第3章 スキル【絶対施工】
井戸の一件以来、俺を見る村人たちの目が変わった。 「凄腕の魔導師様」だの「水の賢者様」だの、勝手な呼び名がついている。 ただの配管工だと言っても、誰も信じない。 まあ、飯と寝床を提供してくれるなら、誤解されたままでも悪くはない。
翌日。 村長の家に呼び出された。
「ゲン殿、実は折り入って相談があるんじゃ」
村長は申し訳なさそうに、一枚の羊皮紙を差し出した。 それは、近隣を治める領主からの依頼書だった。
『至急、屋敷の魔導暖房の不調を調査されたし。報酬は金貨五枚』
金貨五枚がどれほどの価値かは分からないが、村長の目の色を見る限り、この村が一年食っていけるくらいの額なのだろう。
「領主様のお屋敷は、冬場になると暖房が効かなくなると有名でな。これまで何人も魔導師が挑んだが、誰も直せなかったそうじゃ」 「……で、俺に行けと?」 「お主なら、もしかしてと思ってな」
断る理由はなかった。 この世界で生きていくには、金が必要だ。それに、魔導暖房という響きに、技術屋としての興味をそそられたのも事実だ。
領主の屋敷は、村から徒歩で半日の場所にあった。 石造りの立派な館だが、どこか薄暗く、湿気た空気が漂っている。 出迎えたのは、この館の主である若き女領主、エリスだった。
「あなたが、噂の……賢者様?」
エリスは怪訝な顔で俺を見た。 無理もない。俺は薄汚れた作業着姿で、腰にはガチャガチャと工具をぶら下げている。 どう見ても賢者には見えない。ただの現場作業員だ。
「賢者じゃない。配管工のゲンだ」 「ハイカンコウ……? 聞いたことのないジョブね。まあいいわ。直せるなら誰でも」
彼女は案内しながら、症状を説明した。 暖房の魔道具に魔石を入れても、すぐに熱が失われ、配管から異音がするのだという。 部屋に通されると、壁際にラジエーターのような放熱器が設置されていた。
「これよ。魔力を送っても、ちっとも温まらないの」
俺は膝をつき、設備を点検した。 配管は銅製のように見える。だが、継手の部分だけが妙に黒ずみ、粉を吹いたようになっている。
(……なるほどな)
俺は懐からマイナスドライバーを取り出し、黒ずんだ部分を軽くカリカリと削った。
「原因が分かったぞ」 「えっ、もう? まだ魔力も通していないのに?」 「魔力以前の問題だ。これを作った職人は誰だ?」 「王都から来た有名なドワーフの鍛冶師よ」
「そのドワーフに伝えておけ。『異種金属接触腐食も知らねえのか、この三流が』ってな」
俺はエリスに向き直り、説明した。 配管本体は銅製。しかし、継手に使われているのは鉄製だ。 電位差の異なる金属を直接接触させ、そこに水(あるいは魔力流体)を通せば、電池のような作用が働いて腐食が進む。 いわゆる「電食」だ。 腐食した部分が詰まりを起こし、魔力の流れを阻害している。
「で、でも、どうすれば……全部取り替えるの?」 「いや、絶縁フランジを入れればいい。電気……いや、魔力の通電を遮断するパッキンを挟むんだ」
俺は道具袋から、予備のゴムシートを取り出した。 加工しようとして、ふと気づく。 いつものカッターナイフがない。さっき村に忘れてきたか。
「……チッ。道具がねえと仕事にならねえな」
そう呟いた瞬間だった。 俺の脳内に、無機質なアナウンスが響いた。
【固有スキル《絶対施工》を発動しますか?】
(は?)
スキル? 俺は戸惑いつつも、念じてみた。 『発動』。
カッ! 俺の右手が白銀の光に包まれた。 光は瞬時に収束し、俺の手刀が鋭利な刃物のような形状へと変化する。 いや、手が変化したのではない。魔力が刃の形を成しているのだ。
俺はゴムシートに指先を走らせた。 まるで豆腐を切るように、分厚いゴムが滑らかに円形に切り抜かれていく。 コンパスも使っていないのに、真円だ。 ボルト穴の位置も、定規なしでミクロン単位の精度で開けられている。
「な、なんなのそれ……! 無詠唱の切断魔法!?」
エリスが驚愕の声を上げる。 俺自身が一番驚いていた。 これは魔法じゃない。 俺の体にしみ込んだ二十四年の経験と感覚が、魔力によって具現化したものだ。 俺が「こう切りたい」とイメージした通りに、世界が加工されていく。
「……便利だな、これ」
俺は出来上がった絶縁パッキンを継手に挟み込み、ボルトを締め上げた。 仕上げに、配管内の錆を抜くためにドレンバルブを開く。 ドロドロとした黒い液体が排出され、やがて透明な魔力水に変わった。
「よし、試運転だ。魔石を入れてみろ」
エリスがおっかなびっくり、魔石を投入口に入れる。 ブゥン……という低い唸り音と共に、配管が温まり始めた。 今までのような異音はない。 部屋の空気が、ふわりと暖かくなる。
「うそ……直った……。あんなに騒音がひどかったのに」 「流れを止めてたのは錆こぶだ。人間で言えば動脈硬化だな」
俺は腰を上げ、腰をトントンと叩いた。 エリスが目を輝かせて俺を見る。
「あなた、一体何者なの? ドワーフのマイスターでも直せなかったのに」 「言ったろ。ただの配管工だ」
俺は請求書代わりの羊皮紙に、さらさらと金額を書き込んだ。
「技術料と出張費、あと部品代。締めて金貨五枚。まけておいたぞ」
これが、俺がこの世界で最初に交わした「契約」だった。 だが俺はまだ知らなかった。 この屋敷の配管修理が、やがて世界中を巻き込む「世界樹修繕プロジェクト」のほんの入り口に過ぎないことを。




