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リヤカー勇者とさらわれ姫

作者: なかの千五
掲載日:2026/10/25


え、短編? って長さになってしまいましたが…

短い映画代わりにでも、暇な時にのんびりお読みいただければ幸いです。



「これをぜんぶ僕一人で? …だったら、せめて──」



 ──今にも崩(くず)れ落ちそうな山積みの荷物を前にそうつぶやいたのが最後の記憶で、その光景以外は、やっぱりまだぼんやりとしか思い出せない。


 急にそれを思い出した理由。


 それは、大きな水晶玉の前に立たされた僕の前で魔法使いっぽいおじさんが「【能力(スキル)】は、…【リヤカー召喚】?」と大声で発表したからだ。

 そうだ。最後に僕が欲しかったものは確かに「それ」だったと納得しながら、思い出した。


 どこかで聞いたような、異世界召喚ファンタジーそのものだった。


 西洋風の城っぽい石床の大広間と、そこに描かれた気持ち悪い呪文か数式みたいな魔法陣、そんな円の中に立っているのは僕も含めた二十人くらいの男女。みんな十代後半くらい?


 部屋の隅でひそひそ話しながら立っている大人たちは、立派な衣装を着た人が数名。それ以外は鎧姿(よろいすがた)の「帯剣した」兵士たちで、僕らを取り囲むように立っている。


 そのまま慣れた様子で【鑑定】の儀式が進んでいった。


 鑑定というか「格付けチェック」?

 僕の【リヤカー召喚】という謎の能力の評価はハズレ扱いで、「次」の一言で片付けられた。

 他の人たちの【剣聖】、【聖女】、【大賢者】という鑑定おじさんの発表には広間が「おおっ!?」と賑(にぎ)やかになった。


 …剣聖、聖女、大賢者……僕もリヤカー聖、聖男、大天才とかだったら「おおッ!?」って盛り上がったのだろうか? …いや、いつも誰かに「大天才様!」って呼ばれちゃうのは、むしろ恥ずかしい。あと聖男じゃなくて聖人だ。いや、そっちも恥ずかしい。



 そんなくだらないことをぼんやりと考えているうちに、話はどんどん進んでいった。

 広間の外、広々としたバルコニーへとぞろぞろと移動させられて、外の状況を説明される。

 自分がいた立派な建物は王城で、そこから見下ろす景色は城下町。

 その城下町よりも外、周囲に延々と広がる緑の大地と草原と。



 その草原を横切る、雄大な大河。



 緑多めの絶景と吹き抜ける風を感じながら、あらためて、異世界に来たんだ、と思ってしまった。

 僕以外の召喚された人たちも驚きや戸惑いの声を漏(も)らしている。


 大河の向こうにうっすら見える、これもまた立派な城。

 魔王城。

 どうやらあそこにいる魔王を倒して我らの世界を救ってほしい、という話らしい。


 なんだかどこかの名作R(ロール・)P《プレイング》G(・ゲーム)一作目みたいな展開だ……

 あっちの城の最奥で、世界の半分をもらってエンディング?



 …なんて他人事みたいに考えているうちに、「じゃぁ、明日からよろしく!」と僕らを召喚した偉そう人たちがやり遂(と)げたみたいな態度で、そそくさと帰って行く。

 案内係らしい美人のお姉さんが「みなさんはこちらへどうぞー」と別の部屋へと案内する。


 あっという間に、そんなオープニングシーンが終わってしまった。



 ◆


 僕ら一人一人個別に割り当てられた部屋に行く前に、先にみんなで少し話し合おうと、城の食堂を借りて集まる流れになった。


 これから先、僕らは一体どうなるのか、どうしようかという相談だった。


 困惑しているのは僕みたいに「役に立たない」という評価をうけた底辺組。

 城の人たちの態度は僕らには素(そ)っ気(け)なくて、明日からどうなるんだろう? と不安をにじませていた。


 逆にゴキゲンだったのは剣聖、聖女、大賢者みたいな城の人たちに絶賛されて期待されていた勝ち組。

 よし、俺達が世界を救ってやろうぜ! みたいにヤル気まんまんになっている。


 全体の二、三割くらいは「ねぇ? これってヤバくない?」と話している。

 僕も、かなりヤバいと思っている。


 それでも半数くらいは勝ち組とまではいかなくても「有望」扱いされていたから、かなり前向きで、うれしそうだ。

 明日からどう頑張(がんば)るか、どう戦っていこうか、という話の流れで意見を出し合ってしまっている。


 ちらりと、外をうかがう。


 入口に立っているのは、この食堂を借りる手続きをしてくれた案内係のお姉さん。うれしそうにニコニコしている。

 そんな美人のお姉さんの前でカッコいい姿を見せたい男たちは、強気な意見になりがちだった。

 勇ましい「俺達が世界を救ってやろうぜ」宣言に、お姉さんも微笑(ほほえ)ましそうにウンウンとうなずいている。



「──おい。 …おい! 聞いてんのか!?」


 ………思うつぼ?


「リヤカー! てめぇだよ! 話聞け!」

「ちょっとケンセイ! 失礼でしょ!?」


 …おや?

 ケンセイと呼ばれている【剣聖】クンが怒鳴っている相手は、僕だった。


「てめぇも少しは意見出せ! こういう時くらい役に立て!」

「ケンセイっ!!」


 気がつけば他の人たちも僕の方をじっと見ていた。

 …嘲(あざけ)るような視線も多いのは少し癪(しゃく)だけど、それ以外の人のためにも僕も意見は伝えることにした。


「…まずは情報を集めたほうが良いんじゃ無いかな?」


 情報を、城の外からも。


「は? んなもん、てめぇに言われなくても分かって」


「僕たちって、なんていうかさ……

 …通りすがりの知らない国からやって来たムキムキマッチョな集団が、たまたま出会ったイケメンだか美少女だかに『隣に住んでいる奴らがムカつくからちょっと行ってきてぶっ殺して来てくれませんか?』って懇願(こんがん)されているみたいな、そんな状況でしょ?」



「「……」」


 みんな黙った。


 そして、この場を仕切っているらしい剣聖クンが僕にツッコミを入れた。


「…なに言ってんだてめぇ。なんだ、そのムキムキマッチョって、バカにしてんのか?」


 いらつく剣聖クンの一方で、ヒソヒソ言い合う声もある。


「…でも、だいたい合ってるよね?」

「異文化の、異世界の人たちってことでしょ、私たち?」

「しかも武力とか兵器とか? そういう感じで呼ばれたんだよな?」


 視界の隅では入口のお姉さんが顔を引きつらせているのが見えたけど、言ってしまったものは仕方がないから、構わず続けておく。


「それで、お隣さんを全員ぶっ殺したとして」

「殺すのかよ」


「じゃぁ、次に危ない、目障(めざわ)りな奴らって、誰だろうね?」

「…!? …いや! 俺達が世界を救うんだろ!? それに! 俺達はそのまま元の世界に帰るんだから、なにも問題ねぇだろ!?」


「本当に?」


 さっきの偉い人たちの説明では「元の世界に返すことを匂わせて」いたみたいだけれど、言質(げんち)もなければ確証もない。

 それに、こっちの世界の方が気に入って、居残りたくなる人もいるかもしれない。ちやほやされてしまえば、余計に。


「第二に」

「ッ!?」


 指を二本立てながら、続ける。


「お隣さん、この場合は魔王さん家(ち)? そこに行ったら、ものすごい妖艶なお姉さんだかイケオジだかに『え、君たち海外の方? すごいね! 良かったら海外のお話聞かせてよ! そのお礼に帰(・)り(・)の(・)準(・)備(・)は(・)今(・)す(・)ぐ(・)こ(・)っ(・)ち(・)で(・)手(・)配(・)す(・)る(・)から!』なんて親切そうに言われたら、どうするの?」


「…それはおまえ、今すぐ帰れんなら……って、てめぇ! なに言わせやがる!?」


 入口のお姉さんがガン見してるのに気づいた剣聖が、あわててごまかす。


「第三に」

「まだあんのかよ!?」


 三本の指を見せつつ、なんて説明しようかと考える。


「えっと、お隣さんの方が実は強かったり、賢かったり? そういう場合?」

「なんだよ!? やる前からビビってんのか、てめぇ!」


「僕(・)ら(・)の方が強かったとしても……僕らがお隣さんの家で話している間に、こっちの家にサングラスとスーツの怖いおじさんたちが押しかけて来て、『おう、うちにおかしな連中をけしかけてくれたのは貴様か? この落とし前、どうつけてくれるんじゃ?』ってなってたら」


「うるせぇな!! てめぇは、いちいち──」

「──ケンセイ、黙って」


 剣聖クンの隣の子が彼を止めたので、そのまま続ける。


「…えっと、その場合の『落とし前』。2つの家で、僕たちがいない間の話し合いでもう決着がついてしまったら?

 やっぱり、戦いはもうやめましょう、って。

 その場合、まず『誰の首』で決着がつくと思う?」


「「……」」


 戦いを終わらせるための条件。

 この国の王様の首? それは「二番目」だ。


「んなモン、当然……」

「武装解除が、先だよね?」


「「……」」


 それに、第四に、これは勝ち負け以前の問題だ。


 僕たち勇者に大切なものを殺され奪われた人たちの、その友人や家族は?

 僕だったら……きっと勇者達(コイツら)を赦(ゆる)さない。

 八つ裂きにしたって、ぜんぜん足りない、って思うはずだ。


 味方の側にだって、アイツラが来なければこんなに大きな戦争にはならなかったはずだ! って思う人たちも出てくるはずだ。


 そういうものを一身に背負って戦う覚悟はあるのだろうか?

 勇者様として矢面に、本気で立つ気があるのだろうか?


 …という話は、僕こと「リヤカー」に言われてもぜんぜん心に響かないというか、むしろ逆効果っぽい気がするから、黙っておく。



 静まり返ってしまった食堂に、僕の言葉だけが続く。



「えっと、だから、もう少し情報をあつめた方がいいんじゃない?」


「「……」」


 ようやく最初の結論に戻ることができた。


 どんな理由で、なにがあって、どっちが悪くて戦うことになっているのか、なにも分かっていないから。

 なにか言おうとする剣聖クンをにらみつけて止めながら、その隣の子がつぶやくように言う。



「…いまの私達って、実はかなり……」


 さっき他の誰かがつぶやいていたそれを、再び繰り返す。



 僕は無言で、視線で返した。

 かなり、マズイと思うよ、と。



 入口のお姉さんの姿はもう、消えていた。



 翌日の早朝、僕は城から追放された。



 ◆


「待って! ちょっと待って!

 追放しない、そんなのありえないから!」


 城から出てすぐ、僕を追いかけるようにイケメンが走ってきた。


 文官とか事務担当とかっぽい服装の、そんな地味な服にもかかわらずキラキラが隠せない雰囲気の金髪碧眼の青年だった。

 彼は城の「監督官」という役職の人らしい。


「それに、もし君がこのまま出て行くにしても、いろいろと旅支度(たびじたく)は必要でしょ? その服装だと目立っちゃうよ?」


 それを言われると確かにそうだ。

 彼の言葉で、追い出されてすぐ、城に引き返すことになってしまった。



 あらかじめ手配していたのか、服はすぐに着替えることができた。この国の一般的な旅人や行商人が着る服らしい。

 長袖と長ズボン、ズボンの裾(すそ)はブーツの中に入れるか、紐(ひも)で縛(しば)れるようになっている。山や荒れ地を歩くときに服の中に草や虫が入らないようにするやり方だ。


 雨風をしのぐためのフード付きのコートも支給された。

 薄くて軽い生地のわりに、ちゃんと暖かくて水も弾(はじ)く。

 あっちの世界の高級な布地みたいな、あまり触れる機会がなかった手触りの良い服が、こっちの世界では「ふつうの服」なのかもしれない……土地が変われば文化も変わるのを実感する。



 僕のスキル【リヤカー召喚】に合わせて、行商人として旅立てるようにしてくれるらしい。


 仕入れのための資金にくわえて、街で取引できそうな保存食や小物まで手配してくれた。

 それと簡単な地図。

 かんたんな、というのは、わざわざ測量した詳細な地図は治水工事とかの特殊な事情でもないかぎり作らないらしい。大体の方角と距離と目印だけが地図に書かれていた。


 それらと一緒に渡してくれた「旅のしおり」。

 もともとこれは、いざという時のために用意した「王都脱出のための手引書」から当たり障(さわ)りの無い内容を再編集したものらしい……


 …あなた一体、何をやってる人なんですか? とは思ったけれど、これはこれで助かるので、言わなかった。

 何より助かったのは、これのおかげで僕がちゃんと「この世界の文字を読み書きできる」ことが確認できたことだった。


 監督官さんの部下の人にも手伝ってもらいながら、説明は続く。


「ひとまず、これで近くの街や村をまわることはできると思う。

 城に戻ってくるときは、門衛にこの短剣を見せて、監督官に会いたいと伝えてほしい」


 手伝いの人が持ってきたサンドイッチっぽい朝食を一緒に食べながら、最初に目指せば良いオススメの街とか、旅に際しての注意点とかを聞いてるうちに、それなりの時間が経ってしまった。


 一通りの説明を終えて、監督官さんが僕にたずねた。


「──こんな感じだけど、ひとまず大丈夫?」

「はい、たぶん、大丈夫です。いろいろありがとうございます」


 そして彼は、申し訳無さそうに続けた。



「いや、悪いのはこちらだから、あまり無理せずに、いつでも戻ってきてくれ。

 だけど、君自身の目でこの世界を見た感想を、いつか聞かせてほしいな」



 自分の目で見てもらいたい。それが彼が僕にここまで協力してくれる理由のようだ。



「それと、最後に確認だけど……」



 最後に確認することになったのは、僕のスキルについてだった。

 僕の【リヤカー召喚】について、名前が分かっただけで実はまだ何も確認できていない。

 監督官さんも聞いたことのない、初めて出てきたスキルらしい。


 本当にリヤカーが呼べるのか、どういう条件で何回呼べて、どんな性能なのか? もっとちゃんと調べておかないと……城から出てすぐに最初に遭遇したモンスターとか山賊とかにリヤカーも僕も壊されてゲームオーバー、みたいなことになりかねない。


 監督官さんが立派な箱から、シンプルなメガネを取り出した。


「この鑑定眼鏡で確認する。

 私が君のスキルを見ることになってしまうけれど……秘匿(ひとく)したい情報があれば言ってくれれば、口外しないと約束する」


「全体的に、秘密でお願(ねが)いします」

「うん、まぁ、そうだよね」


 あまり知られたところで良いことは無さそうだから、黙っていてもらう。

 そしてその判断は、すぐに正解だと分かってしまった。


 鑑定してもらいつつ、検証してみた結果、リヤカーの4つの機能が判明した。



 【召喚】

 【品質保持】

 【質量無視】

 【自走】



 困惑気味に苦笑しながら、監督官さんが僕に言った。


「…君のスキルは……なんというか……」

「……えっと」


 リヤカーの召喚は一台までで、回数とかの制限は無く、何回でも出し入れできるらしい。

 二輪の牽引タイプの、大人二人くらい並んで寝られるサイズの荷車だ。


 召喚したものを元通りに「消す」こともできるけれど、リヤカーに載せた荷物は消えずにそのまま地面に置いていかれるので、運用面を考えれば一度出したら出しっぱなしになりそうだ。


 品質保持は、リヤカーに載せたコップのお湯はお湯のまま冷めないし、氷は氷のまま溶けないという不思議機能だった。さすが魔法の世界。色々おかしい。


「でも、これでいつでも新鮮なお刺し身が食べられますね」

「…そうだね、うん、君は魚もさばけるんだね」


 新鮮なサラダもいつでも食べられる。

 …そうじゃなくて。扱いが難しい高温や低温のものとか危険物とか、安全にどこにでも運ぶこともできそうだ。


 質量無視は、リヤカーに何を載せても、引っ張るときには同じ重さにしか感じないという不思議効果だ。


「たぶん、リヤカー本体の重さだけなんでしょうね、これ?」


「ここで試せる重さには限界があるが……

 …本当に無制限だったら、大変だな……」



 理論上は、山も運べる?

 めちゃくちゃスゴイ異世界リヤカーだ。



 …と思ったのだけど、よくよく考えてみれば、そうでもない。


 そこまでできるなら、いっそリヤカーよりも自動車とかで良いのでは?

 大型トラックとか冷蔵庫付きのキャンピングカーとかの方が、積載量や移動手段として優れてそうなのに……なぜリヤカーにした?


 ともかく……最後の「自走」は自動運転みたいなものだった。


「でも、自走するリヤカーってなんだか気持ち悪いですよね?」

「…見かけたら、二度見するだろうね?」


 僕を載せて走る自動運転リヤカーを二度見する街の人々。かなり恥ずかしい。


 こっちの世界では、魔法で荷物を運ぶ方法はあるらしい。それでも短距離での話で、長い距離だと移動の途中で荷物を盗られたり紛失したりしかねないから、やらないそうだ。

 そして自分で勝手に走り回るような荷車は存在しないらしい。


「せめて、ロボットでも何でもいいから、誰かが引っ張っているように見えれば……」

「そういう問題かなぁ?」


 そんなことを考えていたら……いつの間にやらリヤカーの引き手の部分に、犬が増えた。真っ白で毛がフサフサの大きな犬だ。


 大型犬がリヤカーを引いてくれるらしい。

 鼻先で引き手を押したり、尻尾でつかんで引っぱったり。


「こっちの犬って、器用ですね?」

「これを犬とは、認められないかな?」


 それでもさすがに、自分を乗せたリヤカーを犬に引かせるのは目立ちそうだ。

 せめて人目が多い場所では自分でリヤカーを引くようにしないと……そのうち感覚がマヒして、結局ぜんぶ犬まかせになりそうな予感はするけど。



 いろいろとバタバタしてしまったけれど、監督官さんの手際がすごく良いおかげで準備や検証がテキパキ進んで、昼前には出発できるようになった。



 こういう形で一人旅? 壮大な冒険みたいなことを始めるのは初めてだ。

 不安はあるけど、準備万端で挑(いど)めるならば、未知への旅路も、楽しそうだ。


「こうやって、新しい服と新しいリヤカーで、あらたな世界に旅立つとか、ちょっとワクワクしますね!」


 そんな僕の言葉に監督官さんが、なにかホッとしたように、顔をほころばせた。


「…そう思ってもらえたなら、私もうれしい」



 こうして僕は、一匹と一台を旅のともに、新しい一歩を踏み出した。



 ◆


 出発早々、トラブルが起きた。


 城から出て、犬が引くリヤカーに乗って「長閑(のどか)だなー」なんて空とか野原とか遠くの山々なんかをながめていたら、いつの間にか遠くまで移動していて、振り返ればもう城と城下町は地平線の向こうに姿を消していた。


 その代わりに道の前方、ちょっとした人集(ひとだか)りみたいなものが見えてきた。


「…あんまり良い予感はしないけど、進むしかないよなぁ」


 いきなり回れ右して城に帰ったら、監督官さんは笑顔で「おかえり」と迎えてくれるのだろうか?

 それはそれで、「やっぱりまだ早かったね」と今度はもう城から出してもらえなくなる予感がする。


 その人の集まりは、僕と同じような旅人や行商人のような人たちらしい。

 集まりの中心には、同じく旅装の「耳先のとがった」男の姿。


 魔族だ。

 この世界で、王国とは大河をはさんで向こう側に住む人々の、いま王国と戦争中にある種族らしい。


 でも、その「人族にとりかこまれた魔族」は、集団で襲われているという様子ではない。

 むしろ周囲の人たちは、何やら彼を手助けするような、同情しているような雰囲気に見える。


「…あの、何があったんですか?」


 城以外では初めての現地人との会話に少しドキドキしながら話しかけてみると、少し強面(こわもて)なおじさんが返事をしてくれた。


「ああ、悪いな、道ふさいじまって。おまえら、道の外に移動するぞ!」


 そのまま通り過ぎるのも気になるので、一緒に移動して話を聞いてみることにした。


 どうやらそちらの魔族の彼が、ついさっき見知らぬ人族の集団に突然襲われて、娘をさらわれてしまったらしい。

 他の人たちはその話を聞いて憤(いきどお)ったり、どうすれば良いか話し合ったりしていたところだ。


「ここから一番近いのは王都だが……」

「王都の警備隊は、魔族のために動かねぇだろ?」

「下手すりゃ、こいつの方が捕まっちまいかねない」


 そんな話を聞きながら、さっき城の監督官さんに言われた「自分の目でこの世界を見てもらいたい」という言葉を思い出した。

 魔族とは戦争状態とは聞いていたけど、ここにいる人たちはごく自然に魔族の人と交流しているように見える。


 思ったよりもこの国の事情は複雑らしい。


 …でも、なんというか、この目の前の光景になんとなく……少しホッとしてしまうような、そんな不謹慎(ふきんしん)な自分がいた。


 こういうときは僕のスキルが【剣聖】ではなく【リヤカー】なのが恨(うら)めしい。

 それでももう少し、何か力になれないか話を聞いてしまう。


「襲ってきた人たちって、どんな人たちで何人いて、どこに行ったんです?」


「人数は大したことねぇ、たぶんどこぞの馬鹿どもが、魔族相手だからってイタズラ半分に襲ったんだろ」

「道のはずれ、向こうに逃げてったらしいが、あっちには街も何も無いはずだ」

「いっそ俺達で追いかけて、叩きのめすか?」

「だが、さすがにもう……どこに逃げたのか分からねぇ」


「……」


 魔族の男は悔(くや)しそうにうつむいた。


 本当は「助けてくれ、追いかけて叩きのめしてくれ!」と縋(すが)りたいのだろうけど、彼は魔族だ。

 魔族のために人族同士が戦ったあげくに奪還に失敗でもして、人族側に被害が出たことが王都に知られたら、いよいよ収集がつかなくなってしまうだろう。


 とはいえ、このまま時間だけが過ぎていくのは嫌(いや)だった。

 うちのリヤカーの拡張機能である、白い犬に話しかけてみた。


「…犬っぽく犯人を臭(にお)いで追跡したりできたりは……しないよね?」


 そんな問いかけに、つぶらな瞳で見つめ返してきたうちの犬。


 のそのそと魔族の男の方に近づいて行って、驚く彼に、臭いをかぐというよりは鼻先で彼の背中を軽く押して「まぁ、まかせなさい」とでも告げるようにしてから、こっちの方に戻ってきた。


 そしてリヤカーの引き手を鼻先で押して、道の向こうへ進んでいく。


「「…?」」


 呆然(ぼうぜん)と、不思議なものを見る目を向けてくるみんなの前で、僕はリヤカーを追いかけた。


「あ、えっと、ちょっと様子を見てきますね!?」


 急いで追いかけて、そのままリヤカーの荷台に飛び乗る。

 背中にかかる声に返事をしながら。


「おい、あんまり無理するなよ!?」

「大丈夫です! 危なくなる前にすぐに逃げます!」


 様子を見るだけ。この時は僕もそう思っていた。




 結論から言えば、誘拐された二人の女の子の奪還に成功した。



 走り出した犬にそのまま任せているうちに、木々の間を抜けて、林のさらに奥へと入って行くリヤカー。

 リヤカーの【品質保持】機能のせいなのか、揺れない荷台と急展開のせいで現実感がいまいち無かった。

 だから気づくのが遅れてしまった。実は、かなりの速度で走っていたことに。



 やがて犯人らしき集団の姿がむこうに見えた。


 五人の男たちに囲まれた女の子が二人。

 近づいてくる謎のリヤカーに気づいた彼らが、それぞれの武器を手に構え直しながら、すぐにこちらに振り向いた。


「あぁ? なんだてめぇ!?」


 そんな彼らに、うちの犬が火を吹いた。


 そう。火。

 ゴーって。火炎放射器? そんな感じで。

 うちの犬、実は犬じゃなかった。



「「──ッ!?」」



 見た目は可愛らしい大型犬からの恐ろしい不意打ち(!?)に、男たちは慌(あわ)てて逃げ出し、走り出した。当然だ、僕でもそうしたはずだ。


 そんな彼らの姿に、そのまま追走するうちの犬。

 待て、追うな、落ち着け、せめてリヤカーと僕は置いて、君だけ行け。


 女の子二人のうち、灰色の長衣(ローブ)を着た銀髪碧眼の子が、もう片方の、わりと普通の服装の子の手を引きながら、素早くリヤカーに飛び乗った──えっ、乗るの!? でも、たしかに置いていく訳にもいかないし!?



 五人の男たちと僕らのリヤカー、その追いかけっこが始まった。


 途中で彼らのうちの一人が、振り向きざまに弩(いしゆみ)をこちら目がけて撃ってきた。

 狙いは僕、ゾッとして手元のフライパンを構えると、飛来する矢がフライパンに当たるより前に、謎の斥力(せきりょく)で大きく上へとそれていった。


「…クソッ! 魔法使いかよっ!?」


 魔法ではない。きっとこれも【品質保持】の力だ。リヤカーの荷物である僕の「損壊」を阻止したのだろう。そして僕もびっくりしている。



 彼らは走った。犬も走った。止まらなかった。



 本来ならば彼らに勝算はあったのだろう。馬上の騎士が相手ならまだしも、追いかけてくるのがリヤカーならば普通は走れば逃げ切れた、はずだった。

 でも犬の体力は無尽蔵で、息一つ乱れることもなく、そのまま彼らを全速力で追いかけ続けた。


 むしろ上に乗っている僕の方が疲(つか)れたくらいだ。


 逃げる五人は、服装や動き方から、どこかの偉いとこの坊っちゃん一人とその護衛たちの組み合わせだと分かってきた。

 五人バラバラに逃げ出せば四人は逃げ切れたのだろうけれど、そういうわけにも行かなかったようだ。


 やがて彼らの体力も尽きて……

 そして──




 ──椅子(いす)に縛り付けるように拘束された五人がいた場所は地下室だった。

 淀(よど)み湿(しめ)った地下特有の空気の中で、息苦しい静寂につつまれながら、彼らの呼吸と心音がより一層、それぞれの耳に強く響いた。


 ギィ、と鉄製の錆(さ)びた扉が開かれる。


 入ってきた一人の男性。

 彼は自らをただ「伯爵」と名乗った。微笑(ほほえ)みながら、五人の顔をのぞき込むようにして伯爵は彼らに語り始めた。


「私の部下が、とてもお世話になったそうだね?」


 相手は「悪い魔族」。

 だから大丈夫、だと思っていた。


 だが、襲った相手がたとえ「悪者」だったとしても。

 それが弱者で、彼らが想像した「悪者」である保証は無い。


 仮に彼らが見かけどおりの善人・弱者であったとしても、その背後にいる者たちは?

 想像を絶するほどの悪人こそ、どこにひそんでいるのか分からない。


 だから人は礼節を重んじて、それぞれの距離をおき、無用な衝突を避(さ)けて生きていく。互いの命を守るための生活の知恵として。


 私とぶつかってくれてありがとう、とでも言いたげに伯爵の目が、うれしそうに細まる。


「…フフ。さて、君たちの話を、聞かせてほしい」


 伯爵の言葉に、五人は必死に首を横に振る。


 話なんてない、ただ目の前に魔族の親子がいたものだから、冗談半分に誘拐した。それだけだった。

 戦争中の、敵である魔族なのだから何も問題はない。むしろ正義だ。 …耳以外は人族と同じ姿の、むしろ美人の少女たちを相手にちょっと「いたずら」したところで、バレなければ何も問題なかったはずなのだ。


 …なんて話が、伯爵相手に通じるわけがない。


 五人は洗いざらい白状して謝罪し尽くすつもりだったが、彼らの口にがっちりと噛(か)まされたままの猿ぐつわが、それを許さない。

 伯爵は、最初から彼らの「話を聞く」つもりなど無いのだろう。


「君たちの仲間の名前を、今の気持ちを、人生最後の物語を、存分に聞かせてほしい」


 五人の前の長机の上に、彼らに見せつけるように並べられた、見たことも無い鉄製の器具の数々。

 何かを切るもの。突き刺すもの。ほじくりだすもの。それらは解体器具とは言いがたい、極めて効率の悪そうな、切れ味の悪そうな刃物の数々。


 もう、何が起きようとしているのかなんて言うまでもない。


 五人は必死にくぐもった叫び声を上げながらガタガタと椅子を揺らすも、状況は何一つとして変わらないまま、少しずつ、進行していく。


 伯爵はうっとりと微笑んだ。


「そう、その意気だ。

 ステキな話を、たくさん私と、語り合おう」



 上には上がいるように、下もまた、果てしない。



 ただ終わらせたいがために彼ら五人が泣き叫びながら思いつく限り絞り出し並べ立てた大勢の、無関係な人々の名前の数々によって……その十日後、街が一つ、消滅した。



 〜 微笑み伯爵・序章・はじまる狂気(完) 〜




「──というふうに、

 世の中には怖いことがいっぱいあるよ?

 と僕から彼らを説得したら、彼らも分かってくれました」


「あんた、見かけによらずヤベェ奴だな?」


 さらわれた子と、さらった男たちを連れて再びみんなと合流して、これまでの経緯を話したら、ドン引きされた。


 みんなの方は事故現場から離れて、王都の次に近い街へと移動中のところだった。

 犬の鼻のおかげで(?)無事に合流できた。


 すっかり青ざめた五人の男たちもまとめて、彼ら旅人の集団が引き取ってくれることになった。


 五人から謝罪として、魔族の親子に示談金を支払うという形にするそうだ。

 というのも、やはりこの国で魔族の立場は弱いので、王都に近いこの場所で正式な裁判などを求めてしまうと、彼ら親子の方に危険が及ぶ可能性があるからだ。

 だったら、犯人五人がビビってるうちに有り金ぜんぶ巻き上げたほうがまだマシだろう、というのが旅人たちと魔族の男の間で相談した結果だった。


 もやもやする決着だけど、仕方がない。


 …余計なことかもしれないけれど、僕からもう一つ、釘(くぎ)をさしておきたくなった。


「…いま、王都には、異世界から召喚された勇者たちがいるそうですよ」


 嘘は言ってない。実はここにも一人いる。


「剣聖だとか聖女だとか、やたら正義感の強い彼らだったら、きっと地の果てまで追いかけてきますよ?」


 うちの犬よりは頑張るだろう。微笑み伯爵(仮)よりもがんばってほしい。


「彼らにとっては人族も魔族も関係なく、悪は悪、です」

 だから……気をつけた方が、良いですよ?」


「「……」」


 五人の顔がさらに真っ青になった。

 他の人たちも真っ青になった。


 それでも魔族の親子は僕に礼を言った。


「ありがとうございました。 …勇者様?」


「いえいえ、僕は勇者じゃないし、やったのは全部、あっちの犬ですから」


 それに勇者が王国に召喚された目的は「魔王を倒してもらうため」っぽいので……ここでお礼を受け取るのは、すごく複雑な気持ちになる。


「ま、まぁ、なんにせよ、おかげで助かったのは違いない」

「おう、よくやったぜ、あんた!」

「そっちの犬っころもな!」



 こうして魔族の親子と、親切な旅人たちとはここでお別れした。

 旅に出て早々、悲惨なイベントにはならなかったのは何よりだ。


 そして、振り向けば、


「……」

「……」


 灰色ローブの魔族らしき女の子がリヤカーの上にまだ残っていた。

 こっちの子は、あっちの親子とはどうやら無関係の子だったようだ。



 ◆


「ルルルル」


 というのが彼女の名前らしい。ルルルルさんだ。

 僕の方は「ニリン」と名乗ることにした。二輪リヤカーを見ながら今、そう決めた。


 当たり前のように僕のリヤカーにちょこんと居座っているルルルルさんに僕は言った。


「…とりあえず、途中まで一緒に行きますか?」


 彼女は無言でうなずいた。

 そろそろ日も暮れつつある時間なので、一人で置いていくわけにもいかない。


 …と思ったけれど、あとで考えてみれば、かなり迂闊(うかつ)な選択だった。

 見知らぬ他人と二人旅なんて気楽にするべきものではない。


 しかも彼女は女の子で、僕は男で、だから彼女はすごく危ない状況にある……というのはあくまで「あっちの世界」の常識の話だ。


 こっちは「剣と魔法の世界」。

 つまり、僕はいつ彼女に背中から剣で斬られたり魔法で炙(あぶ)られたりしてもおかしくないような状況になってしまったと考えるべきで、危機意識が足りてないのは彼女よりもむしろ僕の方だった。


 だけど、言い訳をさせてほしい。


 いきなり召喚、翌朝追放、呼び止められて旅に出て、犬が走って火を吹いて、矢で射抜かれたり弾き返したりした結果が、今、ここだ。

 いろいろありすぎて感覚がマヒしてしまっていても仕方(しかた)がないと思う。


 ちょっと、かなり、疲(つか)れていた。

 だからもう、僕も堂々とリヤカーに乗車することにした。

 うちの犬がリヤカーを引いたり火を吹いたりしているところは彼女にも既(すで)に見られているので、今さら【自走】機能を隠す気もない。


「僕も乗るから、もうちょっと横につめてくれる?」


 他の荷物もあってそれほど広くはないリヤカーの上に、女の子とピッタリ肩を寄せ合って座るというのは、やっぱりちょっとドキドキする。


 それでも、なんとなく……ここで僕もちゃんと「自分の席」を主張しておかないと、このリヤカーがなし崩(くず)し的に「彼女のもの」になってしまいそうな、そんな予感がして僕も乗車を躊躇(ためら)わなかった。




 初日、二日目と、こちらの世界でいろいろとありすぎた。


 でも、それから先は思ったよりも順調な日々を過ごしていた。

 行商人もどきとしての僕の新しい生活が幕を開けた。


 僕が売るのは食料品が中心で、仕入れた品を離れた街で売るという、そんな生活を続けていた。


 品物の相場を少しずつ覚えながら、分からないことは相手に「ここだといくらくらいで売れますか?」とバカ正直に聞いてしまった。

 足元を見られてボッタクられても仕方がないやり方だったけど……今のところは、お客さんたちは親切に僕にいろいろと教えてくれている。


 僕のリヤカーの【品質保持】が役に立っていた。

 その街では手に入らない種類の新鮮な食材は、珍しいものとしても喜ばれた。

 干物とかの加工食品よりも、生野菜とか焼き立てパンとかがよく売れている。


 この世界には魔法の力で、見た目の倍以上の荷物が入るカバンとか、中身の時間を止める箱だとかがあるのだけれど、それらはどれも高級品だ。

 だから僕みたいに新鮮な肉や野菜を隣の街で売ろうと思えば、「高級カバン」の購入費用も価格に上乗せする必要があって、それなりに高価になってしまうのだ。


 それでも手っ取り早く単価を下げるなら、もっと大量の食品をまとめて運んで一気に売るという手もある。実際に大きな商隊がそうしている。


 だけど、それはそれで今度は輸送中に、人や魔物の襲撃──魔物というのは熊や狼のような獣全般も含めるようで、そもそもこの世界のすべての物に「魔力」が宿っているらしい──…とにかく、襲われないように移動には護衛を雇ったりしなければならないので、結局その分だけ値段は上がるし、移動や輸送に失敗したときの損害はものすごい金額になるらしい。



 もといた世界の「平和のありがたさ」を、今更(いまさら)ながら感じてしまう。



 あと、ルルルルさんは、まだリヤカーに載っている。

 銀髪碧眼の美人看板娘として、そのまま居座ってしまっている。


 ルルルルさんが商品を手渡しすると、だいたいのお客さんに喜ばれる。

 彼女が魔族であることよりも、そのかわいさにドキッとするお客さんの方がはるかに多い。


 別に彼女はニコニコ笑って「ありがとうございました!」なんて言ったりせずに、終始無言の変わらぬ顔で淡々と、僕が会計したものをお客さんに手渡しているだけだ。

 それはそれで高嶺(たかね)の花っぽい感じなのか、一生懸命さが出てくるのか、お客さんがドギマギしたり、「お手伝い、えらいわねー」と褒めたりしてくれていた。


 どこかの街では「荷車(リヤカー)の妖精」なんて呼ばれていた。 …それは、ほめ言葉、で良いのだろうか?

 妖精さん本人は、まんざらでもないらしい。



 でも、リヤカーに居座ってしまった彼女の気持ちも、少し分かる。


 うちのリヤカーは【品質保持】機能のせいなのか、とても快適だ。

 暑くもなく寒くもなく、雨や突風も弾(はじ)いてくれて、どんな道でもまったく揺れを感じない。

 欠点は「広さ」くらいしかない。


 いっそ街で宿に泊まっている時よりも、リヤカーで移動中の方が快適に感じてしまうくらいだ。ルルルルさんも、僕と同じ気持ちなのかもしれない。



 それでも移動中に魔物に襲われることもあった。


 でも無視していれば、謎の斥力で僕らにはまったく手が届くことも無く、そのうち魔物の方から勝手に逃げ出していった。得体の知れない何かに怯(おび)えるように、わりと全力で逃げていった。


「ルルルルさんは、わりと冷静だね?」

「うん」


 僕の方は、はじめのうちは未知との遭遇を前にフライパン片手に内心、手に汗にぎっていたけれど……僕もそのうち、慣れてしまった。



 それでも魔物の数が多いと、しつこく襲い続けてくることもある。


 そんな時は、犬が火を吹いて、ルルルルさんも魔法を放った。

 そういう意味では、ルルルルさんは看板娘、兼、護衛だった。


「基本の魔法」

「…きほん……これが?」


 どこかの有名アクションゲームのマリ男さんみたいに火球(ファイアボール)をポイポイなげるのは、本当に基本なのだろうか? 魔法が使えない僕には分からない。



 移動中、ルルルルさんは僕に、いつどこで拾ったのか分からない木の実とか果実とかを手渡してくれた。


 不思議リヤカーの旅は快適だけど、これはこれで何と言うか……高速道路で一日中ずっと徐行運転しつづけているドライバー(?)みたいな気疲れがある。

 だからルルルルさんからの果物とかの差し入れは、とてもうれしかった。


 リンゴっぽい果物をもらったから、短剣で手ごろな大きさに切り分けて、ついでに「うさ耳」をつけてルルルルさんにもお返ししたら、彼女は目を瞬(またた)かせた。


「…うさぎ」


 そのまま齧(かじ)るつもりで渡したそうだ。思ったよりも僕の手先が器用なことに驚いたみたいだ。



 僕自身もうろ覚えだけど、なんとなく、こういうのは得意だったと思う。

 そういうのが好きで一通り覚えたとか、いざという時に備えたかったとか、そんな理由だった気がする。


 …それがまさか、こんな形で「いざという時」が来るなんて思ってもみなかったけど。

 そんな話をルルルルさんにしてみたら、彼女も興味をもったようだ。

 僕がつくる簡単な料理やキャンプの真似事(まねごと)とかを楽しそうにじっと見るようになった。


 本当はリヤカーの【品質保持】があるから焚(た)き火する必要とかは無いのだけれど。

 それでもあえて火を起こして、お湯をわかして一緒にお茶を飲んだりした。


 なんとなく、何をするでもなく焚(た)き火をながめたり、どこに枯れ木を足すのが良いか考えたりは、楽しいものだ。


「お茶は私がいれる」


「そう? それなら任せるよ。

 …火傷(やけど)に気をつけてね?」


「回復魔法がある」

「そういう問題じゃないよ?」


 治せるから良い、なんて胸をはる焚き火初心者さんに、そういう考えは良くないことを説明するために、創作ホラー「微笑み伯爵と回復魔法」を語り聞かせようとしたら……「夢に出てくるからっ!」と本気で怒ったルルルルさんに火球(ファイアボール)を投げられた。


 その日の夜、せまいリヤカーの上に、震えるルルルルさんにぎゅっと抱きつかれながら寝ることになった。 …おかげでほとんど眠れなかった。



 そんな日々のなかで。

 もうすっかり、勇者たちのことなど忘れていた。

 なんなら「ルルルルさんと犬と一緒に旅するために召喚された」と感じてすらいる今日この頃。


 それでも今の暮らしに不満はなく、むしろ満足してしまっている自分がいる。



 食事のあとに、僕と犬とルルルルさんで並んで座ってみる星空とか、青空とか、夕焼け空とか。

 リヤカーの上で、ゆっくり、ゆっくりと流れていくその土地の風景とか、風の匂いとか。

 地平線の向こうから少しずつ、だんだんと、やがてはっきりと見えてくる次の街の姿とか。



 旅が好き、というよりも、何も変わらない、でもゆっくり変わっていくものが僕は好きなのかも知れない。



「思ったよりも早く街に着きそうだね、ルルルルさ──」


「──ル(・)ル(・)ル(・)」



 …仲良くなったからなのか? 彼女の名前が一文字減った。



「…ルルルさん、次の街でなにか食べたいものとかある?」

「……見てから決める」


 僕もルルルさんも、作りたての料理を【品質保持】できるリヤカーに、何を積むのか探して回るのをいつも楽しんでいる。

 買ったおいしい食べ物をそのまま別の街で紹介して、喜んでもらえるのもとても楽しい。


 今度は何が見つかるだろう? 近づいてくる街の姿に僕は目を細めた。



 ◆


 気分的には「商人Lv10」くらいにはなれた気がしてきた。

 実際に自分がどのくらい変わったのかなんて、あの監督官さんの鑑定メガネみたいなものを持ってないから、分からないけど。


 少しずつお金もたまってきたので収納用の魔法箱を購入してリヤカーの空きスペースが少し増えたり、でも結局また箱が増えてせまくなったり。

 靴や服装もこちらの世界のそれにだんだんと馴染(なじ)んできたり。

 いろいろと変わってきたような、でも大きくは変わっていないような、そんな生活が続いていった。


 余裕がでてきたので、その街にしか売ってないものを見つけたら買うようになった。

 名産品や名物というより、なんというか、東京にきた外国人観光客が「Tokyo!」て書かれたシャツを買うみたいな、そんなやつだ。


 それでも不思議なもので、別の街まで持っていけば、なぜか欲しがる人がいる。欲しい人にはほぼ原価で譲(ゆず)ってしまっている。

 商売と言うより趣味の布教になってきた。

 自分が欲しいものを中心に、売れなければ僕が使うつもりで仕入れたものが増えていくと、うちのリヤカーは食品店、兼、移動雑貨店みたいな感じになってきた。


「ルルルさんも欲しい物あったら買うから、言ってね?」

「大丈夫、買ってる」


 ルルルさんは僕みたいな無駄なもの……無駄ではないけど人によっては無駄なものとかを、買うことはない。おいしそうな菓子や果物を見つけたら買うくらいだ。

 彼女もうちの大事な売り子さんなので、ちゃんと給料を支払いたいのだけど、多く渡すと「こんなにいらない」と突き返されてしまう律儀(りちぎ)さがある。


 …だから彼女が興味を持ちそうなものは、できるだけ見逃さずに購入できるように、少しだけ気にかけている。



 僕の商売がとても順調に進んだ理由の一つとして、街の人たちが「行商人にやさしい」というのがある。どうやら彼らは、下手に騙(だま)して行商人たちに嫌われでもして街への物流が止まってしまうことを、かなり恐れている。


 この世界は一歩外に出れば魔物が徘徊する危険な世界だ。

 だから街と街の流通をになう商人たちとは殊更(ことさら)、誠実に向き合う風潮があるようだ。


 それに加えて、今から十数年ほど前に、この大陸で魔物の大量発生が起きてしまった。

 龍種をはじめとした大型の魔物のせいでいくつもの街が滅び、どうにか生き残った街も他の地域と断絶する事態になってしまった。


 そんな事態を解決したのが異世界からやってきたという勇者様らしい。それが今から7、8年前。彼の活躍によって大型の魔物はことごとく殲滅(せんめつ)された。


 ちなみにこの件に「魔族」は関係ない。

 というより、大河をはさんで南にある魔王国でもおなじように魔物の被害にあっていた訳だけど、あっちは増えた魔物をすべて自力で撃退できたらしい。


 いま魔王の国と戦争状態なのは、また別の理由だ。



 ともかく、僕の商売はかなり順調にやれていた。


「…ところで、ルルルさん? その浴衣(ゆかた)、どうしたの?」


「旅館の人がくれた。着て、宣伝してほしいって」

「商魂たくましいなぁ。 …その串焼きも?」


「こっちは屋台の人。一本おまけ、って」

「買ってないのに、おまけって。 …おいしかったら、宣伝してあげな?」



 おおむね順調な旅だった。

 もちろん、そればかりでは無かったのだけど。




 街から街へ移動する時、いつもは道なりに進んでいるだけでたどり着く。人が踏みならしたり整備したりした道の数はそれだけ少ない。


 それでも、森や山間(やまあい)の向こうにあるような村や街だと、道が途切れることもある。


「…ここもダメか。また引き返すしかないね」

「むぅ」


 街で購入した地図であっても情報が古いこともある。一晩中大雨や防風が吹き荒れてしまえば、木が倒れたり崖が崩れたりして通れなくこともあるから。


 以前、街の人に聞いた「物流の断絶が怖い」という話が身にしみる。

 正直、僕もリヤカーの【自走】機能がなかったら、とっくに心が折れて諦(あきら)めていたはずだ。


 逆に【自走】があるからこそ、ちゃんと新しいまともな地図の一つくらいは作っておこうって気分になった。

 うちの犬は実は犬じゃないので、いざとなったら一晩中リヤカーを引かせてしまってもゴキゲンに走り回ってくれるし。


 大まかな道筋と分岐と目印、行き止まりを示すバツ印で地図を更新しながら、何日かかけてリヤカーを進めていくと、ようやく山間の向こう、木製の防壁に囲まれた街が現れた。


「…えっ。

 …おいおい、嘘だろ?

 人が、来たのか…!?」


 壁の上の見張り役の男が叫びながら、あわてて街の中へと引っ込んだ。


 僕らのリヤカーが門前に着く頃には、門の向こうから先ほどの見張りの男と数人の街の住人たちがやって来て、一斉に話しかけてきた。


「やっと……いや、よく来てくれた! 歓迎するぜ!」

「おい、どうやって来た!? いま外はどうなってんのか聞かせてくれ!」

「あんた行商人だよな!? 食べ物は! あるのか!?」


「……」

「「!?」」


 眉間(みけん)にしわを寄せたルルルさんが、血眼(ちまなこ)でリヤカーをとり囲もうとする男たちに向けて、無言で静かに右手をすっと差し向ける。

 男たちが、一斉にピタリと動きを止める。


 …風にゆれる木々の音が、耳を撫(な)でる。

 謎の緊張感。


 …うん、これって僕が止めなくちゃいけないやつだよね?

 隣に座るルルルさんを横目で見つつ、ちょっと気まずい気分で街の人たちに、落ち着いてもらえるように話しかけた。


「えっと、ちゃんとお答えしますので、一人ずつ、聞かせて頂けますか?」


 話を聞くと、この街はいろんな不運が重なって今、大変なことになっているらしい──



 十年に一度くらいの規模の暴風雨に見舞われて、街と外とを結ぶ主要な道が断絶した。

 それと同時に魔物の群れが大発生。

 そんな時によりにもよって、どこかから逃げてきた盗賊らしき集団が、商人のふりをして街への侵入を試みてきた。


 さいわい盗賊の正体にはすぐに気づいて、侵入は阻止。

 盗賊たちは魔物に襲われて全滅するも、街の住民による魔物の調査や撃退は難航。


 時間の経過とともに魔物が共食(ともぐ)いで数を減らすも、それまでの間、街と外とのやりとりは止まってしまった。


 外から人がまったく来なくなってしまった。

 どうやら道が崩れたか魔物がいるかで、ここまで来れなくなったのだろうとは予想するものの、盗賊や魔物のせいで街は疲弊し、長雨のせいで食糧も危うくなってきた。


 一か八か、まだ動ける者たちを街の外へと旅立たせて救援を要請するか、再び誰か来るようになるまで防衛に徹するか、今まさに決断を迫られている…──



 …という状況の中、僕らがリヤカーでやって来たらしい。


 僕は手書きの地図を見張りの人に渡してみた。


「僕が書いた覚え書きくらいの、簡単なものですが……」

「お。おお! 詳細な地図じゃないか! ありがたい!」


 詳細とか言われると、ちょっと恥ずかしい。それでも地元の人にとってはやっと手に入った最新情報だった。

 情報を知ってしまって、それゆえに、街の人たちの顔色が悪くなっていった。


「…こ、ここまで、ひどい状態なのか」

「…これじゃあ、誰も来られるわけがない。まるで迷路じゃねぇかよ……」



 そこから先は、街の中へと移動して話すことになった。


 集会場みたいな建物の中の一室で、先ほどの人たちを含む街の代表者らしき人たちを交えての情報交換と話し合いの場になった。


「かなり、まずいな」


 誰ともなくそうつぶやいて、他の皆も同意するように黙ってしまった。

 これから救援を呼ぶにせよ、救援を待ちつつ立て直すにせよ、間に合わない可能性が高い見通しになった。


 こんな状況では、背に腹はかえられない。

 僕も、自分の持つ食料について情報を提供しようとすると、見張り台にいた人から即座に待ったがかかった。


「待て! …俺達はまだ何も、見ていないし聞いていない。 …分かるな?」

「「……」」


 …にらみつけるようにこちらに向けられたみんなの視線に、僕も分かった。

 言う前に、覚悟しろ、ということなのだろう。


 僕が食料を持っていると分かった以上は、彼らも街の人々を守るために、事態によっては僕からそれを根こそぎ奪い取る決断をせざるを得ない。

 それを分かっているのか? あるいは、せめて僕が絶対にゆずれないものは隠しきれ、と。


 彼らなりのギリギリの誠意を、僕に示したのだろう。


 とはいえ、僕も大したものは用意していないので、ほとんど提供してしまっても構わない。

 僕らだけなら、食料がほとんど尽きたところで、リヤカーを夜通し全速力で走らせてしまえば次の街くらいまではどうにかできる、犬の力で。


 ただ……リヤカーの積荷をどれから見せるかは、少し考えたかった。


「少し、待ってもらえますか?」


 リヤカーの方へ取りに行って、持ってきたのは2つの瓶詰(びんづ)め。


「こういうのは、食べたことあります?」


「ん? なんだこれ? …ウゲッ!?」

「「ッ!?」」


 僕の隣のルルルさんも含めて、みんなで眉をひそめたそれは、イナゴっぽい虫の佃煮(つくだに)と、ハチノコを炒(いた)めたものの瓶詰め。

 決して食べられないものというわけでは無いのだけれど、ルルルさんはもう見た目でそれは「食べ物ではない」と判定した一品だった。


 そんなみんなの反応の中で、年配の男が「…そうか、その手があったか」とつぶやき、他の人たちがギョッとした。


「おいおい……その手って、どういうつもりだ…!」


「どういうって、見たままだろ。

 わしが軍にいたころなんざ、こんな『上品な』食べ方はしなかったがな」


 正気か!? という反応の中で、もう一人、苦々しい顔で「…うちの嫁さんも、たぶん、作れる」とつぶやく男に、再びみんなの驚愕(きょうがく)の視線が集まった。


「…いや、俺も、一体なんの冗談なのかと思ったが……まさか実食する日が来るとはなぁ、ハハハ」

「おい、行商の兄さん、油と塩はあるか?」


「あ、はい。

 砂糖と塩は少し。油はそこそこ。あと醤油が、豆と魚の二種類ですね」


「十分だ。売ってくれ」


「あと、ハチミツを取るなら、虫除け用の煙筒もいくつか。必要な薬草さえあれば追加で作れる、簡単なものです」


 街の人たちの、うれしいような悲しいような微妙な反応の中、僕は続ける。


「生肉は少しだけあるんですが、魔物の大きさが分かるなら、罠に使える丈夫な糸と一緒にお譲(ゆず)りできますよ?」


 肉は罠におびき寄せる用のエサとして使ったほうが良い。

 罠で狩った「魔物の方を」食べる作戦だ。


 言いたいことが伝わったようで、「虫を食うよりは…」「どのみち、退治せにゃならんしな」と口々に言い合っている。


「丈夫ってのは、どの程度だ?」


「一本でも人ひとり余裕で支えられるくらいの、狩人の間では有名な合成繊維だそうです。ただし火で焼けば、すぐに溶けます」


 魔物のクモやカイコからとった糸を加工した「テグス」みたいな糸で、多目的に使えるものらしい。


「あとは、緑豆があります」


 育てば「もやし」になることでおなじみの豆。

 ただしこれは僕が知っているそれとは違う、異世界の緑豆だ。水につければ一晩でもやしに、5日で実が収穫できるというスゴイ豆だ。


 ただし、ぼんやりしてるとすぐに枯れたり、あたり一面がすべて豆で侵食されたり、わりと玄人(くろうと)むけの異世界野菜である。


 年配の元軍人らしい彼が、少し呆(あき)れたように僕に言った。


「兄さん、ずいぶんと準備がイイじゃねぇか?」

「いや、たまたまですよ、本当に」


 糸は、リヤカーが使えない事態になったときの備えとして、「狩人便利グッズ」をまとめ買いしたときに手に入れたものだ。

 緑豆は、なんとなく、もやしが食べたくなったとき用に買っておいた。

 油は……いざというときの、攻撃用?


 実際、いま一番欲しいはずの、肝心の食糧がぜんぜん足りていない。


 いくら便利でも、所詮(しょせん)はリヤカー。積載量には限度がある。 …ものすごく高価な収納箱をいっぱい用意すれば限界突破もできるのだろうけど、それは十年後とか? もっとずっと先の話だ。



 それでも、どうにかなるんじゃないのか? と、みんなの目に希望の光が戻ってきた。

 知恵を出し合い、やれることから試していくことになった。



 結局、僕とルルルさんとリヤカーも、街に一ヶ月ほど滞在することになった。



 魔物のほうは、罠にかかってもがいているところをルルルさんが風の魔法で真っ二つにして倒してしまった。


「敵が目の前にいて、詠唱する時間ももらえたら、できて当然」


 なんて少し照れくさそうに言っていたけれど、街の人たちの喜びようからぜんぜん「当然」のレベルでは無かったのは、見れば分かった。


 他の街とつながるはずだった主要な道をふさいでいた、倒木の数々。

 それらは結局、うちの犬が時間をかけて一つずつ【質量無視】の力で強引に押しのけていって、街の人たちをドン引きさせた。


 とはいえ、本当にただ道からどけただけで、倒木はまだそのまま残ってしまっている。

 ルルルさんの魔法で処理するにしても、あまりに数が多すぎたので、今後、街の人が少しずつ切って片付けることになった。

 木材として再利用すれば、無駄にはならないらしい。


 その一方で、悲報として。

 一ヶ月間、連日連夜、魔物の肉と、もやしと、虫料理の日が続いた。


 こればかりは、もうどうにもならない。

 僕としては、これはこれで貴重な体験ができてしまったと、そこそこ満足できたけど……

 …ルルルさんは初日から早くもリタイヤして、リヤカーで持ってきていた別の料理をいつもこっそり食べていたのは、街のみんなには「公然の秘密」である。



 余談だけど、この街を含めた行く先々で、僕とルルルさんは兄妹だと思われていたようだ。

 せまいリヤカーに僕とルルルさんがみっちり両隣で座る姿がほほえましい兄妹に見えていたと、街の人が教えてくれた。


 ちなみに、僕のこの世界での年齢は不明だ。たぶん、まだ十代? なんとなく若返ってるような気はしているけど。


 ルルルさんの年齢も不明だ。魔族のほうが人族よりも長命らしいけど……なんとなく歳を聞いたらまた火球をぶつけられる予感がして、聞かないままだ。



 そして一ヶ月後。


 僕の隣には、頭の上に花冠を載せたルルルさんが座っていた。

 一ヶ月ぶりに、年齢不詳の「荷車(リヤカー)の妖精」の復活だ。


 別の街から久しぶりにやってきた商隊と入れ替わるように、僕ら二人は旅立った。

 謎の犬が引く不思議リヤカーに乗って去っていく僕ら二人を、街の人たちは「お元気で!」「また来てくれよ!」という歓声で見送ってくれた。



「…はやく、虫とモヤシ以外を食べたい」

「ルルルさん、結局、最初の一回しか食べてないよね?」


 最終的には虫とモヤシがあの街の新たな名物になりそうなくらいに料理の質も上がっていたのだけど、それでも最後までルルルさんはお気に召さなかったようだ。


 それでも、街の子供たちが作った花冠のほうは、最後までしっかりルルルさんの頭の上に載っていたのだった。



 ◆


 久しぶりなのに「いつもどおり」に感じてしまう、徐々に近づいてくる次の街の景色。


 なんとなく少しホッとする気持ちと、それでも初めて訪(おとず)れる街に少し緊張する気持ちで、門衛の人と街へ入るための手続きを済ませて、中へと入った。


「…さて。無くなった食べ物とか、もう一度、ちゃんと買い足さなくちゃね」

「虫とモヤシ以外」


 そう言いながら、リヤカーの上から広場の周囲を見回すと、


「待っておりましたぞ、そちらの荷車の御方!」


 白髪の男がこちらに声をかけてきた。

 人通りの中で、いま荷車っぽいものに乗っているのは僕らしかいない。


 どうやら僕らの到着を待っていた人。

 その声の主(ぬし)は、僕よりも背が高くて立派な体格の、どこかで見かけた制服を着た、白髪白ひげの壮年の男だった。


 腰に手をあてて、こちらをじっと見つめている彼の姿は、なんというか……


 王都で監督官さんたちが着ていた文官服だったはずのそれが、やっぱり軍服みたいに見えてしまうのは、あっちの彼の凛々(りり)しい体格と立ち姿のせいだろう。

 それにあの姿勢って……なんだかボディービルの人が大胸筋をみせる、フロントラットスプレッド? あの人は、そういう人に見えてしまう。


 僕の隣に座るルルルさんが、嫌そうにつぶやいた。


「…フレデリク」

「うん? あの人、ルルルさんのお知り合い?」


「轢(ひ)いて」

「ひかないよ!?」


 ルルルさんの「轢殺(れきさつ)」指令が聞こえてしまったのか、あちらの彼も「よし、来い!」みたいな姿勢に変わっているのが、逆に怖い。


 王都の関係者っぽい人を無視して去るのも問題になりそうなので、彼のほうへとリヤカーを近づけていく。

 すると、彼は「監督官の部下の者です」と自己紹介しながら、いつか僕が監督官さんにもらった身分証明のための短剣と同じものを見せてくれた。


 そのまま彼は僕らに告げる。


「はじめまして、フレデリクと申します。それから──」

「知らない人」


「──お初にお目にかかります、麗(うるわ)しきお嬢様」


 ニッコリ笑うフレデリクさんはどう見てもルルルさんの知り合いっぽいけど、彼女に話を合わせて初対面という設定を選んだようだ。


 そして彼は僕に一枚の紙を差し出しながら、今度は小声で伝えてきた。


「こちら、監督官から【リヤカーの勇者様】へ。できれば今、ここで中身をご確認いただきたく」


 手渡された監督官さんからのお手紙を読もうとすると、手紙と僕の間に頭をねじこんでくるルルルさん。


「ちょっと、見えないから、ルルルさん! 一緒に読むのはいいけど、頭をどけ──ルルルさん!?」


 こともあろうか、僕が読む前にルルルさんが手紙をビリビリに破(やぶ)いてしまった!?


 すると、すぐさまフレデリクさんが、ニコニコしながら懐(ふところ)から二枚目の紙を僕に差し出してきた。

 僕が謝罪する前に、「分かってました」とばかりに手渡されてしまったそれを、今度こそ、僕も読もうとする。


「えっと‥…『二枚目のこれも一枚目とまったく同じ内容だ──』、だから! ルルルさん! 破かないで!?」


 再びルルルさんが紙をビリビリにしきる前に、すでに懐に右手を入れてニコニコしているフレデリクさんの姿を見つけて、ルルルさんは、今度は直接フレデリクさんに襲いかかった。


 そんな二人がじゃれ合っているのを横目に、ルルルさんの突撃を受け止めながらフレデリクさんが「左手で」僕にさり気なく投げ渡した、三(・)枚(・)目(・)の紙に、僕は目を通した。


 渡された手紙、『三枚目以降は序文も含めて複製で済ませることを許してほしい』で始まるその内容は──僕の旅路が順調であることを願っていること、なにか困りごとがあれば目の前にいるフレデリクに伝えてほしいこと、そして、西の果てにある常闇城(とこやみじょう)に囚(とら)われたままの王女を取り戻してほしいこと──が書かれていた。


 なるほど。

 3つ目が、いかにも勇者への依頼っぽい。

 だからこそ、スキルが【リヤカー】である僕に頼むのは、おかど違いだ。


 足をジタバタさせているルルルさんをしっかり両腕で抱え込んでニコニコしているフレデリクさんに、僕は正直にたずねた。


「…これを、なぜ僕に? 人違いでは?」


 その疑問に、「ふむ」とひと呼吸おいて、フレデリクさんが答えた。


「それは、リヤカーの勇者様が、最もご活躍されていらっしゃる勇者だから、でしょうな」

「??」


「あなた様が各地をめぐり、更新した地図と最新の情報を人々に届け、人々の『つながりの復興』に尽力なさっていることは、私も聞き及んでおります」


 僕のなんちゃって行商の旅は、思った以上にご活躍したことになっていた──



 ──現在、魔王国との戦時下にある王国は、どうしても人手の多くを戦地や戦争関連に割(さ)かれてしまっていた。

 各地の治安の維持だとか、社会基盤(インフラ)の保全だとかに十分な手を回せなくなっている。


 社会基盤の一つである「街道の確保」も、多くの手間暇とコストがかかる大変な作業なのだが……それを期せずして、僕が担(にな)う結果になっていた。

 たしかに僕は、先日の山間の街でやっていたようなことは他の土地でも、他の人たちが困らない程度には手伝っていた。


 特に、明るい話題の少ない今、僕が趣味半分で売り歩いていた隣町の変な名物とか、焼き立てパンとかは、街の人々に「隣の無事」や「近隣とつながる楽しみ」を広く知らしめることになったという。


 加えて、ルルルさんと一緒に回ったことにも意味があった。


 ここ数年で魔王国との仲が悪くなったものの、それ以前から、王国には魔族の人々もふつうに暮らしていた。彼らは今もなお一人ひとりが各地域の生活を支えている。

 それが戦争状態になり、人族と魔族がおおっぴらに交流しづらくなった状況下にあったのだが……


 …何も知らない僕が、魔族のルルルさんと一緒になって、各地で行商する姿を堂々と見せつけ続けていた。まるで仲の良い兄妹のように。


 そんなささいなことが、それでも王国の民があらためて考え直すきっかけになった。

 結局のところ、種族の問題以前に、その人それぞれの人格の問題であるということを──



「──なるほど。そうでしたか。

 すごく、おおげさな話ですね……!?」


 僕は戸惑った。

 話が大きくなり過ぎて、「それ、誰の話!?」と思ってしまった。


「いえいえ、これは事実として、あなた様にしか成し遂げられなかった偉業なのです」


 そこまで断言されてしまっては……

 これ以上の否定は、「王国の人たちはこんなこともできないんですかぁ?」という皮肉みたいになっちゃいそうだ……


「…えっと……それなら。

 僕以外の勇者たちは、今、どうしているんですか?」


 ハズレ扱いの僕がそれなら、【剣聖】とか【聖女】とかは、一体どこで何をやっているんだろう?

 その質問にフレデリクさんは予想外の答えを返した。


「あなた様以外では、【タケノコの勇者】様がご活躍していらっしゃいました」

「なんて?」


 聞き間違いかと思ったら、言葉通りの【竹召喚】のスキルを持った勇者がご活躍らしい。



「大森林橋での防衛戦を、ほぼ一人で担っていたと伺(うかが)っています」



 大森林橋というのは、この大陸を2つに分かつ大河にかかる大きな橋だ。


 もともとは蔦(つた)が絡(から)まり集まったもので、集まった蔦(つた)が河を渡って向こう岸まで伸びていって、それが育って網のように、やがて橋のように成長してから、その上に樹木なども育って森になったという、なんとも壮大なお話だ。


 そんな橋の上の大森林に、タケノコの勇者がさらに竹林を追加した。


 うっそうと茂(しげ)る竹林で敵も味方もそう簡単には橋を通れなくしてしまった。

 そして両国の戦いは橋をはさんでの膠着(こうちゃく)状態に陥(おちい)ったという。


「両軍の進行を止めるくらい、って、めちゃくちゃ竹が生えたんでしょうね?」

「そのようですね」


 数本だったら、伐採すれば良いだけの話だ。

 だけど竹って、成長が早いから……


「あ。たしか竹って、放っておくと手のほどこしようが無くなるくらいに増えるって……」


 増えすぎる。

 ただでさえ誰も通れないくらいまで増やしたのに、それを放置したらもっと増える。


 そのまま橋が崩落するんじゃないだろうか?

 僕の不安に、フレデリクさんが苦笑した。


「ええ、まさに。

 それを踏まえて『いっそ橋を落とせ派』と『いますぐ止めさせろ派』が王国、魔王国の双方で言い争っているそうです」


 そんな争いごとの渦中にいたタケノコの勇者。


 怪しい雲行きになったのを察知したタケノコの勇者は、竹にしがみついてニューンと上に避難……天高く伸びきった竹は、はるか彼方へグニャリとし(・)な(・)っ(・)て(・)、地平線の果てへと勇者をそのまま、連れ去っていったそうな……なに、その童話(メルヘン)?


 なお、増えすぎた竹は【剣聖】の活躍によって伐採されて、いまのところ橋は半壊で済んでいるそうだ。


「…なるほど?」


 リヤカーとタケノコが大活躍中という、よく分からない状況というのが分かったところで、僕の問題についてあらためて考える。


 王女の救出依頼について。


 フレデリクさんがその手紙を目の前で僕に読ませたのは、僕の返事を聞くためだった。



「できればこの場で、お返事を頂いても宜(よろ)しいですか?」



 彼が僕と、僕の隣に戻ってきたルルルさんを、申し訳無さそうに見つめる。


 だけど、そういうことなら僕の答えはもう決まっている。

 念の為、ルルルさんにも聞いてみる。


「ルルルさんは」

「決めて」


 即答だった。

 だったら、僕は。



「すみません、僕には」



 フレデリクさんの方に向き直った僕の、服の袖(そで)が、キュッと引かれて──出かけた言葉をどうにか無理やり飲み込んだ。



「──………。

 …えっと。


 即答は、ちょっと難しいです。


 ……ひとまず、その常闇城? そちらに向かいながら、無理そうだったらあきらめる……というのでは、だめ、でしょうか……?」


 やっぱり命には代えられないので、と尤(もっと)もらしい取って付けた言い訳も付け加えながら、僕はどうにか「修正した答え」を即興で、冷や汗を背に、作り上げた。



 そんな僕の答えに、大きく瞬(まばた)きをするフレデリクさん。

 …まだにぎられている袖の感触に、僕は固唾(かたず)をのむ。



 やがて彼は、満足そうに微笑んだ。


「…ええ、ええ。

 あなた様の仰(おっしゃ)るとおりです。それで宜(よろ)しゅうございます」



 それから、フレデリクさんから旅の資金提供の申し出があったのだけど、「お気持ちだけで」とお断りした。

 受け取ってしまうと、救出依頼も断りづらくなるからだ。


 こちらの心境を察したのか、フレデリクさんもすぐに引いてくれた。



 いくつか確認ごとを済ませると、彼は「道中のご無事を願っております」と深くお辞儀をして、そのまますぐに立ち去っていった。

 出会いも別れも、あっという間の出来事だった。



 心なしか足取り軽く去っていくように見えるフレデリクさんの背中を、僕ら二人で見送った。


 その一方で、僕の隣のルルルさんの顔色は、あまりよろしくない。



 僕は依頼を断るつもりだった。

 でも、断れなかった。


 ルルルさんは手紙をビリビリに破いたのに、その依頼を「断って」とは言わなかったことを、袖を引かれた瞬間に気がついた。

「轢(ひ)いて」とかはすぐに言っちゃうくせに、なにかそれ以上に言いづらい事情がルルルさんにはあったみたいだ。


 …いま思えば、もしかしたら。

 僕に「決めさせる」のが彼女のギリギリの、精一杯の決断だったのかもしれない……



「…一番、ずるい答えだよね」

「っ!?」


 こちらにサッと振り向いた、怯(おび)えた顔のルルルさんに、僕は言った。


「だって、僕(・)ら(・)はまだ、やるともやらないとも言ってない。

 ひとまず西に行って、やっぱり途中で北にそれても、約束どおりだ」


「……」


 自分のずるい言(い)い草(ぐさ)に苦笑しながら、彼女に告げる。


「僕らは、いつもどおりどこを目指しても、自由だよ?」



 何も変わらないと、ルルルさんに伝えた。



「…うん」


 彼女のホッとしたように見える表情に、僕のとっさの急ハンドルは間違ってなかったと、僕もホッした。



 その後。

 犬の引くリヤカーで西に向かいながら、僕は「彼女の行きたい場所」を待つことにした。


 だけど彼女は数日のうちに、どこに行きたいかを決めていたような、そんな気がした。



 そのまま僕らは、途中で方向転換することもなく、常闇城へと向かって行った。



 ◆


 常闇城を目指して移動する、その途中の話。


 この世界で感じた違和感が、分かったような深まったような、そんな出来事があった。


 この国の各地で、街の食堂や宿をいくつも利用してきたけれど、異世界から来た僕にはちょっと不思議なくらいに、店の壁に目立つように「紙」が貼られていた。

 星のマークが書かれた紙(たぶん国旗?)とか知らないおじさんの肖像画(歴代の王様?)とか。

 きれいに飾(かざ)ったと言うよりは、仕方無しに貼っているように見える、雑な紙。


 中でも、その日入った食堂は、ちょっと個性的では済まされないくらい壁にいっぱい無秩序に「いつもの紙」が貼られていた。


「悪趣味」

「ちょっとルルルさん! しーっ!」


「おう、悪趣味だろ?」


 強面の店主が、ちょうど僕らのテーブルに料理を運んできてしまった。


「え、っと、…国旗が好き? なんですね?」


 とっさに入れた僕のフォローに、店主が怒鳴り気味に僕に返した。



「んなわけねぇだろ!?

 国威損壊罪があるからだよ!」



「「………」」


 国威損壊罪。


 …おぼろげに、思い出した。

 自分の所持品を壊せば捕まってしまう、なのに、それを動画で数百万人に配信しても捕まらない、一体誰をどんな基準で何から守ろうとしているのか分からない「刑罰」が、いきなりできてしまう気持ち悪い世界のことを、思い出して、ゾッとした……


 …なんとなく「悪い予感」がする僕に、店主さんが親指で「これだよ」と壁の紙の一枚を指さした。


 それは星のマークとともに、条文が書かれた紙だった。



  公然と国威の象徴を損壊、除去、

  または汚損することを禁ずる



 それが「国威損壊罪」らしい。

 その「国威の象徴」に該当するのが、壁に貼られた紙の数々、国旗や肖像画のことらしい。



「気づいたら、こうやって勝手に貼られて、増えてんだよ」


 あらためて説明されると、ものすごく気持ちの悪い壁に、つい、聞き返す。


「その紙は、剥(は)がさないんですか?」

「もちろん剥(は)がした、最初は、な」


 僕の問いに、店主は深いため息をついた。


「…どこぞの馬鹿が『ここにあったはずの国威を店主が除(・)去(・)しやがった!』なんて騒ぎやがった。

 それで、取り調べのために憲兵が俺をしょっぴきやがった、営業時間中にな。

 もちろん俺は無実で、すぐに釈放されたが……翌日からもう、客が来なくなっちまった」


 違法な店、憲兵に目をつけられた店と誤解されて、警戒される事態になった。

 暗い顔で店主が首を横に振る。


「あやうく店が潰れるところだった。

 最近ようやく、客足が戻ってきたってのに……はぁ。

 もう壁のシミすらも落とせねぇよ……」


 だから壁には、悪趣味な紙がたくさん貼りっぱなしだと店主は言った。


「……」


 ルルルさんも、苦い顔をした。


「……」


 ……そもそも、旗(はた)とか国旗とか。

 …何かを旗(はた)に描くときって、風になびいても分かりやすいように、位置や大きさを「原型」よりもずらして描くはずだ。それに使っているうちに雨風で色あせるから、色や形も少しずつ変わっていく。


 つまり、「本当の国旗」よりもズレたものだって、国旗と解釈されるし、その逆もある。


 明確な定義が必要だ。

 契約とか、人の命がかかわるものとか、言葉の意味を細かく決める必要がある。


 同じ言動でも、美人やイケメンで人気者のそれと、ブサイクで不人気な人のそれとでは、価値が変わる。当然だ。好き嫌いなんて誰にだってあるし、それぞれが自分の価値を楽しめばいい。


 でも、そういう価値や感覚で、「誰かを裁(さば)く」のは違う。


 みんなの感覚や気分みたいな、その場の空気や「一般常識」とかで、奪われたり殺されたりしないように人を守る手段の一つが、法律だ。

 だから法や刑罰に、あいまいな文言は許されない、はずなのに……


 …「国旗みたいなシミ」と「シミっぽい国旗」の境目(さかいめ)は、一体どこで、誰が決めるのか?

 壁のシミすら落とせないという店主の言葉も、ぜんぜんシャレにならないんだ。



「…やつらだ」



 店主の言葉に、店の外に目を向ける。

 店の外を歩く制服の男たちが、こちらに気づいて、サッとこちらから目をそらした。


 店主の憎悪の視線が、ずっと彼らの背中を追いかける。

 どうやら彼らが「憲兵」らしい。



 とはいえ、憲兵が悪いわけではないのだろう。


 彼らは彼らで、うっかり誰かが目の前で「壁のシミ」をきれいに掃除してしまったら、ちゃんと捕まえる義務がある。それが仕事だ。見逃せばそれは職務放棄になってしまう。


 悪法も法。

 一度作られてしまったらもう、従わざるを得なくなる。



 店主が「悪い、つまらねぇ話に付き合わせちまった」と言って、去っていった。


「……」


 もう、食事の味が、しなかった。




 これは、その後で知ることになったのだけど……



 この国で「国民の代表を選挙で決める制度」が始まったのは、つい五年ほど前の話らしい。

 そしてそれは悪夢の始まりでもあった。


 目ざとい立候補者たちはすぐに「選挙のルール」に気がついた。

 要は、投票者たちの耳目を引けば勝ちなんだ、と。

 勝ちさえすれば、思いのままに法が作れる。


 議員たちが国民に「ウケる」法案をどんどん作った。みんなにウケれば選挙に勝てる。

 まるで医者が患者に「気持ちよくなれる薬」を、副作用なんて一切説明せずに処方するように、民に、国に、どんどん投与していった。


 それと同様に、彼らにとって都合のいい法も、こっそり次々に作っていった。


 ある日、彼ら議員たちの違法行為が発覚して、民は彼らにこれまでの「記録の開示」を強く求めた。

 すると彼らはすぐさま「記録の開示は十年後とする」法をつくって、事件の詳細を隠し通すことに成功した。

 そもそも「記録の保管義務は七年まで」という別の法があったことを、民は知らず、法をつくる側である議員たちはちゃんと知っていた。


 そんな風に、議員たちはどんどん法を作ってしまった。ろくな議論もしないままに。


 民は激怒した。

 だが怒ったところで、どうにもならない。


 次の「選挙」こそは正しい立候補者を選ぼうと決意するも、立候補者の大半は嘘つきだった。

 選挙期間中と、当選後とで、彼らの言動はまるで一致しないのだ。

 正しい候補者なんて選びようがない。


 耳目を集めて票を得るには宣伝や広報、つまりお金がかかる。あるいは突拍子(とっぴょうし)もない「ウケる」手段で悪目立ちするしか無い。

 そういうことができる候補者ばかりが増えていく。

 似たような内容なら、より目立った方が勝つのが「選挙のルール」だと、民はやっと気づいてしまった。


 あきらめる民が増えていった。


 忙しい日々の中で、いきなり始まり、わけも分からず終わる「選挙」に、だんだん興味を失っていった。

 生き残るためには強者側に、勝ち組に所属しておきたいのが人の心理だ。

 だから民が「与党に票を捨てる」のは、もう時間の問題だった。


 やがて一つの政党に票が、権力が集中するようになっていった。

 すべてが「多数決」で決まっていった。




 異世界から召喚された先代勇者が、王国を救ったというのが七年前。

 国民の代表を選挙で決める制度が始まったのが五年前。

 魔王国との戦争が始まったのが一年と少し前。

 僕らが召喚されたのが、ついこの前。


 召喚された日、「先代勇者」の話題は無かった。



 すべて偶然だと、思いたい。



 ◆


 監督官さんからの「王女を取り戻す」依頼のために西へと向かう。


 魔王国との戦いの最前線である大森林橋は、王都のずっと東にあって、さらわれた王女様がいる常闇城というのは逆にずっと西。

 戦いになんて参加したくない僕には、王女様のことはともかくとして、西に行くのは都合が良かった。



 あの依頼の手紙を受けたとき、フレデリクさんに僕はその王女様のことを確認した。



「僕が取り返せるかどうかは別として、王女様ってどんな方なんですか?」


 ちなみに、某有名アクションゲームとかだと、さらわれたお姫様を助けに行ったマリ男が7回くらい偽物をつかまされる展開だ。

 そういう悲劇をさけるためにも本物はどんな人なのか、先に聞いておかなくちゃならない。


 そんな僕の質問にフレデリクさんは……彼は、ルルルさんのほうをじっと見て、ルルルさんは彼を無言でじっと見返した。


「…そちらのお嬢様のような美しい銀髪碧眼の方で」

「……」


「そちらのお嬢様くらいの、年頃の方です」

「……」


 …もしかして親戚だったりする? とルルルさんに聞いてみたら、彼女は首を横に振った。




 そんなやり取りもあって、僕とルルルさんを乗せたリヤカーを引いた犬が、西を目指して進んで行った。


 常闇城の場所はすぐに分かった。

 なんだか、そこだけ空がうっすらと雲がかかっているのか、昼でもずっと暗くって……



「はい」


 と言って、隣に座るルルルさんが僕に果物を渡してくれた。


「いつもありがとう、ルルルさん……えっ、バナナ!?」


 驚く僕にルルルさんが口元をあげてフフンと笑った。

 なんかカワイイ。


「これ、どこに生えてたの!?」


 という僕の質問に、ただフフン? と笑うだけのルルルさん。

 かわいさだけで黙秘する気だ。

 きっと妖精さんにしか見えない秘密の木とかがあるのだろう。


 それはさておき。


 正直、僕がさらわれた王女の救出とか、できるだなんて思っていない。

 でも、行って帰ってくるだけならうちの犬とリヤカーの【品質保持】機能の力で、どうにかなる。


 だからとりあえず様子を見てから「やっぱりダメでした」と監督官さんに伝えるつもりだった。

 せめて僕が行って得た情報を伝えておけば、僕の次に行く誰かは救出に成功するかもしれないし。


 でも、怖いものは怖い。

 そもそも僕に頼む前はどうしていたのか? という話だ。

 当然、誰かが先にチャレンジして、「失敗した」ってことだよね?


「…ルルルさんは、すごく冷静だね?」

「?」


 昼なのに夜のように薄暗い森の中。


 奥へと進んで行くリヤカー。


 すごく心細くて、

 怖かった。



 …最初のうちは。



「すまねぇ、本当に面目ねぇ…」


 そう僕らに告げて、リヤカーの隣を歩くおじさんはお姫様ではなく、おじさんだ。

 リヤカーに積んでるさらに二名と、歩いている一名も、お姫様ではなくおじさんである。

 彼らは「冒険者」の人たちだ。


 常闇城に行く途中の森で、彼らが糸で縛られて倒れていたところを救助して、今は最寄りの街に引き返すところである。


 実はこれでもう、三回目。

 城を目指して、行き倒れを拾って、引き返す。それをもう三回繰り返している。

 登山の予定が遭難者をひろって引き返すような気分?



 しようがないから回復薬を仕入れ値の五割増しくらいで売ろうと思ったら、それを止めたルルルさんが彼らに回復魔法をかけて十割増しの金額を請求した。あくどい。

 ところが、彼らに怒られた。

 せめて三倍は請求しろ、それが相場だ、と。


「…それに、そんなに安売りされちまうと、いつか俺たちが救助依頼を受ける時に、報酬が減っちまうだろ?」


 こちらへの感謝半分、本音半分くらいなのだろうが非常に説得力のある言葉だった。


 それに加えて、


「た、助けてくれ…」

「「……」」


 帰り道でさらに一人増えた。

 既に救助済みの人たちも気まずそうな顔をした。


 倒れていた彼は、僕らのリヤカーの後ろを追跡しようとして、失敗した人だった。

 …本人は僕らに便乗しただけのつもりでも、追跡される側には「背後からの襲撃犯」と区別がつかない危険な行為だ。


 本当はそれを指摘したい冒険者たちが、自分たちも救助された側だから、今は言葉を飲み込んだ、みたいな顔をしていた。



 こうして、王女様の代わりに冒険者たちと帰還した。

 街に着いたら、そのまままっすぐ冒険者組合まで行く。三回目だからもう慣れたものだ。

 犬とリヤカーを玄関前において、連れ帰った人たちをぞろぞろ引き連れてまっすぐに正面のカウンター窓口へと向かうと、受付担当のお姉さんがホッとしたような困ったような微妙な顔で僕らを迎えた。


 簡単な事務手続きのあとに受付担当さんが銀貨の入った袋を僕に差し出した。


「少額で申し訳ありませんが、こちら、救助報酬です」

「いえ、依頼を受けたわけでもないので、十分です」


 そもそも僕は冒険者登録もしていないから報酬が出なくて当然だった。

 だけど二回目からは「さすがに申し訳ない」ということで、ちょっとだけ報酬が出るようになった。


 僕と受付さんのやりとりをじっと見ていたルルルさんが、僕に言った。


「冒険者、やる?」

「いや、やらないよ?」


 そこに受付さんと冒険者まで続く。


「オススメですよ?」

「もっと報酬ふんだくりますよ?」


「オススメだぜ!」

「救助された人に言われましても?」


 リヤカーの勇者と行商人だけで十分だ。これ以上はもう、僕の生活には過積載だ。 …なんて思えば、このまま常闇城を目指していいのか迷ってしまうけど。



 常闇城を取り囲む森の中には、地元の住人たちは立ち入らない。

 入ったとしても、周辺を少し回って薬草や動物を狩るくらいで、決して奥には行かないらしい。


 だが、ここ最近は「囚われの王女の噂」を聞きつけて、外から冒険者たちがやってくるようになった。

 そして森の奥へと挑んで、行方不明になっていく。

 骨も残さず食われたのか、大口たたいて逃げ去ったのか、その真相は分からない。

 いずれにせよ、近隣で行方不明者が増えるというのは冒険者組合としては正直、迷惑で困るらしい。


「ええ、困ってるのです」

「…すみません」


「本当に、すっごく、困るんです」

「「本当に、すみません!」」


 受付さんと救助された人たちとのやり取りは放っておいて、僕らは冒険者組合を後(あと)にした。

 それに続いた「最近はこちらに【勇者様】までお見えになるという噂もあって、とても困ってるんです」という受付さんの声に……なんだか申し訳ない気分になりつつ僕はそそくさと出ていった。



 翌日、四回目の常闇城チャレンジが始まった。



 どうやらこの森には蜘蛛(くも)みたいな魔物がいるらしい。

 しかもそれは、たぶんものすごく「めんどくさがり屋のクモ」だ。


 過去三回の救助活動で、被害者たちは「すごく雑に」糸にからめとられていた。

 得物を逃がさないグルグル巻きではなく、糸で3~4回巻いたくらいで「もう、これでいいや」とばかりに投げ捨てられていた被害者たち。


 だから被害者たちも片足の膝(ひざ)から先とか、腕の肘(ひじ)から先とかは自由なままだった。

 それでも、中途半端に自由だったせいで、すごくがんばったあげくに抜け出せず……そんな雰囲気で被害者たちは行き倒れていて……


 …リヤカーを引く犬が、ぴたりと足を止めて右を向く。

 僕とルルルさんも同じく、右を向く。


 薄暗い森の向こうは、動く生き物の影は無く、音もなく、匂いもない。


「…犬には匂いが分かるのかな?」

「…あそこだけ、気配が無い」


「…なるほど?」


 言われてみれば、なんだかあっちの方向だけにぽっかりと穴が開いているような、不自然な空気? みたいなのを感じる気がする。



 再び犬が歩き出した。



 結局、その後、何にも遭遇せずに犬はリヤカーを引き続けて、そのまま常闇城にたどり着いたのだった。



 ◆


 常闇城の立派な門は開いたままだった。


 そのままリヤカーで近づいて行くと、城の中に人影が見えた。

 立派なお屋敷にでもいそうな、いかにも執事っぽいスーツ姿の、魔族の男。

 服装は違うけど、なんとなくこの前会ったフレデリクさんを思い出す雰囲気の人が立っていた。


 彼は近づく僕らの、ルルルさんのほうを見て目をわずかに見開いて、うれしいような困ったような戸惑いの色を少し見せてから、元の落ち着いた表情に顔を戻した。


 そして僕らにこう言いながら、歩き出した。


「どうぞ、こちらへ」


 そのまま中へと案内されて、なんとなくリヤカーから降りそびれてしまった。

 犬もそのまま、僕らを乗せたリヤカーを引き続ける。


 石畳(いしだたみ)や石壁の色あいになんとなく歴史を感じる、古めかしい立派な城の中は、塵(ちり)も埃(ほこり)も見当たらない良く行き届いた質素ながらも上品な城で、リヤカーの一台くらいは問題なく通れるくらいの広い城だった。


 やがて下へと続く階段にたどり着いた。


 そのまま「リヤカーで」階段を下り始める僕たちに、執事っぽい人が僕らを二度見したけれど、咳払(せきばら)いして再び案内を続けた。

 うちのリヤカーは【品質保持】機能のせいなのか、どんな荒地だろうが階段だろうがまったく揺れを感じない気持ち悪さがあるのだけれど、さすがにもう慣れた。



 降りた先は、地下牢(ちかろう)だった。

 まっすぐ伸びた石の通路に並んでいる、牢、牢、牢。


 いまは囚人の姿もなくキレイな場所だから、「倉庫です」と言われれば「そうですか」と納得してしまいそうな、そんな場所。



 そのままさらに奥へと進んで行くと、最奥にある牢。


 牢屋、のはずなのだけど……

 …その中身は、ちょっと高めのホテルみたいな大きめの寝台とサイドテーブルと、室内を照らす上品なランタン。

 手前を鉄の棒で仕切られてなければ、普通に「寝室」に見えてしまいそうな、そんな部屋。


 ここが目的地だ。

 王女が囚われているはずの場所だった。



 そして、



 リヤカーからぴょんと飛び降りたルルルさんが、

 牢のなかにトコトコ入っていって、

 中にある立派な寝台の上に。

 ちょこんと座って、こっちを見た彼女に、僕は手で顔を覆(おお)った。



「…やっぱり……本人か……!?」


「うん」



 さらわれた王女というのは、ルルルさんのことだった。



 案内してくれた執事さんが、僕が「何も知らずに連れて来られたルルルさんの友達」だと理解したのか、ちゃんと僕に事情説明をしてくれた。


「お姫様(ひいさま)は、人族の王と、魔王様のご息女の間にお生まれになった御子なのです」


 おひいさまはもちろん、ルルルさんのことだ。


 長命である魔族の頂点である魔王には、たくさんの娘がいた。

 そのうちの自由奔放すぎる娘が、久しぶりに再会した人族の王に「この子、私たちの娘だから、あとはよろしくね?」とウィンクしながら手渡したのがルルルさんだったという。


 それ自体は問題なかった。ルルルさんは人族と魔族との友好の証みたいな存在だった。

 過去の歴史で人族と魔族で争うことはもちろんあったが、そもそも人族同士、魔族同士でも争ってきたのだから、別におかしなことは何もなかった。


 それがおかしなことになったのは、一年と少し前。

 人族の中に法を破り、魔族の奴隷を手に入れたものが現れた。


 魔族側でそれを手引きした者を、魔王は処分した。

 魔王は同じことを人族の王国にも求めたが、王国の「議会」がこれを拒否した。

 それどころか「我々は何も悪くない」と議員たちが開き直った。


 そして戦争が始まった。


 魔王国側の幹部の一人が暴走した。

 人族の王国の城へと侵入して、眠っていたルルルさんを誘拐した。

 彼女を連れ去った先がこの常闇城。

 起床したルルルさんは、事情を理解して、その誘拐犯をボコボコにした。


 ルルルさんは、そのまま城に住み着いて、帰らなかった。


 いろいろ面倒な事情があった。

 このままルルルさんが王国に帰ったところで、誘拐を理由に議会が戦争を激化させるのは目に見えていた。

 とはいえ、この常闇城は大河をはさんで北側の「王国側」にある城だ。本気で救出する気があれば、早く助けにくれば良かった。


 城に住む魔族たちはルルルさんに迷惑をかけてしまった引け目があるので、帰宅しない彼女につきあったのだが……いつまで経っても彼女を救出しに来る者は現れなかった。


 まったく来なかったというわけではない。

 一応、人族の救出隊も何度かやって来たものの、仮にも「我らのお姫様(ひいさま)」を預けるに足る者たちかといえば、ぜんぜん話にならない奴らだった。

 だから全員、返り討ちにした。


 ルルルさんはルルルさんで、常闇城から旅立ってしまった。

 ここ五年ほど、王国では魔族排斥の不穏な空気があったから、それで困っている人たちをルルルさんは助けたかった。だから彼女は、王国中を旅して回っていたのである。


 そんな中で、僕と彼女は出会った。

 …ていうか、王都のすぐ近くに「誘拐されたはずの王女」いるじゃん、という話だった。


 その後、なんだかんだあって。

 誘拐された元の位置に王女様を、僕がリヤカーで送り届けたのが、今らしい。



「…ルルルさん……」

「たのしかった」

「お姫様(ひいさま)が大変お世話になりましたようで……」


 いたずら成功、みたいな顔のルルルさんに、執事さんもほっこりと笑顔になった。



 ◆


 そこに、不穏(ふおん)な声が割り込んできた。


「おい、どういうことだ」


 地下の通路の奥、入口側からやって来る四人の足音。

 こちらを、「僕を」認識した彼が、声を荒げる。


「おい、こら。

 どういうことかって聞いてんだよ、【リヤカー】!!」


 声の主(ぬし)は【剣聖】だった。


 残りの三人は、たしか【聖女】と……あと誰か、女の子三人。

 あれ、王女様であってるよね? とひそひそ言い合う彼女たちの目的は、やっぱりルルルさんらしい。


 …これ、かなりマズイ状況だよね?


 そんな四人に対して、執事さんがスッと前に出る。

 先ほどまでとは別人のような無表情が、「招いてませんが?」という強い拒絶の意思を物語った。


 一触即発。

 そんな空気が分かってないのか無視してるのか、【剣聖】はただ要求した。



「そっちの王女を、さっさとよこせ!」



「違う、私はリヤカーの妖精」

「…は?」



 人違い、とすぐさま返したルルルさんに、ぽかんとした【剣聖】。

 僕と執事さんも、それに乗る。


「旅に出た初日に、気づいた時にはもうリヤカーの上に載っていた妖精さんだから、この子は」

「そう」

「これからもっと増えるのでは?」


 ウソは言ってない。

 ルルルさんも肯定する。

 でも執事さん、不吉なことは言わないで。



「「……」」



 一瞬の静寂。


 呆気(あっけ)にとられた【剣聖】だったが、やがて納得……しなかった!


「あ、ああ。人違いだったか……

 …とでもいうと思ったかッ!? 馬鹿にしやがって、死ねッ!!」


「「ケンセイっ!?」」



 止める三人の声を置き去りに、抜剣し、迫(せま)る【剣聖】。

 彼は本当に、まさかの言葉を、実行した。



 殺すための、光を放つ剣が、

 躊躇(ちゅうちょ)なく振り下ろされて、弾(はじ)かれる、



 目を丸めた、奴のがら空きの、胴めがけて、



 僕は、でも、それでも──


「──とまれッ!!」



 急発進と急制動に、跳ねるリヤカー、

 だけど犬は、それでも止まらずリヤカーを置き去りにして突っ込んだ!


 犬の鼻先が【剣聖】の腹に突き刺さる。


「ゴッ、フッ!!?」



 そのままよいしょと犬に押されて「くの字」に曲がった【剣聖】の体が、斜め上一直線に宙を切り裂き、石壁を穿(うが)ち、ゴッと、にぶい破砕音を轟かせた。



「「………」」



 なんで止めた、いや、そうじゃない。

 でもあいつは、違う、そう、これでいいんだ。

 いや、でも犬! やっちゃってるし……!?



 煮えたぎる激情をなけなしの理性で、どうにか飲み込む。

 混乱する頭で、今はどうにか、誰も死なないはずの、言葉を探して……


 僕はなんとか、この場を取り繕(つくろ)う。


「…うちの犬が、じ(・)ゃ(・)れ(・)つ(・)い(・)て(・)ゴメンね?」


 その言葉に憤(いきどお)った【剣聖】の連れの女三人と、


「!? …あんた、何言って!」

「温情ですよ、分かりませんか?」


 執事さんの冷たい声が遮(さえぎ)って、言いかけた彼女は目を丸めた。

 すると今度は、たぶん【聖女】がおどおどしながら、僕に言う。


「あの、無事、みたいですけど、念のため回復魔法を、かけましょうか……?」


 こいつこそ何を言って、という僕の心に先回りするように再び執事さんが問いかける。


「フフ、その言葉はまるで……

 あとで回復させれば良いからと、あの男の暴挙をあえて止めなかった。

 いっそ、あわよくば殺してしまえば……

 …そう聞こえますね?」


「っ!? ち、違います!! 私はっ!?」


 違わない。

 結局、ただ見ていただけの三人が、息をのんだ。


 でも、執事さんの言葉のおかげで頭が冷えた。

 感情に思考が、ようやく追いつき始めたような気がして……


 …ところが、それで終わらず。

 冷え冷えとした執事さんは、今度は僕をゾッとさせた。



「お姫様(ひいさま)、狩(・)っ(・)て(・)も(・)?」



「「………」」


 目を泳がせた三人は、きっと分かってない。

 執事さんの態度に驚いただけで、目の前の危機に気づいてない。


 僕も分かって無かった。

 けど、今、つながった。


 この城に来るのに四回かかった理由。

 ここに執事さんしかいない理由。

 僕が「犬がじゃれた」ことにしないとマズイ気がした、その予感。



 静かに返事を待つ、一(・)人(・)で(・)十(・)分(・)な(・)執事さん。



 そして今、その命運をにぎっているのは、姫様(ルルルさん)で。


「………」


 …ちょっと!? ルルルさん!?

 無言でこっち見ないでよ!!

 僕にそんな選択、丸投げしないで!?



 ものすごいプレッシャーの中で、緊張でガチガチになった首を、僕はどうにか横に振る。

 それを見たルルルさんが、視線を執事さんに戻してゆるゆると首を横に振った。



 静かに微笑んだ執事さんが、僕らに告げた。


「さようでございますか。

 それでは、お帰りはあちらになります」


 何事もなかったかのように僕らを優雅に先導する執事さん。

 石畳の床をゆっくり歩き出した彼の、足音は無い。



 さっき【剣聖】が僕らめがけて振り下ろしたはずの「いかにも伝説の剣」っぽいそれは、天井付近に「糸」で吊(つ)るされたままだった。



 ◆


 僕も執事さんも誰も手伝わなかったので、壁にめり込んだままの【剣聖】は彼女ら三人が引きはがして、引きずって城の入り口まで戻ってきた。


 執事さんが僕の耳元で、


「お姫様(ひいさま)をよろしくお願いします」


 と囁(ささや)いてきたけど、何をどこまでよろしくなのか分からないのがちょっと怖くて、曖昧(あいまい)に笑い返すことしかできなかった。


 それはさておき。

 入り口まで戻ってきた僕らは、執事さんと視線を交わして目礼し、すぐさま、


「では、これで」


 と言い捨てて、犬に駆け足でリヤカーを引かせて急いでその場を走り去った。


「!?」

「えっ、ちょっと待ちなさいよ!?」

「え、えっ?」


「では、私もこれで」

「「!?」」


 どうやら執事さんもすぐに城の中へと引き返して、さっさと門を閉じてしまった。


「「……」」


 呆然とした三人と倒れた一人が、誰もいない静かな城の前に置き去りになったのだった。




 それからしばらく僕らは無言のままリヤカーを走らせ続けていた。


 森を出た後、最寄りの街には寄らないで、そのまま王都を目指すことにした。

 早く王都に帰還して報告するべきだと思ったからだ。


 監督官さんに依頼された「王女の救出」が成功(?)した報告というよりも、王女を救出しに来たっぽい勇者一行を、僕とルルルさんで迎撃してしまったというややこしい状況について弁明しなくちゃならなかった。


 依頼の手紙を渡したときのフレデリクさんはもうルルルさんに気づいていたみたいだけど、他の人たちはきっと違う。

 知っていたなら、僕とルルルさんは指名手配みたいになってただろうし、【剣聖】たちも常闇城には来なかったはずだ。


 とにかく、もう。

 …いろいろあって、ちょっと疲れた。


 王女様の救出を依頼されて、常闇城を目指すこと四回、実はその王女様はずっと隣にいて、勇者を倒して、いま、その報告に向かっている。



 そろそろ日が傾きかけて、空が赤みを帯び始めてきた頃。


 僕の隣から、あやうく聞き逃しそうな小さな声がポツリと落ちた。


「…怒ってる?」


「えっ。なんで?」

「……」


 急にどうしたのだろうとルルルさんを見れば、彼女は今まで見たことのないような悲しそうな顔をしていた。

 それを見て、ハッとした。


「えっと、ごめん! ちょっと考え事していただけだから!

 別にほら、ええと……ルルルさんが王女様だったの黙ってたこととか、ちょっと驚いたけど、ぜんぜん気にはしてないから。

 …僕の方こそ……私の方こそ、知らなかったとはいえ今まで数々のご無礼、申し訳──」


「──そんな言い方しないで!!」


 ルルルさんが叫んだ。


 …たしかに、これまでずっと一緒にいて、まだ城に着くまでは一緒にいるのに、もうこんな態度なのは、ちょっと意地悪だった。


「…今さら、かな?」

「そう!」


「…でも、さっきの城のことについては、やっぱり、ルルルさんに謝らなくちゃ」

「どうして!?」



 落ち着いてきた今なら分かる。


「僕はもっと、上手くやれたはずだった」



 あの四人の勇者。初対面だったならまだしも、僕は彼らのことを知っていた。

 知っていたから、見てすぐに「マズイ」と思った、はずなのに。


「あの人たちのことを知っていた僕が、適当な理由をつけてすぐ、あの場から逃げちゃえば良かったんだ」


 いきなり「ああ、漏(も)れちゃう! どいてどいて!」とか叫びながら走り出せば、さすがに彼らもすぐには追って来なかったと思う。

 あるいは、まだ残ってた「虫除け用の煙筒」をバレないように使いながら「わっ、この煙はなんだ……はわわっ!? 僕たちをどうする気だ、はわぁ〜…」とか自作自演しながら逃げても良かった。


 僕らさえいなければ、あの執事さんが、なんか上手いことやってた気がする。

 あの時は、やっぱり戦ったらダメだったんだ。


「あんなおかしな奴ら、まともに相手しちゃダメだったんだ。

 特にルルルさんは僕以上に、きっと立場上、逃げたり隠れたりができないんだから。余計な恨みをかう必要なんてなかったのに」


「……」


 王女様ならなおさら、余計なことはしないほうが良い。

 あの【剣聖】たちとは面識がないまま、知らない人のままの方が良かったはずだ。


 僕の方は、またどこかに旅に出て、どこか遠くでひっそりと暮らしてしまえば二度と合うことも無いだろう。だけどルルルさんの方は、そうはいかない。


 と、思ってたら。



「…やっぱり、行方不明にしたほうが良かった?」



 ルルルさんが「模範解答」を返してきた。



 …あれっ? むしろ僕らがいなかったら、あの執事さんがうまいこと「やり過ぎて」いた……!?



「……。

 …それは、最後の手段だね?」



 もしかして、僕だけが、いまだにこの世界のやり方についていけてない……?

 じっとりとした汗を、背中に感じる。


 混乱する僕をじっと見つめてルルルさんは……

 …くすっと笑った。


「…冗談、だよ?」


 無邪気に目を細めるルルルさんは、ものすごく可愛かった。

 ……けれど、本当にそれが「冗談」だったのかは、いまいち信用ならなかった。




 それから王都までの道のりは短かった。

 短いように感じてしまった。


 いつもは街で行商しながらの寄り道の旅路だったから、それをまっすぐ進んで行くのは、あっという間に感じてしまった。



 それでも、それ以外はいつもどおりだった。

 いつもどおりだと、思おうとした。


 食事のあとに、僕とルルルさんと犬とで並んで座ってみる星空とか、青空とか、夕焼け空とか。

 リヤカーの上で、ゆっくり、ゆっくりと流れていくその土地の風景とか匂いとか。



 地平線の向こうから少しずつ、だんだんと、やがてはっきりと見えてくる……王都の城の、姿とか。



「ルルルさんとの──」

「──ル(・)ル(・)ゥ(・)」



「…ルルゥさんとの旅は、楽しかったよ」



「私も、ニ(・)リ(・)ィ(・)との旅は、楽しい」



 僕らの旅も、もうすぐ終わる。




 王都に到着してすぐに、護衛の兵士たち(?)に周囲を囲まれながら物々しく移動、城内の厩舎(きゅうしゃ)にうちの犬とリヤカーをあずけて、そのままルルゥさんと一緒に中へと案内されて、正装とかに着替えることもなく旅装のままで、執務室っぽい部屋へとまっすぐ、入っていった。



 そこに待っていたのは、王様だった。



 立派な顎髭(あごひげ)と金髪碧眼の整った顔。立派なローブとマントで立派な体躯を着飾った、ただ座っているだけでも威厳に満ちた、いかにも「王様」っぽい壮年の男。


 …なのだけど。


 なんとなく少し、草臥(くたび)れた印象を受けるような?

 弱々しいライオン? そんな雰囲気が……


 そんな彼の横に立っているのは、久しぶりに見た監督官さん。


 監督官さんは、正面に立つ僕と、一緒に立っている少し不機嫌そうな顔のルルゥさんを見ながらニコニコした。


 そして今度は王様の方へ向き直って、ニコニコ……同じ微笑みのはずなのに、なぜだか不思議と棘(とげ)をはらんでいるような、そこはかとなく底冷えを感じるようなニコニコで……そんな笑顔で、王様に問いかけた。


「どうするんです、陛下?

 自力で帰ってきちゃいましたよ?」


 自力で。


 ルルゥさんが自分で王都に帰還してきたのだから、結局、「救出はできなかった」って責めているのかな?


 監督官さんの言葉に、王様が戸惑いながら反論した。


「えっ、いや、でも彼だって、勇者でしょ? 彼がルルゥちゃんを──」


 すぐさま僕の隣から声が上がる。


「──ル(・)ル(・)ル(・)ル(・)ル(・)」


 ルルゥさんが不愉快そうに訂正して、王様が「うっ」と言葉につまった。

 あと、めっちゃ「ル」が多い。


 動揺をごまかしつつ、王様が言い直す。


「ん、ンンっ! …コホン。彼が、ルルルルルちゃんを、救い出したことに間違いは無かろう?」


 そんな王様の言葉に、監督官さんが呆(あき)れたようにため息をつく。


「はぁ……陛下、彼は【リヤカーの勇者】殿ですよ?

 リヤカーで、単身、常闇城まで乗り込んで、救出成功?

 そのようなこと本気で仰(おっしゃ)ってますか?」


 たしかに、そうやって改めて他人の口から語られると、すごくおかしな話だけれど……半分くらいは合ってますよ?


 それどころか事実としては、王女と一緒に王女(本人)を助けに行きましたから、もっとおかしな話です。

 あと、監督官さん? 事実をぜんぶ知ってて、あえて言ってますよね?


 そんな監督官さんからの責苦(せめく)に対して、まだ何も知らないらしい王様が苦しそうに返す。


「…で、でも、ありえないことも無いかも、しれないであろう?」


 ワンチャンあるかも、という発言に監督官さんが切り返す。


「なるほど。そうですか。

 では、今すぐ予算を組み直して、すべての勇者とすべての兵士に一人一台リヤカーを配備の上、総力を上げて大森林橋へ突貫するように指示を」


「やめてあげて!?」


 それは僕もやめて欲しい!?

 なんか僕のせいになっちゃいそう!


 結局、僕らはただただ苦悩する王様の姿を至近距離で観戦しただけで、その謁見の場は、すぐに解散になったのだった。



 ルルゥさんは女使用人(メイドさん)に連行されて、僕は監督官さんに別の部屋へと案内された。

 王女様の救出に対するお礼だとか、事情の説明だとかは全部そっちで行われた。


 ルルゥさんの立場については、こう説明された。


 王女様の誘拐については、あまり大っぴらにはできなかった。

 魔王国との戦争勃発に加えてのこの失態、醜聞はさけるべきだと「議会」が判断したからだ。

 はじめは秘密裏に救出作戦が実行されたが、すべて失敗。

 勇者による救出作戦も計画されるも、勇者の資質に問題ありとして保留。

 なんだかんだで、すでに国民の目に届いてしまっている「大森林橋の攻略」の方を優先することになった。


 その一方で、独自の情報をつかんでいた監督官さん。


 僕らに関する報告を見て、まさかと思いフレデリクさんを派遣。

 僕と一緒にいるルルゥさんを見て、機転を利かせたフレデリクさんは、その後の選択を「ルルゥさんに委(ゆだ)ねた」──もしもあの時ルルゥさんが強く反対していたら僕も王女救出には行かなくて、今も「王女は誘拐されたまま」だった。


 なお、あの場に現れた【剣聖】たちは誰の指示でもなく、彼らの判断で勝手に動いた結果だった。

 …もっとも、「議会」が裏から手を回した可能性は否定できない、とのこと。


 僕に、救国銀勲章なるものが贈呈されるらしいけれど、それは丁寧にお断りした。


 そんな銀メダルなんて持ち歩いても盗まれるだけだ。

 そう僕が言えば、監督官さんが「それなら、そのまま城であずかるよ」と。

 どうせ王城くらいでしか付ける機会も無いはずだし、と言われて僕も納得することにした。


 報酬金については監督官さんに押し付けられて、断れなかった。立派な布の小袋の中身は、ちょっと怖くて、まだ確認していない。


 あとは、とりとめのない話だった。


 旅先や街ではどんな発見があったのか、ルルゥさんがどんなものに興味を示したのか、ずっとそんな話をしていた。

 監督官さんがあまりにも楽しそうに話を聞いてくれるので、僕もつい、長々と話し続けてしまった。


 気がつけばもう、夕食の時間になっていた。



 晩餐(ばんさん)は、なぜか僕とルルゥさん、王様と王妃様の四人での会食になってしまった。


 王妃様は第一婦人で、第二婦人の子であるルルゥさんとの直接の血のつながりは無いのだけれど、ルルゥさんが無事であることについて僕にすごく感謝していた。


 あとは、とりとめのない話だった。

 王妃様はニコニコしながら、僕らが行く先々でどんな風景を見てどんな感動があったのか、ルルゥさんがどんなものに興味を示したのか、ずっとそんな話を聞いてきた。

 なぜかルルゥさんは僕の隣に座っていたので、僕が余計なことを言うと無言で僕の腕をつねってきて、その様子に王妃様はさらにニコニコした。


 その一方で、王様がなにか言おうとすると、王妃様の「ニコニコ」が「ニコ…」に変わって、王様がそのままそっと口を閉じた。

 これに関しては、僕も、気づかなかったことにした。


 ただ、それはそれとして……


 そんな王族お二方(ふたがた)の緊迫した空気とかとは関係なしに、僕の問題として、やっぱり「お城」は僕には合わない。

 一生に一度は食べてみたいような高級料理も、一度食べたらもう十分な気がしてしまう。


 街で買う焼き立てパンで十分と言うか、あっちの方が僕にとってはおいしい食べ物だったようだ。


「………」


 隣に座るルルゥさんには申し訳ないけれど……勲章だってもらったくらいだから、二度と彼女に会えないということも、ない、はずだ……


 必要な話は終わったはずだし、感謝とかも十分受け取った。

 他の勇者には会いたくないし、これ以上エライ人たちと会うのも、この世界に来た初日のあの雰囲気を思い出してしまって、あまり深く関わりたくない。



 つぎに一緒に食事するときは。

 ルルゥさんと二人で、土産話をもってきて。

 …なんて、できれば良いけど。



 僕は密(ひそ)かに、明日には発(た)とうと心に決めた。



 ◆


 まだ夢の延長みたいな微睡(まどろみ)から目を開いた。


 体の感覚がない。

 そう思ってしまうくらいのふかふかの寝台(ベッド)は、今まで使っていたベッドは実はベッドじゃ無かった? と思ってしまうくらいの完成されたベッドだった。

 さすが王城……金持ちって、怖い。



 そして隣にはルルゥさ──…ルルゥさんっ!??



「えっ、ちょっ、なんっ!? で!!」


 僕の腕をつかんで「ンッ」っていうルルゥさんにドキッとする。なにこれ、え、なにこれ!?


 そこに響いた扉を叩くノックの音。

 一気に目覚めて、混乱した。


「えっ、どういうこと!? でも、昨夜のことはちゃんと覚えて……ベッドのあまりの気持ち良さにすぐに意識を失う前までちゃんと意識はあったはずで……あった、よね? 僕は……どこで!? 僕は、どこで、間違った!?」


 そこに響いた、再び扉を叩く音。

 まずい!?


 おろおろしているうちに扉は開いて、「失礼いたします」の声とともに女使用人(メイドさん)が三人そろってスススとこちらに寄ってきて、ルルゥさん……すけすけネグリジェ(!?)さんに「ルルゥ様、朝でございますよ?」と二人がかりで彼女を引っ張り出して、身支度(みじたく)をはじめてしまった。


 残りの一人、年かさの使用人が僕に「ゆっくりお休みにはなられましたか?」と聞いてきた。副音声は「ゆうべはおたのしみでしたね」、だ。


「…せかいのはんぶんをあげるので、ゆるしてださい」

「?」


 つい訳のわからないことを口走りつつ、混乱しながら、どうにか謝罪の言葉(?)を口にした。


「…責任はちゃんと、とらせて頂きます……?」


「まぁ!? それはそれは、オホホホ…

 なにか誤解がおありのようですが、ご心配にはおよびませんよ?」


 口に手をあてて上品に笑う使用人さん。

 冷静になってみれば、たしかに僕は何もやってない。それを彼女も、ちゃんと理解してくれているようだった。


 使用人さんが僕に言った。


「勇者様は、『他の皆様』と違って随分と奥ゆかしくていらっしゃるのですね?

 お着替えは、お手伝いさせて頂いても?」


「いえ! 自分で着替えます! …他の皆様?」


 …他の「奥ゆかしく無い」……勇者たち、のこと?


 あわてて着替える僕に、使用人さんは僕が知らない「他の勇者の、その後」について教えてくれた。


 けど、それは、恐ろしい話で──


 こっちの世界に召喚された僕が王都を去った後。

 残りの勇者たちの訓練の日々が始まった。

 勇者たちが召喚された理由を考えれば、それは順当な流れだった。


 戦闘系のスキル持ちを中心に、その才能を次々と開花させた勇者たち。

 そして彼らは、増長した。


 いきなりすごい力を手に入れて、周囲からは「勇者様スゴ〜い!」とちやほやされて、すっかり調子に乗った【剣聖】をはじめとした勇者たち。

 だんだんと、その我儘(わがまま)が暴走しだして、やがて手がつけられなくなってしまった。


 すっかり王様気分になった勇者(未成年)たちは連日連夜、酔っ払って……


「──勇者様方が、女を出せ! 王女をよこせ! と仰(おおせ)せになられて……」

「えっ? それ、どこの蛮族ですか?」


 その人たち、僕とは違う異世界出身ですよ? たぶん?

 なんて、心の中で全否定しちゃったけど……


 …でも、それって半分くらいは、王国の人たちの「思惑(おもわく)どおり」ですよね?

 初めてづくしの状況下でまだ混乱している勇者たちを、そのまま調子に乗らせて気持ち良くさせて、その勢いのまま戦場までいってらっしゃい! って押し切るつもりの。 …それが怖くて、僕は二日目で逃げ出したけど……


 とにかく、そんな惨状をどうにかしようとした「王女様について」、年かさの使用人さんが語る。


「そんな騒ぎを聞いたティア様が……ああ、ティア様は第一王女殿下で、ルルゥ様とは異母の姉君にあたるお方です」

「あ、はい」


 そして……よよと俯(うつむ)く使用人さんが、ハンカチを目にあてる。


「そんな荒れ狂う勇者様方のお(・)相(・)手(・)を、ティア様が……お一人で、お引き受けに、なられましたのです……!」

「えっ」


 …女を出せ! では私が。

 …って、嘘でしょ? なにやってるの勇者サマ!?


 ルルゥさんのお姉さん(?)のことも心配だけど、なんでそれを周りは誰も止めなかった!?

 勇者(笑)たちだって、ぶっちゃけそれ「褒美の先払い」だって分かってる? もう逃げられなくなっちゃうよ!?



 おいたわしいです、なんて悲しげに語る使用人さんの横で青ざめる僕へ……


 …ルルゥさんの着替えを手伝っていた使用人の一人が、音もなくスススと近寄ってきて僕の手に一枚のメモをにぎらせて、スッと離れた。それは一瞬の出来事だった。


 メモの中身は、個人情報だった。



 長姉 エグゼレンティーア様

 身長:199.9cm(自称「およそ1m」)

 体重:ヒミツ

 握力:体重よりもちょっぴり強め

 年齢:ひ・み・つ

 特技:魔法全般

 趣味:武技全般(とくに格闘技)

 二つ名:覇王

 備考:お婿さん募集中(随時・大歓迎♡)



 ………。

 ……王族、人材が豊富だなぁ。


 思わず遠くを見る僕の耳に、使用人さんがまだ、語り続ける。


「…皆の制止を振り切ってティア様は、ティア様は……ヨヨヨ…」


 メモをもらう前と後とで、かなり解釈が変わってくるのですが?


 美談っぽく言ってますけど、つまり、誰にも阻止できなかったってことですよね、それ?

 なに、二つ名って? 覇王エグゼレンティーア様……王様まだ、ご存命でしたが?


 そんなティア様のご献身(あるいは無双?)について熱く語る使用人に……ふと気づいてしまったことを……念の為に、確認する。


「…あの、もしかして?

 僕も同じ『勇者様扱い(=お婿さん候補)』されてます……?」


 すると彼女は涙(嘘泣き)をピタッと止めて、わずかに目を泳がながら咳(せ)き込んで、僕に答えた。


「…昨夜は激戦の末にルルゥ様が勝ち取、オホン! …ルルゥ様との逢瀬(おうせ)はいかがでしたか、勇者様? …おほほほ!」


 僕も気をつけようと思ったときには、もう終わっていた。


 …ルルゥさんのおかげで僕の貞操が守られた!?

 驚きの事実に、ルルゥさんの方へ振り返る。


「あっ! ありがとう、ルルゥさ──背中! せめて背中をむけて着替えてください!!」


 はい、ばんざーいじゃないよ!?

 使用人さんも、なぜここで着替えさせる!?


「ところで勇者様、たくましい女性に、ご興味は?」

「リヤカーに一緒に並んで座れる人が良いですね!?」


 もうあきらめてください!?

 あなたも、「縦ならどうにか…」じゃないから!?



 そんなスリル満点な着替えの後。

 寝室のすぐ隣の部屋で、まだ半分眠っているルルゥさんと一緒に朝食を食べることになった。


 ルルゥさんが眠そうなのは、今がまだ早朝だからで、早朝から「二人で」出発するから早めに起こすようにルルゥさんから指示があったと使用人たちが話してくれた。


 僕が知らないうちに、僕の今日の予定が決まっていた。



 ◆


 朝食を食べてすぐ、目が覚めたルルゥさんに引かれるまま、城を出発することになった。


 厩舎においてきた犬とリヤカーの前には、監督官さんが待ち構えていた。

 なんだか僕が「追放」された日の朝を思い出す。


 おはようございますの挨拶から、流れるようにルルゥさんを隅のほうへと連行する監督官さん。

 出発前に彼女に伝えることが色々とあるらしい。


 二人の言い合う様子を見ると、あの監督官さんは王族に近い立場の「かなり偉い人」であることが分かる。

 昨日も王様のすぐ横に立って色々と助言(?)していたから、監督官というより、若き宰相みたいな? そんな位置づけの人かも知れない。


 二人の「あまりご迷惑をおかけしないように」「わかってる!」みたいなやり取りを遠くからながめていると、ふと昨夜の会食を思い出した。


 あんな感じで、王妃様がルルゥさんに「勇者様にあまりご迷惑をかけないのよ?」「わかってる!」みたいな話をずっとしていて……王族のプライベートすぎる赤裸々な会話を食後のデザートとして頂くのは、庶民の僕にはかなり、胃に重かった。


 そして極めつけはその後の、王妃様の僕へのお言葉。

 ルルゥちゃんのこと、よろしくね?(ニッコリ)


 あの場面を再現するかのように、


「──あとのことは、よろしくお願いしますね?(ニッコリ)」


 スッと背筋が寒くなる、監督官さんの、そのお言葉。


 ここでうっかり「はい」とか答えてしまうと、リヤカーの前にがっちり鋼鉄の「線路」が引かれてしまうような幻覚が、そのまま現実のものになるような気がして……昨夜のように僕はまた、ただ曖昧(あいまい)に微笑み返すのが、精一杯だった。



 そんなこんなで、僕とルルゥさんを乗せたリヤカーが、いつもどおりに出発した。



 まさか再び、そのまま「いつもどおり」に出発してしまうとは。

 …いつもどおりに隣に感じる体温に、時折、腕や肩に触れるルルゥさんのやわらかさに、どこか懐かしさすら感じてしまう……



 ……なんて、ウソです。


 本当は、いつも毎日それなりに少し、わりと実はなんとなくそこそこ、ドキドキしていたというのに。

 今朝あんなことまであって? いつもどおり? 冷静で……いられるものか!

 …もちろん、そんなことはルルゥさんには今後も絶対、言わないつもりでいるけれど……


 と、とにかく。


 いつもどおりの旅立ちとともに、僕たちのリヤカーは走り出したけど。

 だけど、今回はいつもどおりとは大きく違うところが、一つあった。


 ルルゥさんが犬に指示した方角は南。


 いま僕たちがいる北大陸と、南大陸を分かつのは、雄大な大河。

 僕たちが向かっている先はその「大河」だった。



 うちの犬は、実は水陸両用だった。



 向こう岸がはるか遠くに見える、真っ暗で底の見えない水の上を、小さなリヤカーと犬かきで進んで行くのは、ものすごく怖くて、心細い。

 水陸両用なんて、僕はちっともうれしく無かった。


 周囲に何もない水面だけの風景は、あまり観光には向かない。

 陸地のありがたさを実感するのには非常に役立つ光景だった。


 途中、水底(みなそこ)からゆらりと、巨大な触腕が上がってきて。

 犬が、犬かきついでの犬パンチで撃退した。


 ズシンという打撃音。


 水の中、そこで鳴るはずのない重低音が、波紋と共に響き渡った。

 犬が出していい音では無い。


 そして静寂。

 

 やがて、大河に波間と、さわさわとした波風の音が戻ってきた。

 だけど、気のせいかもしれないけれど、周囲の生き物の姿は戻ってきてない、そんな気がした。


 もう、深く考えないことにした。

 僕はもう、なかなかこちらに近づいて来ない向こう岸だけをじっと見つめるのに集中することにした。



 一時間くらいだろうか?

 永遠にも感じるような犬かきの末に、向こう岸までたどり着いた。


 そのまま休むまもなく、犬に引かれたリヤカーが進んで行ったその先。

 徐々に目の前に迫りくる、その雄大な建築物。


 魔王城。


 北は大河しか無いからなのか、城門があるのは南側だった。

 そちらに回ると、門衛らしき魔族の人が、リヤカーに乗る僕の隣に座る、ルルゥさんの顔をびっくりしながら「えっ。 …えっ!?」と二度見した。



 そのまま開きっぱなしの門を、遠慮なく犬がリヤカーを引いていく。


 城の中は閑散としているというか、全体的にスケールが広すぎるせいで、人がまばらに見えてしまった。


 途中、強そうな戦士の人とか、賢そうな魔法使いっぽい人とかが「おや、お姫様(ひいさま)」「おひさしぶりです」と挨拶してきて、ルルゥさんは無言で手を振って返す。

 それだけで、みんなほんわかとした笑顔になった。


 …その時、僕は、なんだかものすごい人気アイドルの隣に座らせられている何のへんてつもない場違いな一(いち)ファンみたいな気まずさを、心を無にしてやり過ごしていた。


 そのままリヤカーは真っ直ぐに突き進んで、やがて正面に見える大きな扉に……その両隣に控えていた門衛たちが扉を開いて、そのまま中へと導かれた。



 漆黒の石畳の、黒の大広間。

 水晶の天窓からほんのり伸びる陽射しの光と、左右に立ち並ぶ重厚な円柱が、さらに奥へと真っ直ぐに導いていく、その先に。


 ただ一人、立派な玉座に頬杖(ほおづえ)をついて、こちらをじっと見下ろしている。

 王の姿。


 謁見の間。


 …というより、なんだか「最終決戦!」みたいな場所だな、ここ?

 無駄に広くて、過剰に丈夫そうな広間? 城壁とかならまだしも、なぜ城の「内側に」こんな頑丈そうな空間を?



 コツン、と音が一つ落ちた。



 それは魔王が、指で玉座の肘掛(ひじか)けを叩く音だった。

 今さらながらあわててリヤカーから降りた僕に、「えっ?」と首をかしげるルルゥさん。


 なんで、って? …立派なお宅の一番奥で、わざわざ一人で待っている家の主人に、そのままリヤカーで突撃訪問っていうのも、めくちゃくちゃ失礼な話な気がして?


 しぶしぶ僕と一緒に、リヤカーを降りたルルゥさんと二人で、歩いていく。


 やがて、その玉座の正面に立つ僕ら二人。

 目の前には、この城の主。


 低く重たく、それでいて明瞭で澄み渡る強者の声で、彼、魔王は、僕らの訪問を労(ねぎら)った。


「よくぞここまで来た、勇者──」

「──いますぐ、やめて!」


 労いの言葉を、ルルゥさんが妨害(インターセプト)した。


「………」

「………」


 無言で見つめ合う二人。


 やがて、言葉足らずのルルゥさんに、それでも魔王がその意味を読み取りながら話を進めようとする。


「だが、そもそも始めたのは」

「ぜんぶ分かってるくせに! もうやめて!」


 ルルゥさんの言葉に、威厳をまとう王の姿から、孫に困った祖父の顔に変わった彼は続ける。


「…でもね、ルルゥちゃ」

「ルルルルル!」


「…ルルルルルさん、考えてみてよ?

 今の王国の、国の……会議員? なんだっけ、あれ? ゴハン論法?

 とにかく、屁理屈こねてごまかしながら結局、自分たちのやりたいようにやっちゃうような奴らと、話し合いなんてできないじゃん?」


 口をへの字に曲げて、呆れるように、噛み殺したため息を深くゆっくり大きな鼻から吹き漏らしてから、彼は問いかけた。


「もう俺が、王国を支配しちゃったほうが良くない?

 強いやつが強い。その方が、手っ取り早いじゃん?」


「良いわけ無い!!」


 即答するルルゥさん。


 そんな彼女に、一瞬、申し訳無さそうな顔をした彼は、再びスッと表情を引き締め、眼光鋭く問い直した。


「何故(なにゆえ)だ?

 強き者が、弱き者を食らう。それが自然の摂理であろう?

 何がおかしい?

 俺にも分かるように、申してみよ」


「!?」


 弱肉強食。

 暴力がなぜ悪い? 理由を言え。


 …それは、なんというか、意地悪な質問だ。


 確かに、ちゃんと理由を説明できることは大切だ。

 でも、この質問って……逆に言うなら「はい論破! だから俺が殴ってもイイやつ!」みたいな、ひどい理屈になりかねない。


 ダメなものは、駄目だろう。

 なんていうか、気持ちよく敵をぶっ殺すためのシチュエーションを待っている自称正義のヒーロー? ちゃんと犠牲者が出て自分の出番がくるまでワクワクしながら待ってる救世主役の人? みたいな、そんな……気持ち悪さを、感じてしまう……



 …僕がルルゥさんから、ふと前へと視線を戻した、その時。



 じっとこちらを見つめる魔王と、目が合って、ドキッとした。



「おい、ルルゥちゃんの隣の貴様──」

「ルルルルルルル!」


 ルの数がめちゃくちゃ増えた。


 …ルルゥさんに言い直されて、ものすごく眉が傾斜してしまった魔王。

 立場上、言わざるを得ない注意をしたら、嫌われてしまった上司の哀愁?


 そんな悲しげな彼が気を取り直して、もう一度、威厳と言うより、もう八つ当たり気味というか、ヤケクソ気味に僕をにらみつけて言い放った。


「…おい!

 ルルルルルルルさんの隣にいるお前!

 お前の意見を言ってみろッ!」


「あ、はい」


 ……。


 …僕の意見は、たぶんルルゥさんの求めるものとは違うような気がするけれど。

 それでも、このまま魔王さんの言い分を通してしまうのは気持ち悪い。


 届くかどうかは別として。

 僕なりの意見を、理由を答えてみた。


「…えっと、確かに弱肉強食は自然の摂理──いたっ! ちょっとルルゥさん!? 待って、最後まで話し、聞いて!

 あの、それでも自然の摂理と、人の摂理は違うものだと思いますよ!?」


 隣からルルゥさんにぽこぽこ叩かれる僕の姿に、さらに不機嫌そうになった魔王さんが「続けろ」とばかりに顎(あご)をしゃくった。



「つまりですね、人には知恵があって、分業するから人でいられると言いますか──」



 つまり、こういうことだ。

 家を作る人、服をデザインしたり縫(ぬ)ったりする人、料理をつくる人に、それらの材料を育てたり調達したり準備したりする人たち。

 世の中にはいろんな職業の人がいて、みんな必要で、誰が「一番偉い」というものではない。


 だけど、その中で「強い人」、つまり暴力こそが一番価値があるというのなら、どうなるのか?


「──それが、長い歴史のなかでなんとなく、やったらマズイって分かってるから。

 だから法律や道徳で、できるだけ暴力の価値をどうにか下げようとしているのに。

 結局、最後は暴力だって、みんな分かっちゃったら──」


 暴力でねじふせて人から奪うことが許されるなら、暴力が常識になってしまうなら?


 当然、誰も家を、服を、食べ物を、作り育てようなんて思わない。

 奪えばいいし、奪われる。

 なにかを育てるという発想自体が消滅する。


 育ったものを奪うのがすべてで、奪うための力を常に鍛(きた)え続けないと、その世界で生き残っては行けないのだから。


「──そうなると石器時代に逆戻りというか……

 最終的には、裸で痩(や)せぎすマッチョな人たちがウホウホ言いながらその辺の動物を追いかけまわして生きていく世界に、逆戻りすることになりますよ?」


 文明は衰退して、手にする道具は黒曜石の槍くらいが限界だ。

 食糧事情も悪化するから、ムキムキマッチョは存在しない、常に欠食状態だ。

 服なんて高度なものは作れるはずがない。


 言語だって無くなるはずだ。

 日常生活で必要な単語が「オレサマ、オマエ、マルカジリ」くらい(?)しか無いのだから。うほ、うほほ。


 それが弱肉強食で、


「それが、自然の摂理では?」


 …僕がいた「前の世界」だって。

 もうそうなる準備は終わっていて、偶然、まだそうなっていないだけだったけど。



 なのに、魔王さんは。


 僕の目をじっと見ながら、できの悪い子を諭(さと)すように、こう言った。


「違う。

 我らの敵は、人族のみ」



 滅ぶのは悪い奴ら(オレのてき)だけだ、と。

 まるで、僕がいた世界のエライ人たちみたいなセリフを。



 もう一度、繰り返されるその言葉。

 それはとても分かりやすくて、ありきたりで、



「人族こそが、敵だ」



 …ものすごく、気持ち悪い、言葉だった。


 …なんで?

 そう、気持ち悪さの、その理由は……



「……だったら、味方って? 誰?」

「…?」


 …戦争の始まり。


 戦争が、民(・)の(・)意(・)志(・)で始まることなんてほとんど無い。

 やれないはずだ。

 軍とか兵器とか予算とか、それを動かすことができる権力を持っている人だけが始められる。

 私怨とか、名声とか支持率とか利益とか、個人的な理由で始めるんだ、戦争を。


 それを小さな大義名分で、覆いきれないサイズの悪事を、隠せた気分になりながら。



「だったらあなたの味方は?

 あなたのために命をかけてくれる友だちのこと?

 これまで苦楽をともにしてきた腹心の部下たちのこと?

 それとも」


 始まって、引き返せなくなってしまった頃に。

 『民の為の戦い』にすり替える。

 都合の悪い色んな事実を、『国』や『正義』で、拭(ぬぐ)い消しながら。



「あなたの言うことに逆らえない、この地に生まれたせいで巻き込まれることになった人たちのこと?」


「………」


 もう勝手にやれよ、って言って終わりにすれば良い。

 こんな世界、僕が関わる必要なんて、無い。


 だけど……

 …いま、僕の隣にいるのは、ルルゥさんで。



「……それとも」

「…?」



 彼女は、人族と魔族の子なんでしょ?


 つまり、両方にとっての敵の血を引く子、ってことになるんだろ?


 分かってるのか?


 だからこの人に。

 わざわざ言わなくても良いことを、言ってしまう。

 余計なことを、続けてしまった。



「……それともさ?

 大事なものを奪われて復讐を誓う敵たちに、同じように奪われて、自分の人生とその子孫の人生もすべてかけて、必ず、復讐を果たすことをその血に刻んだ『敵の敵』を、都合の良い『味方』として、増やしたいわけ?」


「貴様!! 黙って聞いておれば──」

「──あんたはっ!!」



 さぁ、『味方』のために、『敵』を倒せ!!

 殺せ!! 皆殺しだ!!



 血がたぎる、勇ましくてカッコよくて、後先考えない誰でも言える簡単便利な、ウケる言葉で!!



 ルルゥさんに!!

 オマエはッ!!



「──…あなたが、次(・)の(・)世(・)代(・)に残したいものって、何なんだよ……!」



「「………」」



 …がっかりだ。


 ……簡単なことじゃないってのは分かるよ、分かるけど、さ……それでも、本当に、がっかりだ……



「…あまりにも、無責任すぎる」


「「………」」



 その後のことはあまり覚えていない……


 …ルルゥさんの大事な謁見の機会だったはずなのに、僕が横入りして、勝手に退席してしまった……結局、僕は入場から退場まで失礼な奴だったことだけは、なんとなく覚えていた……





 ◆


「………」


 玉座に頬杖(ほおづえ)をつきながら魔王は嘆息(たんそく)した。

 まったく、よりにもよってルルゥちゃんの前で言いたい放題言いおって、と。


 あの小僧の言っていることも、まぁ、分かる。

 なにより、俺にむかってそれを言う根性は良い。


 なんなら、だったら貴様がやってみろ、と玉座を譲(ゆず)ってやったって。

 さすがルルゥちゃんが連れて来ただけのことは……


 ……いやいやいやいや、だめだ! 何言ってる!?

 だめだだめだだめだだめだ!!

 ルルゥちゃんは、嫁にはやらん!!


「百年早い!!」


 彼が無意識に放ったそれは魔力の乱れで、周囲を、世界をぐらりと揺らした。

 あらゆるものは魔力を持ち、それを揺らせば、世界が揺れたように感じてしまう。


 その異変を感じた配下の者が、すぐさま謁見の間に飛び込んできた。


「魔王様! 如何(いかが)なさいましたか!?」

「なんでもない」


 ぞんざいに手を振って返す魔王。

 

 再びため息をつき、魔王は視線を床に。

 さきほど彼らがいた場所を見てから、この広間を、そして天井を仰(あお)いだ。


「分かっている。

 この城とて、かつての人族が作ったものだ」


 まだ人族がこの地にいた時代に作られた、王にふさわしい立派な城だ。

 どうせお前は大暴れするのだからと、外よりもむしろ内側に対して頑丈に作ったという曰(いわ)く付きの城だ。


 いま着ている服だって、人族に贈られたものだ。

 もう少し王らしい威厳のある格好をしろと、わざわざ長く着られる魔法の服を作って寄越してきたのだ。


 この城も、服も、魔族には作れないものだった。


「なるほど。文明文化というもは、人の摂理でこそ生まれる異物であるということか。

 …ああ、俺だってもう一度、もう少しマシなものを食べられる日々に戻りたいものだ、まったく」


 素材の味を存分に活かしまくった料理にはもう、うんざりだ。もっと繊細で味わい深くて健康に配慮した食生活に戻りたい。

 そういうのを育てるだけの土壌が、今のこの国には足りていないのは、分かっているのだ。


 実は魔王は穏健派だ。

 彼が王だからこそ今の王国との戦争だって、まだこの程度で済んでいる。


「人族も魔族も関係ない。

 その命を、人生をかけて戦いたくば、戦えば良いのだ。

 ……痛い目にあう覚悟ができているのならば、な」


 痛い目、というのは、回復魔法で治せる傷のことではない。


 二度と治らぬ体の傷、心の傷、悪夢、病、理不尽な命令、理不尽な奇襲、裏切り、孤立、屈辱、飢え、絶望、永遠に消えぬ怨嗟の視線、地の果てまで追ってくる復讐者や暗殺者に、それに伴う家族や仲間やかけがえのない者たちの死……それら戦(いくさ)にまつわる、すべての「痛い目」のことだ。



「俺だって、そんなものは恐ろしい。

 だが、戦いを否定するものではない」



 そのすべてを受けて立つ。

 そのくらいは覚悟の上でやっている。

 それが王だ。


 ふさわしい者が現れたなら、いつでも王座をゆずってやるし、ゆずりたい。

 この玉座を奪った上で、この国でも隣の国でも、好きなように振る舞えばいい。


 だというのに。


 自称偉大なる戦士どもが、好き勝手やりやがったあげくに「魔王様のためにやりました」などと宣(のたま)いやがる。

 王国もそう、「魔王が悪い」と言いながら、似たようなことをやっている。

 あちらもこちらも、そういう連中であふれているのだ。


 そんな「偉大」になりたい連中ほど、矛盾だらけの大義名分を囀(さえず)りながら、己より弱い者を見つけては嬲(なぶ)り、襲っては酔いつつ、自分の偉大さに悦(えつ)に入(い)る。



「忌々(いまいま)しい」


 ああ、忌々しい、忌々しい、忌々しい、忌々しい……!!


 偉大なる戦士になりたくば、なぜ、俺に挑まない!?

 弱者相手に遊んでないで、俺のところへ真っ直ぐに来い!!

 なんなら今すぐ、俺の方から行ってやろうか……!?



「俺の考えが気に入らないなら、まずは俺を倒して王になれ!!」


 忌々しい、弱卒共が、弱者共が。

 よりにもよって「その王」に俺を、戴(いただ)いているという事実が。

 この状況が、すべてが、心の底から……



 忌々しい!!!



「「!!?」」


 グラリと、再び世界が揺れた。

 歴史ある魔王の城が、その振動にミシミシと悲鳴を上げる。



 再びの異変を察知したのか、謁見の間にはさっきより多くの配下が参集してきた。


 …最近こんなのばっかりだなと反省しつつ、魔王は少し気まずそうに配下に告げた。


「…少々、取り乱した」

「い、いえ」


 呼吸を整えるように、ため息をごまかすように、大きく息を吐(は)き出す魔王。


 王たるものがこんなことで心を乱してしまうなんて情けない……でも、だってしようがないじゃない、孫娘(ルルゥ)ちゃんに、あんなこと言われちゃったら、俺だって……そりゃあ、なあ?


「…?」

「「……」」


 心を落ち着けたつもりが、まだ落ち着かない。

 魔王は落ち着いたつもりでいたが、だが、揺れのほうがどうやら続いているようだ。


「俺じゃないぞ?」

「そ、それは存じ上げておりますが……なんでしょうね、これ?」


 すると、玉座の間にあわてて飛び込んできた門衛。


「ま、魔王様!!」


「おっ! なんだ、襲撃か!? やっぱり襲撃なのか!?」


 身を乗り出しながら魔王が報告をうながす。

 襲撃をむしろ喜んでいるように見える魔王の姿に、家臣たちは生温かい視線を送った。


 だが、それは魔王が望んだ「襲撃」とは、ちょっと違う感じの襲撃だった。


「その、あの、お、お姫様(ひいさま)が…!」

「え」



 ◆


 城の外に出てすぐ。

 ルルゥさんは犬に「後進(バック)」の指示を出した。


 なにか忘れ物かな? と思ったら、そういうことでも無さそうだ。

 犬にリヤカーを後ろへと押させて、城の外壁めがけて後ろ向きに直進させる。


 コツン、とリヤカーの荷台が城の壁に当たった。


 魔王さんとケンカしたから、その八つ当たりかな? と最初は思った。

 向こうの方でこちらを見ている門衛さんも同じように思っているのだろう、ルルゥさんと僕の方を生温かい目で見守っていた。


 ルルゥさんが犬に、リヤカーを少し斜め下に押すように指示した。


 スコップで城を掘り起こすみたいに。実際は地面の下にも壁が続いているから、やはりリヤカーは城を「押した」だけだったのだけど……


 …だけど、

 僕がハッと気づいた、その瞬間。



 城がリヤカーの「積載」扱いになってしまった。




 犬がリヤカーを鼻先でグイグイ押し続けた。

 大地を揺らす轟音とともに、リヤカーが壁を、「城を」ズズズゴゴゴと、少しずつ前に押しやっていく。



 なんだ!? 襲撃か! と次々に魔族の人たちが飛び出して周囲を見渡してみるも、そこにいるのは一見するとただ遊んでいるようにしか見えない犬の姿と、リヤカーと、そして……ルルゥさんの姿を見た人が「…あれだっ! お姫様(ひいさま)だ!?」と察しの良い叫び声を上げた。


 こちらへと走りながら、ルルゥさんと、リヤカーに並んで座る僕を見てから、その後ろでリヤカーを鼻先でグイグイ押している犬を見て「あの犬を倒せ!」と的確な指示とともに一斉に犬へと飛びかかるも、謎の斥力によって全員、弾(はじ)き返されてしまった。


 それでもあきらめずにどうにか近づこうとするも近づけず、誰かが放った何かの魔法は大きく上へと逸(そ)れていって、「やめろ! 同士討ちになる!!」と他の誰かが叫んで止めた。


 ちなみに、城の向かう先は北。

 つまり大河だ。

 大河へと城を落とすつもりだ!


 まったく止まる気配のないリヤカーと、やがて行水する予定の城の姿に、いよいよ皆が青ざめる。


 すると、とうとう魔王登場。

 なぜか上空から。


 すごい勢いで落ちてきた彼が強引に城とリヤカーの間にその大きな体をねじ込んで、そして叫んだ。


「ふんぬ、ラァああッ!!」


 魔王がリヤカーを全身全霊で押し返す。


 ただでさえすぐ目の前にある城の壁のせいで、ものすごく圧迫感を感じていたリヤカーの上が、目の前の憤怒の表情の魔王によってますます狭(せま)く暑苦しくなってしまった。あと、怖い!


 ルルゥさんも叫び返す。


「負けるな、ヤック!」


 そういえば、うちの犬かどうか疑わしい犬に、そんな立派な名前をつけていた。

 僕としては別の名前を付けたのだけど、ルルゥさんが付けた愛称の方がいつのまにか本名になっている。


 がんばれヤック! まけるなヤック! …とは言うものの、うちの犬はいつもどおり息一つ荒げることもなく、よいしょヨイショとリヤカーを押しているだけなので、その姿はどう見てもただ遊んでいるようにしか見えなかった。


 やがて城中にいた魔族たちみんなに取り囲まれて、大声援に包まれた。


 応援する声が、叫び声が飛び交う。

 「魔王様!」「押し返せ陛下!」「そこだ、やれ、犬!」と……おいそこ、どさくさ紛(まぎ)れにうちの犬を応援するな! と思ったら、声援がだいたい二つに割れてしまっているのは、そういう国民性なのだろうか? …魔王さん、苦労してそうだな……


 真っ赤な顔でどうにかリヤカーを押し戻そうとする魔王さんの顔の、その鼻先めがけてルルゥさんが火球(ファイアボール)の魔法をぽいぽい投げつけて彼の体力を地味にゴリゴリ削(けず)ろうとするのは、さすがにそれは酷(ひど)すぎるので僕もやめさせた。


 それでも半泣きになりつつも、なおも一歩も引かない魔王さんの方が、むしろスゴイと思ってしまう。


 その一方で、


 こっちの大観衆の輪から少し離れた、むこうの方では、何やら怪しげな魔法使いっぽい集団が円陣を組んで、必死に詠唱を始めていた。



 何かの召喚儀式? 遠くからはそんな風に見えたのだけど……


 その呼び声に応えるように徐々に天をおおう暗雲、雷雲が、渦巻きながらうごめいてそして、中心に開いた天空の穴から、暗闇の中、地上へと差し込む一筋の神々しい光がスゥッと大河へと差し込んで……その光をうけて大河の流れがゴゴゴと渦巻いて、その渦の中心から水しぶきで反射するキラキラした光に包まれながら現れた、まさしく女神の降臨ともいうべき美しい女性が──…


 …なぜか頭をかかえて、深いため息とともに現れた彼女は、


「……はぁ」


 現れるや否(いな)や、キッとこちらを睨(にら)んだ。

 そんな彼女の声が、みんな、黙らせた。



「お父様ッ!!

 ウルルっ!!

 いい加減になさい!!」



「「はいっ」」



 二人につられて思わず僕も返事をした。



 その一喝(いっかつ)で、この騒動はすぐにおさまったのだった。





 ◆



 この国の王政……すなわち独裁が、あまり良くないことだなんて、言われなくても分かっていた。


 たとえ天才であったとしても、その独(ひと)りだけでは何人分の仕事もできやしない。

 知力、体力、あるいは物理的に、独りでできることなど高(たか)が知れている。


 仮にできてしまっても、それはそれで問題が起きる。


 その一人に力が、権力や正義が集中してしまえばどうなるか?

 周囲の者たちは「その一人を喜ばせる」ことに全力を注(そそ)ぐようになる。


 そうなれば当然、苦言や反対意見など出るはずもなく、いかに賛成と賞賛の声をあげてその一人の味方のふりをして甘い蜜を吸うか、生き残るかという競争が、腐った世界ができあがる。


 現に、かつての王政はそうだった。


 そういう「腐った連中をいかに王の周辺から排除するか」にいつも腐心し続けていた。

 歴代の王たちも鋼の意志で「自身が腐らないように」、常に自分を律し続ける必要があった。



 それでも……大半の王は、独裁の欠陥に気づいてしまう。

 ふと気づけば、それで心が腐ってしまう。



「(こ(・)ん(・)な(・)者(・)た(・)ち(・)を守るために、命をかけるのが、王族の役目なのか……!?)」



 そ(・)れ(・)は危険だ。



 監督官という役職を名乗る青年は、目の前でおよそ議論とは呼べぬ会議を続ける者たちの悍(おぞ)ましい姿を前に、今日もまた、気づいてしまう。

 気づくたびに、何度でもその「危険な思想」を鋼の意志で再びねじ伏せ、塗りつぶす。


 …もう、頭がおかしくなりそうだ……




 監督官の目の前で、議員たちの後ろ向きな反省会、言い訳合戦が白熱していた。


「わざわざ異世界召喚禁止法を無視してまで勇者を召喚したのは失敗だった。

 大森林橋での苦戦に加えて、勇者のことまですべて国民にバレてしまった」


「それだけではない、加えて戦争の発端についてまで、また蒸し返されて……」


「うるさい、黙れっ! 何が奴隷禁止法だ!?

 魔族だぞ? 敵国の、奴隷だぞ!? 一体何が悪いというのだ!

 むしろ私は国威の向上に貢献しているッ!」


 違う、そうじゃない。

 論点がもう、おかしい。


 なにより問題なのは、立法にたずさわるはずの者たちが、法を犯(おか)し、法を歪(ゆが)めることなのだ。


「各街の長も、王都の憲兵たちも、あからさまに我々の不支持を表明しはじめているぞ?」


「そいつらの予算配分をカットしろ。何もできなくなれば、不支持だろうが関係ない」

「カットなどと言うな、『問い合わせ』れば、ちゃんと奴らは我らの意を酌(く)む」

「忖度(そんたく)できないようなら、その時こそ色々とカットしてやれ、ハハハ!」


 自分たちへの支持を集める手段、脅しの手管(てくだ)ももう慣れたものだ。


「民の不満の声は、どうする?」


「いつもどおり無視だ。その民たちが選んだのが俺たちだぞ? 一体、何を言っている!」

「適当に『今後の働きで挽回(ばんかい)する』とでも言っておけ」


 資質の無い者にこれ以上やらせるなという叫びに対して、仕事で挽回? それこそまさに恥の上塗り、汚名挽回というやつだ。


「あまりしつこいようなら、黙らせろ。

 有事だの高度な政治上の云々(うんぬん)だの適当な理由で特例法でもつくって、戒厳令でもひいてしまえ」


「魔族との戦争をもっと全面に出せばいい! 勝利でも敗北でも何だって良いのだ、今はそれどころではないことを思い知らせろ!」


 ごまかす手法、煽(あお)る手口、宣伝・広報・洗脳活動。

 盤外戦術ばかりがどんどん進化、加速していく。


「何も考えさせるな、問わせるな。

 それこそが『政治の基本』だ。

 時が経てばいつもどおり民もすぐに忘れるし、あきらめる」


 民の無知をよろこぶ指導者。


「むしろ今が好機では? このまま魔族に攻め込ませて、こちらに少しくらい被害が出た方が、国民の不満が再び『正しい敵』の方へ向くだろう?」


 選択肢を増やすより、他の選択肢を潰していく方が、簡単だ。


「やれる、やれるって!

 やる前から負けることなんて考えるなよ!?

 もっと熱くなれって!!」


 根拠の無い、一発逆転に賭ける者たち。

 だが、そのツケを払う予定はまったく無い。


「うむ。反対するものは……いないな?

 よし、多数決で決定だ!」


 議論を放棄して、ただ多数決。


 彼らは今日も、無事に正解を導き出せた気分になった。

 そのまま自ら高らかに掲げた光り輝く目標に、恍惚として、陶酔する。


「偉大なる我が国をもう一度!」


「我が国こそが世界の中心!」


「我が国を、楽しく!」



 彼らの言う「国」とは?


 それは文明文化や、それらを支える民たちのことでは無い。

 彼ら自身、すなわち「現政権」こそが国であり、彼らこそが正義なのだ。



 意気揚々と立ち去っていく、そんな「国の代表者」たち。



 一人、その場に残った監督官。

 彼らがいた「議事堂」を見つめながら、思い返す……



 …勇者召喚という愚かな選択を力ずくで叩き潰さずに、あえて見逃した。

 その理由の半分は、まさに彼ら国民の代表の意思によって断行した結果だから。


 残り半分は、この惨状の元凶の、その同郷たちへの八つ当たりだった。


 うつろな瞳に「議会」の姿を映しながら、監督官は、ここにいないかつての「英雄」に向けて、吐き捨てた。



「…やっぱり、この国に民主主義は早すぎたんだよ、勇者サマ」





 その日、大地が揺れた。



 地震がまったく起こらないわけでもない。

 だが、数年に一度しか起きないはずのそれが、長い時間、それも朝昼晩と一日に三度も起こるのは異常事態だ。


 長い一日だった。


 大河の流れがいつも以上に荒れていた。学者たちが大河の水量の増加を確認し、その原因を調査する。

 ここまでくれば、何か不吉なことの前兆というまるで根拠のない噂話も信憑性(しんぴょうせい)をおびてしまう。


 だが、それは前兆ではない。

 むしろ、結果で。


「…大河の幅が、狭(せば)まっております」


 始まりだった。


 昼過ぎに、議員のもとに急報が転がり込んできた。

 大河の観察を専門とする学者の主張は、朝の揺れと昼の揺れでそれぞれ、かなりの勢いで川幅が狭くなってしまったのは間違いないというもの。


 議員たちは信じなかった。

 信じたところで自然災害はどうにもならない、と思考を放棄することにした。

 放棄はしたが……もしもそれが真実ならば……懸念は払拭(ふっしょく)しきれない。


 有事に備えるという名目で招集された臨時の議会に、夜、三度目の地震が起こる。

 議員たちももう、無視できなくなった。


「このままでは、大河が渡れる距離になります」


 遠い未来の話ではない、甘く見積もっても一年以内という学者たちの見解一致に、議員たちはいよいよ震撼した。



 一年以内に魔族が攻め込んでくる。



 大森林橋の一箇所ならば防げていたが……大河のすべてで渡河できるなら、もう防ぎようがない。



 大混乱。

 なぜ、どうして、そもそもオマエが、ちがうオマエが、オレはわるくない、だいたいそれは、ウソだ、そうだぜんぶウソだ、だがどうする、だまらせろ、だけどなぜ、どうして……



 何も決まらず空転し続ける議会の面々。


 その一方で、監督官は考えて……やがて、すぐに思い至った。



 なぜ突然、大河の幅が狭まったのか?

 より正しくは、「大陸の位置がずれた」のか?

 彼は、思い出す……


 なぜか犬が引くリヤカーに、ちょこんと座って旅立っていった、あの二人組。

 思い出すだけで、いまだにクスッと笑えてしまう光景だ。


「…フフッ。だけど、いくらなんでも……【質量無視】にも、ほどがあるでしょ……」


 無茶をする人だった。

 それでも彼女は、自分から動く人だった。

 分からなくても分からないなりに、じっとしてなんていられない。



 そして今日、とうとう文字通り「国をちょっと動かして」しまった。



「……フ、フフッ、あー、もう、無茶ばっかりして!

 …はぁ、まったくいつも、わがままなんだから」


 自分には真似できないそれが、かわいらしくて、カッコよくて、まぶしくて。



 …もういい。

 私も、私だって、我儘(わがまま)を通してやる。



 彼らの土俵で、腐ったままで、決着をつける。



「あとはもう、

 今度こそ、私がどうにかするからさ。

 …そろそろ大人しくしてよね?

 ルルゥ姉さん」



 彼はついに、自らの手で終わらせることを決意した。



 ◆


 彼らはすぐに「選挙」を実施しなければならなかった。

 大義名分が必要だったからだ。


 戦争の引き金となった不祥事をやらかした者たち。戦争を利用し、焚きつけ続けてきた者たち。

 南北を分かつ大河の幅がせばまり、魔王国の侵攻が防げなくなりつつある今、彼らに「その責任」を問われる時がせまっていた。


 だから選挙が必要だった。

 それでも国民は俺たちを選んだ! という「新たな立場」を手に入れるために。

 すべて踏まえた上で新たに俺は選ばれたのだから、もう禊(みそぎ)は済んだし免罪された、と主張するために。


 なんなら落選しても良いとすら思っていた。

 俺を選ばなかったのだから、厄介事はすべて選ばれた奴らに押し付けてしまえば良い、俺に責任は一切無いのだ、と。


 どちらにせよ選挙さえすれば一発逆転という発想だった。



 ところが、その目論見は打ち砕かれる。

 この王国の第一王子という、思わぬ伏兵の選挙への立候補によって。



 王族が選挙に出馬するという異例の事態だったが、それをとがめる法は無く、その異例のままに受理された。

 加えて王子の仲間たちも「第一王子派」として立候補した。


 学生時代に「個人的な商会」を設立し、いまや各地にその支店をもつ商会長としても名高い王子。

 すでに彼はその支店を通して、各地の支援活動や根回しによって多大な支持を集めていた。


 それがなくても、若く、聡明で、イケメンの、王子様だ。笑顔ひとつで、そのこうかはばつぐんだ。


 そんな王子は、国民たちにこう告げた。


「今はただ、俺を信じてくれ」


 政策宣言(マニフェスト)でも公約でも無い、最悪な主張だ。

 もし彼が当選したとしても、一体何をやるつもりなのか、これではさっぱり分からない。


 それでも圧勝してしまった。


 その結果に、元議員たちは愕然(がくぜん)とした。

 だが民たちは当然だと思っていた。そういう選挙ゲームを作りあげてきたのはお前らだ、と。


 それでも強(し)いて言うならば、「彼以外、信じられる者がいなかった」という点においては「俺を信じろ」という一点突破の政策(?)が成功した、とも言えなくもなかったが……実際のところは「なんか、あいつが一番キラキラしてる」から一票入れたという民が大半だった。



 こうして、突然あらわれた王子派が議席の過半数を奪うという結果に終わった。


 そこから先が早かった。


 王子は首相就任の五秒後に、「議会制民主主義の無期限延期と王政の復活」を宣言、その是非を問う国民投票をわずか一週間後に実施するという暴挙に出た。


 投票用紙には「これまで通りの民主政治を望むか、否か(白紙・無投票は否とみなす)」という、とても恣意的(しいてき)で誘導的な──無回答や中立までも強引に「否」の票とカウントしてしまうという横暴な──投票を実施するも、そんな卑劣(ひれつ)な手段を使うまでもなく民は圧倒的多数で「王政の復活」を選んでしまった。



 これが最後の「民主的な投票」となった。

 議員と議会は解散し、一部の者たちは王国の文官として再就職した。

 再び王政が復活し、王を中心とした権力機構が再構築された。


 そして王国は、魔王国との「王族同士の直接の会談」を経て、休戦協定を締結した。


 あっという間の和平も含めて、王子の事前の根回しのその一環だった。

 遡(さかのぼ)ればあの地震の日の夜から、魔王国との交渉を秘密裏に開始した王子である。

 裏を返せば、あの地震の日の夜から王子の配下の者たちはずっと働き詰めということで……


 …そんなニコニコ王子こと鬼畜上司の部下たちも、ちまちま暗躍ばかりしていたニコニコ鬼畜上司が、ようやくやる気を出してくれたことが恐ろしいやら喜ばしいやらのおかしなテンションで、みごと彼らの難しい作戦(ミッション)を完遂(コンプリート)してしまった。

 王子は部下に恵まれていた。



 その一方で、選挙で大敗してしまった元議員たちの行く末は暗かった。


 王国の民から、元議員たちの「粛清」を求める声が上がった。

 これまでやりたい放題やってきたのだから、その命をもって贖(あがな)え! という過激な気運が高まっていた。

 魔王国からの、王国に対するより多くの賠償を求める声もまた、王国の民の怒りの声をより一層あと押しした。



 そんな王国の民の声を、王子は笑顔で否定した。

 そしてそれは、魔王国の民への示唆(しさ)でもあった。


「まだ彼らにも使い道はあるから、ね?」



 そんな中、元議員の一人が、魔王国への「親善大使」に任命された。


 魔王国へ派遣されたのは、彼と、魔族の姉妹。

 その姉妹はかつて彼が「奴隷ではない、従業員だ!」と主張していた者たちだった。



 そして彼らは、魔王国内のその任地へと、たどり着く前に「失踪した」。



 王国の民に、魔王国の民に、王子は釈明した。


「任命責任は私にある。責任感のない者たちを派遣したことを心より謝罪する。業務が滞(とどこお)らぬように、す(・)ぐ(・)に(・)次(・)を(・)任(・)命(・)す(・)る(・)」


 その釈明と再派遣は立て続けに「三度も」繰り返された。

 それが示す意味に、両国の民は沈黙した。


 そして今もなお、任地までたどり着いた親善大使は一人も無いまま、四度目、五度目と続(・)い(・)て(・)い(・)る(・)。

 失踪した者たちはいまだ行方不明ということになっている。



 ちなみに、王政の復活によって返り咲いたのは現王である。

 選挙で圧勝した王子ではなく、物騒な二つ名持ちの王女でもなく、あくまで王であった。


 たとえ本人がどんなに強く拒絶しようとも、王子も王女も、彼の退位を認めなかった。



 そして、議会の解散とともに、最も任期の短い首相として退任した王子の、その後だが……


 …陛下の隣に謎の「監督官」という役職の青年がニコニコしながら立ったり立たなかったりしていることは、王国の民にはあまり知られていない話である。



 ◆


 ルルゥさんに言われて北の果てで大陸を南に押した後、僕とルルゥさんと犬で並んで座って、流氷をながめる日々を過ごしていると、


「…見つかって良かった。

 監督官から、お手紙です」


 防寒着でモコモコした服装のフレデリクさんがお手紙を持ってやって来た。


 彼が渡そうとした手紙をルルゥさんに破られるという手順をふみながら、三枚目のお手紙に書かれていたのは「王都への一時帰還のお願い」について。


 僕らが知らないうちに、王国が民主制から王制に戻ったりして、大変なことになっていた。

 その流れで、これまでの一連の騒動について、内外に対しての区切りを示す必要があった。

 召喚されてしまった勇者の一人である僕にも、申し訳ないけれど式典に出席して欲しい、とのこと。


 かつての為政者たちの「犠牲者」である僕らを、魔王国との和平の「功労者」として見せる式典。

 それは、王国を引っかき回しただけの異世界人という意見を上塗りするためにも必要な、僕らを守るための印象操作という一面もあった。


 僕一人欠席で減ったところで、どうとでもごまかすことはできるのだろうけれど……監督官さんにはいろいろとお世話になっている気がするので、その式典に参加するために王都に戻ることにした。



 異世界から召喚された先代勇者が、王国を救ったというのが七年前。


 当時は式典なんて、無かったはずだ。

 誰も、先代勇者のその後を知らないのだから。



 なお、フレデリクさんは一足先に帰還した。

 一緒に乗りたそうにこちらを見ている彼に、ルルゥさんが「二人乗り!」と断固拒否した結果だ。




 王都での式典はつつがなく、あっさりと終わった。

 偉そうな人たちが色々長々としゃべっていたけれど、要約すると「ありがとう勇者たち、拍手」というだけの、もう早く終わらないかな、と思ってしまう内容だった。


 おそらくその日の夜会の方がメインだったのだろう。


 あらかじめ監督官さんは僕に、何が起きるのかを教えてくれた。

 前政権から現王政への移行にともない、その身が危うい者たちや権勢を得たい者たちが必死になってコネを求めてくるだろう、と。


 勇者たちや功労者たちを労う名目の夜会であったが、実際のところは、その勇者たちを手に入れるための狩場である。結果として勇者たちも庇護者を得られることになるのだから、それでWin−Winではないかというのがエライ人たちの意見だったらしい。


「おお、リヤカーの勇者様! ご活躍の噂は予々(かねがね)!」


 いつの間にか周囲を知らない人たちに取り囲まれるのは怖い。しかもそれは自分よりも偉い権力者たちだ。


 彼らは言葉を探りつつ僕の言質(げんち)をとって囲い込もうとしてきた。

 対して僕はただ「これまで通りの行商の旅を続けます」と主張し続けた。


「…おい、君? いまの我が国の状況を分かっているのかね?

 君は勇者だろう?

 ならばなぜ、率先してこの国に貢献しようと思わない、そもそも」


 そして、彼らを黙らせる言葉を、僕はあらかじめ決めていた。



「まだ存在しない、元の世界へ帰る方法も探したいので」



 元の世界に返す気なんて、無いんでしょ?

 先代勇者がそうだったはずだ。


 だから今すぐにでも僕は旅にでなければならない、と。



「「………」」


「…おい、どういうことだ!!?」

「宴(えん)もたけなわですがッ!!」


 勇者の誰かの叫び声を、司会の叫び声が上書きする。


 僕の発言のせいで、騒然と混乱しだしたその夜会はすぐさま「宴もたけなわではございますが、今すぐ終了」になったのだった。



 ちなみに、僕は「帰る方法を探したい」とは言ったけれど、帰りたいとは思ってない。

 ウソは言ってない。

 興味本位で探してはみるけど、新しくはじめた「いつもどおりの生活」が僕は気に入っているので、このままで良いと思っているから。



 思った以上に問題発言だったようで。

 夜会の後も大変だった。

 

 一部の勇者とエライ人たちとの乱闘騒ぎも起きたらしい。

 それだけ他の勇者たちへの情報操作は、夜会でのあの瞬間までは上手くいっていたんだ。


 僕のリヤカーを襲撃しようとした人たちもいて、うちの犬に倒されていた。

 彼らは僕に少し思い知らせるつもりが、【リヤカーの勇者】の恐怖を思い知ることになったのだとか。


「誤解です。それは僕ではなく、犬の仕業(しわざ)です。It's my dog.」

「でも君の犬だからね?」


 早朝、そんな昨夜のその後の出来事を監察官さんはお疲れ気味の顔で僕に説明した。


 それらの問題について今日からいろいろ会議がはじまるので、巻き込まれる前に出発してしまった方が良い、と彼はわざわざ僕に教えに来てくれたんだ。


「なんだか色々と申し訳ありません」


「謝らないで。むしろ……

 …いずれにせよ避けられない事態が、ちょうど良い時に起きただけで、何も問題はない」



 そのまま僕はこそこそと王都を出ることになった。

 追放されたり、逃げ出したり、王都の朝はいつも忙しい。



 リヤカーの前ではルルゥさんが犬を撫(な)でながら待っていた。

 歩いてくる僕の姿を見て、そのままリヤカーに飛び乗った。


 お見送り、では無くリヤカーに飛び乗ったルルゥさんの姿に……ホッとしている自分を、いま再認識して、驚いた。



 出発してすぐ、リヤカーの上で隣に座るルルゥさんから「ニリィ殿へ」と書かれた紙を手渡された。


「ティア姉から」


 毛筆で達筆な文字のそれは、お手紙というより「果(はた)し状」のように見えた。

 覇王エグゼレンティーア様からの果し状(?)だ。


 やや戦戦恐恐ぎみに、折りたたまれた紙を開けば、そこには大きな文字で力強く、


「ウルルを託(たく)す」


 とだけ書かれていた。

 ウルルはルルゥさんの本名だ。


 そういえば魔王城でもルルゥさんの母親らしき人から「ウルルのこと、よろしくね?」と言われていた。

 …思い返せば、ルルゥさんの関係者に会うたびに、みんな似たようなことを言って僕にルルゥさんを託している気がする。ルルゥさん、託され過ぎじゃないかな?



 そんな果し状と僕の間に、後頭部をねじ込んできたルルゥさん。

 そのまま動きがピタッっと止まった。


 手紙の内容をいま読んだのだろうか、ルルゥさんは……フレデリクさんが持ってきた手紙の時よりはるかに短い文章なのに、読むのが長い。


 長い沈黙のあと、くるりと振り返って彼女が言った。



「…よろしく、ね?」



 息が届きそうなくらいの近さで、彼女が言う。


 ……いまさら僕も、逃げる気なんて無いけれど。

 でも、受け止めるより、いっそ僕もみんなのように、僕を託してしまうことにした。



「…こちらこそ、よろしくね?」

「!」



 お互い顔を赤くして、そして笑いあった。



 気がつけば、犬に引かれてリヤカーはもう、王都の門をくぐり抜けてしまっていた。



〜 おしまい 〜


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