晩餐
とりあえずそこで、一家そろってご飯を食べることになった。爺ちゃんは老人会の集まりに出ていたらしいんだが、何があったかわからないけど、どうも疲労困憊しているらしくて、部屋で寝ていると婆ちゃんが言った。父親はやはり仕事で、ご飯には間に合わないそうだ。
晩餐は白身魚の煮付け、おでん、酢の物、味噌汁に納豆に白米という純和風、いつもの庶民メニューだったはずだ。あとはさっき言った鶏のモモ肉という、そんな感じ。
あ、あとそれに加えて漬物があったんだ。さっき婆ちゃんが台所に行ってたのは、どうやらぬか漬を用意していたらしい。それが中皿に盛られて食膳に並んでいた。
食事がそろったところで、みんなで、いただきますと言って普通に食べ始めたんだ。ケイトは果敢に納豆にチャレンジしてたっけ。なんとか食べてたよ。別に鼻をつまむようなことはなかったし、はしもけっこう使えてたから、予習でもしてきたのかな? それとも以前、姉貴が向こうに行ったときにレクチャーしたとか……。とにかく魚の肉もちゃんとつまめてたからね。母親が上手いわねぇなんて言ってたし、俺から見ても相当のもんだったと思う。
他のみんなはふだん通りお馴染みの料理なわけで、特に何もなかった。いつもながらの何気ないおしゃべりをしながらって感じ。
今ちょっと気になって思い出そうとしてるんだが、魚はなんだったかなぁ。鯖だったか鯛だったか。お客さんが来てるから鯛の甘煮のような気もするが、母親は鯖の味噌煮がけっこう得意料理だった気がするから、そっちだったのかもしれない。魚のことをよく知らないんで、季節的にどうだったろう。まあとりたてて重要なことではないんだけど、そん時食べてたものってなんか気になるんだよね。酢の物については、わかめときゅうりだったような気がするんだけど。
そんな感じでだいたい夕飯を食べ終わって、イギリスの習慣ではティーなんか飲むのかもしれないが、ここ日本では食後のお茶だねってことで、緑茶が食卓に出された。
これは爺ちゃん婆ちゃんの趣向に合わせてのことなんだけど、うちのお茶はやけに濃くて苦いんだよ、しかもやたらと熱い。湯呑み茶碗で出されるんだが、この茶碗がまた熱くてさ。熱いから気をつけてねなんて言われながら、ケイトも出されたお茶を飲んでいたけど、どうだったろうね。「グッド」とか言ってた気がするけど、向こうのティーとは味わいかたが違っているからね。ほんの少しだけ顔をしかめていたかもなぁ。あとは俺なんかがやかましい音を立てて啜ってるのを見てどう思ったか……。
けど、なんだかんだ言ってもやっぱり神的な美少女って得なんじゃないかと思った。そんなちょっと困惑したような顔すら神々しく見えてしまうからだ。ひそみにならうって言葉がはるか以前からあるくらいだし。ただ問題は同性からの嫉妬と異性の悪い虫がつくってことかな。現実として、やっぱあると思うんだよね。そういったのをかわすスキルってなかなか難しそうだし……。ま、俺には縁のない話なんだけど。
で、話は戻って日本のお茶は、香りってよりもどちらかというと口の中に染み渡る感じとか喉を通り過ぎた後の余韻とかが趣の一つだと思う。そのへんが紅茶の愛飲者からみてどうなのかなーって、今は思うんだけど。
あと、お茶受けに和菓子は定番だと思うけど、個人的にはせんべいだなぁ。緑茶にはせんべい、で、実はよくわかっていないが紅茶にはマドレーヌみたいなね。
その後、一息ついたところで、いよいよケーキを食べようってことになった。台の上にフォークや受け皿が並び、いよいよ今日のメインが登場した。クリスマスケーキだ。どうも母親が昼間に買ってきておいたらしい。真っ白いホールケーキで、中央に乗せられたチョコレートの板に英語の筆記体でメリークリスマスとある。こういうのって、例えば日本語で「祝 聖夜」とかあるのかね? 見たことないけど。漢字は作るのが難しいのかな。全部ひらがなで「くりすます おめでとう」とかも面白いと思うんだけど、売れないかもなぁ。
ケーキの上には苺が輪のように乗っていて、これが良かった。ケーキに乗ってる苺ってのは、たいてい酸味一辺倒であんまり美味しくないんだけど、見ばえとか気分的なことを考えると、けっしておろそかにはできない存在なんだと思う。母親が包丁でケーキを切り分け、さあいざ食べようとなった。ケーキは普通に美味しかったよ。唸るほどの味ってわけじゃなかったけど。それにしてもケイトのケーキの食べ方が優雅だったなあ。普段から食べ慣れてるからかもしれないが、すごく様になっていた。
ケーキもあらかた食べ終わり、また熱いお茶を飲んだ。しかし皿を片付けようかってときにケイトがなんか気分が悪いって言い出したんだ。とりあえず横になったほうが良いってことで、二階にある姉の部屋に、姉と二人で上がっていったんだ。食べ慣れない日本食だし、納豆が強烈だったのかもしれないなとか思ったけど、俺はやることもなかったし暇だったので、居間でそのままテレビを見ながら、ごろごろしてたんだ。
そうしていたら、階段を慌ただしく駆け降りる音がした。姉が降りてくると「お母さん、ちょっと来て、はやく」って台所に向かって言ったんだ。
それほど大きな声じゃなかったけど、何か声のトーンが普通じゃない様子なんだ。
それは母親も気付いたらしく、姉の後をばたばたと追っていった。俺はというと、何かあったら呼ばれるだろうと思って、まだ寝転がってたんだけど、そこに鋭い悲鳴が鳴り響いてきた。慌て廊下に出ると、婆ちゃんも聞いてたらしく、部屋から顔を出していた。俺の顔を見ると「なんだろうね今の」って聞いてきたから「わかんない。ちょっと見てくるよ」と言って階段を上がっていったんだ。階段を上がる途中で「ギャー!」て大声が聞こえてきた。これは間違いなく姉の部屋からだと思った。妙な胸騒ぎがしながらも、階段を駆け上がった。
二階に上がると姉の部屋のドアが開いていた。その時俺の目に入り込んだ光景というのは、信じられないくらい恐ろしいものだった。一瞬で「あ、何か本当にまずいことが起きたな」って悟った。