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多額の借金を抱えた俺、マグロ漁船に乗る直前に『サーモン狂いの天才令嬢』に拾われました。 〜ミステリーは彼女が解く。俺は物理で死なないように頑張る〜  作者: @gamakoyarima
1章 黄金の鮭消失事件 〜その鮭、時価3億円につき(ただし生臭い)〜

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12/17

12笑

「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬゥゥゥッ!!」


俺は絶叫していた。 時速200キロで爆走するキッチンカーの屋根。 そこに指だけでしがみついている現状は、もはやスタントマンを超えて、ただの『飛来物』である。


「カケル! 右です! 右からアームが来ますわ!」


インカム(さっきサーモンに渡された)からアリスの悲鳴が聞こえる。 横を見ると、巨大な回転ノコギリが火花を散らしながら迫っていた。


「調理モード・薄切りッ!」


運転席から源三の怒号が響く。


「誰がハムになるかァァァッ!」


俺は屋根の上を転がって回避した。 ギャギャギャギャッ! さっきまで俺がいた場所が、ノコギリによって切り裂かれる。


(くそっ、このままじゃジリ貧だ! 近づいて破壊するしかない!)


俺は風圧に耐えながら、四つん這いでアームの基部へと匍匐前進した。 普通の人間なら振り落とされるGだが、1400万の借金という重力が俺を車体に繋ぎ止めている。


「見えた! 油圧パイプだ!」


アームの関節部分。そこに露出した黒いチューブ。 あそこが弱点だ。


「空手歴15年! 板割りで培った拳の硬さをナメるなよ!」


俺は息を吸い込み、正拳を構えた。


「必殺! 借金返済パァァァンチッ!!」


ドゴォォォォォンッ!!


俺の拳が油圧パイプを直撃する。 プシューッ! 激しい音と共にオイルが噴き出し、回転ノコギリがダラリと力を失った。


「な、なにぃ!? 装甲キッチンカーのアームを生身で破壊しただと!?」


源三の驚愕の声。 今だ!


俺は停止したアームを足場にして、運転席のサイドウィンドウを蹴破った。


パリーン!


「お邪魔しますッ!!」


「貴様ァ! 土足で厨房に入るとは!」


俺は車内に滑り込み、助手席に着地した。 そこは、コックピットというより『厨房』だった。 ハンドルの横にはコンロがあり、シフトレバーは巨大なペッパーミルになっている。


「源三! 年貢の納め時だ! チップを返せ!」


俺が詰め寄ると、源三はハンドルを固定し、懐から二本の柳刃包丁を取り出した。


「おのれ、若造が……。ここが神聖な厨房だと知っての狼藉か!」


「時速200キロで走ってる厨房がどこにあるんだよ!」


「問答無用! 拙者の『二刀流・魚河岸うおがし無双』のサビにしてくれる!」


ヒュンッ! 狭い車内で、白刃が閃く。 速い!


俺はダッシュボードに背中を預け、ギリギリで回避する。 シートのヘッドレストがスパッと切断された。


「おい危ねぇだろ! 運転中に包丁振り回すな!」


「安心めされ! 拙者は心眼で『道路』と『敵』を同時に見ている!」


「器用すぎるだろ!」


源三の猛攻は止まらない。 包丁、フライパン、熱した油。 ありとあらゆる調理器具が俺を襲う。


「なぜだ! 源三、あんたほどの料理人が、なんでこんな真似をした!」


俺は攻撃を捌きながら叫んだ。 源三の料理への愛は本物だったはずだ。 魚恐怖症というハンデを背負ってまで、寿司を握り続けた男じゃなかったのか。


「金か!? 産業スパイに雇われたのか!?」


「金だと……? 愚かな!」


源三が動きを止め、激昂した。


「金などいらぬ! 拙者が欲しいのは……『夢』だ!」


「夢?」


「そのチップにはな……西園寺家が極秘に研究していた、伝説の食材のDNAデータが入っているのだ!」


源三は恍惚とした表情で叫んだ。


「七色に輝く身! トロのような脂! そして食べた者を天国へ誘う禁断の味! ……幻の古代魚、『レインボー・サーモン』の蘇生データだ!」


「……は?」


俺は耳を疑った。


「レインボー……サーモン?」


「そうだ! 拙者はそれを蘇らせ、究極の寿司を握りたいのだ! その為なら、屋敷の一つや二つ、裏切ってやるわ!」


(こいつもかよ……!)


親父(剛三)は『全人類鮭化計画』。 料理長(源三)は『レインボー・サーモン』。 どいつもこいつも、鮭への情熱のベクトルが明後日の方向に向かっている。


「狂ってる……。たかが魚一匹のために!」


「たかが魚だとォォォッ!?」


源三がブチ切れた。 全身から湯気のようなオーラが立ち上る。


「料理人にとって、食材は命! その命を愚弄する者は……三枚におろして『あら汁』にしてやるッ!」


源三が包丁をクロスさせ、突進してきた。 殺気。 本気の殺気だ。狭い車内では避けきれない。


「くっ……!」


その時、インカムからアリスの声が響いた。


『カケル! 足元を見て!』


「え?」


『そこにある赤いペダル! それは緊急用の『シャリ排出レバー』ですわ!』


「なんだその機能!?」


『いいから踏みなさい!』


考える時間はない。 俺は言われるがまま、足元の赤いペダルを思い切り踏み込んだ。


「うおおおおッ! 食らえ、シャリ地獄ッ!」


ガコンッ!!


運転席の天井にあるハッチが開き、そこから大量の『酢飯』が投下された。


ドサササササッ!!


「ぬおおおおっ!? シャ、シャリがァァァッ!?」


源三の頭上に、数十キロの酢飯が降り注ぐ。 視界を奪われ、足を取られ、源三の動きが止まる。


「今だッ!」


俺はその隙を見逃さなかった。 酢飯まみれになった源三の懐に飛び込む。


「これで終わりだ! 空手チョップ・改め……」


俺の手刀が、源三の首元(手刀打ち)に炸裂する。


「『骨断ち』ィィィッ!!」


バチィィィンッ!!


「ぐ、ぐぼァッ……! み、見事な……包丁捌き……」


源三はガクリと膝をつき、そのまま酢飯の山に顔面からダイブした。


「……勝った……のか?」


俺は荒い息を吐きながら、気絶した源三を見下ろした。 車は自動運転モードなのか、直線を走り続けている。


俺は源三の手からこぼれ落ちた『ダイヤの目玉』を拾い上げた。 間違いない。 これが全ての元凶、マイクロチップだ。


『カケル! 無事ですか!?』


「ああ……なんとかな。源三は酢飯の中で夢を見てるよ」


俺はへたり込みながら答えた。


「チップも確保した。これで……これでやっと終わる」


そう思った瞬間だった。


プスン……プスン……。


キッチンカーのエンジン音が、不自然に途切れた。


「ん?」


ガタガタガタッ!


車体が激しく揺れ始める。 スピードメーターが急降下していく。


『あ、言い忘れましたわ』


アリスの能天気な声が聞こえる。


『そのキッチンカー、燃費が最悪なんですの。そろそろガス欠で爆発するかもしれませんわ』


「早く言えよォォォッ!!」


「しかもブレーキも壊れてますの」


「殺す気か!!」


俺は慌てて源三(気絶中)を担ぎ上げ、助手席のドアを蹴り開けた。 外には、並走するリムジンが見える。 サンルーフからポーラが身を乗り出し、手を伸ばしていた。


「カケル! 飛べ! 私が受け止めてやる!」


「マジか! 信じるぞゴリラ女!」


「誰がゴリラだ!」


俺は最後の力を振り絞り、源三を抱えてキッチンカーからダイブした。


「とうッ!!」


宙を舞う俺と料理長。 その背後で、キッチンカーがガードレールに衝突し、派手に爆発炎上した。


ドチュゥゥゥンッ!!


爆風に背中を押され、俺たちはリムジンの屋根に見事着地――


「ぐべらっ!?」


――することはできず、ポーラごと車内に転がり落ちた。


「痛ってぇ……」


「重いぞカケル! どけ!」


「あ、あらあら……。みなさん、随分と情熱的な重なり方ですわね」


アリスが呆れたように俺たちを見下ろしていた。


俺の手には、しっかりと『チップ』が握られている。 源三も確保した。 車も破壊した(これは弁償か?)。


「……終わった……」


俺は泥のように脱力した。 東の空が白んでくる。 長い長い夜が、ようやく明けようとしていた。


だが。 俺たちはまだ知らなかった。 このチップに入っているデータが、『レインボー・サーモン』なんて可愛いものではなく、もっと恐ろしい『世界の終わり』に関わるものだということを。

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