新たな剣を手に
翌朝。揃って目を覚ましたボクたちは、朝食を食べてすぐ昨日の武器商店へとやってきていた。
店は開店したばかりらしく昨日のような製鉄の音は聞こえないが、店員NPCはしっかりとカウンターの前に立っていた。
「いらっしゃいませ」
「依頼した武器の製造、終わってるかしら?」
店員のもとに歩いていったアルナは早速、昨日買ったアバターを着用していた。
白とピンクを基調とした薄手のジャケットと黒いショートパンツ。活発な印象のある彼女によく似合っている服装だ。ボクもこんな服の方がよかった。
「はい、終了しております。お持ちいたしますのでそちらで少々お待ちください」
そう言って店員は店の奥へと入っていった。
ボクたちは店員が戻ってくるまでの間、促された店の隅のベンチに腰を下ろす。ベンチの周りは少し開けていて、武器の素振りなどができるようになっているようだ。
「どんな武器が出来てるかしらねぇ」
「かっこいーのだといいねー」
アルナの呟きに応えたクロも新たに購入したアバターを着ている。
袖が和服のように大きく開いた緋袴だ。動きやすくするためか袴部分は膝上でバッサリと切られているため、一種のコスプレのようにも見える。あまり似合ってはいないものの、肩にはボクが渡しておいた霊樹のマントもかけていた。
「楽しそうですね、みなさん」
ベンチの隅に小さく腰掛けた美咲は、金糸の刺繍が施された藍色のローブを着ていた。
白魔導師という美咲の職によく合っている服装で、一見すると修道女のようだ。彼女の黒髪も合わさり、和洋入り混じった美しさを感じさせる。
「新しいものを手に入れる前にわくわくしちゃうのは当然でしょ?」
「アルナンはちょっとワクテカしすぎだよ~」
「べ、別にいいじゃない!」
「照れてるアルナさんもかわいいですっ」
「バカ! 美咲も変なこと言わないの!」
「……ふふっ」
微笑ましい3人のやり取りを見ていると、自然と笑みがこぼれた。
初日の宿で聞いた話だと3人は幼馴染らしいから、ずっとこんな関係を続けてきているんだろう。ゲームばかりしていたせいで友達が少ないボクにとっては、ちょっとうらやましい関係だ。
「お待たせいたしました。こちらが依頼されていた製品です」
そうしてアルナたちの話を聞いていると、ほどなくして店員が台車を押してやってきた。台車の上には3つの木箱が置かれている。この中に武器が入っているのだろう。
「どうぞ、お持ちください」
一礼すると、店員は再びカウンターへと戻っていった。
あとに残されたのは3つの木箱。それぞれの表面には依頼した人物の名前が書かれた領収書が貼られている。ボクたちはその名前を確認し、自分にあてがわれた木箱を開けた。
「これが、ボクの新しい武器……」
グランドブレード。それがこの剣の銘のようだ。刀身は鋼鉄と獣王の牙を魔法で合成した特殊金属でできているらしく、一般の鉄剣と違い白っぽい。一見脆そうに見えるが強度は鉄をはるかに上回り、切れ味も相当増しているらしい。
木箱の中にはこのグランドブレードが2振り入っていた。この武器でしばらくは戦えそうだ。
「ふっ!」
木箱から武器を取り出したアルナは早速その場で素振りを行っていた。手にしている槍は、木製の柄にグランドブレードと同じ特殊金属の槍頭を取り付けただけのシンプルなものだ。しかしグランドブレード同様、大幅な強化が施されているのだろう。
「へぇ……重さは初期装備のアイアンランスと大差ないわね。問題は攻撃力だけど、それはダンジョンへ行ってみないと確かめられないし……」
素振りをやめたアルナはその場で真剣な面持ちになり、小さく呟き始めた。考え事をしているようだし、少しそっとしておこう。
「か、かっちょいー!」
一方のクロは木箱から取り出した弓を頭上に掲げ、瞳を輝かせている。
釣られて彼女が掲げた弓を見てみると、確かにそれはなかなかのかっこよさだった。牙を合成しているため各部が白く輝いているし、握りの周りには手元を保護するために牙の形をしたガードが取り付けられている。弦も高級なものが使われているようだ。
「ねぇねぇ! あたしこの武器で早く戦いたい! ダンジョン行こーよー!」
「そうね。私も試し斬りしたいし」
「私もみんなが新しい服で戦ってる姿が見たいです! 早く行きましょう!」
「そうなると準備をしなきゃだね。ポーションはグランドベアとの戦いでかなり減っちゃってるし」
「新しいスキルの指導書も欲しいわね」
「魔道書もいくつか欲しいです」
「だったら一度解散しよっか。準備ができたらもう一回どこかに集まろ!」
「そうしましょうか。場所は……町中央の転移水晶前でどうかしら?」
「分かりました。急いで買ってきますね!」
落ち合う場所を決めると、すぐに3人とも武器商店を出て行った。
「さて、ボクはどうするかな」
まずはポーションを買い足すために道具屋に行かないと。そのあとは指導書を買うためにスキルショップへ行こうか。
グランドブレードをインベントリに収納して、ボクも商店を後にした。
朝にもかかわらず人の多い大通りを進み水晶の前に行くと、すでに3人とも集まっていた。
アルナと美咲は、どこかで買ってきたらしいメガネをかけて指導書や魔道書を読んでいる。クロはメニューを開きアイテムの整理をしているようだ。
「あっ、来た来た。もう、遅いわよカナタ」
ボクに気付いたアルナが指導書を閉じて手招きする。
「ごめん、ちょっと何を買うか悩んじゃってて。ところで、そのメガネは?」
「ああこれ?これをかけて指導書を読むとスキルの上達率が上がるんだって。本当かどうかは分からないけど、かなり安かったから買ってきたの」
「へぇ。便利そうなアイテムだね」
スキルの熟練度などが設定されているゲームの場合、その熟練度が上昇しやすくなるアイテムが出現することも稀にある。VRでそれができるのかは定かではないが、このメガネもそれと同様の性質をもつらしい。
「カナタも買ってくる? 少しくらいなら待つわよ?」
「いや、いいよ。ボクはあまりそういうアイテムには頼りたくないから」
「そう? それなら早速行きましょうか。みんな、準備はできてる?」
「うん」
「バッチリです」
「ん? おー、できてるできてる」
メニューを閉じないクロを残して、ボクたちは町の外へと歩き始めた。
「……あっ! ちょっと待って! あたしを置いてかないでよぉ!」
「あんたがテキトーな返事をするからでしょうが」
「だってどの矢を使うか迷っちゃってぇ……って言ってるそばから置いてくなぁ!」
この人混みの中でこれ以上離れるとはぐれかねないので、仕方なくボクたちは立ち止まりクロを待つ。
「もう、ひどいよみんなぁ……」
がっくりと肩を落とすクロと合流して、ボクたちは今度こそ4人揃って歩き出した。それから数分歩いたところで、町の外に通じる門の前に辿り着く。
この先はフィールドだ。さらに進めば次のダンジョンも見えてくる。まるで初めてダンジョンに行ったときのような期待感が、その時ボクの胸に湧き上がってきた。
「次はどんなダンジョンなのかしらね。楽しみだわ」
「私はあまりゲームはしないので、そういうセオリーは分からないです……」
「セオリーかぁ。最初が森だったから……遺跡とか? 洞窟なんかもアリかもね。あたしの知ってるゲームだと基地とか戦場がよくあるけど、このゲームじゃそういうのは期待できなさそうだし」
「よく知ってますねぇ、クロさん」
「ゲーマー舐めちゃあいかんぜよ!」
「ほらほら。予想するのもいいけど、実際に行って見る方がもっと楽しいんじゃない?」
「そだね。予想が覆されるのもゲームの楽しみだもん!」
「ワクワクしますね。はやく行きましょう!」
嬉々として歩き出すアルナたち。その後ろを歩くボクはふと、何とも言えない不安を感じた。
「……みんな待って。装備はちゃんと付けてる?」
「装備?ええ、もちろん。リングもこの通りよ」
「だったらいいんだけど……」
FLOではアバターと防具が重なってしまうことを防ぐため、全ての防具が指輪の形状になっている。この指輪を指にはめることにより、防御力がステータスに反映されるのだ。
さらにリングは最大2つまで装備する事ができ、その組み合わせによってさらなる付加効果が生まれたりもする。唯一の問題は、付加される防御力が上がれば上がるほど大きく、派手な指輪になってしまうことだろうか。
そんな意味のない確認をしても、ボクの不安は消えそうになかった。ダンジョンへ行けば少しは解消されるだろうか。
「突然どうしたの、カナタ?」
「気にしないで、ちょっと確認しただけだよ」
「何でもないならいいじゃん。早く行こーよ。もうあたし待ちきれない~」
何事もなかったかのように、再び歩き出す3人。消えない不安を胸に抱きつつボクもその背を追った。
しかしその直後、ボクの不安は現実のものとなる。
「!」
後ろにいるボクだからこそ、気付いた。町とフィールドの境である門の裏に、何かが隠れていることに。
フィールドには低レベルであるもののモンスターが出現するし、それを狩ることだって当然できる。いわば簡易的なダンジョンだ。通常はスキルの練習などに使われるそこは、当然戦闘行為も可能。そのことから察するに、門の裏にいるのは……!
「危ない!」
叫ぶと同時に、ボクはアルナたちを追い抜いて前に出た。そして門を越えてすぐ、腰の剣を抜いて左右を切り払う。
「チッ!」
「しくじったか!」
ガキンッ!武器と武器が交差する音が、左右から発せられた。その先では武器を構えた青年2人が、ボクの剣と切り結んでいる。
「くぅ!」
ボクが感じていた不安はこれだったんだ。
おそらく彼らはボクたちが得たボスドロップアイテムを狙ったPK。彼らが現れることをボクは直感で感じ取っていたようだ。
ダンジョンボスは倒された後も、一定時間が経てば復活する。しかしアイテムを狙うだけなら、ボスを討伐するよりも『ボスを討伐した人物』を倒す方が手っ取り早い。PKを行うと相手の所持品のいくつかを奪えるからだ。奪えるアイテムはランダムであるため確実性はないが、ボスを討伐するより楽ではある。
ボクたちがグランドベアを倒した時から、いつか来るとはなんとなく思っていた。まさか、こんなに早いだなんて……。
ボスを討伐したプレイヤーの名前は公表されないので、どこかから情報が漏れたと考えるべきだろう。でもあの場にいたのはボクたちのパーティとファルたちのパーティだけだ。ボクたちの誰かが公開する理由もないから、考えられるのはファルたちのパーティの誰かしかいない。
……いや、一時とはいえ仲間だった彼らを疑うのはやめよう。どうせいつかは露見することだったんだから。
「カナタ!」
「カナカナに何してんのさおっさんどもぉ!」
「うおっと!」
「へっ、危ねえ危ねえ!」
ボクの後ろからアルナとクロが青年に攻撃を仕掛けた。しかしそれよりも先に青年2人は後ろにステップし、ボクたちと距離をとっている。
「ありがとう、カナタ。私たちを庇ってくれたのね」
「ボクは大丈夫。それより、彼らを……!」
背中合わせに4人が集まり、左右の青年2人と対峙する。
右の青年が所持しているのはロレンスが持っていたものに似た斧。上半身だけを覆う鎧を装着している。職業は戦士だろう。
左にいる青年は短剣を所持し、顔の下半分を黒い布で隠している。服装は鎖かたびらの上に黒い上着を着た動きやすそうなものだ。職業は盗賊か、忍者といったところか。
回復職はいない。これなら、なんとか……!
「待ってください! 後ろにも!」
声を上げた美咲の方に振り向くと、町の中からも数人の青年が現れた。それぞれ武器を装備し、顔を布で覆い隠している。青年たちの仲間とみて間違いないだろう。
彼らによって門は塞がれてしまった。町の中は戦闘行為禁止区域のため安全だが、戻ることは不可能そうだ。
「前からもよ……」
視線を戻すと、門の影からも数人の青年が姿を現した。彼らはボクたちの前で一列に並び、前方の道を塞いでしまう。
総勢16人。ボクたちは完全に囲まれてしまった。
「よぉ、お前たちだよな。迷いの森のボスを討伐したってぇのは」
前方を塞ぐ集団の中から、リーダー格らしき人物が前に出てきた。40代後半から50代と思われる大柄な青年だ。大きな甲冑を身にまとい、背中には身の丈ほどもある太刀を背負っている。
その青年の顔を見て、アルナが苦い顔をした。
「あの人、最近不正が発覚して辞職した元議員よ。テレビで報道されてたから間違いないわ」
「ボクにも、見覚えがある……」
そんな人物までFLOのベータテストに参加していたのか。名誉挽回のためか単なる趣味なのかは定かではないが、こんなことを仕掛けてきた以上まともな考えでここにいるとは思えない。
「おい、答えろよ。お前らがあのバカデケェ熊を倒したんだよなぁ?」
「だったら、何?」
元議員の青年を睨み付けながら、アルナが怒気混じりに応える。
「おとなしく、お前らが手に入れたドロップをここに置いてきな。有り金も全部だ。そうすりゃ、命だけは助けてやるよ」
いかにも悪役といった台詞を述べた青年が、右手を太刀にかけた。断れば斬るという脅しだろう。
いや、この青年の表情から察するに……おそらく、ボクたちが素直にお金を差し出しても殺すつもりだ。それなら、こんな取引に応じる必要もない。もとより応じるつもりもないけれど。
「嫌だと言ったら?」
「この状況下で断れると思うか?」
部下らしき青年たちが武器に手をかけた。ボクたちが断った瞬間、すぐにでも襲い掛かってくるだろう。
でもボクたちはあのグランドベアを倒したんだ。その程度で、恐れたりしない!
「もちろん断るわよ。そんな一方的な命令に、素直に従うわけないじゃない!」
「それにボスドロはもう使っちゃったもんね! 今更出てきたって遅いよーだっ!」
「あ、アイテムが欲しいなら、あなたたちもあのクマさんを倒せばいいんです!」
「生意気なガキどもだな! もういい! テメェら、こいつらをブチ殺せ!」
「その前に1つ聞かせてもらうぜ。本当にこいつらを殺したら金をくれるんだろうな?」
「そんなもん、ゲームクリアの賞金でいくらでもくれてやる! いいから早く、俺にレアアイテムを持ってこい!」
「アイアイサっと!」
青年たちが武器を構え、襲い掛かってくる。
「……行くよみんな。彼らを倒して、この場を切り抜ける!」
「任せて!」
「とっておきをお見舞いしちゃうんだからねー!」
「こんな人たちになんて、絶対に負けられません!」
剣を構え直し、ボクは目の前の剣士と対峙した。
1/4:防具に関する説明を変更しました。




