わあるどyesterday
要するに、この世界はどこかで勘違いしてしまったのだと思う。
そもそも、この世界を創ったのは神であり、この世界は言わば演劇の舞台のようなもので、その上で自分の役を演じるのが人間という存在なのだ。なのに、昨今の人間ときたら、神々がいるだのいないだの、いや神に限定せずとも、悪魔がいるだのいないだの、死神がいるだのいないだの、天使がいるだのいないだの、挙句の果てに本当の天使は俺の彼女だの、いやそれはどうでもいいんだけれど、とにかく人間以外の存在を否定する人が多い。それはまるで、フィクションに生きる役たちが、自分達の世界こそが実在するものだと思い込み、僕たちのような存在を卑下するかのように、神の存在がどうたらこうたらと、ことごとく無根拠な主張を振りかざしてくるのだ。まあ、神の存在を立証する証拠もないのだが、しかしそれにしても、我々人間こそがこの世界を支配しているだなんて、そんな戯言を唱える人物が、あまりにも多すぎると思う。
……いや。そういうことじゃないんだ。僕が、この冗長な、哲学の二番煎じのような主張を通して伝えたかったのは、人間が、ここまで神を嫌うようになったのか、ということである。
即ち、僕の教会を破壊してまで、神という存在を嫌い、否定するようになったのか、という一点を、僕は主張したかったのだが。
「……はは」
思わず、かすれた笑い声を漏らしてしまう。夜明け前で、教会の中は薄暗かったが、それでも教会の惨状は十二分に理解することができた。木端微塵になったベンチ。粉々に砕け散ったステンドグラス。上半身と下半身で真っ二つに割れている彫刻。跡形もなく吹っ飛んだ合唱台。これを惨状と呼ばずして何を惨状と呼べばいいのだろうか。
というか、こんな小さな教会を、ここまで破壊するほどの執念があるとは。よほど神様が御嫌いなのだろうか。それとも個人的な因縁? しかしまあ、どちらにしても、僕の心は少なからず痛手を負っていた。神を冒涜されたというのもあるけど、個人的には教会の修理にかかる金の方が痛い。僕はそれほど金持ちじゃないのだ。
しかしそれにしても、これほど教会が破壊されていることに気付かなかったとは。教会の奥は、僕が衣食住をしている場所に繋がっている。そこで、僕はまさしく安眠していたのだ。教会の様々なものが破壊されている物音にも気づかず。これは一体どういうことなのだろうか。
そこまで思考して、僕は跳ね起きるように顔をあげた。教会の扉が開く音がしたからだ。扉はゆっくりと開き、――人影のようなものが、僕の視界にうつった。周りが明るくないせいで、目を凝らしてみても、今一つ人影の正体が分からない。
くそ、誰だか分からないな。僕は、人影の正体を確かめたいという、至極最もな欲求にかられた。その衝動に突き動かされるままに、足を一歩踏み出した、その時。
人影は、闇に溶けて、消えた。
「……なんだったんだ、今の」
茫然として呟く。走って、僕の見間違えだったのか。いや、あれは確かに人影だった。だとすれば、さっきのあの現象は。突如として姿を消したあの人影は。尽きない議論を頭の中で繰り返していると、東側から強い光を感じた。日の出か、と呟いて、僕はぽりぽりと頭をかき、滅茶苦茶になった教会へと入っていった。普段はまだ薄暗い時間帯なのに、ステンドグラスが砕け散って日光が直接入ってきているからだろうか、教会の中はいつもより明るかった。
その時、実は教会の中で、“彼女”が震えていたらしい――の、だが。
“彼女”のことを知ったのは、その一週間後の話になる。