望まない戦い
「お前らも運がなかったなぁ」
手元で小剣をくるくると回しながら、剣士の青年が正面から歩いてくる。
「知ってるとは思うが、あの人はこの間やらかした元議員サマだ。何でも暴力団なんかと繋がりがあったらしいぜ。そんな奴に目ぇつけられちまったんだから、お前らはFLOでも現実でも危ねぇ目に合っちまうだろうよ」
5メートルほどの距離まで近づいてきたとき、不意に青年が剣を止め立ち止まった。
「まぁ俺らにとっちゃ、金さえもらえれば他はどうでもいいんだけどな」
そして、こちらに剣を突き付けてくる。話はここまで、ということらしい。
「つーわけだ、女ども。お前らに恨みはねぇが……身包み剥がさせてもらうぜ」
「そうは……させない!」
顔の横で剣を構えた青年が、一歩踏み込んで突きを放ってくる。ボクはその攻撃を右の剣で受け流し、青年の脇腹に左の剣を打ち込んだ。
「おっと!」
しかし、上手くはいかない。間一髪のところで横にステップした青年に避けられてしまった。
「女にしてはやるなぁお前。なら、こいつはどうだ!」
大きく飛び上がった青年が上段斬りを放つ。剣士のスキル『飛翔閃』だ。上段から放つ斬撃は強力で相手のガードさえ破壊するが、単調な攻撃であるため突きよりも見切りやすい。
それに亜流双剣士は防御力が他の前衛職と比べるとかなり低い。まず防御などしないのだ。
「ふっ……たぁ!」
「なっ!?」
ボクが防御すると予測したのだろう、全力で振り下ろされた青年の剣を、ボクは剣を交差させるようにして受け流す。さらに落下してくる青年の身体を、横一文字に切り裂いた。
「うわあああああっ!」
身体を真っ二つにされた青年はすぐにHPが尽き、光となって消滅する。
その光景を見て、ボクはふと我に返った。
「あ、うぁ……!」
人を、殺した。ボクが、この手で。
とっさだったからとはいえ、躊躇いもなく、ボクは青年に剣を突き立ててしまった。
この場を切り抜けることさえできればよかったんだ。PKするつもりなんか、なかったのに……!
しかし怯えるボクを意に介することなく、元議員の部下たちは更なる攻撃を繰り出してくる。
でもボクは、剣を振り上げることすらできなくて……。
「カナタ!」
ボクに向かって振り下ろされた剣を、アルナの槍が弾いた。
「やらなきゃやられるわ! ここで負けたら、私たちが勝ち取ったものが無意味になっちゃう! だから、しっかりして!」
「アルナ……!」
「きゃあ!」
隙を見せたアルナの背を、青年たちの剣が切り裂いた。血が出ることはないものの、その背には微量な光を放つ、痛々しい切り傷が生まれる。
「おぅら! もう一発!」
「……アルナに、手を出すな!」
「ぐぅっ!?」
再度振り下ろそうとする青年の剣をボクの剣が弾く。そのまま、アルナに群がる青年たちを立て続けに切り払った。
「アルナ、大丈夫!?」
「問題ないわ、この程度! それよりもカナタは……」
「ボクももう平気だよ。アルナのおかげで決心できたから」
「決心?」
「今大切なのは、ボクたち4人が全員揃ってこの場から抜け出すことだ。でもそのための手段を選んでいる暇はない。だからボクは、PKすることも厭わない。人を斬る罪も、すべて背負って切り抜ける!」
「無茶苦茶ね……でも、それで戦えるならいいんじゃない?」
確かに無茶苦茶だ。こんな考えだって、PKを正当化するための口実でしかないことくらい分かってる。
でもボクはもう、仲間が死ぬところなんか見たくないんだ。そのためならボクは、どんな悪人になろうとも彼らを斬ることを躊躇わない。
それに、ボクは許せないんだ。身勝手な理由でアルナたちを危険に晒している、彼らを。
だから……容赦は、しない!
「内緒話は終わったか? ならさっさと死ねや!」
律儀に待っていてくれたらしい青年の剣を弾き、その身体を下から真っ二つに切り裂いた。
断末魔を上げる間もなく青年は消滅。それを見て恐怖する別の青年を、手元で返した剣で続けざまに斬った。
「こんのぉ……うっとおしいんだよ!!」
振り向くと、スリーラインショットで敵を2人同時に貫くクロの姿が見えた。
群がる青年たちに少しイラついてはいるようだけど、放つ矢に迷いはない。人殺しであるとすら考えていない様子だ。彼女にとってはこの戦いも、ゲーム以外の何者でもないのだろう。
その後ろには、魔法で牽制しつつクロに回復魔法をかける美咲もいる。相当怯えているようだが、魔法の詠唱が途切れることはない。グランドベアとの戦いのおかげで、戦闘に対する恐怖心も幾分か和らいでいるようだ。
2人ともHPは十分であるし、2人の前に立つ敵の数も残り少ない。これなら心配する必要はないだろう。
あとはボクたちだ。正面に立つ敵は元議員の青年含め6人。アルナと2人で、一気に仕留める!
「アルナ! 右の3人の相手をお願い! 残りはボクが!」
「わかったわ! でもあの甲冑男は手強いわよ。気を付けて!」
合図を交わし、ボクとアルナは敵へと突撃する。その動きを見て、青年たちも身構えた。
「……チィ!」
「わーったよ、やりゃいいんだろやりゃあ!」
視線で促された青年2人が、左右に広がりボクを挟む。正面には元議員の青年が陣取った。
「いいのかよ? お前はともかく、あっちの嬢ちゃんに3人の相手はキツいんじゃねえか?」
左にいる青年がアルナの方を盗み見て問う。その目は、笑っていなかった。数の面で不利なボクたちを、本気で心配してくれているようだ。彼らだって望んでこんなことをしているわけじゃないということが、その目から十分に伺えた。
「……問題ないよ、信じてるから」
以前のボクならここで返答に渋っただろう。でも今のボクは違う。グランドベアとの戦いで、アルナたちを心の底から信じることができたから。
「そうかよ。だったら、悪いが俺らも本気で行かせてもらうぜ……うおおおおおおおおおっ!!」
青年が剣を上に掲げ、その身体から気力を噴出する。あれは……大剣士が持つスキル『獅子奮迅』だ。一定時間の間自身の防御力をすべて攻撃力に変換する特殊スキルで、諸刃の剣と呼ばれる大剣士特有の高威力攻撃を可能とする。
手にしている剣が中型のバスタードソードであったため気付かなかったが、彼は剣士よりも大きな剣を操る大剣士であったようだ。
魔法攻撃力と速度が低い代わりに絶大な攻撃力を持つ大剣士。その攻撃力が獅子奮迅でさらに強化されたのだ。……次の攻撃は、避けなければ一撃で戦闘不能にされかねない。
「逃がさねえぜ! 怒れる大地よ、地を裂き愚者を貫け! グレイヴダッシャー!」
右側にいた青年が杖を振るうと、ボクの後ろに土でできた槍が何本も連なって召喚された。彼は地属性の魔法を得意とする木霊術士だったようだ。
『グレイヴ・ダッシャー』は木霊術士が使用できる地属性魔法の1つ。自身の前方に連なった土の槍を召喚する、代表的な高威力魔法だ。短時間であるもののその場に残る土の槍は、魔法で作られているため壊せない。
ダメージ源となる魔法をこんな使い方で使ってくるなんて……くっ、退路を完全に塞がれてしまった。
「喰らえや! 神をも屠る一撃! 覇王滅神衝ォォォォッッ!!」
軽く跳躍した青年が、逃げ場のないボクめがけて全力で剣を振り下ろす。
大剣士のスキル『覇王滅神衝』だ。剣士の『飛翔閃』にも似ているがその威力は桁違いで、着地時には前方の地面さえも叩き割るほど。まさに大剣士の必殺技といえるスキルだ。
こんな攻撃を受けてしまえば、戦闘不能は免れない。どうする、どうする……!
いや、答えは決まっている。
防ぐことも避けることもできないなら、『受け流して』しまえばいい!
「やあああああああ!!」
2本の剣を手元で回し、振り下ろされた青年の剣の腹を全力で叩いた。しかし当然、この程度で大剣士の剣は止まらない。
だからボクは、続けて片足を大きく後ろへと下げた。さらに腰を捻り、青年の剣と身体を平行にして……振り下ろされる剣と同じ方向に、2本の剣を振り下ろす!
ボクの胸の前すれすれを通り過ぎていった剣は、止まることもできずそのまま地面へと激突する。続けて衝撃波がやってくるが、ボクはさらにステップし青年の後ろへと回り込んでこれを避けた。
「はぁっ!?」
全力の攻撃を切り抜けられ呆然とする青年。その無防備な背に、ボクは逆手に戻した剣を突き刺した。
「ぐぁっ……!」
見る見るうちに減っていく青年のHP。それもすぐに尽き、青年は光となって消滅した。
「な、何したんだよお前! 訳分かんねえよ!」
さらに術を唱えようとする木霊術士に駆け寄り、杖もろともその身体を切り裂く。HPの低い木霊術士はその一撃であっという間に戦闘不能になった。
残るは唖然とした表情のまま固まる元議員の青年のみ。しかし強固そうなあの甲冑を攻略しなければ、まともにダメージも与えられなさそうだ。
「カナタ!」
「カナカナ!」
「カナタさん!」
その時ちょうど、別の相手と戦っていた3人が集まった。この様子だと無事に戦闘を終えられたらしい。
「あとはあの人だけね……!」
「待って、アルナ」
槍を構えるアルナを制止し、ボクは一歩前に出た。
「残ってるのはあなただけだよ、おじさん。どうするの?まだやるつもり?」
言外に降伏を促しながら青年に近づくボク。それを見てようやく立ち直ったらしい青年が、背に挿した太刀を引き抜き後ずさった。
「……当たり前だ! 俺が何のために、あれだけの人数を集めてお前らを狙ったか……っ!」
血走った眼をこちらに向ける青年は、いつ襲い掛かってきてもおかしくないほどの殺気を放っていた。まるでHPが減って暴走したあの時のグランドベアの様に、荒い鼻息を立てボクを睨み付けてくる。
「おとなしく退いてくれる気は……ないんだね」
「当たり前だと……何回言えばわかるぅぅぅぅぅぅぁぁぁあああああーーーっっ!!」
ボクがさらに一歩進んだところで、ついに青年が太刀を振り上げ突進してきた。雄叫びをあげて、一心不乱にこちらへと向かってくる。
単調な攻撃であるため避けるのは容易いが、後ろにはアルナたちがいる。怯える彼女たちに野獣と化した彼を向かわせるわけにはいかないな。
「そっか。残念だよ、おじさん」
動こうともしないボクめがけて、青年の太刀が振り下ろされた。全力の太刀は躊躇いもなく、ボクへと吸い込まれる。
「がぁっ、あぁ……!?」
しかしその直前、ボクは青年の眉間に剣を突き立てていた。
「もう、ボクたちに関わらないで」
剣が刺さったまま仰向けに倒れる青年。その背が地につく直前、剣を残して青年の身体は消え去った。
「……終わったよ、みんな」
「カナタ……」
「ごめん、嫌なところ見せちゃったね」
「私は……大丈夫よ。それよりも……私たちこそごめんなさい。カナタにばっかり嫌なことを押し付けちゃってる」
「あれは……彼が攻撃してきたときから、誰かがやらなきゃいけなくなったことだよ。今回はたまたまボクがやったってだけ。だからアルナたちは気にしないで」
「でも、私は……」
お互いに何も言い返せず、押し黙るボクとアルナ。その2人の肩をクロが強く抱いた。
「あーもう! 辛気臭いのはナシ! あんなPKもどきを倒したくらいで、後悔したってしょうがないじゃん! 落ち込むのはダンジョンに行って、ボスに負けちゃったときだけで十分だよ!」
「……そうね、クロの言うとおりかも。仕掛けてきたのは彼らなんだから、私たちが罪悪感を感じたってどうしようもないわ」
顔を上げるアルナ。その目にもう迷いはなかった。しかしその代わりに、彼女の目には闘志の炎が燃え上がっているようだった。
「ところで、どうして私たちが負けること前提で話をしたのかしら?」
「え? そ、それは……」
「冗談じゃないわよ! 絶対に勝ってやるわ! さっきの戦いとは比べ物にならないくらい圧勝してあげるんだから! さぁ、行くわよみんな!」
「ぐぇっ!? ちょっ、アルナン! 首引っ張らないでぇ~!」
「……くすっ」
「あははっ」
クロの服の襟を掴みズンズンと歩いていくアルナを見て、美咲とボクはたまらず吹き出してしまっていた。
「何がおかしいのよ!」
「だって、あんなに落ち込んでたアルナがいきなり元気になるから……!」
「アルナンってばチョー負けず嫌いだから、負けって言葉が一番嫌いなんだよね~。だからアルナンを煽るならってちょっとアルナン首っ! やめてっ! キマッてる! キマッてるから!」
「あんたはちょっと黙ってなさい!」
襟を掴んでいた手を離しクロにヘッドロックをかけるアルナ。さらに拳をクロの頭にグリグリと押し付けている。もう、心配はいらなさそうだ。
「そういえば、美咲は大丈夫だったの? 人と戦うなんて相当怖いことだったと思うけど……」
「大丈夫ですよ。人死にには慣れてますから」
「えぇ!?」
「ほら、探偵モノのラノベやマンガって人がよく死ぬじゃないですか。その殺害方法と比べれば、ゲームでの人死になんて全然平気ですっ」
「そ、そうなんだ……」
美咲の独特な感性を垣間見た気がした。と同時に、彼女がアルナたちと一緒にいられる理由も理解できた気がする。
「カナタ! 美咲! なにボサッとしてるのよ! 早く行くわよ!」
「あっ、待ってってばー!」
「置いてかないでください~!」
生気の抜けかけたクロを引きずって、アルナがダンジョンへと歩いていく。その背を追ってボクと美咲も駆け出した。




