書きながら「変」と思ったら目を背けないようにしてます
私の勝手な思い込みも多々あると思います。
私は「ハロウィン」という映画が好きです。
ストーリーやキャラクター、使用される曲など好きな理由は色々とあります。
「自分が観ながらモヤッとしたことを、作中で登場人物がスッキリさせた」というのも理由の一つです。
この映画にはマイケル・マイヤーズという強烈なキャラクターが出ます。彼は六歳で姉を殺害し、精神病院に収容されますが十五年後に脱走します。
自動車を奪って脱走します。
私は当然思いました。
……なんで運転出来る?
いえ、まあ……、このマイケルは映画が進むにつれて「人を超えたなにからしい」ということが分かるのですが初見だと分かりません。そもそも「だから運転も出来たんだなあ」というのは無理がある気がします。
さて、この脱走事件のずっと前からマイケルの邪悪さを見抜き、周囲に訴え続けていたルーミスという医者がいました。ルーミスは今まで自分の言葉に本気で耳を貸さなかった病院の責任者に怒りながら告げます。マイケルは自分が育った街、ハドンフィールドへ向かったと。
しかし楽観的なのか、自分の失敗を小さく言いたいだけなのか、病院の責任者は言います。
「運転も出来んのにあそこへは行けまい」
その言葉にルーミスがこう返すんです。
「昨夜は運転していた。ここで教えたのか?」
ここが、このセリフがすごく好きです。
この「ここで教えたのか?」という皮肉。
実は私の疑問の答えにはなってません。例えば「幼い頃、マイケルは父親の運転を観察していた」など取ってつけたような理屈を答えにしてません。
この皮肉では「マイケルが運転出来る理由」は何も分かりません。しかし、私はスッキリしました。
観客がこのような疑問を抱くことを想像した上でのセリフに感じたからだと思います。
「運転出来ることをおかしいなんて思わないだろ」と観客を甘く見ていない気がします。
書きながら自分の小説に感じる矛盾、不自然さ、ご都合主義。「自分が感じるなら読者も感じる」と考え、ちゃんと修正しなきゃいけないなあと思っています。
たまに御感想で教えてもらうまで気づかないこともあります……。
最後までお付き合いくださりありがとうございました。
作中での「ハロウィン」は1978年の映画です。




