唯一無二
リーザとクロードは呆然とする他なかった。
圧倒的なまでの才能が目に見えて分かる。エルは今、瞳を閉じたまま空に浮かんでいた。
しかも、魔力が体全身から光と共に現れ、やがて膨らんでいく。
「あ、あの……私、どうなってますか」
エルは瞳を閉じたまま、何かがおかしくなっていることに気づいた。足場がなくなっており、ふわふわとした感覚がある。
二人を真似ていた彼女は、目を開けてはいけないと勘違いしていた。
そのせいで自分に何が起こっているのか分からないままだ。
「お嬢様……なんというお姿……」
クロードの心に、徐々に感動が押し寄せてくる。
自らが仕える令嬢が、まるで天界から降臨した女神であるかのように、暖かく美しい光に包まれていた。
(私はこれまで、なんという愚かな誤解をしていたのだ。このお姿こそが、お嬢様の本来の……ああ! この輝き、この美しさを、私は目にしたかったのかもしれない)
寡黙な執事の瞳には涙すら浮かんでいた。このとき目にした記憶を、彼は生涯忘れることができなかった。
「え、えぁっと。私もしかして、浮いてます?」
エルが不安げに聞いてみるが、二人の耳には届いていない。
クロードと同じく、リーザもまた感動を覚えていた。そして長年に渡り求めていた水晶の反応に目を見開いている。
「なんてことだい!」
水晶はリーザの時と同じように、あらゆる色に変化を続けている。そのこと自体に彼女は衝撃を受けていない。
問題は水晶の周囲に、小さな宝石と見まごう輝きがいくつかも生じていることだ。
「あれは、煌魔法……」
煌魔法とは、最高峰の幻魔法とも呼ばれ、多くの魔法使い達が憧れ続けた神秘そのものだ。
しかし、誰しもが会得することは叶わずにいる。四魔導でも別格の老婆にして、ほんの入り口程度しか扱うことができない。
リーザはどれほど、宝石のように煌めく魔法の適性が欲しかったか分からない。
それほどに焦がれた魔法の才能を、まだ年若い少女が持っている。
「……よろしい。実によろしい!」
「あ、ええと、終わりですか」
リーザが満足げに声を上げた。それがもうやめていいという合図と勘違いしたエルは、静かに瞼を開ける。
目の前に青空が広がっていた。
「へ? ひゃああー!?」
パニックになったエルは、一気に魔力を消してしまい、そのまま落下していった。その様子に気づいたクロードが、慌てて走る。
「お嬢様!」
「きゃうっ!」
なんとか間に合い抱き止めたが、腕の中にいる令嬢は目を回しているようだった。
「リーザ様、お嬢様が……お嬢様が、気絶されております」
「あら、随分と怖かったようだねえ。ま、大丈夫さ。とりあえず、家にお入り」
尋常ではない才能があるとはいえ、まだエルはただの女子である。
微笑ましい気持ちになりつつ、リーザは二人をもう一度自宅へと招き入れた。
◇
目を覚ました時、馴染みのない天井と、ほっと胸を撫で下ろした執事の顔が視界に映っていた。
少しして状況を思い出し、慌ててベッドから起き上がったエルは、暖炉前の椅子に揺られているリーザを見つけた。
「すみません。あんまり覚えてなくて」
「いいんだよ。あたしゃ面白いものを見せてもらえたんだ」
老婆は上機嫌そのものだ。気難しいという噂だったのに、こうして見ると親戚の優しいおばあちゃんのようだとエルは思った。
「さて、魔法を習いたいんだったね。じゃあまずは、これを貸しておくとしようか」
「え、これって魔法書? いいんですか」
リーザが手渡してきたそれは、黒地に白い文字のタイトルカバーだ。辞書ほどではないが、それなりに分厚い。
この世界において、魔法を扱うためには専用の書物である、魔法書というものが必要だ。
だが、リーザが渡してきたそれは、魔導書とは少々違うものだった。
「それは魔法入門の手引き。魔法陣と魔法文字の扱い方から、まあ細かいことをごっそり書いてるのさ」
魔法を発動させるためには、魔法陣と魔法文字という二つを組み合わせる必要があり、かつ必要なだけの魔力を備えていなければならない。
そういった仕組みとやり方の手順が、この初心者向けの書に記されているという。
「でも、アンタは百ページ目からでいいよ。その前にあるところはね、アンタはもう超えてるから」
「え、え? 本当ですか。その、ありがとうございます」
ペコリ、と頭を下げる令嬢を見て、老婆は気さくに笑う。
「アンタ、まるで村娘みたいじゃないかね。嫌いじゃないよ、そういうところ。帰ったらちゃんと読むんだよ」
「は、はい! しっかり勉強します」
「ほっほ、結構結構。……で、次はいつ来れる? 早いほうがいいね、明日は?」
「えっと、ジルフィスさん。明日はパーティーだったよね?」
「はい。こちらにお邪魔する時間はないかと」
明日は王都で盛大なパーティーが開かれる予定で、リヴィアス家も招待されていた。エルは参加しないわけにはいかない。
スケジュール帳を見ると、明後日はクロードとの座学のみで、他は予定が入っていない。
執事が了承したので、エルはその日を使うことが出来るようになった。
「明後日なら大丈夫なんですけど、さすがに急ですよね?」
「フォッフォ! よろしい。じゃあ今日は、ご飯だけでもご馳走しようかね」
「え? いいんですか!」
「ああ、しばらく一人だったからね。付き合っておくれ」
その後は、三人で食事をしながら、たわいない世間話などをして過ごした。
(リーザ様は、お嬢様の人となりを知りたがっておられるようだ)
執事は二人の様子を見守りながら、老人がただ食事をしたかったわけではないことに気づいていた。
あの爆発的な才能の片鱗は、クロードでさえ冷静に見ていられないほど、凄まじい何かを予感させた。
リーザは慎重に、エルという少女の気質や考え方、あらゆることを知ろうとしている。
教えるというのは、こと簡単なようで難しい。ぼんやりしているように見えて、四魔導の一人と讃えられた彼女には無駄がなかった。
やがて食事が終わり、三人はすっかり打ち解けていた。
「今日は本当に、ありがとうございました! 明後日からよろしくお願いします」
「ああ、気をつけてお帰り」
「ではリーザ様、失礼致します」
家を出ると、エルは元気よくお辞儀をした後、興奮気味に帰路についた。
二人の背中が見えなくなると、リーザはこれまでになく早い足取りで家の中に入っていく。
ここで老婆に、二人には見せていなかった変化が起こった。
曲がっていた背中はまっすぐになり、杖を使わずに歩いている。
鏡の前で自らの顔を手で掴み、静かに引っ張った。すると、老婆の顔をしたマスクが外され、中から若い女性の顔が現れる。
「気合い入れないと。これからは忙しくなる!」
クロードの記憶は間違ってはいなかった。
四魔導リーザはまだ若いエルフであり、ある事情から周囲の目を欺くようになっていた。
彼女はエルとの出会いを、まるで運命のように感じている。
長らく求めていた逸材に、ついに出会ったと歓喜していたのだ。




