寺 つづき
俺達はろくに言葉も交わさずそこにとどまっていた。母親も姉も、坊さんの微妙な変化には気づいていたようだ。
その場所は応接室のようになっていたんだが、かなりの広さを身に感じる部屋だった。天井が高かったということが大きな理由だったと思う。玄関からじかに続いている部屋のため、ふすまや壁の仕切りがなく、そのまま廊下へとつながっている。かなり開放感があった。
だが、このとき俺はすごく感覚的にではあるが、思ったんだ。この寺は何か違うのかもしれないと。普通の寺じゃない。さっきの坊さんなんか、変な言い方になるが、今を生きている人間とは少し異なるような気がした。
しばらくそうやって待っていたところ、さっきの坊さんが再び戻ってきた。そして、その背後にはもう一人の人物がいた。
それは老齢といっていい年頃の男だった。頭の上がきれいに剃られており、こちらもやはり坊さんと思われた。こっちに近づいてくるにつれ、次第にその姿の全体像がはっきりと見えてきたんだ。それは、まるっきりの爺さまだった。
真っ白な口ひげと同じく真っ白な長い顎ひげが一つにつながっていて、顔の下三分の一ほど、そして口と顎、首までもがすっかりと白い髭で覆いつくされていた。
若い坊さんのほうは、見てすぐに僧侶とわかる、作務衣らしき服を着ていたんだが、この爺さんは僧侶らしい衣装は身につけておらず、袈裟なんかももちろん身にまとっていない。ただ着流しのような和服を着ていたんだ。
二人は俺達のそばまで進んできた。そしてそれまで後ろにまわっていた爺さまが一歩前に進み出た。
「いやいや、お待たせしましたな」
老齢のわりに、やけに姿勢の良い坊さんだった。僧侶というよりも、何か武道の指導者のような感じだった。
「私は憧寂と申す者で、この寺を住持しております」
目の前の老僧が深々とこうべをたれたもんだから、俺達もかしこまって頭を下げた。
憧寂和尚。憧寂と書き、どうじゃくと読むらしい。その漢字については後で知ったことだ。だが、それにしても妙に背筋が伸びている。細身の体躯で、鉛筆のように真っ直ぐだった。左右の均せいが体にとれており、微塵も傾いていない。となりの若い坊さんもそうなんだが、この寺は姿勢をただす訓練でもしているのだろうかと思った。
「突然のことで申し訳ないんですけど、どうかよろしくお願いいたします」
もう一度頭を下げて、母親がそう懇願の辞を述べた。
和尚は目元の引き締まった厳しい表情をしていたんだが、それとは対象的に、柔らかい口調でこちらに問いかけてきた。
「さっそくなんじゃが、かたちは見られましたかな?」
「え……?」
母はあきらかに虚をつかれていた。
「誰も見ておらんのですな?」
「あの、なんのことでしょうか?」
「いやいや、見られていないのならば、それでけっこう。まだまだということで、なんとかなるはずじゃ。いや、なんとかせねばならぬ」
ちらと和尚はとなりに立つ若い坊さんの秀麗な顔に目線を向ける。すると若い坊さんは黙ってうなずいた。
「あ、あのぅ……」
母親は当惑気味ながらも、もちろん問おうとした。俺と姉もさっぱり意味がわからない。
「なに、これには原因がありましてな」
「何かお心当たりがおありということでしょうか?」
「さよう。これで四件めだったか?」
「五件めです」
と若い坊さんが答えた。
「なに、これにはいわくがありましてな。話は少しばかり長くなる。だが後ほど、きちっとご説明申し上げるのでな。ご心配なきよう。それより今は一刻を争う事態。すぐに、儀を執り行うといたしましょう」
「よろしく……お願いします」
それが精一杯という感じで母は返事をした。
ひと通りのやり取りを終えると、和尚はソファーに横になっているケイトのそばへと歩み寄っていった。そして何事かをつぶやき、若い坊さんを振り返り、小声で何か耳打ちをしていた。
そして俺達に向かい、一段と険しい表情を見せた。
「油断ならぬ状態じゃ。とにかくこのまま見過ごしたらこの娘さんがどうなるかわからない。手に負えるかどうかはやってみなければわからぬが……いやいや、ご心配には及びませぬ。なんとかいたしましょうぞ」
その言葉の意味はまだ子供の俺には理解しがたいものだったが、緊張感はいやがおうにも高まった。