次の戦いに備えよう
迷いの森を抜けたボクたちは、『フィールド』と呼ばれるタウンとダンジョンの間にある平原を超えて、次の町『商業都市セリス』へとやってきていた。
商業都市の名の通りこの町は貿易の中心地らしく、町のあちこちで様々な店舗が軒を連ねている。中には大きな武器商店やアバターショップもあり、町を眺めているだけでも楽しめそうだった。
「まずは戦利品の確認をしましょうか」
アルナの提案でボクたちは手近な酒場に入り、奥のテーブルに2人ずつ向かい合って座る。それから各々メニューを開き、今回の戦いで手に入れた戦利品の確認を始めた。
FLOのボスドロップは、ボスを倒したパーティのメンバー全員が入手できる『基本ボスドロップアイテム』と、最もダメージを与えた者が入手できる『MVPドロップアイテム』の2種類がある。レアリティは言わずもがなMVPドロップの方が高く、装備品であれば性能もかなり優秀だ。
インベントリを確認してみると、見慣れないアイテムを複数入手していた。どうやら今回MVPを獲得したのはボクみたいだ。
1つ目は『獣王の牙』。強力な装備を製造することができる素材アイテムだ。これは基本ボスドロップアイテムだろう。
2つ目はMVPドロップである『霊樹のマント』。迷いの森にそびえる元老樹の繊維を用いて編まれたらしい、緑黄色のシンプルなマントだ。防具の上に装備できるアクセサリーで、身に付ければ獣型モンスターの攻撃を一定確率で回避する能力が付加される。しかし装備できる職業が限られており、弓術士や木霊術士といった後衛職しか扱うことができないようだ。せっかくだし、あとでクロに渡しておこう。
その他通常の素材アイテムが数個と多額の資金。今回のドロップはこれですべてだ。
「なかなかの成果ね。特にこの牙、いい装備が作れそうだわ」
「お? だったら早速作りに行く?」
「そうね……みんなもそれでいい?」
「もちろん」
素材から装備を製造するのには時間がかかる。出来るだけ早く次のダンジョンに進めるよう、製造も急いだ方がいいだろう。
「あっ、それなら私は今日の宿をとりに行きますね。この素材では杖は作れなさそうなので……」
「そう? だったらよろしく頼むわね、美咲」
「はい! 予約を済ませたらすぐに合流しますね」
そう言って、美咲は先に酒場を出て行った。
素材によって作れる装備の系統も違ってくる。物理攻撃武器なら牙や爪、金属を。魔法攻撃武器なら木や石を使わなければ製造できないのだ。この牙では剣や槍を作れても、杖の製造はできないだろう。美咲はそれを知っていて、無駄足を避けようとしたようだ。
「私たちも行きましょうか」
美咲が出て行ったのを確認したボクたちも、武器商店へと向かうため酒場の外に出た。
「うわっ……!」
その直後、町に溢れる人の数に圧倒された。
迷いの森が攻略されたことで、イリールにいたプレイヤーたちがこの町に移動してきたのだろう。誰かが立ち入った町ならば転移水晶で瞬間移動できるため、これほどの人数がわずかな時間で町に来られたのもうなずける。
さらに商業都市というのもあってか、店舗の多いメインストリートにプレイヤーたちの大半が集まっているようだ。
「商店まで辿り着けるのかなぁ……」
「が、頑張るしかなさそうね……」
人の波に飛び込んだボクたちは、何度もはぐれそうになりながら混雑する道を歩く。
そうして10分ほど人波を掻き分けたところで、ようやく武器商店に辿り着いた。
武器商店では装備を購入するだけでなく、集めた素材を用いてNPCに装備を製造してもらうこともできる。職業『鍛冶師』のプレイヤーなら商店の一角に間借りして、NPCと同じように製造の仕事をすることも可能だ。
町一番と評判らしいこの商店は、3階建てで横幅は民家3軒分ほど。奥行きもかなりあり外装も豪華なため、一見するとどこかの宮殿のようだ。
開け放たれた門をくぐり中に入ると、早くもカンッカンッという金属を打つ音が聞こえてきた。しかし1階に鍛冶師たちの姿はない。あるのは整然と並べられた武器や防具の数々と、にこやかな笑みを浮かべる店員NPCが立つ簡素なカウンターだけだ。鍛冶師たちがいるのは2階にある工房であるため、この音もそこから聞こえてきているのだろう。
「いらっしゃいませ。ご用件をお伺いします」
「装備の製造を依頼するわ」
「かしこまりました。では、こちらから職人をお選びください」
アルナが店員NPCに依頼すると、一枚のプレートを手渡された。鍛冶師NPCの名簿のようで、名前と鍛冶師レベルがびっしり書き込まれている。
NPCでは作る鍛冶師によって装備の質も、製造する際の金額も変わってくる。一般的にはレベルが高い鍛冶師ほどいい装備を作ってくれるが、その分費用も高い。
今のボクたちはそれほど資金に余裕があるわけじゃないため、無難に低レベルの鍛冶師を選ぶのが得策だろう。
「ボクはこの人で」
「なら私はこっちに」
「んじゃあたしはこの人で!」
クロが指差したのは名簿の一番下に書かれている名前。鍛冶師レベルはもっとも高いが、費用も手持ちの資金がすべてなくなってしまうほどの高額だ。
「いいの? その人に頼んだらお金全部なくなっちゃうよ?」
「ダイジョブダイジョブ。どうせ狩ってればお金は貯まるしね。あ、おにーさん。こっちの矢もちょーだい」
お金の使い方は人それぞれなのだから、ボクがこれ以上口を挟む必要もないだろう。とはいえ所持金も考えず大量の矢を購入しているクロを見ると、若干その将来が心配にはなるけれど。
「毎度ありがとうございます。製造には1日ほどかかりますので、明日の午後にもう一度いらっしゃってください」
店員に見送られ外に出ると、玄関の石柱にもたれかかる美咲を見つけた。
「あ、みなさん! 製造のほうはどうでした?」
ボクたちを見つけた美咲が小走りで近寄ってくる。
「依頼はできたわよ。出来上がるのは明日だから、またここに来なきゃならないけどね」
「ということは、このあとは時間あるってことですよね?」
「そうだけど、どうして?」
「ここに来る途中、すごくいいアバターショップを見つけたんです!可愛いお洋服なんかもいっぱいあって……できれば皆さんで見に行きたいなぁって!」
珍しく語調を強める美咲。どうしても行きたいようで、じっとアルナの顔を覗き込み伺いを立てている。
「もちろんいいわよ。そろそろオシャレもしたいしね」
「ボクも構わないよ」
「異議なーし」
「わぁっ! ありがとうございますぅ!」
「お礼なんかいいから。早く行きましょ!」
深々と頭を下げる美咲の肩を叩き苦笑するアルナ。彼女もアバターショップが楽しみらしく上機嫌だ。
せっかくだからボクも何着か買っておいた方がいいだろう。戦闘には差し支えないけれど、着替えはあった方がいろんな意味で便利だ。
「あっ、待ってよー!」
待ちきれないのか早足で歩いていく3人をボクは駆け足で追った。
美咲に案内されてやってきたのは、メインストリートの中心にあった大きなアバターショップだった。
真っ白な壁が特徴的な建物で、入口の上にデカデカとこの店のロゴが貼り付けられている。店頭のショーケースには数体のマネキンが並び、そのすべてに色鮮やかなアバターが完璧なコーディネートで着せられていた。
しかし、それらのアバターはすべて女性もの。女性専用アバターを取り扱うショップなのだから当然だ。
「おー! かわいーアバたっくさん!」
「ちょっと値は張りそうだけど……うん、いいアバターが買えそうね」
「私もう待ちきれないです! 早く入りましょう!」
駆け込んでいくクロとともに、アルナと美咲も店内へと入っていく。
「…………」
「あれ、カナタどうしたの? 早く入りましょ」
「う、うん……」
予想していたとはいえ、いざ女性だけの空間に足を踏み入れるとなると妙な背徳感がある。でもここに突っ立っているのもほかの人の邪魔になるし、何よりアルナたちに悪いため、入らないわけにはいかない。
小さく身構えたボクは、下手をすればベアと戦ったとき以上にもなる緊張感を纏って店内へと足を踏み入れた。
「……っ」
途端目につく、色とりどりの女性用アバター。オーソドックスな洋服から普段着としてはあり得ない特殊な衣装まで、あらゆるジャンルが揃えられている。
中でも目を引いたのは、店の中央に堂々と飾られた純白のドレス。俗に言うウェディングドレスだ。女性の憧れとはいえ、あんなもの誰が着るのだろうか。
「カナター! こっちこっちー!」
手を振るアルナに呼ばれ、店の隅へと向かった。そこは更衣室のようで、カーテンで塞がれた個室がいくつも連なっている。アルナはその内の1つの前で大量の服を抱えていた。
「あとの2人は?」
「すぐ戻ってくるはずよ……あ、きたきた」
ボクが尋ねた直後、クロと美咲も更衣室前へとやってきた。2人ともアルナと同じく大量の衣服を持ってきている。
「見て見てアルナン! かわいい服いっぱい見つけてきたよ!」
「うん、ありがとクロ。こっちの準備もバッチリできてるわ」
「準備って?」
首をかしげたボクを3人が取り囲んだ。その目は怪しげな光を宿していて……ボクはなぜだか、身の危険を感じた。
「カナタって、オシャレとか興味なさげよねー」
「そーそー。ここに入る時もあんまり乗り気じゃないっぽかったしぃー」
「せっかくかわいいんですから、それはもったいないですよねー」
じりじりとにじり寄ってくる3人。瞳の光もどんどん輝きを増して、まるで飢えた獣のようだ。こういったかわいいものが好きらしい美咲に至っては大量のヨダレもこぼしてしまっている。
「も、もしかして、その服って……」
「あい! かわいいカナカナのために、かわいい服いっぱい集めてまいりやした!」
「オシャレに無頓着そうなカナタの服装を、私たちがコーディネートしちゃおうと思ってね」
「い、いやボク、そういうのは……!」
「逃がしませんよ~カナタさん。うふふ……さいっこうにかわいくして差し上げますからねぇ~……」
「ひっ……」
ドンッ。後ずさりしていたボクは、いつの間にか壁際まで追い詰められてしまっていた。
ここがダンジョンなら亜流双剣士の歩行術で抜け出すこともできただろうが、あいにくここはタウン。つまり戦闘行為不可エリアだ。当然スキルなんて使えるわけもなく、身体能力も現実のものと同程度になってしまっている。
「観念しなさい、カナタ!」
「おとなしくかわいくなってあたしたちを萌え死にさせてみろー!」
「カナタさんをかわいく、カナタさんをかわいく……うふふふふふふふふふふふふ」
「ちょっ、や、やだっ、ボクはっ、あっ、き、きゃあああああああああ――――っ!!」
必死の抵抗も虚しく捕まったボクは、その後延々と、嬉々として服を選ぶ彼女たちに遊ばれるのだった。




