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Fantasia-Leap-Online  作者: 水無月 静
第一章   四葉の友
15/37

強敵は天敵!?

「何なのよあれ! イモムシ!? いやーっ! 気持ち悪いっ!」

「無理無理無理ーっ! あんなのと戦うなんて無理ぃーっ!」

「虫……虫……あうぅ」

「みんなしっかりして! 美咲! 気絶なんかしてる場合じゃないってば!」

 そうだった。

 あまりにも勇敢だったせいで失念していたけれど、彼女たちだって普通の女の子なのだ。虫が苦手であっても驚くようなことじゃない。ロックワーム(あれ)を虫と呼べるのかどうかは別として。

 しかし戦闘はすでに始まっているのだ。ボクたちも早く前線に出なければ、経験値もドロップアイテムも得られない。

 何とかして、3人の士気を取り戻さないと。

「よく見て!あのモンスターは虫なんかじゃないから!」

 ロックワームが出現してすぐ、モンスターの詳しい情報を知ることができるアイテム『インスペクトモノクル』で大体のステータスは確認しておいた。残HPや弱点属性などの基本情報に加え、モンスターの分類まで表記されていたのをボクははっきりと見ている。

 その情報によると、ロックワームは見た目こそイモムシのようだが分類は岩石系。生物ではあるものの決して虫ではないのだ。

「虫じゃ、ないの……?」

「虫じゃない!」

 震えながらもボクの目を見つめるアルナに、ボクは大きく頷いて応える。

「うぅ……うー……やっぱり無理ぃ! 気持ち悪すぎるわっ!」

「……ダメかぁ」

 虫でないと諭すことはできても、あの気持ち悪さだけは否定できない。外見に慣れることができればいいのだが、それも難しそうだ。

 仕方ない。アルナたちが立ち直れない以上、ボクだけでも攻撃しておこう。一定量のダメージを与えさえすればドロップアイテムだけは手に入るはずだ。

「もぅ……ボクは戦いに行くから、みんなも覚悟が決まったら援護しに来てよね」

「努力はするわ……」

 もはやロックワームの方を見ることすらできないアルナたちを置いて、ボクは前線へと赴いた。

「あれ? アンタ1人か?」

「うん、他のみんなはあのモンスターの気持ち悪さに耐えきれなくて……」

「あー、確かに。あいつキモいもんな」

 膠着(こうちゃく)状態の最前線に向かうと、先ほどの少年、タクトが刀を構えていた。どうやら動きを見せないロックワームの隙をうかがっているようだ。

「アンタは大丈夫なのか?女の子にはちょいとキモすぎると思うが」

「ボクは慣れてるから、平気」

 過去にプレイしてきたゲームで、これより気持ち悪いモンスターだって散々見ているんだ。今更外見程度で怖気づいたりはしない。

「なるほど、俺らと同類(ゲーマー)ってわけか。だったら一緒に暴れようぜ!」

「うん!」

 両腰の剣を引き抜き、タクトの横に立ってロックワームに向き直る。

 眼前のロックワームは、現れた場所から微動だにしていないようだ。同じく周囲を囲む他のプレイヤーたちも一様にその場を動かない。

「みんな、どうして攻めないの?」

「ロックワームは目がない代わりに、周囲の温度を感知して行動するらしいんだ。だから誰を攻撃してくるかわかんなくて攻撃しづらくなってるんだよ」

「そうだったんだ……」

 ロックワームの説明欄を見てみると、確かに『退化した目の代わりに発達した感覚器官で周囲の温度変化を察知し捕食する』と書かれている。目視でターゲットを決定するモンスターに比べれば、遙かに攻撃への対策が立てにくいだろう。

「囮役でも出てくれればいいんだけど、どのパーティも自分たちが討伐することに躍起でさ。そうこうしてるうちにあいつ(ロックワーム)の警戒範囲に入っちまって吹っ飛ばされるわ、地中に潜られて逃げられるわで……」

「なるほどね……」

 この戦闘が硬直してしまっているのは、パーティごとの統率がとれていないのが原因のようだ。始めから全てのパーティでここまで出向いているならともかく、ボクたちのようにあとから合流したパーティが大半なのだとしたら、それも当然だろう。

 この場の全員で話し合って戦術を定められれば戦局も大きく変わるだろうけど、全員がそれに応じてくれるとも限らない。

 なら、ボクがやるべきことは1つだ。

「だったら、ボクが囮になるよ」

「アンタが!? 待てよ、まだ戦ってすらないアンタにやらせるわけには……いや、それ以上に! 女の子にそんな危険なことさせられるかよ!」

「大丈夫だよ。さすがに倒すのは不可能だけど、囮くらいならボクにだってできるから」

 敵の的になる囮役は当然危険だけど、人数が多い分4人だけで戦ったグランドベアよりは幾分か楽なはずだ。

 それにボクの武器『グランドブレード』は、『風』の『属性』を持つグランドベアを討伐することに特化しているため『地』属性が付加されている。対するロックワームも同じ地属性を持っているため、与えるダメージが少なくなってしまうのだ。

 有効なダメージが与えられないなら無理に攻撃に加わる必要はない。むしろ囮として戦った方が立ち回りに幅ができるはずだ。

「けど……!」

「心配ないよ。だってボクたちは、あのグランドベアだって倒したんだから」

「あれ倒したの、アンタらだったのか!?」

 素っ頓狂な声を上げるタクトだけど、それも無理はない。こんな小さな女の子が最初にボスを倒しただなんて、普通は思わないだろうから。

 でもそう考えるのは、自分が女の子だって認めちゃうようでなんだか嫌だなぁ……。

「そうだよ。だから大丈夫。囮役はボクに任せて」

「……分かった。けど無理はすんなよ? 危なくなったらすぐ下がっていいからな」

「うん、ありがと。それと、タクトはこのことをみんなに伝えて。きっとチャンスはすぐ生まれるはずだから」

「任せろ! ……ってあれ、俺名乗ったっけ?」

「ごめん、さっき呼ばれてるのを聞いちゃったんだ。……それじゃあ、行ってくるね」

「おう、気を付けてな」

 不安げな表情のタクトから離れ、ボクは一気に部屋の中央へ駆ける。すると警戒範囲に入ったボクをロックワームが感知し、ついに動き出した。

「ギィィィィィィィィィ――――ッ!」

 顎を上に向けつつ、奇声を上げるロックワーム。それと同時に周囲に大量の魔法陣が描かれ、コーン状になった土の槍が飛び出した。

 地属性の魔法『ロック・ホーン』を複数同時に発動してるんだ。あの奇声が詠唱の代わりなのだろう。詠唱中は無防備なようだが、これほど大量に召喚されると避けるだけで精一杯だ。モンスターが魔法を扱ってくるとは思わなかったため、抜け出るタイミングも完全に逸してしまう。

「猛き焔よ、燃え上がれ! フレア・ボール!」

「切り裂け、暴風の刃! テンペスト・カッター!」

「駆け抜けろ(いかずち)!スパイク・ライトニング!」

 何とか切り抜ける機会をうかがうボクの横を、複数の攻撃魔法が通り過ぎていく。それらはすぐにロックワームへと辿り着き、魔法の詠唱を中断させた。

 この場には攻撃魔法が得意な『妖術師』が複数いるようだ。遠距離から攻撃できる彼らなら、ロックワームの警戒範囲外から攻撃することができる。ボクが囮となることをタクトから聞いて、支援攻撃を行ってくれているようだ。

 しかし温度を察知される以上、熱を発する火の玉(フレア・ボール)などは飛んできた方向から位置を特定されてしまうだろう。人数が多いため一時的にはかく乱することができるだろうが、狙いを定められるのも時間の問題だ。ここはやはり囮役(ボク)が注意を引き、魔法攻撃職に攻撃を向けさせないようにしなければ。

「こっちだ!」

 魔法が飛んできた方向に狙いを定めるロックワームだが、その隙に近づいたボクが連続攻撃を浴びせることで、何とか注意をこちらに逸らす。

 けれど魔法は、一度当てると一気にヘイトが上がって(狙われやすくなって)しまう。こうやって注意をこちらに向けるのもあと数回が限度だろう。

 グランドベアのときとは違い、今回は短期決戦が望ましい。そのためには相手の大きな隙を誘って、一斉に高威力攻撃を叩き込むのが得策だ。

 図らずも、その機会はすぐにやってくることになる。

「ギャアァァァァァァァーーーッッ!」

 ボクが攻撃を加えた直後、さらに奇声を発するロックワーム。ボクは慌てて後ろに飛び退くが、ロック・ホーンは召喚されずロックワーム自身にも変化はない。

「気をつけろ! それはそいつが大技を出す前触れだ!」

「……!」

 誰かの忠告が聞こえると同時、穴から一息にロックワームが飛び出してきた。そして露わになる、その全身。

 地中に隠れていた半身は腹部から尻尾にかけて細くなっていっている。尻尾には2枚のヒレのようなものが付いているようだ。天井付近にまで飛び上がったその姿は、巨大なヘビを髣髴とさせた。

「危ない!」

 落下の勢いを利用して飛びかかってくるロックワーム。その対象は……ボクだ。

 これほどの巨大なモンスターによる体当たりを受けてしまえば、戦闘不能は免れない。けれどボクの心は焦りもなく、落ち着き払っていた。

 なぜならボクは、数時間前にこれと似た状況に対面しているから。あのときも切り抜けられたのだから、今回だってできるはずだ。

 それにここに来るまでの間、あの回避方法が気に入ったボクはバットの飛びかかりを利用して何度も練習したんだ。今では1つのスキルと呼べるまでに上達しているこの回避技。絶対に失敗するわけにはいかない。いや、失敗なんかしない!

枝垂桜(しだれざくら)……」

 考案していた名前を小さく呟いたボクは、円月のときと同じように右腕を後ろへと反らした。次いで、落ちてくるロックワームの正面に向かって飛び上がる。

 接触する寸前、ボクは右腕を大きく振り払い、剣をロックワームの左顎にぶつけた。さらに空中で身体を捻り、左の剣をその背に突き刺した。

 これこそ、ボクが考え出したスキル『枝垂桜』。飛び上がることで剣にかかる負荷を減らし、1本の剣で受け流すことを可能にした。さらに空中で受け流すため、上から無防備な背に反撃も加えられる。使える状況は限定されるが、上手く決まれば確実に始動が取れる優秀なカウンタースキルだ。

 攻撃を受け流されたロックワームは、勢いを殺せずそのまま地面へと激突する。地を掘るモンスターであるロックワームにはその程度でダメージは与えられないが、全身が地上に出ているため全員で攻撃することが可能となった。

 しかもロックワームは一度地上に出るとすぐには地中に戻れないらしく、地面を掘ろうとする牙が何度も空ぶっている。総攻撃するなら、今だ。

「あの攻撃を……避けたぁ!?」

「驚いてる暇はねぇぞ! 今のうちに叩くんだ!」

「あ、あぁ!」

 文字通りその場でノビているロックワームに向かって、パーティ全員が一斉攻撃を仕掛ける。スキル名や魔法の詠唱が飛び交って、一気に部屋の中は騒がしくなった。

「円月! 裂双牙!」

 ボクもそこに混ざって、連続でロックワームに攻撃を加えていく。視界に移るロックワームのHPは、全員分の攻撃を受けて見る見るうちに減っていった。

 しかしその総攻撃も長くは続かない。起き上がったロックワームが周囲のプレイヤーを薙ぎ払い、牙を地面に突き立てて再び潜っていく。

「逃がせば地面の中で回復されるぞ! 潜られる前に削りきれえぇぇ――――っ!」

「おおおおおおおおおお――――っ!」

 潜っていくロックワームめがけて、全員が大技で追い打ちをかける。しかし、そのHPが残り2割を切ったところで……。

 ついにロックワームは、地中へと完全に潜ってしまった。

「くそっ! 間に合わなかったか!」

「けどこれで、あいつの行動パターンは大体分かった! 次で確実に仕留められるさ!」

「でもそのためにはまた囮役が……」

「俺がやる! あの娘の神回避見て、俺にも何かできそうって思ったんだ!」

「アタシも! あんなにキレイに受け流すのは無理だけど、やれることはあるよね!」

 みんなの表情に活気が満ちていく。この様子ならもう、ボクが囮をする必要はなさそうだ。

 できればアルナたちも、この活気に同乗して立ち直ってくれればいいんだけど……。

「な、なんだ!?」

「この揺れは……!」

 しかし間もなく、部屋全体を再び大きな揺れが襲った。その揺れはどんどん増して、立っていられないほどに強くなる。

 これは……ロックワームが出現するときの地響きだ。

「おいおい! まだ潜って5分もたってないじゃねーか! 早すぎるって!」

「けど、出てくるなら好都合だろ! 囮の必要もなく一気に仕留められる!」

 歓喜するプレイヤーたちだが、一向にロックワームは姿を見せない。そのうえ、部屋の地響きはどんどん強くなっていく。

「どうなってるんだ!? 出てこないぞ!」

「それよりも見て! 揺れのせいでHPが……!」

「マジかよ!? ってことは、このまま揺れが続いたら……!」

 その直後、彼らの悪い予感は的中する。

 揺れの激しさが最高潮に達しついに吐き気さえもよおす者も出てくる最中(さなか)、不意に地面全体を覆う巨大な魔法陣が出現した。その輝きは立ち上がれないボクたちをあざ笑うかのように、徐々に明るさを増していく。

「こんなバカデカい魔法陣、アリかよ……!?」

「つーか、地面の中から魔法使うとかキタねぇぞ!」

「そんなこと言ってる場合か! このままじゃ俺ら……!」

 誰かが叫んだ、その瞬間。

 ボクたちは皆一様に、地面から突き出た大量の土の槍で貫かれていた。

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