10笑
「重いィィィィッ! なんで俺が30キロの金塊を持って全力疾走してるんだァァァッ!」
「トレーニングだよカケル君! 『負荷』こそが筋肉への最高のスパイスさ!」
「スパイスいらねぇ! 甘口でいいんだよ人生は!」
俺たちは西園寺家の地下へと続く螺旋階段を駆け下りていた。 先頭は、バナナの皮をひらひらさせた兄・サーモン。 続いて、スカートをたくし上げて走るアリス。 そして、未だに着ぐるみの下半身だけ履いた状態のポーラ。 最後尾が、時価3億円の『黄金の鮭』を抱えた俺だ。
「急いで! 爆発まであと5分ですわよ!」
アリスが叫ぶ。 AIの無機質なカウントダウンが、不気味に響き渡る。
『残り、4分59秒。システム完全消去まで……』
「大丈夫だってアリス。この地下通路のセキュリティシステムは、3年前に僕が設計したんだ」
サーモンは走りながら、余裕の笑みでウインクした。
「僕の『網膜』と『指紋』があれば、すべての罠は無効化できる。いわば、ここは僕の庭みたいなも――」
サーモンが通路の曲がり角にある、巨大な鉄扉の前に立った。 そして、自信満々にサイドパネルに手をかざす。
「――開け、ゴマ!」
『ピピッ。認証エラー。侵入者と認定しました』
「あれ?」
『排除モード、起動。レベル5:殲滅』
「「「「はあぁぁぁぁぁッ!?」」」」
「兄様ァァァァッ! どういうことですの!?」
「あ、ごめん。家出する時に『僕のデータを消去しないと屋敷中の鮭画像をネットにばら撒くぞ』って父さんを脅したの忘れてた。多分、ブラックリストに入ってるわ」
「自業自得だろォォォッ!!」
ズゴゴゴゴゴゴ……!
通路の天井が開き、無数の銃口が現れた。
「伏せろォォォッ!」
俺が叫ぶと同時に、銃口から何かが発射された。
バシュッ! バシュッ! バシュッ!
「弾丸!? いや、これは……!」
俺の頬をかすめ、壁に突き刺さったのは――冷凍された『シャケの切り身』だった。
「シャケだ! 冷凍シャケがマッハで飛んできた!」
「『フローズン・サーモン・ガトリング』だね。僕の自信作さ」
「自信持たなくていいよ! 食材で遊ぶな!」
俺は『黄金の鮭』を盾にして、雨のように降り注ぐ切り身を防いだ。 カンッ! カンカンッ! 小気味良い金属音が響く。3億円の盾、性能良すぎだろ。
「くっ、このままじゃハチの巣になるぞ!」
ポーラが叫ぶ。
「任せろ! 私が囮になる!」
「おお、さすがテロリスト!」
ポーラは着ぐるみの下半身を脱ぎ捨て、黒いボディスーツ姿で飛び出した。 その動きはしなやかで、獣のように素早い。
「ふんっ! はぁっ!」
彼女は飛来する切り身を空中でキャッチし、それを投げ返して銃口を破壊していく。
「すごい……! あの子、切り身掴みの達人か?」
「カケル、感心してる場合じゃありません! 今のうちに奥へ!」
俺たちはポーラの奮闘を背に、開いた扉の奥へと滑り込んだ。
◇
たどり着いたのは、体育館ほどもある広大な空間だった。 壁一面に埋め尽くされた棚。 そこには、世界中から集められた「鮭の缶詰」が、数万個レベルで並んでいた。
「うわぁ……。相変わらず狂気じみてるね、父さんのコレクションは」
サーモンが感心したように見渡す。 部屋の中央には、巨大なサーバーコンピューターが鎮座しており、そのモニターには赤い数字が表示されていた。
『01:30』
「あと1分半! 急いで解除を!」
アリスがキーボードに向かう。 だが、画面には『PASSWORD REQUIRED』の文字。
「パスワード!? お父様の趣味なら……『SALMON』?」
『ブブーッ(不正解)』
「じゃあ『IKURA』?」
『ブブーッ』
「くそっ、弾かれる! 兄様、心当たりは!?」
サーモンはバナナの皮をゴミ箱(センサー式)に捨てながら、首をかしげた。
「うーん。父さんのことだから、僕たちが絶対に思いつかない言葉にしてるはずだよ。例えば『MAMACHANI_KAERITAI(ママチャリで帰りたい)』とか」
「そんな庶民的な願望あるわけないだろ!」
『残り、1分』
焦る。 脇の下を冷や汗が流れる。 このままじゃ、3億円の金塊と数万個の缶詰と共に、俺の人生もエンドロールだ。
「おい、これを見ろ!」
ポーラが叫んだ。 いつの間にか追いついてきた彼女が、サーバーの裏側を指差している。
そこには、配線コードが何者かによって切断され、さらに一枚のメモが貼り付けられていた。
『 PASS: 私の一番愛するもの 』
「なぞなぞかよ!」
「一番愛するもの……。決まっていますわ、私です!」
アリスが自信満々に『ALICE』と入力する。
『ブブーッ(不正解)』
「……即答で否定されましたわ。遺産相続を放棄します」
アリスが膝から崩れ落ちた。
「じゃあ『MONEY(金)』か?」
俺が入力する。
『ブブーッ』
「『POWER(権力)』?」
『ブブーッ』
「『FRIED_CHICKEN(唐揚げ)』?」
『ブブーッ』
「万策尽きたァァァッ!」
『残り、30秒』
その時、サーモンがふと呟いた。
「ねえ。父さんが一番愛してるのって、本当に『モノ』なのかな?」
「え?」
「父さんはいつだって、過去を懐かしんでいた。母さんが生きていた頃の、貧しくても幸せだった食卓を」
サーモンはキーボードの前に立ち、静かに指を走らせた。 入力された文字は――
『 ONIGIRI 』
エンターキーが押される。
……シーン。
一瞬の静寂。 そして。
『ピロリン♪ 解除成功。爆破シークエンス、停止』
「「「「止まったァァァァッ!!」」」」
俺たちはへなへなと床に座り込んだ。
「おにぎり……? なんで?」
「母さんが毎朝握ってくれた、鮭のおにぎりさ。父さん、酔っ払うといつも『あれに勝るご馳走はない』って泣いてたからね」
サーモンが少し寂しげに笑う。
「なんだよ……。いい話じゃねーか」
俺は目頭が熱くなった。 剛三お父様、あんた意外とロマンチストだったんだな。
「……感動しているところ悪いのですが」
アリスがサーバーの裏側から何かを拾い上げた。
「これ、見てくださいます?」
それは、コードを切断するに遣われたと思われる、小型のニッパーだった。 そして、その持ち手には、見覚えのあるシールが貼られていた。
『 備品:西園寺家庭師用 』
「……庭師用?」
俺たちの脳裏に、あの男の顔が浮かんだ。 穴掘りマニアの庭師、土門。
「まさか……土門が?」
「いいえ。土門はずっと穴を掘っていたはずです。それに、彼は機械音痴で、サーバーの配線なんて切れませんわ」
「じゃあ、誰がこれを?」
サーモンがニッパーを受け取り、匂いを嗅いだ。
「……ふむ。微かに『お酢』の匂いがするね」
「お酢?」
「それと……『ワサビ』の香りも」
お酢とワサビ。 そして刃物。
「……まさか」
俺たちは顔を見合わせた。 この屋敷で、その匂いを常に纏っている人物は一人しかいない。
「料理長……板前源三!?」
「でも、源三は今、上で鍋を作っていたはずですわ!」
「映像のトリックか、あるいは……」
その時、俺のポケットに入れていたスマホが震えた。 通知画面には、留守番をしていたはずの源三からのメッセージが表示されていた。
『若旦那。申し訳ねぇ。 マグロの解体が終わったんで、ちょっと旅に出やす。 探さないでくだせぇ』
添付された写真には、目隠しを外し、不敵な笑みを浮かべる源三の姿が。 そして彼の手には――
本物のダイヤモンドのような輝きを放つ、『マイクロチップ入りの目玉』が握られていた。
「「「「源三ォォォォォォッ!!」」」」
俺たちの絶叫が、缶詰だらけの地下室にこだました。
盲目の料理人。 魚恐怖症の男。 それはすべて、俺たちを欺くための演技だったのか?
「追うぞ! あいつはまだ遠くには行ってないはずだ!」
俺は『黄金の鮭(30キロ)』を担ぎ直し、出口へと走った。 爆発は止まった。 だが、事件はまだ終わっていなかった。 むしろ、ここからが本当の「鬼ごっこ」の始まりだ。




