魔法の教師と、適性検査
馬を走らせると、目的の森には案外すぐに到着した。
森は意外にも整備された道が真っ直ぐに伸びており、先生の家はすぐに見つかった。
「先生には、先にご連絡を済ませてあります。お嬢様が記憶を喪失されたことに、興味を示しておられました」
「そ、そうなんだ……」
エルからすると、あまり穏やかな気持ちにはなれない。
もしかしたら何か実験的なことでもされるのではないか、と恐怖さえ覚えている。
森の雰囲気が怪しいせいで、思考もそちらに引っ張られているのかも知れなかった。
馬を停めて、家の呼び鈴を鳴らしてみる。
「開いておるよ」という老人の声がしたので、クロードが扉を開き、まずはじめにエルが入室した。
「お邪魔します……」
恐る恐る入って行ったその部屋は、想定していたものとはまるで違っていた。
鍛冶屋のような内装で、部屋の中心には大きな壺が置かれている。
その壺たるや、人が何人も入れそうなほどの大きさだ。
この部屋の奥に他の部屋があるらしく、いくつか通路が見える。
「おや、アンタがエルちゃんかい」
「あ、初めまして」
ひょこっと壺の影から出てきたのは、いかにも魔女のような格好をした老婆だった。
黒いハットとローブ、木製の杖という出立ちは、どの世界でも魔法使いの定番なのだろうかと、ふとエルは考えてしまう。
「リーザ先生。ご無沙汰しております」
「本当に久しぶりだったねえ。十年ぶりくらいかな。さて、この子に魔法を教えてあげれば良いのかい?」
「はい。よろしければ、先生の魔法を伝授いただければと」
そう言い、執事は丁重に頭を下げた。令嬢はどうして良いか分からず、人形のように固まっている。
「堅苦しいのはやめにしないかい。ところでエルちゃんや、記憶をなくしたそうだけど、魔法のことは覚えてないのかね」
「……は、はい。まったく」
ふむ、とリーザと呼ばれた老婆は彼女の顔を覗き込む。それだけでエルはドギマギしてしまう。
「ほほう、これは。もしかすると、もしかするかもだねえ。よし、早速だが魔法の授業を始めようじゃないか」
「え、あ、はい! よろしくお願いします」
「外に行くよ」
一言伝え、魔法使いは家から出ると早足になった。思っていたより速かったので、エルは慌てて後ろをついていく。
その際、一歩後ろに続いているクロードに、エルは小声で聞いてみた。
「あの壺って何?」
「魔法がかけられた道具を作るための壺です」
「魔法の道具が作れるの? 凄いね」
「ええ。あのお方なら簡単ですよ。何しろ伝説と呼ばれた四魔導の一人ですから」
「よんまどう?」
原作には出てこなかったと思わしき単語に、エルは首をかしげる。
「四魔導とは、この世界において魔法を極めたことを、リーファス大公爵から認定された四人のことです。私達が住むここアロステン大陸において、大公爵より認定されるほどの方は史上初でした」
リーファス大公爵とは、別の大陸において世界一の公国を作り上げた偉人であった。今は息子達に国を譲り隠居となったという。
「す、凄い……」
あまり想像ができていないが、途方もなく大きな称号だということは理解ができる。
「ですがリーザ様は、四魔導の中でも特出した実力をお持ちという噂でして。そのため、弟子入りから簡単な授業を求めるお声まで、多くの希望が途絶えることがありません。実を言いますと、これまで私達も何度も魔法の授業をお願いしていましたが、全てお断りでした。しかしながら、今回駄目もとでお願いしてみたところ、あっさりと許可をされたのです」
彼女に魔法を習えるということ自体、相当に光栄なものらしい。
「しかし不思議なものです。十年前に一度お会いする機会があったのですが、彼女はもっとお若いように見えたのですが」
「え、そうなの?」
「はい。私とそれほど違いがないように見えるほど、お若い姿に見えていました。栄えある式典の時でしたので、姿に魔法でもかけていたかもしれませんね」
「見た目を変える魔法とかあるの?」
「ありますよ。されど、よほど魔法の力がなければ扱えないようですが」
エルは聞くほどに緊張し、徐々にガチガチになりつつあった。
「う、うう。緊張してきた」
「ここでやるよー」
「はいー!」
高名な魔法使いに遠くから声をかけられ、エルはビクリと跳ねてしまう。
「今回は初心者として教えていただける予定です。気負いなさいませんよう」
「う、うん」
クロードからは大丈夫だ、という意味の声かけをもらえたが、すでにガチガチになっていた彼女にはあまり効果がない。
曲がりくねった道を抜けると、そこには公園のような開けた場所があった。
「なあエルちゃんや。魔法のことは、もうそこの執事さんから多少は聞いてるかの?」
「はい……その、成り立ちとか、使うには魔力が必要とか、聞いてます」
「まあ詳しく話すと大変だからね。要するに魔法を使うには、魔力があるかってことと、使いたい魔法の才能があるか、この二つだから」
リーザはざっくりとした説明を終えると、懐から水晶を取り出した。よく占いで使われるような大きさと丸い形をしている。
「アンタにどんな魔法の才能があって、どのくらい魔力があるか。これは普通に喋ってたんじゃ分からないよ。でも、こいつを使えば一発で判別できるさ」
そう伝えた後、老婆はひょいと水晶をクロードに投げつけた。
「アンタには以前、やり方を教えたことがあったね。一つやって見せてくれるかい」
「承知しました」
意外な指示に内心戸惑った彼ではあったが、すぐに以前教えられたことを試してみることにした。
水晶を胸の位置で両手で持ち、静かに瞳を閉じる。
エルは一体何が始まるのかと、興味津々だった。魔法の水晶といった類のアイテムは原作で見た覚えがなく、なんとなくワクワクしてくる。
すると、一分もかからず水晶に変化が訪れる。オーブが海のように青々とした色に変わっていく。
しかし同時に、新緑のような色が混じったり、少々だが赤い色が出たりもした。
「わああ……!」
変化に富む水晶を、魔法初心者の令嬢は目を輝かせて見つめていた。やがて光がおさまると、執事は老婆に水晶を手渡す。
「この兄さんはね、水魔法や氷魔法が一番適性があるんだ。だが風の魔法も使える。じゃあ次は、あたしが見せるとするかね」
リーザは水晶を片手に持ち、瞳を閉じた。掌を上にして、ただ乗せているだけという持ち方をしている。
「あ、ああ」
思わずエルは後ずさってしまう。クロードの時には微量で気がつかなかったが、四魔導の一人ともなると、誰にでも分かるのだ。
巨大過ぎる、まるで動物で言えばクジラを見ているかのような、巨大な魔力の影。
決して錯覚ではない膨大すぎる力が露わになり、少女は恐れずにはいられなかった。
そしてもう一つ、見逃すことのできない変化がある。水晶が浮かんでいる。
透明だった玉が、一定時間おきに様々な色へと変わっていく。七色の変化に、エルは勿論クロードまでもが見惚れていた。
「……っと。こんなところかね。まあ、結局細かいところは分かんないんだけどね、この水晶でも。じゃあエルちゃん、やってみて」
「ひゃっ! あ、はい!」
気安く水晶を投げ渡されて、驚きながらも受け取ったエルは、こくんと頷いた。
(でもこれ、どうやればいいのかな? ええと、目を閉じるんだっけ)
水晶を胸の前で両手に持ち、目を閉じてみる。でも、この後にどうすればいいのか、よく分かっていない。
「お嬢様、身体中全てを意識してみてください。できる限り細かく」
クロードのアドバイスに従い、身体中に意識を巡らせてみる。
(ん、んんー? やっぱり何も起こってないかも)
しばらくの間、エルはただじっとしていた。何も変化が感じられず、だんだんと恥かしくなってくる。
(超恥ずかしい。私、魔法の才能ゼロってこと?)
なんだか泣きそうになってくる。どうやら魔法の道は諦めたほうが良いかもしれない。
しかし、これから訪れるかもしれない死亡フラグを、どうやって回避する術を身につければ良いのだろう。
運動はやはり苦手なようだし、後できることと言ったら……と余計なことまで考えていた時だった。
「なんと……こ、これは!」
高名な魔法使いが、驚きの声を上げているのが耳に入った。
「お嬢様……」
普段は感情を表に出さない執事が、珍しく動揺している。
エルは気がついていない。いつしか自身の体がふわりと空に浮き上がり、神々しいまでの姿になっていることに。




