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多額の借金を抱えた俺、マグロ漁船に乗る直前に『サーモン狂いの天才令嬢』に拾われました。 〜ミステリーは彼女が解く。俺は物理で死なないように頑張る〜  作者: @gamakoyarima
1章 黄金の鮭消失事件 〜その鮭、時価3億円につき(ただし生臭い)〜

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14/17

14笑

「……悪くないな」


俺は全身鏡の前で、自分の姿に見とれていた。


イタリア製の最高級生地。 体に吸い付くようなシルエット。 漆黒のタキシードに身を包んだ俺は、いつもの「借金まみれの大学生」ではなく、映画に出てくる「若き実業家」に見えなくもない。


(馬子にも衣装とはよく言ったもんだ。これなら、VIPだらけの晩餐会でも浮かないぞ)


俺がネクタイを締め直していると、背後でドアが開いた。


「支度はできましたか? カケル」


ドレスアップしたアリスが入ってきた。 その瞬間、俺は息を呑んだ。


いつものゴスロリ調のドレスではない。 今日は、背中が大きく開いた、深い蒼色のイブニングドレスだ。 結い上げた金髪、透き通るような白い肌、そして凛とした立ち姿。


「……どうしましたの? ボケっとして」


「いや……すごく似合ってる。見違えたよ」


俺が素直に感想を漏らすと、アリスはピクッと肩を震わせた。


「と、当然ですわ! 私は西園寺家の令嬢ですもの!」


彼女は扇子で口元を隠したが、その耳が微かに赤くなっているのを俺は見逃さなかった。 アリスは俺の方へと歩み寄ると、じっと俺を見上げた。


「……貴方も」


「え?」


「貴方も……その、悔しいですが……意外と似合っていますわね」


アリスはほんのりと頬を染め、上目遣いで俺を見た。


「いつもの貧乏臭さが消えて、少しだけ……頼もしく見えますわ」


(アリス……)


不覚にもドキッとした。 普段は毒舌と無茶振りしかしない彼女が、こんな顔を見せるなんて。 これがギャップ萌えというやつか。


「そ、そうか? ありがとな」


俺が照れくさそうに頭をかくと、アリスは「まあ、正面から見れば、の話ですけれど」と付け加えた。


「え?」


「後ろを向いてごらんなさい」


言われるがままに回れ右をする。 鏡越しに、自分の背中を見る。


そこには、金糸と銀糸で、無駄にリアルかつ巨大に刺繍された**『荒波を跳ねる鮭(口にバナナを咥えている)』**の絵が、背中一面に輝いていた。


「ダサァァァァァァッ!!」


「ふふふ。我が家の家紋『登り鮭』の特別バージョンですわ。これならどこにいても目立ちますから、迷子の心配もありませんわね♡」


「目立ちすぎて社会的に死ぬわ! ヤクザの親分か俺は!」


前言撤回。 この女にデレなんて期待した俺がバカだった。


   ◇


「おいカケル! 私も着替え終わったぞ!」


更衣室のカーテンが開き、ポーラが現れた。


当初の予定では「メイド服」だったが、アリスの気まぐれで急遽変更になったらしい。 彼女が着ていたのは、ワインレッドのカクテルドレスだった。 銀髪がライトに映え、ボディスーツとは違うしっとりとした魅力を放っている。


ただ一つ、問題があるとすれば。


「……なぁポーラ。なんでドレスの下に、ガーターベルトじゃなくて『ホルスター』巻いてんだ?」


スリットから覗く太ももには、ごつい拳銃とナイフが装着されていた。


「戦場に丸腰で行けるか! これでも減らしたんだぞ!」


「ドレスコードに引っかかるわ! 受付で捕まるぞ!」


「大丈夫だ。兄様から貰った『ステルス・スプレー』をかけたから、金属探知機には反応しない!」


「そういう問題じゃねぇ!」


   ◇


夜18時50分。 俺たちは、会場となる西園寺家の大ホールへと足を踏み入れた。


煌びやかなシャンデリア。 生演奏のオーケストラ。 そして、グラスを片手に談笑する世界各国の要人たち。


「すごいな……。あそこにいるの、某国の大統領じゃないか?」 「あっちにはIT長者がいますわね」


アリスが冷ややかな目で会場を見渡す。


「この中の誰かが、黒幕の手駒か、あるいは感染予定者(鮭ゾンビ予備軍)……」


「兄様はどこだ?」


「兄様なら、厨房に潜入して『料理のすり替え』を画策していますわ。私たちはここで、怪しい動きをする人物をマークします」


その時、会場の照明が少し落ち、ワルツの調べが流れ始めた。 ダンスタイムだ。


「カケル、私と踊りますわよ」


アリスが手を差し出そうとした、その瞬間。


「おいカケル! あれを見ろ!」


ポーラが俺の腕を強引に掴んだ。 彼女の視線の先には、給仕スタッフと何やら密談している禿頭の男がいた。


「あいつ……さっき厨房から出てきたぞ。怪しい」


「よし、近づいて話を聞くぞ!」


「目立たずに接近するには……これしかない!」


ポーラは俺の手を引くと、ダンスフロアの中央へと躍り出た。


「えっ、ちょ、ポーラ!?」


「踊るぞカケル! 私に合わせて動け!」


「お前、ダンスなんてできるのか!?」


「ナメるな! 『くまさん』の訓練カリキュラムには『舞踏会への潜入』もあった!」


ポーラは俺の腰に手を回し、グイッと引き寄せた。 近い。 甘い香水と、ほのかな火薬の匂い。 そしてドレス越しに伝わる、しなやかな筋肉の躍動。


「ステップ、ワン、ツー!」


「うおっ!?」


ポーラがいきなりリードし始めた。 いや、リードじゃない。これは『引きずり回し』だ。


「痛い痛い! 足踏んでる! ヒールで踏んでる!」


「細かいことは気にするな! ターゲットを見失うぞ!」


ポーラは豪快に回転しながら、周囲のペアを弾き飛ばしていく。 優雅なワルツの中で、俺たちだけが『闘牛』のような動きをしていた。


「くっ……! しょうがない、俺が合わせる!」


俺は空手で培った体幹をフル稼働させ、ポーラの暴走を受け止めた。 強引なターンに合わせて体を捻り、彼女の腰を支える。


「……っ!」


ポーラが少し驚いた顔で俺を見た。


「やるな……。私のステップについてくるとは」


「伊達に1400万背負ってないんでね。……もっと力を抜け。ターゲットに近づくんだろ?」


俺がリードを取り返すと、ポーラは素直に従った。 二人の呼吸が合う。 回転の中で、銀髪がふわりと舞う。


至近距離で見つめ合う。 ポーラの青い瞳が、シャンデリアの光を反射して揺れていた。


「……お前、意外と優しい顔をするんだな」


ポーラがボソリと呟いた。


「え?」


「いや……敵だった私にチョコをくれたり、こうして支えてくれたり。……悪くない」


ポーラは顔を赤らめ、視線を逸らした。


「任務が終わったら……またチョコを食わせてくれるか?」


「……ああ。いくらでも食わせてやるよ」


俺が苦笑すると、ポーラは嬉しそうに微笑んだ。 その笑顔は、テロリストでも「くまさん」でもなく、ただの少女のものだった。


(……可愛いな、こいつ)


なんて思った瞬間。


ズキィィィッ!!


「あだァッ!?」


背中(腰のあたり)に鋭い痛みが走った。 つねられた!?


「……楽しそうですわね、カケル」


背後から、地獄の底から響くような声が聞こえた。 振り返ると、アリスが般若の形相で立っていた。


「ア、アリス!? 違うんだ、これは捜査で!」


「黙りなさい! 私のエスコート役を放置して、メス熊とダンスとは……。後で請求書に『浮気ペナルティ(3億円)』を追加しておきますわ!」


「浮気じゃねぇぇぇッ!」


ドタバタしている俺たちの横を、ワゴンを押したウェイターが通り過ぎた。 そのワゴンに乗せられていたのは、銀色のドーム状のクロッシュがかぶせられた皿。


そして、その隙間から、禍々しい「七色の光」が漏れ出していた。


「カケル! あれだ!」


ポーラが叫ぶ。 アリスも表情を引き締めた。


「間違いありませんわ……。あれがウイルス入りの新作料理、『レインボー・サーモン・ムニエル』です!」


「もう配膳が始まったのか!?」


時計を見る。 19時ジャスト。 剛三お父様がステージに上がり、マイクを握ったところだった。


『えー、皆様。本日は我が家の最高傑作をご賞味いただき……』


「まずい! 親父が号令をかけたら、全員が一斉に口にするぞ!」


俺はポーラの手を離し、アリスと共にウェイターを追いかけた。 優雅な舞踏会はここまでだ。 ここからは、皿を奪い、料理をひっくり返す『バトル・ディナー』の始まりだ!


「止まれェェェッ! その鮭は腐ってるぞォォォッ!」


俺が叫びながらワゴンに飛びかかろうとした、その時。


会場の大型スクリーンがジャックされ、ノイズと共に『一本の動画』が映し出された。


『――Ladies and Gentlemen. ようこそ、終わりの始まりへ』


画面に現れたのは、不気味な『鮭のマスク』を被った人物だった。


「……誰だ?」


会場がざわめく。 マスクの男は、歪んだ声で告げた。


『さあ、晩餐のときだ。その虹色の鮭を口にした瞬間、旧人類は滅び、新たな「サーモン・サピエンス」の時代が来る』


「サーモン・サピエンスだと……?」


ネーミングセンスが絶望的にダサいが、言っていることは本気だ。


『拒否権はない。なぜなら……会場の扉は全てロックしたからだ』


ガシャン! ガシャン!


ホールの扉が一斉に閉ざされ、重厚な鍵がかかる音が響いた。


完全なる密室。 逃げ場なし。 そして目の前には、毒入りの虹色サーモン。


「ハメられた……!」


俺は立ち尽くした。 黒幕は、最初からこの会場を『巨大な実験場』にするつもりだったんだ。


「カケル! あそこ!」


アリスが指差した先。 ステージの横で、マスクの男(の姿をしたホログラム?)が俺たちを見て手を振っていた。 その手には、見覚えのあるバナナが握られていた。


「まさか……」


黒幕の正体。 鮭とバナナ。 そして、このふざけた状況を作り出した人物。


俺たちの脳裏に、最悪の可能性がよぎった。

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