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愚痴をこぼす相手

作者: 杜若

怪談風小説 第二弾 感想をお聞かせくださればうれしいです

「じゃあ、またね」

さわやかな声を残して、銀色のBMWは発進した。

私はテールランプが見えなくなるまで、一応笑顔をキープする。

日曜の夜10時。プロポーズ秒読みのカップルのデートの終了時間

としては、妥当だろう。

「今夜のデートは95点」

誰もいないエレベーターの中で、私はつぶやいた。

東京イブニングタウン。小洒落た名前のついたビルの中は高級ブランド店で

ぎっしりで、日本発上陸、とうたったレストランの長蛇の列を横目で見ながら、

彼に手をとられて個室に案内される時は、心の中で躍り上がっていた。

「でも、何にも買ってくれなかったわ」

ウインドウをみながらステキ、かわいいを連発したのに、

誕生日、もうすぐだろう。その時までのお楽しみさ。

そう言って誤魔化されてしまったのがマイナス5点の内訳だ。

「まあ、つぎのお楽しみ、ということにしておきましょ」

自分に言い聞かせるようにつぶやいた時、エレベーターの扉が開いた。

東京タワーが見える場所にあるマンションの17階の一室。

ここが私の家だ。

遊びに来る友達はそろってステキねえとため息をつく、私の自慢のお城。

玄関で華奢なヒールの靴を脱ぐと、ほっとした。

外見のかわいい靴は、履き心地と正確に反比例していると思う。

短い廊下を歩きながら、私は次々と服を脱いでいく。

流行のコート、有名ブランドのロゴがさりげなくデザインされたワンピース、

足を細く見せるストッキング。最後は胸を寄せてあげるブラをとり、

着古した、トレーナーに袖を通しながら、パソコンのスイッチを入れた。

シートタイプの化粧落としで顔を拭きながら、立ち上がりを待つ。

何種類もの化粧品でかきあげたメイクは、何枚もの薄い紙に汚らしい抽象画を

描いていく。

椅子の上に立てひざをついた姿勢で、私はマウスをカチカチとクリックした。

画面に現れるパステル調で描かれた、ハート、そしてソウルメイトの文字。

ここ数年利用者が爆発的に増えた、匿名性告白サイト。

登録した人間同士、ペアを組んで、“絶対に会わない”ことを条件に

お互いの秘密を告白する。

パスワードを入力し、私はペアを組んだ「サトコさん」に今日のデートを

早速報告する。もちろん、マイナス5点の分だ。

職場や、昔の同級生といった「友達」には、絶対いえない愚痴を

10本の指が軽やかに綴っていく。

私はがんばって、人からうらやまれるような会社に入った。

雑誌によく載るブランド物を手に入れ、いいところに住んで、顔もスタイルも悪くない。

みんなが私をうらやましがる。賞賛のため息をつく。

私は幸せ。あとはドラマか映画のような夫を手に入れれば完璧で、それもきっともうすぐ手に入る。

だから、「愚痴」なんてボロを出すわけにはいかない。みんな

他人の不幸をまっている。妬みや僻みは些細な話を何倍も膨れあげる。

所詮友達も他人だ信用できない。

しかし、溜め込んだ不満は徐々に膨れ上がっていく。

話したい。でも話せない。

そんなジレンマにもんもんとしていたとき、私はこのサイトに出会った。

「ここは現代のざんげ室です」

と管理人は書いている。

「神ではなく、お互いが選んだもの同士罪を告白しあい、許しあうのです。

ペア同士は会うことも、連絡を取り合うことも禁止です。

接点はこのサイトだけ。そして、嘘も禁止です。

お互いのすべてをさらけあってこそ、姿が見えずとも

信頼が築かれるのです。前世からの友人、ソウルメイトのように」

私はこれに飛びついた。これなら私の知らない人に、批判を受けず、

思い切り愚痴がいえる。

私と同じ思いの人は大勢いるらしく、登録者は大勢いた。

ようく吟味した上、私は「サトコさん」を選んだ。

わたしより5歳年上の女性だ。

「サトコさん、聞いてください。今日彼とデートしたんですけど

彼ったら給料前で金欠だって、吉野家の割り勘だったんですよ

あんまりですよね。来月の誕生日が心配」

書き上げた文章を、早速送信する。

私はこのサイトの中ではフリーターで、バイトの同僚と付き合っている

ということになっている。嘘はいってない。ただちょっと脚色しているだけだ。

登録制とはいえ、所詮は匿名のネットの中。本当のことを書く人などいない。そうにきまっている

「こんばんは、せっかくのデートだっていうのに、残念だったわね。

でも若いんだから、そのうち贅沢はいくらでも出来るわ。

私も今日はデートだったんだけどね・・・・・」

サトコさんの返事はだいたい30分以内に来る。どうやら生活パターンが

似通っているらしい。

サトコさんは、小さなアパレル会社の社長で年下の彼がいるらしい。

「がんばって最新スポットのレストランを予約したのに、彼ったらそんなに喜んで

くれなかったわ、そして日本発上陸のブランドのジャケットに目が釘付け。

がっかりよ」

あらら、サトコさんもデートにちょっと失敗しちゃったんだ。

私は早速返事を書く。

「うーん、サトコさんも残念。ちょっとリサーチ不足だったのかな。

次回までに彼にさりげなく興味があるものとか、聞いておいた方がいいですよ」

送信の赤いボタンをぽちり、と押すと私の中のマイナス5点分の不満は

跡形もなく消えた。

うん、これで今夜もよく眠れる。明日からも仕事をがんばろう

私は幸せ。そして、完璧な幸せまで 後一歩。


「今日は何時に帰るの?」

「わからない。先に休んでいていいよ」

顔も見ないでそう言って、夫は玄関のドアを開ける。

私は夫の背中をにらみつけたけど、夫は逃げるようにドアをくぐり

私の視線は分厚い鉄板に遮られてしまった。

こんなはずじゃなかったのに。私はいらいらと爪をかみながらリビングに戻った。

広い部屋のあちこちに脱いだままの服や、食べ残しがこびりついたテイクアウトのから容器

洋酒の空き瓶が雑然と置かれている。ソファやテーブルが高級な品だけに

そのギャップがより荒涼さを際立たせているようで、私はため息をついて

ソファに腰を下ろした。朝日にきらきらと埃が舞い上がる。

最後に掃除機をかけたのはいつだろう。

私は念願かなって彼と結婚した。

結婚式はイタリアの教会であげ、そのままヨーロッパ一周のハネムーン

帰ってきて、改めて東京の一流ホテルで披露宴をあげた。

素敵、うらやましい。

シャワーのように浴びせられる賛辞は、私を心地よく酔わせた。

私は幸せ。世界一幸せ。

でも、その酔いは新婚生活を送るうちに急速に冷めていった。

「君が会社を辞めるなんて思わなかった」

どうして?私が働かないと生活できないわけじゃないでしょ。

ショッピングやホテルのランチ。昼間やりたいことは一杯よ。

「酒やタバコくらいいいだろ。ストレス解消なんだ」

だって、家具に匂いがつくわ。それに泥酔するまで飲むなんて

普通じゃないわ

「家事ぐらいやってくれよ。俺は手料理が食いたいんだ」

じゃあ、来週からハウスキーピングとケータリングサービスを頼みましょうよ

あ、新しくフィットネスクラブがオープンするの。会員になってもいいわよね。

「僕はどうやら、君を過剰評価していたみたいだ」

それはこっちの台詞よ。貴方は私を完璧に幸せにしてくれると思った。

だから結婚したのに。

積み重なる不満。でも、友人や両親には

「彼は私の言うことを何でも聞いてくれます。いつまでもキレイでいてくれって

家事もさせてくれないの」

というメールを送る。

愚痴を言うのはサトコさんだけ。

電源を入れっぱなしのパソコンの前に腰を下ろし、私は愚痴を書き連ねていく。

「夢をいだいて結婚したけど、貧乏はつらいよー。バイトバイトバイト。

休み暇なし。あーあ。旦那様が死ねば生命保険が一千万 あ。うそうそ。冗談。」

そんなサトコさんでも、フリーターの仮面はつけたままだけど。

「大変ね。私も彼が働かないの、そりゃ私の稼ぎであの人くらいは養えるけど

当然、という顔をされればむかつくわ。家事もやらないしね」

サトコさんも同じ頃に結婚したらしい。やっぱり不満は尽きないようだ。

だれも同じ。完璧な幸福なんてありえない。でも、そんなこと口に出す人はいない。

わたしは自嘲気味に笑った。急激に眠気が襲ってくる。

明け方飲んだ睡眠薬がやっと効いてきたらしい。

埃がつもったソファに私は倒れこんだ。


「ねえ、サトコさん聞いて。旦那ったらバイト先の若い子と不倫してたのよ

ゆるせない」

震える手で私はキーボードを叩く。

だんなの帰りはますます不規則になり、私は不安になって興信所に駆け込んだ。

1週間後に請求書と一緒に送られてきた、ホテルへと入る夫と若い女の写真。

目の前が真っ暗になり、気がついたらパソコンの前に座っていた。

こんなこと、誰にもいえない。

サトコさんにしか。

「そう、裏切られたのね。かわいそう」

サトコさんの返事は優しくて私は涙が出てきた。

「・・・・・復讐、したくない?」

復讐?そうだ、復讐だ。私の完璧に幸せにしてくれなかった夫に復讐してやる。

サトコさんは夫がヘビースモーカーで大酒のみだと知っていた。

「お酒を飲むとね喉がとても渇くのよ。たまたま手に取った飲み物の中に

タバコの吸殻が入っていたという事故はよくあるの」

私は、夫が飲むミネラルウォーターの中にタバコを煮出した水を入れた。

色がついてしまったが、入っているビンの色が濃いのでわかるまい。

それに、飲むのはいつも泥酔してから。

ビンを冷蔵庫に戻し、私はほくそ笑む。夫が居なくなったら

私は又幸せを探しにいける。こんどこそ完璧な幸せを手に入れよう。

3日後、帰ってきた夫は珍しく上機嫌で私にケーキを買ってきた。

私たちは久しぶりに向かい合ってケーキを食べた。新婚時代に戻ったようで

ちょっぴり切ない。でも私の気持ちは決まっていた。

夫はやがてウイスキーを飲みだし、そして泥酔した。

ソファにひっくり返ってしばらく高いびきをかいていたが、やがてむっくり起き上がると

冷蔵庫のからミネラルウォーターを取り出し、一気にあおった。


苦しみもがく夫を私は至極冷静な目でながめていた。

彼が死んだらサトコさんに報告しよう。

やがて動かなくなった夫のポケットから携帯電話が転がり落ちた。

何の気なしに拾い上げ、二つ折りの画面を開く。

画面の中にはパステル調のハート。見慣れた図柄。

これは、ソウルメイト。携帯からも見れるのだった。夫もやっていたのか。

パスワードは記憶されていた。

手馴れた手順でメッセージボックスにたどり着く。夫は誰と

どんな罪を告白していたの?

メッセージを開くと見覚えのある文章が目に飛び込んできた

「ねえ、サトコさん聞いて。旦那ったらバイト先の若い子と不倫してたのよ

ゆるせない」

なぜ、何でこれが夫のメッセージボックスにあるの。

震える手で次々と保存していたメールをあける

すべて、すべて私が送ったメールだ

サトコさんも嘘をついていた。

サトコさんがこぼす愚痴は、働かない夫。

男女を入れ替えれば、分かる人には分かる嘘。いえ、それは嘘ではなく。脚色。

私がやったのと同じこと。

急激に眠気が襲い掛かってくる。

どうして?今日は睡眠薬を飲んでいないのに

意識が途切れる寸前、私は最後にサトコさんに送ったメールの内容を思い出した

「サトコさんも旦那さんに嫌気がさしているんでしょ。

一緒に復讐しましょうよ。睡眠薬を飲んでいるなら簡単。

量を間違えて死んじゃうなんてよくある事故なんだから。

甘いものに混ぜれば、味だってごまかせますよ」








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― 新着の感想 ―
[一言] 初めまして。日常的な会話で、殺人まで至る経緯が良いなと感じました。何もしない奥さん側の考えなど、話しの進め方にも怖さが増していきます。  個人的には旦那さん側につきたいです。家事しなさすぎだ…
[一言] まさしく顔が見えない恐怖ですね。冒頭の明るめの文章からラストの恐怖までの展開の仕方が良かったですし、文章も読みやすかったです。
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