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nonsense syndrome   作者: 湊橋かごめ
world syndrome
2/2

はじまりworld

 例の“教会荒らし”に遭ってからかれこれ一週間が過ぎたわけだが、僕は修理を誰にも頼まなかった。というのも、例えば騒音が聞こえなかったことだとか、教会荒らしの正体だとか、人影が不意に消えたことだとか、あの一瞬に対する謎が多すぎて、出来るだけお金を使わずに済む業者を模索する気にもなれなかったのだ(仮に業者を呼んでも、事情の説明が大変だし)。

 まあ、元々人の少ない町だし、最近は習慣的に教会まで足を運ぶのも一部の人々だけなので、放っておいても大丈夫だろうと踏んでいたのだが、何せこのあたりにある教会と言えば僕のそれくらいだから、やはり困ってしまう町人は結構いるらしい。「これからはどこで神を拝めればいいのかのう……」などと嫌味たっぷりに呟きながら帰っていく老人もいるし、すごく残念そうに去っていく人もいる。その度に僕は心の痛みに耐えるという試練を潜り抜けなければならないのだが、それも一日に一度か二度のこと。まあ、そんなこんなで、申し訳ないとは思いつつも、釈然としない数々の現象のこともあって、僕は結局教会の修理を先延ばしにしていた。

 今日も僕は教会の修理を試みようとはせず、呑気にもコーヒーを飲んでいた。幸いというか、破壊されていたのは教会だけで、教会の奥のものは何一つとして荒らされていなかったので、私生活には特に支障はなかった。リビングの窓にもたれかけながら、白のマグカップに淹れた黒のコーヒーを飲む。ふと窓に視線を向けた。今日はいつにも増して天気がいい。丘の芝生と丘の麓にそって生えている木による瑞々しい緑には、同じく瑞々しい青が映える。その綺麗な景色に、自然と頬がゆるんだ。コーヒーを飲んでいる時だけ、僕の心は、日ごろの鬱憤から解放される。

 が、次の瞬間、その平和は、終わった。


「――失礼しまーすっ!!」


 突如として僕の耳に侵入してきた、少女と思しきビッグボイス。僕は、一気にコーヒーを飲み込むと、マグカップを机に置いた。決して叩きつけたわけではなく、寧ろいつも以上にそっと、コトンという音をたてさせながら置いたわけなのだが、だからといって僕の心が晴れやかなわけではない。

 溜息をつく。自分で言うのも何だが、かなり深い溜息だった。教会が完成して三年ほどになるが、少女らしき音声が絶叫しながら教会に入ってくるのは始めてである。人生ってこんなに予測不可能なのもなのかな。しかしそれにしても、その少女(と思しき人物)はどこから叫んでいるのだろう。方向からして教会の入り口か、内部あたりだろうか。確かに僕の現在地であるリビングは教会に一番近い部屋ではあるけれども、リビングの壁は一応防音の効くようにしているわけで、そんな状況で肉声が聞こえてくるって、いくらなんでもビッグボイスすぎるぞ。

 昔はシスターたるものがいたらしいのだが、現在では普通一つの教会に一人の牧師くらいしかいない。こういう時、シスターがいたら楽だったのにな……などと思いつつも、とりあえず声の主に会う為、リビングを出ることにした。廊下へと繋がるドアをくぐる間際に、右手を伸ばして、洋服かけにかかっていた革の黒い手袋を引っ掴み、廊下に出てから手袋をはめる(特に明確な理由があるわけではないが、誰かに会うときはこの手袋をはめるようにしているのだ)。それから、左手を伸ばせば届くくらい近い横開きのドアを開き、教会の方に足を踏み入れた。様々なものの破片が四方八方に飛び散ったままの教会の中を見渡す。が、そこに人の姿はない。首を捻りながらリビングの方に戻ろうとして振り向くと、


「こんにちは」

「――おわあっ!?」


 そこには、まさしく声の主だと思しき女性がいた。


 ◆


「ごめんなさいねえ、吃驚させちゃって。教会の中が凄いことになってて、改装工事でもしてたのかな、って。それで教会から入るの戸惑っちゃって、だから裏側から入ることにしたの」

「随分とバイオレンスな改装工事だな……」


 僕は、一先ず彼女を簡潔な応接間に通し、机を挟んで向かい合う形で座った。彼女のやたらつっこみどころが多い事情説明をききながら、改めて彼女の顔をまじまじと見つめる。少女らしいといえば少女らしいのだが、若干大人びている気もする。少なくとも、声だけで想像していたそれとは、やや合わない顔立ちをしていた。別段美少女というほどではないが、人柄のよさそうな笑顔がそこにはあった。嫌に澄んだブルースカイの瞳を除けば、頬にそばかすを散らかした、至って普通の顔立ちである。鎖骨あたりから胸下あたりにかけてレイヤードフリルをあしらった白の半袖ブラウスに、膝まである赤のティアードスカートと、身に纏っているものも全く庶民的で、清潔だった。全くもって、何の変哲もない、普通の女性である。それでも、僕は彼女に対する警戒心をとけなかった。

 というか、この人、どこから入ってきたんだ? この教会、裏口をつくり忘れたせいで、出入り口は教会からのそれだけだった筈なのだけど。窓からってのもあり得ないしな。うちの窓はデザインの一つとして取り入れたもので、開け閉めすら出来ないのだ。

 ……こいつ、一体なんなんだ?


「……あの、お名前は?」

「あー、そういえば、だったわね。リア・ドゥベール。よろしくね。……それで、貴方は何ていうの?」

「ミラ・ソルディです。この教会で牧師をやっています」

「……牧師、ね。なあるほど。よろしくね、ミラくん!」

「はあ……」


 むう。どこから問い詰めていけばいいのかよく分からない。何というか、彼女と話していると、こちらまで和みそうになっているのだ。まさかコイツはマイナスイオン放出機か何かなんじゃないだろうな。……いやいやいや。落着け、ミラ・ソルディ。ここで折れたら負けだぜ。一体何の負けなのかはしらないが、とりあえずそんな自己暗示をかけておいて、再度、僕は彼女――リアに問いかける。


「……とりあえず、リアさん、貴方、どこから入ってきたんですか?」

「へ?」


 いやいや、「へ?」はないだろう、いくらなんでも。あれなのか、はぐらかしているのか。が、当のリア・ドゥベールには、何かをごまかしているという様子は全く見えない。彼女は、本当に、質問の核心を理解していない様子だった。数秒間ほど全く不思議そうに口を開けていたリア・ドゥベールだったが、やがて質問の意味を理解したのか、ふふ、と微笑み、華奢な腕で胸あたりまで伸びた髪をかきあげた。ふわりと揺れ動く、クリーム色の滑らかな髪筋。それから、リア・ドゥベールは、そのままの微笑みで、


「ここから」


 上を指さし、


「ここへ」


 下を指さした。


「……は?」


 今度は、僕が唖然とする番だった。

 えっと、彼女の言葉を真に受けるようだと、今目の前にいるリア・ドゥベールは、ええい面倒くさい、目の前にいるリアは、教会の上から此処に侵入してきた、ということになる。しかし、天上を見上げても、何かが天井を突き破ってきただとか、そういう痕跡は、全く見当たらないのだ。無論、隠し通路たるものがあるわけでもない。それは、教会の主である僕が自信をもって証言できる。何の痕跡も残さずに、入れる筈のない所から入る方法。

 本当にこいつ、何者なんだろう?

 リアは、回答するという義務をしっかりと果たしたつもりか、にこにこと無邪気な笑みを浮かべている。いやそんな笑顔を振り撒かれても。リアリティのある答え、全然できてないぞ。ここまでの会話で、僕が自信を持って得られたと言える情報は一つ。彼女が、普通の人間ではないという一点。

 僕は、少し迷ってから、リアのことを問うことにした。


「どうやって天上に入ってきたんですか?」

「と言いますと」

「いやいやいや! 普通、建物の中に入るときって、入口を通ったりしますよね? 隠し通路すらない場所から入ってくるには、そこを壊すしかないじゃないですか」


 と言いますと、って。冗談にしても、シュールすぎて笑えないぞ。それに対し、リアは何やら考えているようだった。おいおい、まだ変なこと言う気か? 駄目だ、会話が迷宮入りしそうな勢いで、なんだかめまいがしてきた。序でに嫌な予感もしてきた。夢なら早くさめてほしいと思ったが、椅子に座っている感覚といい、リア・ドゥベールの仕草のリアリティといい、これが夢でないことは承知の上である。どうなってるんだろうな。とりあえず、祈ってみる。これ以上彼女の口から妄想じみた言葉が出てきませんように。

 だが、その祈りは打ち砕かれてしまった。


「だって、壊すも何も、私、元天使ですから」


 

 どうやら、僕は大変なお荷物を掴まされてしまったらしい。

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