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おだやかなもの  作者:
4/8

異変

 

 姉の部屋は窓の右側にベッドがあるんだが、そのベッドの上で横に寝かされたケイトが、凄まじい形相をして手足をばたばたと動かしていたんだ。それを姉貴が、必死になって抑えつけている。

 ケイトだけではなく、姉貴までもが半狂乱になっていた。なんで姉貴まで? と思ったが、その理由はすぐにわかった。

 ケイトの身体は、まるでこめつきバッタか、もしくは跳躍しする狐みたいに、ぴょんぴょんベッドの上で激しく弾んでいたんだ。

とても人間の動作とは思えなかった。そして跳ね上がったケイトの身体が、ベッドの上でねじくれながら、くるっと一回転した。と思ったとたんに、さらに跳ね上がり、姉の頭を越え、どさっと床に落ちる。その一連の動きを見て、俺はちびりそうになっていた。どう考えても普通ではない動きで、これは夢なんじゃないかと思った。

 思わず俺は自分の頬っぺたをつねったんだ。

 そしたら、全然痛くない。それなのに、あれ、おかしいな? と思ってしまった。痛くないんだから、これは夢だってことになるんだろうけど、夢にしてはちょっとリアルすぎなんじゃないかって。

 だから、今度は自分の頬を手の平でひっぱたいてみたんだ。

 痛てっ! と、なぜか知らないが喜んでしまった。夢であったほうが良いはずなのに。

 頬っぺたをつねって痛くなければ夢だってのは、とんだ嘘っぱちだと思ったよ。

 そうしている間に、床にうずくまって足を抱え込んでいたケイトが、びくんと身体を震わせた。そしてしゃかしゃかと動きだす。やけに機敏だった。なんと両手と両足をフル使用して、ベッドと反対側の壁をよじ昇ろうとしていた。

 それが、まさに昆虫みたいな動きで、とてつもなく不気味だった。本当に壁を這い上がってたんだ。

 信じられないものを見てしまった姉貴は、凄まじい悲鳴を上げる。

 俺は、自分にできることがなんなのかはわからなかったが、とりあえずどうにかしなければと思い、あわててケイトに駆け寄った。

 ベッドにもたれていた姉貴もケイトに駆け寄ろうとしているのが横目に入る。

 その時だった。

 俺のすぐわきを、一陣の風のようにして黒い影が追い越した。

 なんだ? と思ったら、母親が天井に向かって壁を這っているケイトの身体にしがみついていた。ケイトを壁から引きはがそうとしていたんだ。黒い影の正体は母親だった。

 これは後でわかったことなんだが、姉に呼ばれた母親は、二階に上がる前にトイレに駆け込んでいたらしい。そこで用を足していたら、凄まじい叫び声が鳴り響くのを聞き、あわてて姉の部屋にやって来たということのようだ。

 母親の姿を見た俺も、あわててケイトの足にしがみついた。壁から引っぱって床に降ろそうとした。

 エロい妄想を頭に浮かべている暇はなかった。ケイトからはものすごい力が出ていたから、こっちが怪我をするかもしれなかった。だが、そんなことを言っている場合ではなかった。

 母親と姉と俺の三人は、ケイトの身体に必死にむしゃぶりつき、険しい顔をして壁から引きはがそうとしていた。

 ケイトが何か言葉を発しているのかどうかは、そのときはわからなかった。

 だが、母親と姉は、俺のとなりですごい声をあげている。「ぬわー」とか「降りてー!」とかそんなようなことを叫んでいた。

 まさに修羅場だった。それだけケイトは、凄みのある力で天井によじのぼろうとしていたんだ。

 もがくケイトに揺さぶられて、姉貴の身体が机の上に重ねてあった本に当たった。ばさばさっと音を立て、本が何冊も床に落ちたんだけど、その散らばった本を踏み付けながら、俺達は無我夢中でケイトにしがみついていた。

 だが、どうにもうまくいかなかった。そして、とても俺達の力では無理なんじゃないかと、絶望的になりだしたときのことだった。

 突然にケイトの身体から力が抜けだしたんだ。とっさに、これならいけると思った俺は、残りの力を振り絞った。そしてどうにかこうにか三人でケイトを抱え込み、壁から引きはがすことに成功したんだ。ケイトを再び、ベッドに寝かしつけることができた。

 だが、そのとき気づいたんだ。背中の後ろから、何かが、ぶつぶつと聞こえてくるって。

 少しだけ落ち着きを取り戻していた俺は、背後のその音に耳をかたむけた。

 正直いって、今度はなんだよ? と狼狽した。

 もう身体は疲れきっている。もしここで、さらに強力なボスキャラが現れたら、とてもじゃないが立ちうちできない。俺はまた絶望的な気分になりかけてしまった。

 その音というのはどうも声のようなんだが、すごく不気味な感じだった。何か禁断の呪文のようにも思える。

 けど俺は、覚悟を決めてそちらを振り向いたんだ。ほとんど、やけだった。

 どうにでもなれって、ばっと後ろを振りかえると、そこには小柄な女が立っていた。

 ほとんどガクブル状態に入っていた俺は、すぐにはその顔を見ることができなかった。

 だが、その女はそこに立って、じっとしているだけだったんだ。俺はその女の顔に視線を移した。いったい誰だ? とよくよく見みると。

 それは婆ちゃんだったんだ。

 部屋の入り口に、婆ちゃんが落ち着いた様子で立っている。ただし、口だけが動いて、何かをぶつぶつと呟いていた。

 ぶつぶつ言いながら婆ちゃんは、のっそりと部屋に入ってきた。そのままベッドのほうに近づいてくる。すると、ひざまづいていた姉と母親の間に入り自分も腰をかがめたんだ。

 俺はケイトの足のほうにいたから、婆ちゃんの横顔が見えた。

 やばかった。俺の目の前で腰をかがめてたのは、俺のイメージの世界にある魔導師だったんだよ。

 何百年もの時の狭間で、その超越的な業を磨き続けている深遠なる魔導師……。婆ちゃんはまさにそのものだった。

 そこで初めて気づいたんだが、婆ちゃんが呟き続けていたのは、何かお経のようなものだった。

 俺は戦慄していた。その詠唱は、確かに効果があるようだったんだ。

 婆ちゃんはケイトの身体を押さえている姉と母親にはさまれながら、身体をかがめて奇妙な言葉をひたすら呟き続けている。はっきりとは聞き取れなかったが、ケイトの身体は落ち着きを取り戻しているように見えた。

 俺がドキドキしながらその姿を見ていると、婆ちゃんは母親に、何か二言三言、声をかけた。

 まだ間に合うぞよ、とか、手遅れになる前に術を施さねばならぬ、とか、そんなことを言っていた。

 母親は少し困惑したような表情をした。となりでは姉貴が一所懸命ケイトを介抱している。

 だが婆ちゃんの言葉を聞き終えた母親は、すぐさま部屋を出て、階段を駆け降りていった。

 そしたら、婆ちゃんが俺に向かい、あたしの部屋の押し入れに毛布が入ってるからそれを持ってきなって言うんだ。ここはあたしに任せときなって。

 俺はわけがわからなかったが、言われた通り、婆ちゃんと爺ちゃんの部屋に向かったんだ。

 婆ちゃんの周囲が、何かぼやけていたような気がする。




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