動してる踊り子よ。よろしくね」
ちょうどそこに、美咲との話を終えたらしいサナが小走りでやってきた。そしてアルナと二言三言話したあと、ボクの方を振り向いて自己紹介をしてくれる。
「ボクはカナタ、よろしく。職業は亜流双剣士で……」
「知ってる。休憩してる間、タクトがすっごい早口でアナタのことを語ってたから。女の子なのにすっごく勇気があって、戦ってる姿もかっこよかったって」
「あはは……ありがとう。ところで、キミがボクを助けてくれたって聞いたんだけど……」
「助けたなんて大げさよ。アタシはただ、アタシの周りに『セルフ・レジスト』をかけただけ」
「セルフ・レジスト?」
聞いたことがない魔法だ。
戦っているうちに覚えたり、美咲に教えてもらったりしたためある程度の魔法なら知っているけれど、この魔法については一切を知らない。
魔法系の職業は使わないだろうと思い、事前の予習を切り捨てていたのが仇になってしまったようだ。
「踊り子と一部の魔法系職業だけが使える、一種の防御力上昇魔法なの。敵味方を問わず、一定範囲内にいる対象が受けるダメージを一度だけ半分にする魔法よ。あの大魔法は絶対に避けられないって思ったから、この魔法でアタシの周りにいる人たちを守ったの。といっても効果範囲はこの部屋の3分の1程度だし、あくまで半分にするだけだから、助けられなかった人も多いけどね……」
「十分だよ。これだけの人数が生き残っているんだから。君のおかげだ、ありがとう」
「例には及ばないわ。アタシはアタシにできることをしただけだから。っと、そろそろパーティに合流しなきゃ」
「あっ、ごめん。長話させちゃったね」
「いいのよ。それじゃあね。次は絶対、勝とうね!」
「うん」
手を振りながら棘の裏側に戻っていくサナを見送ってから、ボクは自分の胸に手を当てた。
棘に貫かれて穴が開いたはずのボクの身体は、すっかり元に戻っている。それもこれも、守ってくれたサナと治療してくれた美咲のおかげだ。
2人だけじゃない。ボクを見つけてくれたアルナや、今もずっと見張りをしてくれているクロのおかげもある。
みんなが助けてくれたこの命。絶対に無駄にはできない。
今度こそ、みんなで力を合わせてロックワームを倒すんだ。
「!!」
その時、部屋を三度地震が襲った。
同時に床のほぼ全体に突き出ていた棘が粉々に崩れていく。
そして、部屋の中央からは……。
「ギュィィィィィィィアアアアアアアアアアアーーーーッッ!!!」
巨大な顎を真上に向け、ロックワームが再び姿を現した。
穴から抜け出てしまいそうなほど高くまで、一直線に体を伸ばしたロックワーム。その体にはやはり、先ほど与えたダメージの跡や傷は残っていない。完全に回復してしまったようだ。
鳴き声を止めると、ロックワームはゆっくりと首を傾け警戒態勢をとる。ここから少しでも近づけば、すぐにでも戦闘が始まるだろう。しかし人数が揃わない今、迂闊に攻撃を仕掛けるのは得策ではない。ここは、町に戻されたプレイヤーたちが戻ってくるまで様子をうかがうべきだ。
「何度見ても気持ち悪いわね……え?」
「アルナ、無理しなくていいから……どうしたの?」
先ほどは部屋の中央を見るのすら怖がっていたアルナが、横目にではあるがしっかりとロックワームを視界に捉えている。少しは恐怖にも慣れてくれたようだ。
でもそれとは別に、アルナの様子がおかしい。ロックワームの方を見て、ポカンと口を開けているのだ。いくら怖いといっても、この表情は変だ。
声をかけても反応しない。アルナの視線の先で、何が……。
気になって、ボクは恐る恐るロックワームの方を振り向いてみた。すると……。
こちらを睨み付ける、ロックワームの鋭い双眼と目が合った。
「え?」
これにはボクも、絶句せざるをえない。
だって、ロックワームの目は退化して存在しないはずなのだから。
それなのに、ボクは今ロックワームと目を合わせている。顎の左右に開いた、無機質な眼とだ。
これは、一体……。
「ギュィィィィィィィーーーーッッ!!」
目を逸らしたかと思うと、再び顎を上に向け奇声を発するロックワーム。しかしその絶叫はすぐに止み、代わりにロックワームが地面へと頭を叩き付ける轟音が響いた。
「何を……」
地中に身体を潜りこませながら、体の上半分だけを外に出して床を抉っていく。さながら掘削機のように……地面の岩石を、食べているんだ。
恐ろしい速度で床を破壊していくロックワーム。その視線が目指す先は……こちらだ。
「か、カナカナ。あれちょっとヤバくない……?」
「言ってる場合じゃないよ!みんな逃げて!!」
噛み砕いた岩石を巻き上げながら進むロックワームの巨大な牙は、すでに真正面に迫っていた。
ボクだけなら枝垂桜で避けられるけれど、この距離ではアルナたちが危険だ。
「……ごめんね!」
「きゃっ!?」
「カナカナ何やってふぎゅっ!?」
呆然と立ち尽くしたままのアルナを肩で押しのけて、ロックワームが進む軌道からギリギリ逸れたところに突き飛ばす。途中でクロに当たってしまったようだけど、ダメージはそれほどないはずだから我慢してもらおう。
美咲は……ロックワームが現れたときすでに避難していたらしく、かなり遠くで杖を構えていた。あれなら攻撃を受ける心配はないだろう。
あとはボクが避けるだけだ。でも枝垂桜を使えばいつでも避けられる分、ボクにはまだ余裕がある。
だったら……少しでも、ボクにできることをやっておきたい。
「枝垂桜……」
今にもボクを噛み殺そうと迫る牙に、全力で右の剣をぶつけた。ただし飛び上がらず、横一直線に。
そしてその衝撃と相手の勢いを利用して、空中ではなく地上に立ったまま身体を横に捻る。
ロックワームに背を向けるようにして攻撃を避けたボクは、続けざまに左の剣を振るって、無防備なロックワームの側面に突き立てた。
その攻撃は、ちょうどロックワームの目のあたりに吸い込まれ……右目に、突き刺さる!
「うわっ!」
しかし勢いは殺しきれず、ロックワームはボクの後ろを駆け抜けていく。速度に耐えきれなかったボクが手放した剣を、目に刺したままで。
数瞬ののち、ロックワームが向かった方向からドゴォォォォンという大きな音が響いた。ロックワームが壁にぶつかったんだ。
ボクはその方向を見ないまま、先ほど突き飛ばしたアルナたちのところに向かう。
「アルナ!」
「な、何が起こったの……?」
「カナカナひどいよぅ!アルナン突き飛ばすくらいならカナカナが飛び込んできてほしかった!」
「ええと、目が開いたロックワームが攻撃してきて……って、ボクが飛び込んでどうするのさ!?」
何はともあれ、2人とも無事のようだ。ボクにも大きなダメージはない。こちらに向かってきている美咲が合流すれば、すぐにでも体勢を整えられるだろう。
それよりも問題なのは、ロックワームの急変とボクの武器だ。
大魔法を使用してきたのにも驚いたけれど、退化したはずの目が開いたのには唖然とした。これほどの変化がほんの十数分の間に起こっただなんて、今でも信じられない。
しかし変化したのは事実。ゲームシステムであるのかそうでないのかは定かではないけれど、こればかりは受け入れるほかない。
とはいえ相手がこちらを視覚で捉えられるようになった以上、人数が揃うまで待機するという選択肢は消えてしまった。
片目は潰せているものの、相手の大きなアドバンテージとなったことに変わりはないだろう。
さらにボクの武器は、いまだにロックワームの目に刺さったまま。双剣を扱うことを前提としている亜流双剣士という職業である以上、剣を取り戻すまでボクは戦うことができない。
人数が減っている中でさらに戦えるメンバーが減る。それが大きな痛手となってしまうことは明白だ。たかがボク1人の力とはいえ、発揮されなければ影響は顕著に出てしまうだろう。
これは、とてつもない逆境だ。グランドベアと戦ったときよりもなお救いのない、逆境。
でも……やるしかない。勝利を得るために。そして、生きてここを出るために。
「カナタが考えてること、もう大体分かってるからね」
「『ボクたちだけであのモンスターを倒すんだ!』でしょ?言わせないんだからっ!」
「今更そんな意志を固めなくても、私たちならやれます!……まだ、あのモンスターはちょっと怖いですけどね」
「みんな……」
武器を構えるアルナとクロ、そして合流した美咲が笑顔でうなずく。その優しさにボクは現状も忘れて少し涙ぐみそうになった。
そうだ。何も言わなくても、ボクたちの意志は最初から決まっている。
倒すんだ。ここにいる数人だけで、あの強大なモンスターを。だってボクたちは、そのためにここにいるのだから。
「燃えてるとこ悪いけど、俺たちも参戦させてもらうぜ。第1ダンジョンを攻略したお前らに、第2ダンジョンまで攻略されるのは癪だからな」
「ボスドロを獲得するのはアタシたちなんだからね」
「タクト、サナ……」
決意を新たにするボクたちの周りに、生き残ったプレイヤーたちが続々と集まってくる。
その数は7人。ボクたちがここに来た当初の半分にも満たない人数だ。
けれどみんなの目に諦めの色はない。『勝てる』と、ここにいる全員が信じてるんだ。
人数が揃わなくたって、これならやれる。だって今回は、ボクたちだけじゃないから。こんなに大勢の、仲間がいるから。
「そんじゃ、いっちょ派手にやってやるかぁ!」
「あんまり突っ込みすぎないようにしてね、タクト!」
「負けられません。今回も、絶対!」
「でもやっぱ気持ち悪いからあたしは近寄らないかんね!」
「バカクロ!……準備はいい?カナタ!」
「もちろん!」
その時、壁に埋まった頭を引き抜いたロックワームが、ゆっくりこちらへと向き直った。
あちらも完全に臨戦態勢だ。さらに目を潰されたことによって、怒りの色も露わになっている。ここまで戦ってきた中で最強の状態といっても過言ではないだろう。
でも負けられない。負けて、たまるか!
「ギュィィィィィィイイアアアアアアアアアアアアーーーーッッ!!!」
一層大きい奇声を上げるロックワーム。
その声の中を駆け抜けるように、ボクたちは攻撃を開始した。




