パーティーの隠れた主役
次の日、エルはパーティーのために準備をすることになった。
メイド達が数人がかりでドレスを着せてくれた時、彼女はプルプルと震えてしまう。
「お嬢様、一体どうなされたのです?」
「お顔の色が良くないみたいですわね」
「もしや、風邪でも引かれちゃったり?」
次々にかけられる心配の声。エルは決して体調が悪いわけではない。
「体調は大丈夫、です。その、ちょっと緊張してるっていうか……」
前世の彼女は、パーティーというものに参加したことがなかった。
ちなみにお祭りやライブなども参加したことがない。
とにかく人が集まるものを避けていた陰の者である。
彼女は人と話すことに、どうしても緊張してしまう性格だ。クロードと話すことは慣れてきたが、他の人の相手は怖い。
「大丈夫ですよ。エル様は記憶を無くされる前は、パーティーが何よりお好きでしたから」
「エル様はあらゆるパーティーにご参加されて、年少ながらも立派な華、と貴族の皆様から好評だったのです」
「心配する必要なんてありませんわ」
メイド達に励まされるが、本人の気持ちは少しも軽くならない。むしろどんよりとしたオーラが強まっている。
(エルって、そんなに社交的な女の子だったんだ。でも、私とギャップがありすぎて逆にヤバくない?)
不安は膨らむばかり。
それと今回は青のドレスを纏っているが、このひらひらとした感じがどうにも苦手で、転んだらどうしようなどと悩んでいた。
「素敵!」
「やっぱりお綺麗ですね、エル様」
「お美しい……! 今日の主役ですわ」
メイド達はここ最近、様子が変わった令嬢に好感と親しみを覚えていた。本音からの称賛に、彼女は恥ずかしそうに縮こまってしまう。
「そ、そんな……でも、ありがとう……」
「まあ! エル様が私たちに、お礼を……!」
「嬉しいです」
「ああ、なんて素敵なお変わり様なの」
ただお礼の気持ちを伝えただけで、泣き出すメイドまで出てきたほどだ。
そうこうしているうちに、執事のクロードがドアをノックして入室してきた。
「失礼致します。お嬢様……おお、なんと麗しい」
「そ、そんなことないよ」
秀麗な青年にまで褒められ、いよいよエルは顔が赤く火照ってしまう。
クロードは、入室してすぐにぼうっとしてしまった自分に気づき、慌てて頭を下げた。
「こ、これは失礼しました。私としたことが。ご主人様がお待ちでございます」
執事に連れられて広間にいくと、すでに両親達が彼女を待っていた。いずれも青いドレス姿の彼女を見て、頬を緩めている。
すぐに父であるロブがエルに笑いかけた。
「おお! また美しくなったものだ。これは婚約の相手にはいっそう困らぬだろうな」
「いえ、私なんて全然です」
父はここ数日で変化した娘に、明らかに好意的になっている。それは母や兄、姉も同じであった。
「エルったら、記憶をなくしてからのほうが綺麗になったんじゃない? 特に顔つきが変わったわ。まるで別人みたい」
「あ、あはは」
母親からの言葉に、彼女はドキリとして笑うだけで精一杯だ。
こうしてあまり上手とは言えない交流を繰り返していたが、不器用な仕草がかえってみんなから親しまれ、愛されはじめていた。
クロードはそんな姿を遠目に見て、微笑ましい気持ちに包まれている。
(こうしてお側にいられるだけで、なんと幸せなことだろう。お嬢様の教育係になれて良かった)
記憶を失う前、実はギクシャクしていたリヴィアス家は、少しずつ関係性を改善しつつあった。
一家は馬車に乗り込み、午後を過ぎる頃にはフロージア城へと到着していた。その大きさたるや見渡す限りで、エルの想像など遥かに超えている。
「すっごい! フロージア城ってこんなに大きいの」
思わず幌馬車から身を乗り出しそうになったが、執事に怒られる未来が頭をよぎったので、グッと堪える。
恐る恐る、幌の隙間から覗くに止めたが、それにしても立派で巨大な建築物だと感動していた。
しかも城へ続く大通りでは、色とりどりの馬車が続いている。町民達がこぞって並び、貴族達を羨ましそうに眺めていた。
そんな様子を目にし、元々コミュ障だった少女の緊張が高まっていく。
(あああ、どうしよう。私、ちゃんとしなきゃいけないのに)
本当なら自室に篭っていたい。しかし、今の彼女にそんなことは許されない。
やがて城へ辿り着いたリヴィアス家は、煌びやかなパーティー会場に足を踏み入れたのだった。
◇
パーティー会場はエルが想像していた十倍は広く、広間だけで体育館よりずっと広い。
「お嬢様。昨日お伝えしたとおりに過ごされれば問題ございません。ご安心を」
「う、うん」
執事には、令嬢が緊張で大変な状態なのがよく分かっている。だが、きっと問題ないはずだと楽観視していた。
今日のパーティーの主役はごく一部であり、エル達にスポットが当たることはないはずだからである。
しかしこのクロードの楽観的な思考は、後に大きく外れてしまうことになる。
初めに国王ヴィヴァル三世の挨拶が始まり、続いて王太子達の挨拶が続く。
国家の最高権力を持つ男と、その後継者候補となる者達に、貴族達は熱心に耳を傾け、歓声を送ってパーティーを盛り上げようとする。
彼ら貴族達はみんな、純粋に楽しみたいからこの場に来たわけではない。
国王とその後継者とされる王太子達に、少しでも気に入られたいという下心を持つ者がほとんどであった。
(あれが第一王太子様かぁ。なんていうか、ハリウッド俳優みたい)
エルはなんとなく、ハリウッド映画の世界に庶民の自分が紛れ込んだような気分でいた。
第一王子から第二王子の挨拶までが終わり、王様の誕生日を祝う代表者挨拶へと移ってゆく。
だがこの時、彼女は壇上を見て不思議に思うことがあった。
(あのお兄さんは挨拶しないんだ)
この時、壇上に上がっていたのは国王と大臣、それから王の子供達だ。
王子は三人壇上に上がっているはずだが、最後の一人だけ話す機会を与えられていなかった。
その金髪王子は、エルの目には不貞腐れているようにも見えた。事実、その王子——ジュリアンは、苛立ちを隠すだけで精一杯であった。
美しい金髪と紫の瞳は、誰から見ても美男子であったろう。だが、どこか鋭い刃物を思わせる空気が漂っている。
しかし、多くの人々は彼のことを気にしていない振りを装った。少なくとも表向きは、そうすることが最善だと考えていたのである。
エルはなぜか彼のことが気になっていたが、やがて目の前にあることで必死になり、考えていられなくなる。
パーティーが始まり、全く知らない貴族達から、次々に話しかけられてしまう。
「ご! ごきげんよう!」
時には執事のサポートを受けながら、彼女は必死で多くの人々と会話を続けた。
「見なさい。麗しいお嬢さんがいるぞ」
「おや、あの方は」
「まさか、エル嬢ではないか。しかし、別人のようだぞ?」
「なんと可憐になったものだ。一体どうしたというのか」
「素敵ね! お話ししてみたいわ」
「私も!」
「僕もお近づきに……」
「どいてくれ、俺が先だ」
そしてなんと驚くべきことに、彼女の周りに集う人々が溢れてきたのである。
(え、えええーー!? 何これ、どうなってるの? ちょ、ちょ、ちょっと!)
ただでさえ密集しているパーティー会場で、ほぼ何もしていないエルが最も目立ちはじめていた。
その姿を目にして、一人の女が苛立たしげに顔を顰めている。彼女は意を決して、エルの元へと歩み寄っていった。




