第4章 書類という名の最強魔法
金貨五枚を手に入れた俺は、村を出て王都へ向かうことにした。 村の井戸や領主の館程度なら手持ちの工具で何とかなるが、これから本格的に仕事をするなら、資材が足りない。 特に、シールテープと塩ビ管、それからちゃんとしたインパクトドライバーが欲しい。 この世界に電動工具があるかは怪しいが、魔動工具くらいはあるだろう。
数日後、王都に到着した俺は、その威容に圧倒された。 高い城壁、立ち並ぶ尖塔、空を飛ぶ飛空艇。 いかにもファンタジーな光景だ。 だが、職業病とは恐ろしいもので、俺の目は華やかな建物よりも、その足元に向いてしまう。
「……側溝の勾配が甘いな。大雨が降ったら冠水するぞ」 「あの街灯の配線、露出じゃねえか。漏電してもしらねえぞ」
ブツブツと独り言を言いながら歩いていると、巨大な建物の前に出た。 『冒険者ギルド』 異世界ものの定番だ。 まずはここで身分証を作らなければならない。
重い扉を開けると、中は酒場のようになっており、荒くれ者たちで溢れかえっていた。 剣を持った戦士、杖を持った魔導師。 俺のような作業着姿の人間は一人もいない。
受付のカウンターに向かう。 受付嬢は愛想よく微笑んだ。
「冒険者登録ですね。ご職業は?」 「配管工だ」 「はい……え?」 「配管工。または設備屋でもいい」
受付嬢の笑顔が固まった。
「あ、あの……戦士とか魔導師とか、あるいは盗賊とか……そういう区分けになるのですが」 「じゃあ、なしでいい。『その他』だ」 「は、はあ……。では、使用可能な魔法やスキルは?」 「【絶対施工】と、あとは【KY(危険予知)】、【工程管理】、【見積作成】だな」
受付嬢の手が止まる。
「あの……お客様、ふざけてらっしゃいますか?」 「大真面目だ。現場はいつだって命懸けなんだよ」
その時、背後からドッと笑い声が上がった。 大柄な戦士風の男が、俺の肩を叩く。
「おいおい、オッサン! ここは戦場に行く奴が来るとこだぜ? 便所掃除の依頼なら、裏口から回りな!」
周囲の冒険者たちも下品に笑う。 典型的な「かませ犬」の登場だ。俺はため息をついた。 こういう手合いは、どこの現場にもいる。力任せで、安全管理もできず、他人の仕事を馬鹿にする三流だ。
「便所掃除を馬鹿にするなよ、若造」
俺は男の手を払いのけた。
「お前らがダンジョンで安心してクソができるのは、誰のおかげだと思ってんだ?」 「ああん? 何だとコラ」
男が剣の柄に手をかけた瞬間、俺の視界に赤い警告色が点滅した。 スキル【KY(危険予知)】が発動する。
『警告:前方より打撃攻撃の予兆。回避ルート、左後方へ250mm』 『対象の重心:不安定。右足元の床材に浮きあり』
俺は一歩、左に下がった。 男の大振りの拳が空を切る。 勢い余った男は、俺が視線で確認していた「床板の浮き」に足を引っかけ、派手に転倒した。
ガシャン! と鎧の音が響く。
「なッ……!?」 「足元よし。……現場じゃ、整理整頓(4S)が基本だぞ」
俺は倒れた男を見下ろし、静かに言った。 酒場が静まり返る。 魔法も使わず、剣も抜かず、ただ「一歩動いた」だけで相手を自滅させた。 達人の技に見えたかもしれない。 だが実際は、床の施工不良を見抜いただけだ。
「……登録、続けてくれ」
俺は受付嬢に向き直った。 彼女は頬を赤らめ、震える手で羽ペンを走らせた。
「は、はい! ただいま!」
こうして、俺のギルドカードには、前代未聞の職業が刻まれた。 『職業:配管工(ランクF)』
Fランク。最低ランクだ。 だが、俺はそれで満足だった。 ランクなんて飾りだ。重要なのは「実務経験」と「資格」だ。 この世界にはまだ存在しない「1級管工事施工管理技士」の資格を、俺の実績で作っていく。 そう決意した俺は、掲示板に貼られた依頼書を眺めた。
『地下水道の異臭騒ぎ。スライム発生の疑いあり』
誰もが嫌がる、汚くて危険な依頼。 だが、俺の口元は自然と歪んだ。
「地下水道か。……まずは図面の確認からだな」
俺はニッカポッカのポケットに手を突っ込み、新たな現場へと歩き出した。 その背中に、これから始まる「王都インフラ革命」の予兆を背負って。




