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悪役令嬢に転生したコミュ障少女、ビクビクしているだけで溺愛されてしまう  作者: コータ


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2/10

もう始まってる

 馬車で教会に連れて行かれた彼女は、その後神父から簡単な検査を受けた。


 検査といっても、ただの問診のようなものである。しかし、魔法での治療において欠かすことのできない工程だ。


 この世界には聖魔法というものが存在し、あらゆる傷や苦しみを癒してくれる。


 教会にいる神父やシスターは皆、そういった魔法や応急処置などに長けていた。この世界で医者のような立ち位置にいる存在だ。


 しかし、魔法での治癒は行われなかった。神父は話を聞くほどに、彼女の金と青のオッドアイをまじまじと見つめ、困惑を深めていく。


 結果、突然の心労などによる記憶喪失ではないか、という結論に至る。


 であれば、下手な魔法での治癒が逆に記憶の修復を妨げる可能性がある、と彼は考えたようだ。


 この時、エルは神父の結論は誤っていると伝えたかったが、グッと堪えている。


 転生したなどと伝えて、信じてもらえる自信がない。


 もしかしたら気が狂ったと思われ、何処かに隔離されるかもしれない。


 なら記憶を失っていた、という話にしたほうがマシだと考えたのだ。


 診察を終えて、自らの家である邸に辿り着いた。エルは馬車から降りた後、しばらく呆然としたまま立ち尽くしていた。


(すっごい……! 漫画ではこじんまりした感じだけど、現実はこんなにおっきいんだ)


 リヴィアス邸は作中で数えるほどしか登場しない。ほとんど主人公にとって用がない場所なので、至極簡素な絵になっていた。


 イラストとの違いに驚きを隠せずにいた少女の元に、メイド達がそろそろと寄ってきた。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


 そして自然と列を作り、エルに向けて丁寧な一礼を捧げる。


 かつての人生で味わったことのない対応に、彼女は俄然緊張してしまった。


「あ……あ。ただい、ま。ただいま戻りました、わ!」


 挨拶を返したつもりが、実にチグハグなものになってしまう。


(ひえ! なんか上手く言えない。ですわーってちゃんと言わないとっ)


 お嬢様を意識したつもりが、まるで変質者のような態度だったのではないか、そう思いエルは震えた。


 この時、彼女を迎えていたメイド達が、明らかに目を白黒させていた。


 焦ったエルはこの場から離れたい一心で、若干フラつきながらも早足で邸に入っていく。目に見えて挙動不審であった。


 お嬢様の姿が見えなくなった時、噂好きなメイド達はこぞって先ほどのことを喋り出した。


「見た? お嬢様、少し変だったと思わない?」

「見たわ。どうしちゃったのかしら」

「初めて挨拶を返してもらえた……!」

「あたしも! なんかちょっと、感動しちゃった」

「とても怖い人だったのに、別人みたいね」

「エル様って、普通に挨拶するとあんなに優しいんだ……」


 ただ挨拶を一度返しただけ。


 にも関わらず、メイド達の評判が上がり始めていることを、彼女は知る由もなかった。


 ◇


 その後、少しの間だけエルは自室に引きこもった。


 でも後二時間もすれば、執事のクロードと両親達が邸に戻ってくるらしい。


(えええ……これが今の私)


 部屋にある大きな鏡に、彼女の全身が映し出されている。


 銀髪は肩につかない程度の長さで、右の瞳は金色、左は青色だった。見れば見るほど、現実離れした美しさを纏っている。


 しかし彼女はそれよりも、迫り来る死の運命が気になってしょうがなかった。


 今の季節は冬。原作どおりにいけば、エルは春に学園に入学し、主人公を含めた主要登場人物と出会うはずだ。


 そして主人公サイドに嫌がらせを続けるうちに、あらゆる犯罪が露見してしまい、三ヶ月後には捕まって死刑になる。


 エル・シー・リヴィアスはありとあらゆる工作のプロであり、主人公達のみならず多くの人々を傷つけ、手にかけようとした悪女だったのだ。


(こういう転生って、普通はもうちょっと猶予があるんじゃないの? あ、でも……悪いことをしなかったら問題ないかも)


 原作のエルは主人公達を妬み、自ら進んで悪事を働いていた。いわば自業自得なわけで、何も悪いことをしなければ、死亡フラグなど立たないのではないか。


 そう思いホッとする彼女であったが、すぐに不穏な知らせが訪れる。


 窓際で何か音がしている。コツコツ、とノックを繰り返しているような、奇妙な音であった。


「え? もしかして、カラスさん?」


 不思議に思って近づいてみると、そこにはカラスがいて、手紙を咥えたまま窓を軽く叩いていた。


「こんにちは。どうしたの?」


 カラスが手紙を届けに来た、という状況があまりに非現実的な気がしたが、ここまで驚きの連続にあったエルはもはや感覚が麻痺している。


 手紙を受け取ると、そこにはガルスロード公爵、という送り名が書かれている。その名を見て、少女はあっと驚いてしまう。


「こ、これって……ラスボスの名前!?」


 ガルスロード公爵、とはメサイアの月で最後に戦うボスであり、全ての元凶とも言える存在であった。


 外目では親切かつ優秀な貴族として活躍しているが、裏では国を手に入れるべく、非道な手で勢力を広げている。


 支配欲に溢れた公爵として描かれていた。


 彼が送ってきたこの手紙は、明らかにエルに宛てたもの。


 中を開いてみれば、ほぼ数行しかない内容であったが、心を震えさせるには充分であった。


 エルが方々で、いくつもの仕掛けを施したことについて書かれており、【承知したが無理はするな】という内容で締められている。


 これはつまり陽菜が転生する前のエルが、すでに工作を進行させていることを意味している。


 カラスは飛び去り、少女は呆然としていた。


 物語はすでに始まっている。そして転生する前の彼女は、すでにいくつもの悪事を仕込んでいるらしい。


「や、やばいよ。早くなんとかしないと!」


 エルは一人、暗い部屋の中で慌てていた。


「でも、私なんかにできること、あるのかな」


 そして困り果てていた。彼女はどうしても、自分に自信を持つことができない。


 なぜなら前世で陽菜だった頃、極度の人見知りで引っ込み思案で、行動を起こすことがとにかく苦手だったからである。


 少女は俗にいうコミュ障であった。


 どうしても友達が欲しかった中学時代、結局は行動に移すことができず、ちゃんと友達を作れずじまいで卒業の日を迎えている。


 だから高校では、頑張って友達を作ることを決意していたのだ。


 でも、入学式の後の記憶が全くない。不思議なくらいに。


 恐らくだが、入学式を終えたその日に死んだのだろう、とエルは考えている。


 そして曖昧ながらも前世の死を認めた時、ふと両親の顔が頭を過った。


 入学式の朝、暖かく見送ってくれた母親。


 夜遅くに帰ってきては、娘の悩みを真剣に聞き、できる限り助けてくれた父親。


 いつも家に帰ってくると、喜びをいっぱいにして駆け寄ってくれる愛犬るん。


 彼女にとって大切な家族であった。しかし、今は誰もいない。


(っていうか、私。お父さんお母さんより、先に死んじゃったってことだよね)


 現実を認識するほどに、自らが罪深いことをしたと思えてならない。


(ごめんなさい! お父さん、お母さん。るんちゃん!)


 エルは立っていられなくなり、床に崩れ落ちて泣いてしまった。


 どれほどみんなを悲しませてしまったのだろう。


 そして、どうやってもかつての両親と犬に会うことはできない。気持ちを伝えることも叶わない。


 だが、時間は彼女を待ってはくれなかった。両親と執事のクロードが、邸に戻ってきたのである。


 しばらくして、扉をノックする音が聞こえても、エルは悲しみのどん底で立ち上がることができずにいた。


「お嬢様、お嬢様。ご主人様がお呼びでございます」


 執事の声がする。事務的で冷たい声が響いた。そしてすぐにメイドを呼びつけると、鍵がかかっていなかった扉を開かせた。


 メイドから、エルが着替え中ではないということを確認した後、クロードは眉を潜めながら入室した。


「お嬢様……ご主人様の呼びかけには」


 だが、彼は言葉と共に、少々のあいだ固まってしまった。


 まさかエルが、泣きながら座り込んでいるとは想像もしていなかったのだ。


 彼にとって、エルという少女は強気の塊であり、涙など人を騙す以外に使っていたことを見たことがなかったのである。


「お、お嬢様。どうなされましたか」


 長年一緒に過ごしていた執事の瞳には、その涙が偽りではないことが直感的に分かっていた。


「ごめんなさい。ごめんなさい」

「お気を確かに。一体、なぜそのように悲しまれているのですか」


 深い悲しみにくれるエルを目にした時、クロードの冷たい声色はいつの間にか消え去っていた。

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