7笑
「う……うぅ……」
壁から、うめき声が聞こえる。
剛三お父様の放った「音速のチョコレート」によって、コンクリートの壁にめり込んだ隊長クマ。 そいつは、まるで現代アートのように壁と一体化し、ピクピクと痙攣していた。
「……なぁアリス。これ、どうするんだ?」
「決まっていますわ。尋問です」
アリスは腕まくりをすると、クマの足(ブラブラしている部分)を掴んだ。
「さあカケル、手伝いなさい! この『巨大な毛玉』を引き抜きますわよ!」
「お、おう。……せーのっ!」
「んぎぎぎぎぎっ!!」
俺とアリスは力を合わせてクマを引っ張った。 まるで童話の『大きなカブ』だ。 ただし、抜こうとしているのは野菜ではなく、テロリストだが。
「抜けろォォォ! 俺の借金返済のヒントォォォ!」
「出てきなさい! 私の鮭を隠した極悪人!」
ズボォォォォォッ!!
盛大な音と共に、隊長クマが壁から射出された。 勢い余って、俺たちは床に転がる。
「痛ってぇ……。おい、クマ! 観念して正体を現せ!」
俺はすぐさま起き上がり、気絶しているクマの着ぐるみに飛びかかった。 まずは武装解除だ。 そして、このふざけた頭部を引っこ抜く!
「その面拝んでやるぜ!」
スポォォォン!
着ぐるみの頭が外れる。 そこから現れたのは、む暑苦しいおっさん……でも、借金取りの兄ちゃんでもなかった。
サラリ……。
着ぐるみの中からこぼれ落ちたのは、月明かりを反射して輝く、美しい銀髪だった。
「……は?」
俺の手が止まる。
長い銀髪。 透き通るような白い肌。 そして、額には赤く腫れた「チョコの跡」があるものの、人形のように整った顔立ちの少女がそこにいた。
年齢はアリスと同じくらいだろうか。 黒いボディスーツに身を包んでいるが、そのプロポーションは着ぐるみの外からでも分かるほど……発育が良い。
「……え、美少女?」
俺が呆気にとられていると、少女がうっすらと目を開けた。
「……んぅ……。ここは……天国……?」
「いや、西園寺家の玄関ホールだ」
少女はハッと覚醒し、青い瞳で俺を睨みつけた。
「キサマァッ! よくも私に屈辱を与えてくれたな!」
彼女は飛び起きようとしたが、着ぐるみの足が絡まって盛大にコケた。
「あべしっ!?」
(ドジだ……。この子、アリスと同類の匂いがする)
「くっ、殺せ! 私は喋らんぞ!」
少女は床に這いつくばったまま、精一杯の強がりを見せた。
「我が名は『秘密結社くまさん』極東支部・強襲部隊長、コードネーム『ポーラ』! 誇り高きシロクマの化身なり!」
「ポーラ……?」
アリスが冷ややかな視線で割り込んできた。
「あら、意外と安直な名前ですわね。それに、少し発育が良いだけで調子に乗っていませんこと?」
「なっ!? なんだその貧相な金髪女は!」
「ひ、貧相ですってェ!?」
バチバチバチッ! アリスとポーラの間に火花が散る。 俺は頭を抱えた。
「タイム! 喧嘩してる場合か! おいポーラ、質問に答えろ」
俺はポーラの前にしゃがみ込んだ。
「お前らが『黄金の鮭』を盗んだのか?」
ポーラはフンと顔を背けた。
「ふふん。答える義理はない。私をどうする気だ? 拷問か? 爪の間に鮭の小骨を刺す気か?」
「地味に嫌な拷問を想像するな!」
「口を割らせたければ、それなりの誠意を見せることだな!」
グゥゥゥゥゥ〜……。
その時、ポーラの腹から盛大な音が鳴り響いた。 まるで空腹の熊の咆哮だ。
「…………」
「…………」
沈黙。 ポーラの顔が、耳まで真っ赤に染まっていく。
「……ち、違うぞ! これは私の腹の虫が威嚇したのだ!」
「正直に言えよ。腹減ってんのか?」
俺はポケットを探った。 剛三お父様がばら撒いた「弾丸」の残骸……スイス製高級チョコレートがあった。 銀紙に包まれたそれを、俺はポーラの目の前にちらつかせた。
「ほら、チョコだぞ」
「!!」
ポーラの目が釘付けになる。 彼女の視線は、チョコの動きに合わせて上下左右に動く。 完全に猫じゃらしに反応する猫だ。
「くっ……! バカにするな! 私は誇り高き戦士……そんな子供騙しのお菓子で……」
「これ、一粒500円の高級品だぞ」
「いただきまァァァす!!」
ガブッ! ポーラは俺の手ごとチョコに食らいついた。
「痛ぇぇぇッ! 指! 指ごといった!」
「んむ……んむむ……! おいひい……!」
ポーラは幸せそうな顔でチョコを咀嚼し、ゴクリと飲み込んだ。 そして、キラキラした瞳で俺を見た。
「おかわりは?」
「ねーよ! 情報は吐くんだろうな?」
「うむ。チョコ一粒分の義理は果たそう」
ポーラは姿勢を正し(まだ着ぐるみのままだが)、衝撃の事実を口にした。
「結論から言おう。我々は鮭を盗んでいない」
「は?」
俺とアリスの声が重なった。
「盗んでない? じゃあなんで襲ってきたんだよ!」
「我々の目的は、鮭の中に隠された『マイクロチップ』の回収だ。昨夜、屋敷に潜入したのは事実だが……金庫を開けた時には、すでに鮭は消えていたのだ!」
「な……なんですって?」
アリスが眉をひそめる。
「嘘をおっしゃい! 現場には貴様らの足跡(のっぺりした跡)と、剛毛が落ちていましたわよ!」
「ああ、それは部下の『ヒグマ三等兵』の足跡と抜け毛だろう。あいつは抜け毛が酷いからな」
(剛毛の正体、ただの抜け毛かよ!)
ポーラは悔しそうに拳を握った。
「我々も驚いたのだ。金庫を開けたら、鮭の代わりに『切り身』と『バナナ』があったのだからな! バナナで滑って転んだ部下もいたぞ!」
「じゃあ……犯人はお前らじゃないってことか?」
「そうだ。我々はてっきり、西園寺家が鮭を隠したのだと思い、武力行使に出たのだ」
話がややこしくなってきた。 整理しよう。
アリス&俺:鮭がない。クマが盗んだと思っていた。
秘密結社くまさん:鮭がない。西園寺家が隠したと思っていた。
「つまり……第三勢力がいるってことか?」
俺が呟くと、アリスが深刻な顔で頷いた。
「ええ……。しかも、クマたちよりも先に侵入し、警備システムを欺き、鮭を持ち去った何者かが」
「そいつが真犯人か!」
状況は振り出しに戻った。 いや、悪化したと言ってもいい。 手がかりだと思っていた「クマ」が、ただの「間抜けなライバル」だったことが判明しただけだ。
「おい、銀髪女」
アリスがポーラを見下ろした。
「貴様らの潔白はとりあえず信じてあげますわ。……で、これからどうするつもり?」
ポーラはハッとした顔をした。 そして、周囲を見渡す。
部下たちは全員逃走済み。 自分だけが敵陣のど真ん中で、着ぐるみに半身を拘束されている。
「あ……」
「部下に見捨てられたようですわね? 人望がありませんのね」
「う、うるさい! これは戦略的撤退だ! 私だけが殿を務めたのだ!」
ポーラは涙目で震えている。
「くっ……殺せ! 煮るなり焼くなりにするがいい! ただし、鮭鍋にするのだけはやめてくれ!」
「誰がするか!」
俺はため息をついた。 このポンコツ美少女をどうするか。 警察に突き出せば、剛三お父様の言っていた「マイクロチップの秘密」までバレてしまう可能性がある。
「……なぁアリス。こいつ、どうする?」
「そうですわね……」
アリスは扇子で口元を隠し、悪い笑顔を浮かべた。
「人質として利用価値がありそうですわ。それに、『クマの手も借りたい』状況ですし」
「え?」
「おい、ポーラと言いましたわね?」
「な、なんだ!」
「貴方、鮭を取り戻したいのでしょう? チップのために」
「もちろんだ! 任務失敗となれば、ボスに『ハチミツの刑』に処されてしまう!」
「ならば、一時休戦ですわ。私たちが真犯人を見つけるのを手伝いなさい」
アリスの提案に、俺は驚いた。
「マジかよアリス! 敵と手を組むのか?」
「毒を以て毒を制す、ですわ。それに、この女なら私の雑用係としてこき使えそうですし」
「き、貴様ぁ! 私を雑用係だと!?」
「嫌なら警察に突き出しますわよ? それともお父様に言いつけて、全身チョコまみれにしますわよ?」
「ヒィッ! あの『チョコの悪魔』だけは勘弁してくれ!」
ポーラは震え上がり、そしてガクリと項垂れた。
「わ、わかった……。協力しよう。だが勘違いするなよ! あくまで利害の一致だ! チップを手に入れたら、貴様らなど用済みだからな!」
「はいはい、ツンデレはお腹いっぱいですわ」
こうして、俺たちの奇妙な探偵チームに、新たなメンバー(ポンコツ敵幹部)が加わった。
「さあ、そうと決まれば会議ですわ! 場所は……源三の厨房よ!」
「え、厨房?」
「腹が減っては戦はできませんもの。まずは源三のフルコースを食べてから、作戦会議です!」
「また飯かよ! タイムリミット忘れてないだろうな!?」
俺たちはポーラを引きずりながら、屋敷の奥へと向かった。 しかし俺は気づいていなかった。 この即席チームの中に、まだ見ぬ『裏切り者』が潜んでいる可能性を……なんてシリアスなことはなく、単にこれから起きる『闇鍋パーティー』の恐怖に震えることになるとは。




