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悪役令嬢に転生したコミュ障少女、ビクビクしているだけで溺愛されてしまう  作者: コータ


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3/10

悪役令嬢と執事

 クロード・ジルフィスは、幼い頃からリヴィアス家に仕えることが決まっていた。


 彼はエルより六歳ほど年上であり、なんと十二歳の頃にはすでに基本的な仕事を習得している。


 過去類を見ないほど年少でありながら、他の経験豊かな執事と比肩できる才能と知識の持ち主であった。


 リヴィアス家には彼の他に四名の執事がいるが、職務能力という点においては、少年時代にすでに追い抜いている。


 だがクロード自身は優越感など覚えたことがない。素直な喜びもない。


 むしろ貧乏くじを引かされたような、悔しい気持ちを長年捨てることができずにいた。


 それはなぜか。彼が十四歳の頃、リヴィアス家三女エルの教育係に選ばれたからだ。


 初めこそクロードは、彼女の教育に熱を注いでいた。


 家系図からすれば底辺に該当する存在とはいえ、何処に出しても恥ずかしくない淑女に育てなくては。その使命は尊いものだと初めのうちは考えていた。


 しかし教育が一見順調に進むほどに、クロードは彼女を疑うようになっていく。


 貴族としての礼節、社交術、読み書き、音楽や花、その他にもあらゆる教養を教える日々は、約五年ほど続いた。


 エルは当初こそ素直に学んでいる様子だった。そしてありとあらゆる分野において、覚えがとにかく早い。


 彼女の記憶力と理解力の高さに、初めこそクロードは感心していた。だが彼はある時エルが、こっそりと手紙を出していることを知る。


 手紙の相手は多岐に渡っていたと思われるが、調査したところ、特定できたのは三人だけ。


 地方の商人やギルドの有名な剣士、挙句にはガルスロード公爵という大物にまで送っていたことを知り、彼は愕然とした。


 クロードはまず、地方のある商人に手紙を送った理由を質問した。


「あら、ライ商人のこと? わたくし、どうしても欲しい化粧品があったの。でも、この辺りで手に入らないとお父様が言うんですもの。せっかく覚えた手紙と、あなたから教わった社交術を試したくなったのよ」


 続いて、ギルドの有名な剣士についても聞いてみた。


「まあ! ドルカス様のこと? クロードったら、よくよく覗くのが好きなのね。わたくし、ある時あのお方が剣を振るう姿をお見かけしたの。あの美しい白刃の冴え……怖いくらいに猛々しい身のこなし。思わず虜になってしまったわ。だから尊敬と応援の気持ちを、お伝えしたくて堪らなかったのよ」


 教育係の男は、涼しげなメガネの奥に怒りが滲んでいた。


 彼には、エルが嘘をついていることが簡単に分かる。しかし彼女もまた、嘘がバレていることを分かっていた。


 むしろ反応を楽しんでいる。それが苛立たしい。


 薄々クロードは気づいていたが、エルは小悪魔のようになっていた。そしてこの時、小悪魔から本当の悪魔に変わろうとしている……そんな予感がした。


「では最後に、ガルスロード公爵には何をお伝えになったのですか。かの公爵には、同様の家柄でなければ手紙ですら失礼にあたります……お教えしたはずですが」


 万が一にも失礼な手紙など出していようものなら、貴族界での問題に発展しかねない。


 自らの身に余る事態を恐れる彼を、彼女は笑う。


「クロードったら、すっかり忘れていたのね。彼の方とわたくしには、確かに面識があるじゃない。王都フロージアで行われたパーティーに、私たちも参加したでしょう。ガルスロード公爵とお父様、お母様がお話しされた時、わたくしもその場にいたわ。あのお方はこのような小さな身でも、無碍にすることなく接してくださったのよ。まるで太陽のような方」

「どのようなお手紙を書かれたのですか」


 煙に巻くような回りくどい説明。あまり関心できないと彼は思う。


「そう焦らないの。でもごめんなさいね、貴方の知りたいことを伝えるわけにはいかないのです。だってわたくし一身上の悩みですもの。そしてあの方の秘密も、僅かながらお話しいただいているのよ。いくらクロード、貴方とわたくしの仲とはいっても、そう話せないこともあるでしょ。それでも貴方は、この口を割らせようとでも言うのかしら?」

「いえ……私に追求する権利はありません」


 令嬢はこの時、心から楽しそうに高らかに笑った。まさに悪役令嬢にありがちな、跳ね上がるような高い声。


 我慢強いクロードですら、耳を塞ぎたい衝動に駆られる。


 それからというもの、エルの周りで不穏な動きが目立つようになった。


 動物の標本やら、遥か南方にだけ生息する植物やら、奇妙な壺やらを買い集めては、芸術のためだと嘘くさい言い訳をされた。


 だが執事はまだ、彼女を過小評価していた。いつの間にかエルが邪教に伝わる儀式を行う準備を進めていた、などとは予想もつかなかったのだ。


 二年が経ち、クロードは二十一歳、エルは十五歳を迎えていた。ある日、クロードは日課である座学のため、邸内の教室にいた。


 しかし十分以上経っても彼女は現れない。妙だと思い部屋を訪ねると、中には誰もいなかった。


 クロードは使用人や他の執事、護衛兵達に連絡をして、邸の中と外を探し回ることになる。


 エルの両親や兄、姉達は邸を離れていた。もしや誘拐されたのではないかと、彼は言いようのない不安に襲われた。


 だが一時間ほど経過した頃、彼は物置となっていた地下室に、奇妙な隠し部屋を見つける。


 後で知ったことだが、かつては財宝を隠すために用意された部屋らしい。薄暗い部屋の床には怪しげな魔法陣が描かれており、動物の標本や植物が置かれていた。


 消え入りそうなランプに照らされた室内で、エルは倒れていた。魔法陣の中心で眠るように。


 クロードが駆け寄り何度もゆすってやると、彼女はようやく目を覚ました。ほっとした彼だったが、すぐに奇怪なものを感じていた。


「なんで……なんで私のままなの。く……こんな、こんなはずじゃなかったのに!」

「お嬢様……何の話です? これは儀式のようなものですね。まさかとは思いますが、あなた様が?」


 怒りで震える少女は、その日は何も答えようとしなかった。その無言が答えでもあり、彼にとって益々不気味な予感を感じさせるに十分であった。


 そして二週間が経ち、今この場に至るというわけである。


 クロードは自らが教育を続けた少女が、悪女になっていく過程に絶望しかけていた。


 だが、今この場ではかつてのような不快さは感じない。なぜか理由が分からず、執事は戸惑っている。


 今度は泣いてしまい、床に横座りをしている。もはや呆れてしまうところだったのに、少女から目が離せない。


(この澄みきった瞳は……いったい……)


 彼は見つめているうちに、エルの姿に心を打たれ始めていた。今までは邪眼のようにさえ思ったオッドアイが、天から降り注いだ宝石のように感じる。


 この悲しみは演技ではない。嘘に鋭い、あらゆることにおいて優秀な執事は、彼女が心から悲しんでいることをすぐに察知していた。


「お嬢様。どうしてお泣きになっているのですか」

「……そ、それは」


 片膝をつき、できる限り顔の高さを合わせる。エルの顔から悪意が消え、年相応のあどけない顔に変わっていた。


「あ、謝りたくて……ひどいことしちゃった」

「何をされたのか、お話しいただけますか」


 エルの小さな頭が、微かに震えた。クロードは自分の発言が、出過ぎたことだと気づいて、珍しく慌ててしまう。


「お嬢様」


 彼にできることといったら、ハンカチで涙を拭うことくらいだった。でも、そうして世話をしているうちに、ようやく涙が止まってきた。


「すみません。ハンカチ、濡らしちゃって」

「構いません。それより、今はご主人様の元へ向かわねばならないのです。ですが、体調が優れないということでしたら」

「……行きます」


 よろけつつ立ちあがろうとする彼女に、クロードはすぐに手を差し伸べる。


「お気をつけください。お嬢様」

「……お、お嬢様……」

「何かおかしいですか」

「あ、いえ! 全然、全然変じゃないです」


 慌てる令嬢を見て、執事の顔に笑みが溢れる。


 (間違いない。お嬢様はお変わりになった。あの儀式のせい……いや、あの儀式のおかげなのか。何が起こっているのかは分からないが、それでも)


 クロードは今までよりもずっと丁重に、エルを両親の元へと導いていく。


(私は初めて、お嬢様に会えて良かったと感じている。なぜかは分からないが……)


 エル・シー・リヴィアスには魔法のような魅力がある。本人だけが気づいていない、彼女だけの光のような魅力が。


 最初にその光を浴びたのは、最も近くにいた執事であった。

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