赤毛の少年
豪勢なパーティーは終わり、国中の富豪達が帰り支度を始めている。
広大な庭で、貴族達は迎えの馬車がやってくるのを待っていた。エルは魂の抜けたような顔で立ち尽くしている。
反対にリヴィアス一家は、初めて国王と言葉を交わすことができた喜びで、皆がほくほく顔になっている。
(疲れたぁ。でも、アシュティア様とのこと以外は大丈夫だった、よね?)
途中アシュティア達と揉めてしまったが、それ以外では何も起こってはいないはずだ。
しかし、騒ぎの原因となってしまったのは自分であり、大切な場を乱したことを恥ずかしく感じていた。
「エル、馬車が来たわよ」
母に声をかけられ、ぼうっとしていた彼女はハッとして、すぐに一家に続こうとした。
だがその時、誤って誰かと肩がぶつかってしまう。
「あ、すみません!」
「こっちこそごめん。っていうか、あれえ? さっき広間で注目されていたお嬢様じゃん」
「え? あなたは……」
エルの前にいたのは、赤い髪をした少年だった。身長はエルより少し高い程度で、親しみやすい空気がある。
だがそれよりも、エルは彼に恩を感じていた。アシュティアに詰められていた時、援護してくれた声の一つだったからだ。
「あの! さっきはありがとうございます。私のこと、嘘つきじゃないって助けていただいて」
「ん? ああ、全然いいって。面白いものを見せてもらったなぁって感じ。ってか、あの女の子ってやな感じだよねー」
少年は屈託ない笑顔で笑っている。エルは世間話もほどほどに、迎えの馬車に乗ろうとしていたのだが、何か引っ掛かりを覚えていた。
どこかで見たことがある気がする。それもずっと前から。
「っていうか、もっと嫌な奴がいたじゃん? 僕はアイツと君なら、君のほうを助けるよ」
「……あ」
エルはようやく思い出した。この優しそうな少年は、メサイアの月に登場した人物の一人であった。
スッと近づいてきた少年は、そっと囁いた。
「そろそろ邸に行くから。アレ、準備できてるんだよね?」
この問いの意味を、彼女は知っている。悪役令嬢が行っていた悪事の一つであり、止めることができなかったものだった。
「お話中失礼いたします。お嬢様、馬車の準備ができております。失礼ながら、この後のご予定が詰まっておりますが、こちらのお方はどなた様でしょうか」
エルがどう答えるべきか迷っていると、いつの間にか執事が歩み寄っていた。少年を訝しげに見つめている。
「忙しかったんだ、ごめんね。僕はシオン。ゼフィールっていうのが兄貴でね。ホント、迷惑かけちゃってごめんね。代わりに謝ろうと思ってさ。じゃ!」
「あ、ごきげんようっ!」
挨拶を送ると、少年は気さくに手を振って答えた後、庭の奥へと消えていく。クロードは無表情な瞳で、ずっと彼を見つめていた。
こうして彼女の長いパーティーは終わった。帰りの馬車は渋滞そのものだったが、数時間ほどで家に帰ることができる。
幌馬車に揺られながら、エルは今日出会った様々な人達を思い出しては、今後のことを考えて不安になるのだった。
(ゼフィール様とアシュティア様……あの二人と戦うことになっちゃったら、私なんてすぐ殺されちゃう。何もしなきゃいいはずだったんだけど。でも、やっぱりシオン君は動いちゃってる)
原作では、エルはシオンを利用してとある悪事を働いていた。彼は無理矢理ではなく、騙されたわけではなく、ある理由からエルの悪事に加担する。
先ほど話していたアレというのは、その計画を遂行するために必要なものだ。
(でも、用意されてないっぽい? 原作のエルって、どうやって調達したんだろ)
だが、憑依転生する前のエルが、どう諸々の悪事の準備をしていたかは分からない。細かい話は漫画の中には出てこなかったからだ。
不安が渦巻くなか、気がつけば夕暮れになっていた。ようやく馬車がリヴィアス邸に入り、エルはやっと慣れた邸内に帰ることができた。
廊下を歩く少女の足は、まるで酔っ払いのようにヘロヘロである。
「お嬢様、大丈夫ですか」
すると、慌てたようにクロードがやってきて、令嬢の体調を心配していた。
「うん……大丈夫。死にそうかもだけど、大丈夫」
「お嬢様……今日は本当に、お疲れ様でございました。大勢の人が苦手なところ、大変尽力されておりました姿、このジルフィス痛み入りました」
改まって感動したことを伝えられ、自室に戻りかけたエルは戸惑ってしまう。
「え、そう……かな?」
「はい。そしてもう一つ、この度は大変申し訳ございませんでした」
深い反省を示しつつ、クロードはなぜか片膝をついて、顔を俯かせてしまう。
「ジルフィスさん!? どうしたの?」
「アシュティア様との諍いが起こった時、私はしゃしゃり出てはいけませんでした。それなのに不相応にも前に出てしまい、お嬢様やリヴィアス家に恥を晒させてしまい……この処分はいかようにでも受けるつもりでおります」
「ま……待って! 違うよ、全然違う」
エルはどうして、クロードが失態を犯したと悔やむのか理解ができない。
むしろ彼女は、目前で落ち込む執事に感謝している。
「私、ジルフィスさんが助けてくれて、本当に嬉しかったの。だから、何も自分を責めたりしないで。落ち込むことなんてないし、処分なんて。そんなの変だよ」
「お嬢様……」
「記憶を失ってから、いつも助けてもらってる。だからジルフィスさん、これからも今までどおりでいて」
熱くこもった言葉に、執事は驚きを禁じ得なかった。いつしかメガネの奥にある瞳は、夕焼けに染まる少女に夢中になっている。
「私を守ってくれて、ありがとう。これからも、よろしくお願いします」
「……な、なんという、お言葉……」
いつしか彼の瞳にいる彼女は、ぼやけてよく分からない姿になっていた。そのことに気づき、慌てて立ち上がる。
「恐悦至極に存じます。今よりこのジルフィス、より一層お嬢様のため、リヴィアス家のため、精進してまいります」
「え、あ、分かった。私も頑張るねっ」
こういう返答で良いのだろうかと、ちょっとばかり不安になってしまうエルであった。
自室に戻ると、これまでの疲れがどっと押し寄せてきて、いつの間にかベッドで寝入ってしまう。
彼女は人前が苦手ながらも、なんとか令嬢としての日々をこなしていた。
明けましておめでとうございます!
本年もよろしくお願いいたしますmm




